可愛い女の子が出てくると思ったか?

 悪いな、俺だ。八代通だ。

 防衛省技術研究本部・先進技術推進センター・特別技術研究室・室長、四十一歳。

 身長は178cm、体重95kg、体脂肪率は30%オーバー。ああ分かってるさ。むさ苦しい中年のデブ親父だよ。

 だが俺がいなきゃ今頃日本はザイの攻勢で焼き尽くされてたんだからな。銃後の皆様には感謝してもらいたいところだ。少なくとも陰口を叩くのはやめてもらいたい。おい分かってるか、そこの女子高生だよ。こっちを見て「犯罪」「援交」とか囁き合うな。

「お父様、何難しい顔してるのー?」

 金髪碧眼の娘がテーブル越しに身を乗り出してくる。くりくりした大きな目と肉感的な唇、ウェービーなロングヘアが注目を集めていた。口の脇には今食べていた苺パフェがついている。

「クリームついてるぞ、口の周り」

「え? 嘘、どこ」

「右……違う、そっちは左だろ。箸を持つ手の方だ」

「んー?」

「ああ、こら、手で擦るな。拭いてやるから、じっとしてろ」

 耐えかねてナプキンをつかむと後ろでまた悲鳴のような声が上がった。女子高生どもだ。ったく、やかましいな。

 航空自衛隊小松基地から東に五キロ。JR小松駅前の喫茶店に俺達はいる。白衣のくたびれた親父とブロンドの少女。親子ほど年の離れた二人だが、もちろん実の親子ではない。というか目の前の娘は人間でさえなかった。F-15J-ANMイーグル。ザイと戦うべく改造された戦闘機の制御ユニットだ。SF的に言うなら生体コンピュータ、人型AIといったところか。まぁ俺達研究者はもう少し色気のある名前で彼女達を呼んでいる。鋼の翼を持つ戦鳥達の『魂』、すなわちアニマと。

 アニマ。そう、人間でない以上、女子高生達の考えていることなど起こりえるはずもない。大体こいつは俺の作品だ。自作の人形に欲情するほど女には不自由していない。だからなぜ俺がこんな陳腐なデートまがいのことをしているかと言えば。

「でね、ファントムったら酷いんだよ! イーグルのこと、『パワー馬鹿』とか『スペックの無駄遣い(笑)』とか。たった一回模擬戦で勝ったくらいで言いたい放題、超むかつくんだけど!」

 ご機嫌取りだ。

 気分屋の彼女をなだめすかして、なんとか戦列に復帰させる試み。笑うな。広義のメンテナンス作業だよ。何も配線をいじるだけが技術屋の役目じゃない。

「それは確かに腹が立つな」

 しかつめらしい顔でうなずいてみせる。もう五回同じ話を繰り返されているが、決して面倒くさがってはいけない。

「よく我慢してるな、偉いぞ」

「我慢できないの! もうあのロートル、三沢に帰してよ! 顔見てるだけでむかっ腹立ってくるんだけど!」

「だからそれは無理だと言ってるだろう」

 ファントム・グリペン・イーグルを小松基地に集結させアニマの部隊を作る。散々防衛省内で交渉して、色々なところに借りを作り、ようやく実現させた事案だ。今更「アニマ同士が喧嘩してるから解散」などとは口が裂けても言えない。俺の所属部署、TRDI(技術研究本部)の存続にも関わる。

「小松基地は対ザイ戦の最前線だ。スクランブルのローテーションを維持するためにも最低三機のアニマを維持しなきゃいけない。ファントムが入ってギリギリ定数なんだよ。何度も説明しただろう」

「わかーんなーい!」

 ややこしい話になると途端に思考停止する。悪い癖だ。一体どうしてこんな性格付けがなされてしまったのか。ファントムの時よりは自然なキャラクターになるよう調整したつもりだが、どうにもうまくいかない。まったく、グリペンといいバイパーゼロといいアニマ達の精神構造は複雑怪奇だ。

 イーグルは足をばたばたさせた。

「もうじゃあさ、イーグルが那覇帰るよ。バイパーゼロと仲よくやるから、こっちはあのロートルとチンチクリンの二人でいいじゃん」

「いや、だから」

 定数割れするだろうと言いかけて口ごもる。どうせ何度説明しても左から右に抜けていくだけだ。であれば理屈以外の線でなだめるしかない。

「パフェ、もう一個頼むか?」

「え? いいの?」

 緑の目がまたたく。単純だ。

「おう、なんでもいいぞ。食べ物以外でも欲しいものがあれば言ってみろ。帰りに店寄って買ってやる」

「なんでも……」

 服でもアクセサリでも、数万円程度で日本の防空が成り立つなら安い物だ。財布の中身を思い出しつつうなずいていると。

「じゃあね、AAM-5!」

 ……。

 は?

「04式空対空誘導弾! あれ装備できるようにして。オフボアサイト(非砲口照準)攻撃できるようになればファントムとかもう敵じゃないし」

 ミサイル、ミサイルと来たか。

「AAM-3(90式)があるだろう。対ザイ戦にはあれで十分のはずだ」

「でもグリペンは04式装備してるじゃん」

「あいつは」

 外国産の戦闘機を輸入したため、自衛隊の武器を装備できるよう徹底的に改修したのだ。あえて古い機材に合わせる必要もなかったから最新の武装を想定して翼端レール・アビオニクスを変更した。

 反面、イーグルの素体となった機体は近代化改修前のJ-MSIP機だ。形態二型のインテグレーションを行う以前にアニマ機となったため、いくつかの最新装備はオミットされている。細かい違いなど理解していないと思ったが。

(気づいていたのか)

「あ、あのな、新型ミサイルというのはただ積めばいいってもんじゃない。電子機器からランチャー含めて大幅な改修が必要となるんだ。センサー・データリンクの変更だって」

「なんでも買ってくれるって言った」

「いや、それは」

「なんでも買ってくれるって言った」

 俺は自らの口の軽さを後悔した。

『君な、八代通君。いきなり電話してきて追加予算、二億ってどういうことだ』

 電話口の声は呆れ果てていた。まぁ当然だろう。俺も相手の立場なら同じように思う。だが手段を選んではいられない。ことは一刻一秒を争うのだ。

「シミュレーションの結果、F-15J-ANMの空戦能力に重大な問題が見つかりました。解決には形態二型相当の近代化改修が必要です。対ザイ戦の防衛力確保には必須の費用と思われますが」

『そんな話、昨日まで一度もしてなかっただろう』

「今日分かったんです、統合幕僚長殿」

 統合幕僚長、市ヶ谷の制服組トップは盛大な溜息を漏らした。『あのなぁ』と呻くようにつぶやく。

『自衛隊といえどもお役所には違いない。予算は公開されてるし、あとからの付け替えなんてできるわけないだろう』

「だからわざわざあなたに相談してるんですよ。表に出てない金を引っ張ってきてもらえないかと」

『おい。おい、一般回線でそういうことを言うな』

 慌てた様子で遮って統幕長は声を潜めた。

『どうしても今すぐ必要なのか』

「統幕長が正規の予算獲得までザイを食い止めてくれるなら話は別ですが。現状では小松基地の防衛に小職は責任を持ちかねます」

『……ちょっと待ってろ』

 声が遠ざかり携帯のプッシュ音が響く。どこかに電話しているのか。激しい言い合いの末、電話口に戻ってくる。

『半分は確保できた。残りは自分でなんとかしろ』

「は? 半分ですか」

 国防の危機に何を悠長なと思ったが。

『そっちの敵はザイかもしれんが東京の敵は会検(会計検査院)だ。あいつらに睨まれたら向こう数年の調達計画がふいになりかねない。悪いが技本側でどうにかやりくりしてくれ』

「それができるなら」

 そもそも相談していない。だが統幕長は話は終わったとばかりに通話を切ってしまった。

 畜生、半分、半分だと。

 古びた長椅子に背中を沈める。

 小松基地の執務棟、喫煙者向けの休憩スペースに俺はいる。昼休みが終わって間もないせいか人の姿はない。

 溜息を一回、だめもとで技本の本部長に電話してみた。金の話ですがと言った瞬間、通話を切られる。もう一度かけ直すと泣き声で『勘弁してくれ』と懇願された。『君らに回す予算のせいでいくつのプロジェクトが滞ってると思ってるんだ。この上まだ苦情の数を増やすつもりか』

 全くの正論だったので大人しく引き下がる。

 続いていくつか伝手をたどってみたものの結果は芳しくなかった。たとえ人類絶滅の危機が迫っていようと組織が動く限り金はかかる。どこも日々のやりくりで精一杯のようだった。

 かくなる上は。

(一旦整備だけ進めて、支払いを踏み倒すか)

 悲壮な覚悟を固めかけた瞬間。

「あ、お父様! ここにいたんだ!」

 金髪の娘が顔を輝かせていた。期待に満ちた眼差しで走り寄ってくる。

 俺はあからさまにたじろいだ。

「も、もう少し時間をくれ。今色々調整しているところだから」

「調整? なんの?」

「だから、おまえにAAM-5を装備できるよう」

「そう、そのことなんだけど!」

 こちらの煩悶など気にした様子もなく畳みかけてくる。

「なんでも買ってくれるんだよね? イーグルが欲しいものならなんでも」

「あ?」

「ミサイルはさぁ、どうせどっかの定期整備の時に載せてもらえるよね? せっかくお父様におねだりするんだからちょっともったいないと思って」

 もったいない、もったいないだと。

「で、普段だったら絶対手に入らないものって思った時、やっぱり他のにしようと思って。ね、いいよね?」

 背筋が寒くなる。一体何を要求するつもりなのか。ミサイルより高価なもの? まさかアジャイル・イーグルよろしくカナードや二次元ノズルをつけろというのか。あるいはサイレントイーグルのようにコンフォーマル・ウェポンベイをつける? E型同様のマルチロール能力を持たせる?

「な、何が欲しいんだ」

 怖々訊ねるとイーグルは満面の笑みを浮かべた。

 鼻腔を広げ。

 曇り一つない表情で。

 高らかに言い放つ。

「えーっとね。お父様と二人で記念写真!」

 アニマの精神構造は複雑怪奇だ。

 だがそれゆえに気づかされることもある。経済の概念がない彼女達には何千万円のミサイルも一枚の写真も等しく同じ次元なのだと。そしてまた、自分がわずか一回の記念撮影すら多忙に任せ行っていなかったことを。

 俺は執務室に戻ると、スケジューラからミーティングの予定を一つ消し、代わりにアニマ達との撮影スケジュールを入力した。