故郷の話をしよう。

 大好きだったパパとママ、懐かしいみんな、そしてビキニの思い出の話を。

 バイパーゼロは、自分があの町で育った理由を、今以って詳しく知らない。

 育ちに理由が必要なのか? とは、そこに居ても波が立たない人間だからこそ言える台詞で、日米ハーフのバイパーゼロには当て嵌まらないだろう。

 金髪に碧眼。白い肌。田園風景のなかに在っては、いかにも収まりが悪い諸々。

 田舎らしく長閑な町だったから、大人はたいがい優しく接してくれたが、そのぶん同年代の子供たちは遠慮がなかった。意地悪な男の子に外見のことを論われ、幼い頃のバイパーゼロはよく泣いていたと思う。

 だから、昔は自分の容姿が疎ましくて仕方がなかった。

 どうして自分は周りとこんなにも『違う』のか。なんで『違う』人だらけの町で生活しなければいけないのか。そんなことばかりウジウジと考え、いつも帽子を目深に被って、猫のように背中を丸めていた。我ながら根暗な子供だったと記憶している。

 けれど、そんな自分に両親は言ったものだった。

 ──そうじゃないんだよ。そもそも人はみんな『違う』ものなんだ。

 ──ただ、見た目の違いは他の違いに比べて、ちょっとだけ分かりやすのね。

 アメリカのハワイ州で結婚し、日本で自分を育てたパパとママ。

 二人がなぜよりにもよって、あんな辺鄙な町に移住したのかは、一応、それとなく尋ねて理由を教えられてはいた。日系アメリカ人だったパパの、そのまたパパ──つまりバイパーゼロの祖父(グランパ)だ、会ったことはないけれど──の故郷がどうとかいう話だったはずだ。

 ただ、だとしても常々「泳ぐことが好きだ」と語っていた二人が、たとえ近場に海があるとはいえわざわざ、というのはやはり不可解な話だったし、何より幼心に感じていた理不尽を覆しもしない。諭された言葉も初めは、よくある大人の誤魔化しとしか感じられなかった。

 ──だったら、海をイメージしてごらん。蒼くて広い、綺麗な海だ。

 ──その海を眺めて、白い砂浜に立って、周りはみんな水着姿。それでもきっと貴女の髪や瞳の色は目立つでしょうけど......でも、悪く言う人は誰もいなくなるわ。

 二人の言葉は正しかった。

 ある夏の日、隣町の小学校で遠足があり、皆と近くの海岸まで赴いたとき、そのことがはっきりと証明された。

 勇気を出してパパとママに勧められた派手なビキニを着て、それまで抑えていた自己主張を全開にしたバイパーゼロへ、果たしてクラスメイトたちが口々に言ったのだ。

 ──■■ちゃん、すごく綺麗......。

 今でも憶えている。まだ『バイパーゼロ』なんてコードネームは当然なくて、女の子らしい少しオシャレな名前で呼ばれていた自分。そんな自分の、嫌で嫌でたまらなかった髪と瞳が、海の蒼さに溶け合ったとき、どのような科学変化を起こすのか。夏の強い日差しと、肌面積過多の衣装、それらに彩られたとき、周囲がどんな目を自分に向けるのか。

 周りと『違う』ことは何も悪いことじゃない。

 ううん、それどころか見る角度を変えれば美点ですらある。

 それまでごく普通の格好で生活を送っていたパパとママが、ところ構わずビキニを着てうろつくようになったのも同じ時期からで、少し極端なものの要は娘に自信を持たせたかったがゆえの行ないなのだと、今ではバイパーゼロにも事の次第が理解できている。

 当然、バイパーゼロもそんな二人に倣った。

 そうすれば、自分は『違う』のではなく、『特別』なのだと信じられた。

 俯くこともやめ、自分の髪や瞳、心機一転した姿(ビキニ)を嗤う相手には、逆に大いに胸を張ってやった。──「ふふん、似合ってるでしょ?」と。

 初めは目を丸くしていた皆も、やがては慣れて何も言わなくなる。そうなれば、ビキニという格好は、ただそれだけでどんな場所にも、たちどころに海のイメージを広げてくれる。自分という少女に、もっとも似合って、もっとも相応しい、あの蒼くて開放的な光景を。

 ──ワタシが『特別』でいられるのは、海! ビキニ! 蒼い色!

 あらかじめ誤解のないように断っておくけれど、パイパーゼロは別に『目立ちたかった』わけではない。今も昔もそういった気持ちとは無縁だ。

 欲しかったのは、羨望ではなく居場所。

 容姿だとかハーフだとか、そんな些細な違いに左右されない地盤。確固たる繋がり。自らの故郷を、ちゃんと『故郷』として愛したい、という郷土心の裏づけ──

 たぶんそれは、長らく疎外感に耐えてきた反動だったのだろう。

 振り返った先に広がる景色が美しければ安心できた。いつでも好きなときにその場所に戻れる、家族のように自分を迎えてくれる町がある、という事実に殊のほか魅力を感じていた。

 海とビキニの蒼さは、周囲との垣根を壊す起爆剤だった。

 ──もっと! もっともっと! ワタシは『特別』になりたい!

 ──ワタシだけじゃなく、この町も、みんなも、全部『特別』にしてしまいたい!

 子供ならではの浅慮さといえる。

 目に映る世界が一変したあの遠足の日、味わった衝撃があまりにも大き過ぎて、以降、無際限に先へ先へと手を伸ばしてしまった。自分が『特別』になればなるほど、周りに笑顔の花が咲く。外様と見なされずに済む。それがただ嬉しかった。

 その頃、バイパーゼロはよく海やダム湖まで自転車で出かけて、水面に仰向けに寝そべりながら考えたものだ。海はともかく、ダムでの遊泳は大人たちに禁じられていたが、それでも水の感触を全身に受けていると、ひどく心が安らいだのを憶えている。

 どうすれば、もっと『特別』になれるのか。

 この素敵な気持ちを、どうしたら今以上に、確かなものと出来るのか。

 ──そういえば、空も『蒼い』よね......。

 波間に漂って空を仰いでいたある日、ふと、そんな当たり前のことに気がついた。

 そして思ったのだ。あぁ、ひょっとしたら、と。

 ひょっとしたら、あの蒼さもまた自分に似合うかもしれない──と。

 脳裏をよぎった思い出、かつての自分の幼稚さ。

 それらに胸の内を掻き乱されながら、現在、バイパーゼロは山のなかを疾走していた。

「......っ」

 場所は依然、中国地方の山間部。新型メルクリウス級の砲撃をチームメイトたちと共に受け、渓流に墜落してからまださほど時間は経っていない。気絶したまま暫らく川を流され、つい今しがた覚醒したところなのである。ホーネットたちとも離れ離れになってしまった。

「みんな、無事だといいけど......」

 仲間たちの安否が気遣われ、バイパーゼロは小さく呟く。

 だが、不幸中の幸いというべきか。川に落ちたおかげで敵の追撃は振り切ることができた。哨戒のディアナ級たちは現在、しきりに上空を右往左往しており、完全にこちらを見失っているらしい。冬場でも厚く繁った枝葉の隙間から、バイパーゼロはその様子を確認する。

「ホーちゃんたちが捕捉されたままなら、敵は一斉にそっちに向かうはずだよね? 散り散りになったおかげで、みんな上手く逃げられたってことかな」

 あるいは──仲間たちがもう既に、誰一人、生きてはいないからか。

 もしそうなら事態は最悪だ。最悪だが、しかしそれは今考えてみても詮無いことだった。

 ゆえに、バイパーゼロは不安に負けないよう、敢えて思考に蓋をする。自分が生きているのだから、きっとみんなも生きている。己に強くそう言い聞かせて道なき道をひた走る。

「こんなとき、通信が使えたらいいのに......」

 敵のジャミングは未だ有効のまま、仲間たちと連絡を取り合うはおろか、妖精学園からの指示を仰ぐこともできない。だが、単独でも当然、任務は続行だ。何しろもう猶予がない。

 バイパーゼロは走りながら、スマホで現時刻を確認した。

 次いで、ホッと胸を撫で下ろす。どうやら川を流されたのは本当に運が良かったらしい。

 目標ADDが出現した湖──バイパーゼロの元故郷は、盆地に築かれた町だった。山を隔てて、北に日本海、南にはダム湖。そのため、『山中をモジュールで突っ切る』という無茶な作戦が決行された当初から、どのみち渓流を下るコースで進む予定だったのだ。

 図らずも気絶した状態で道程を消化でき、タイムロスは最低限で抑えられたことになる。

「......場合によっては、このまま一人で敵とやり合わなきゃいけないんだもん。メリクリウス級がまだ子分を揃えてないうちのほうが絶対イイよね」

 独白しつつも更に駆ける。戦闘機モジュールを召喚して飛んで行きたいとも思うが、自分一人だと上手く木々のあいだを抜けてゆける自信がない。あんな曲芸じみた真似は、仲間たちのサポートあってこそだ。もどかしさに耐えながら、ひたすら足を動かし続けた。

 けれど、ほどなく。

「ッ、見えた!」

 そんな焦れるような時間も終わりを迎える。

 急斜面を駆け下り、小高い崖の上に出たところで、遂に目的地が視界に認められた。

 まだ二キロほど距離があるか。周りを山々に囲まれ、盆地となったその中心、濃い霧と、そしてLeD粒子が不自然に蟠った先に、陽光を弾く湖面の揺らめきが見て取れた。

 飛び交うディアナ級の数は、もはや群れなす薮蚊も同然。湖の大部分を覆い隠す霧とLeD粒子は、寄り集まって遠目には積乱雲みたく映る。

 でなければ──アレは『巣』だ。

 ADDたちの『巣』。

 そして、その巣のなかに薄っすらと、何か巨大な影が佇立していた。

「あれが......ッ!」

 視界不良のため細部は不明。だが、この距離でも一目で分かる威容となれば、まず異論の余地はあるまい。あの巨影が委員長の話にあった『全長一〇〇〇メートルクラスの目標』──即ち、新型のメルクリウス級なのだろう。

 確かに、従来のメルクリウス級とは、随分、形状が異なっているようだった。

 船舶や空母というより、城や要塞、工場プラントといった、何かの大掛かりな施設を連想させる。委員長は衛星写真を見て、『巨石建造物(モノリス)』などと評していたが、言い得て妙だった。

 自分の故郷に、皆が眠る墓所に、鎮座するモノリス。

 仇であるADDの手によって打ち立てられた『墓碑(グレイヴストーン)』。

「......何よ、これ......ッ」

 あまりにも皮肉に過ぎるその光景に、胸を衝かれて立ち尽くすこと数秒。しかし、バイパーゼロは込み上げたものをグッと堪え、すぐにまた息せき切って走り出す。

 感傷に浸っている余裕はもう時間的にも心情的にもなかった。

 在るのはただ、ひりつくような想いだけ。

「みんな、待ってて......! ワタシ、帰って来たよ! ADDなんてワタシがすぐに追っ払ってみせるから! パパ、ママ、待ってて!」

 二年前の惨劇以降、決して戻るまい、振り返るまい──そう誓っていた故郷へ。

 思い出と一緒に、自らの『弱さ』も葬った、懐かしき場所へ。

 ......さて、突然だが。

 不快な目覚め方というものにも、幾つかパターンが存在する。

 たとえば目覚まし時計を誤って早くセットしてしまった場合。あるいは目覚まし時計が壊れてウンともスンとも鳴らなかった場合。悪夢にうなされて冷や汗を掻き掻き飛び起きたり、深夜にお花摘みの衝動に襲われたりするのもまた、割とワースト上位に食い込む最悪さだろう。

 なかでも極めつけは、他者に起こされること。

 優しくならまだいい。こちらを思っての行為だ。寛大な心で許せもする。

 だが、これが義姉のトムキャットだったり、悪友のバイパーゼロだったりすると、安眠に耽るこちらの都合などお構いなしで、布団を引っぺがすわ、ベッドから蹴落とすわ、やりたい放題にやってくれる。気安過ぎる仲というのも考えものだ。

 ましてや。

「──おい、起きろ。いつまで寝ているつもりだ?」

 知り合いでもないくせに、遠慮なくこちらの頭をバシバシ叩いてくるような輩は、もういっそ誰であれ『敵』という認識で良いのではないかと。

「.....................誰よ、あんた?」

 起き抜けの頭で苛々そんなことを考えたホーネットが、しかして不躾な相手を怒鳴りつけも殴りつけもしなかったのは、結局、状況の不透明さに対する疑念が先に立ったからだった。

 昔から寝起きは良いほうだ。だから、すぐに思考もクリアになる。

 自分が眠っていた理由、そうなる前の出来事、服の乾き具合から類推できる経過時間、周囲の景観から未だ自分が山のなか──作戦領域内にいることも確認。

 そこまでの現状把握を僅か数秒でこなし、次いで地面から身を起こしたホーネットは、重ねて相手に尋ねたものである。つまり、自分を叩き起こしてくれた何者かに向けて。

「もういっぺん訊くわ。あんた、誰よ?」

「ほう、警戒心剥き出しだな。初めは敵地のど真ん中で寝こけるなど、とんだ腑抜けもいたものだと呆れたが......なかなかどうして。起きてからの反応は悪くない」

 こちらの質問を完璧に無視し切り、相手がゆっくりと背筋を伸ばす。地面に横たわっていたこちらの顔を覗き込むように、今の今まで前屈みの姿勢を取っていたからだ。起きたら見知らぬ誰かに至近から見下ろされていて、ホーネットは内心かなり焦ったものだったが。

 とまれ、相手は女だった。

 いや、正しくは『少女』か。よく見ると面差しはまだあどけない。

 ただ、やけに物腰が落ち着いているうえ、一八〇センチに届こうかという長身なので、ぱっと見はひどく大人びた印象がある。髪は白金に輝くミディアムボブで、眼差しは冷ややかな翠緑色。軍用のそれを髣髴とさせる黒いロングコートを纏い、佇まいにも何やら兵士じみた厳格さが滲んでいた。なのに、面輪だけが白く、儚い。

「......ドイツ系?」

「なんだ、外国人が珍しいか? お前も他人のことは言えんだろうに」

 くつくつと肩を揺らす相手を、ホーネットは睨めつけながら、

「あたしは戦闘機少女だもの。日本ピクシーズ所属。でも、あんたは違う。この国じゃね、ガイジンってのは、観光名所か軍施設にでも行かない限り、そうそう会えないものなのよ」

「ましてや、こんな場所にいては不自然極まる、か?」

「......ええ。一般人でないって言うなら、話は変わってくるけどね」

 いったい何者だ? と言葉を交わしながら、ホーネットは思惟を巡らせる。

 民間人、という線はまずない。ADD出現の時点でこの辺り一帯には避難勧告が出されていたはずだし、そもそも二年前の襲撃で近隣の小さな町や村は壊滅状態、避難した人々もまだ戻って来ていないとブリーフィングでは聞かされている。無論、もっと遠方にある大きな街から来た、という可能性もないではないが──否、やはり不自然だろう。国道は通行止めになっているはずだし、徒歩というならそれこそまさかだ。

 わざわざ好き好んで、ADDの目と鼻の先までやって来る人間。

 どう考えても真っ当な手合いとは思えなかった。

「......っ」

 ホーネットは僅かに逡巡したのち、腰の後ろに素早く手を回す。そして、再び手を前に戻したとき掌中には、無骨な鉄の塊が握られていた。黒コートの少女が大きく目を瞠る。

「拳銃? そんなモノを隠し持って──」

「動かないで!」

 恫喝しながら構えを取り、ここ暫らく使っていなかった、けれど整備だけは怠ったことがないシグ・ザウエルP229の照星を、少女の胸元にぴたりと合わせた。この間合いで人間が相手ならば、戦闘機モジュールを召喚するより、こちらのほうが断然手っ取り早い。

 けれど、当の黒コートの少女は銃口など意にも介さず、

「──はて、妙だな。日本ピクシーズの戦闘機少女に、モジュール以外の武装の携行が許されるようになった、などという話は寡聞にして知らないが。ひょっとして私物か?」

「勝手に喋らないで! いいから......両手を挙げて、頭の後ろに」

 黒コートの少女が肩を竦める。こちらの投げた勧告は、やはり平然と無視された。

「やれやれ、随分な扱いだな。私はお前の命の恩人だぞ? 気絶していたお前を、川から引き上げてやった。なのに、この仕打ちはあんまりではないか?」

「......それはどうも。ありがとう。でも、だからって犯罪者を見逃す道理はないわ」

「決めつけてくれるなよ。善意の第三者かもしれん」

「悪いわね。疑わしきはとりあえず、ふん縛っておく主義なのよ」

 せいぜい余裕ぶって告げてやる。そうやって会話のイニシアチブを取り続けなければ、不覚にも拳銃を握った手が震えてしまいそうだったからだ。

 妖精学園に転入してから、およそ半年。この手の汚れ仕事からは離れて久しい。人を撃った経験など幾度もあるはずなのに、今はやけに銃が重たく感じられた。

「──なるほど。まあ、そういう思い切りの良さは私も嫌いではない」

 黒コートの少女が続ける。

「が、しかし些か哀れでもあるな」

「え?」

「こんな平和な国に住んでいながら銃も手放せんとは、どうやらその若さでよほどの修羅場を潜ってきたと見える。お前、日本ピクシーズの空気に馴染めているのか?」

「ッ......黙んなさい! いい加減にしないと本当に撃つわよ!?」

 初対面の相手に見透かした台詞を吐かれ、努力も虚しくたちどころに冷静さが消える。どうにも癇に障る手合いだった。

「いいから質問に答えて! あんたは誰!? こんな場所で何してるの!? ピクシーズの事情に詳しいみたいだけど、どっかの国のスパイか何か!? 名前と所属を言いなさい!」

「ノーコメントだ」

 と、またぞろふざけた回答を寄越した少女だったが、

「いや、ニックネームならば別に構わんか。名前は『バード』だ。そう呼べ」

「......バード?」

 愛称にしたところでおかしなセンスだ。銃を向けても動じる気配がない点といい、やはり一般人が偶然この場所に、ということではないのだろうと思う。いよいよ看過できる理由がなくなり、ホーネットは凶器を保持する手に力を込めた。

「やめておけ。顔色が悪いぞ」

 だが、まず威嚇で一発、と考えていた矢先、黒コートの少女──バードが再び告げてくる。

「大方、人を撃ったことはあっても、射殺したことまではないか、でなければその経験が圧倒的に不足している、といったところではないか? 無理をしているのが見え見えだぞ」

「......っ」

「まあ、私をすぐさま拘束すべきだ、と判断したその嗅覚は認めてやってもいい。だが、今はもっと他にするべきことがあるだろう?」

 訳知り顔でそう説かれ、ホーネットは眉を寄せた。他にするべきこと?

「例のメリクリウス級だ。そのために来たのだろうが」

「ッ! あんた、やっぱり!?」

 戦闘機少女なのか、という問い掛けをぶつける前に、バードがやおら腕を掲げた。皮手袋を嵌めた手はピンと指を伸ばし、なぜかあさっての方角を指し示している。

「奴はこの方角だ。もう大して距離もない。ただ、イレギュラーな個体のせいか、少々厄介な能力を兼ね備えている。単騎で相手取るのは、さぞ骨が折れるだろうな」

「......何? 手伝うから代わりに見逃せ、とでも言いたいわけ?」

「ああ。といっても直にではないが。何しろ私は大っぴらに動けん事情がある」

 藪から棒な申し出を受け、ホーネットは改めてバードを注視した。

 ADDの懐に単独で潜り込んでいるあたり、戦闘機少女かもしれないとは疑っていた。日本ピクシーズやADDの情報を得るため、ロシアや北朝鮮が送り込んだKK能力者のスパイと、稀にではあるが戦場で鉢合わせするケースがあるからだ。

 だが、今の話しぶりからするに、バードも狙いはADDの撃破。しかも、こちらに協力する意思さえ見せている。ただのスパイにはそぐわない行動だろう。

 もしこれが自分を油断させる罠でないとすれば、あるいは以前、心神たちが共闘したというあのイーグルの古馴染み──F-86Fセイヴァーのように、無所属の戦闘機少女なのかもしれない。つまり、FGAFはもちろんのこと、各国が表向きその存在を秘匿している非正規部隊にも籍を置かない、完全にフリーのいわゆる『正義の味方』というやつだ。それならば素性を隠しておきながら「助力する」という矛盾した物言いにも納得できる。

 ホーネットは暫らく考えた末、銃口を逸らしながら訊いた。

「......その『直接じゃない協力』って何よ?」

 対してバードは、「ほう」と感嘆の息をつき、値踏みするようにこちらを射る。

「思いのほか柔軟だな。もっと迷うものかと思っていたぞ」

「あんたの言うとおり、確かにメリクリウス級は放っておけないもの。だから一応、話は聞いてあげる。あんたをどうするかは、その内容次第ね」

「利用できるものは、なんであれ利用する、か......クク、そうこなくてはな」

 何がそれほど嬉しいのか、バードは頬を微かに歪め、

「──なに、話は簡単だ。奴の有益な情報、そいつをお前にくれてやる」

 続けてそんなことを言ってきた。ホーネットは銃を下ろしながら、「メリクリウス級の情報?」と片眉を跳ね上げる。

「そうだ。奴のあの馬鹿げた砲撃能力について、どうせ妖精学園はまだ何も掴めていないのだろう? あんなふざけたカラクリ、そう容易く見抜けるはずもないからな」

「......そのふざけたカラクリを、あんたは看破したって言うの? どうやって?」

「ノーコメントだ。私のことは今はどうでもいい。それより本題だが──いいか? 目を向けるべきは、奴が産み出すディアナ級のほうだ。あのメリクリウス級は抵等級のADDを単に従えるだけではなく、まったく別の目的でも運用している」

「別の、目的......?」

「戦闘機少女の十八番さ。お前たちから戦い方を学んだ結果だろうな

 意味深な言葉を投げかけられ、ホーネットは僅かに沈思した。戦闘機少女の十八番、自分たちの戦い方。そのなかで、あの超高速の曲射を実現できそうな『ナニか』──

 だが、ホーネットがその答えに指を届かせるよりも早く、

「っ!?」

 出し抜けに、遠方で物凄まじい轟音があがった。

 弾かれるように振り返れば、さきほどバードが指差した方角に、大量の黒煙が昇っているのが見て取れた。いや、そればかりか頭上を行き交うディアナ級たちも、突然、挙ってそちらへ機首を翻し始めたではないか。振って湧いた急変にホーネットは蒼白になる。

「砲撃音だな。誰かが一足先に始めたか」

「......ッ、あンの馬鹿!」

 間違いない。バイパーゼロだ。エフワンとドルフィンなら、チームが揃わない状況で仕掛けるより、学園に情報を持ち帰ることを選ぶ。標的の撃破は最優先事項だが、犬死にしては元も子もない。そんな基本的な差し引きが、今、彼女はできない精神状態にあるのだろう。

 当初からの不安材料が、よりにもよってフォロー不可能のタイミングで、ド派手に問題を起こしてくれた次第だった。

「さて、どうする? こうなってしまってはもう是非もないと思うが」

 バードがこちらに挑発的な視線をくれる。ホーネットは手のなかの拳銃を見詰め、逡巡したのち再びそれを彼女に向けた。交渉決裂──ではない。遺憾ながら。

「......いいわ。ただし、もう一つだけ協力して。それを約束してくれるなら、あたしとあんたはこの場所で会わなかった。そういうことにしてもいい」

「強欲だな。あまりふっかけてくれるな」

「ただの遣いっ走りよ。子供にもこなせる仕事だわ」

 有無を言わさぬ体で睨みつければ、やがてバードは観念したように、だがやはりどこか愉しげに、「言ってみろ」と促してきたものだった。

 F-2バイパーゼロ。

 その名を冠した自分の戦闘機モジュールの、原型となった異世界における航空機は、『平成の零戦』なる異名を持っているらしい。

 本来、『バイパーゼロ』という名も非公式のもので、優秀な対空・対艦能力を兼備する機体であったことから、納入年と日本でもっとも知られた戦闘機の名前を引っ掛け、そちらの愛称は生まれたのだそうな。平成の零戦と呼ばれるのも納得だろう。

 ただ、バイパーゼロ個人はこの話を聞いたとき、少しだけ「嫌だな」と感じてしまった。

 なぜって。自分が持つ異世界の知識──FGAFから僅かに開示されている、その拙い理解のなかに在っても、零戦には不吉なイメージが付随していたから。

 疑いなく傑作戦闘機。されど零戦は。

 ──そう、『玉砕攻撃(カミカゼ・アタック)』の代名詞でもあるのだ。

「こ、なくそぉおおああああ!!」

 ゆえに、まさしく神風(じんぷう)。

 今ばかりは忌避していた異名の体現者となり、バイパーゼロは周囲を踊り狂うディアナ級たちと、ただの一機で獅子奮迅の戦いぶりを見せる。

 期せずして果たされた里帰りは早々に血斗の坩堝と化した。凪いだ湖面のほんの二、三〇〇メートル上空は、どこを向いても敵・敵・敵の影。先日起きた日本アルプスの一件よりかは幾ぶんマシとはいえ、単独で立ち向かうにはあまりにも多過ぎる数だ。

 だが、ここは死者たちが眠る墓所。その静寂を土足で踏み荒らす無作法を、バイパーゼロは決して赦さない。我が身を省みずピッチアップ、ピッチダウン、ロールにダイブ、果ては曲芸飛行。ありとあらゆるマニューバを用い、墓荒らしどもを排除してゆく。唸るIHI/GE F110-IHI-129エンジン、猛るJA61A1 20mmバルカン。自慢のアクティブ・フェイズド・アレイ・レーダーが、同時に複数の目標を追尾し、対空ミサイルが炸薬を大盤振る舞い。失われた先から燃料・弾薬を再召喚して、一息も停滞を挟まず撃って撃って撃ちまくる。

 陽は既に大きく西に傾いていた。空は薄紅に色づき、彼方には夜の気配。

 霧はとうの昔に激しい気流によって払われ、あの積乱雲じみていた敵の隠れ蓑も、今やその内側を余さず外界に曝け出している。

「......ッ」

 グレイヴストーン──暫定的にそのように命名した新型のメリクリウス級は、やはりどこからどう見ても艦船の類には映らなかった。

 小山と紛うばかりの長球状の威容に、大小無数の砲身をゴテゴテと生やし、今もこちらに砲撃を浴びせてきている。湖に浸かっている部分は視認できないが、一見の印象はまるでサボテンのそれで、銀色の流線形であること以外、いずれのADDとも似ても似つかない。

 そして、ひときわ異様だったのが、グレイヴストーンの頂。

 垂直にそそり立った長球のてっぺんに、切れ込み(スリット)みたく空いた巨大な開口部だった。

「本当にっ......なんなのアレ......?」

 バイパーゼロは戦いながら呻く。

 初めは、アレこそが高速曲射を生み出す、例の砲撃の正体かもと考えた。

 敵艦に搭載された他の砲は、どれもサイズが一般的でしかなく、広範囲に副次効果を撒き散らす大口径、という前提には合致しなかったためだ。

 だが、もし本当にアレが砲口だとすると──当然だが、新たな疑問が湧いてくる。

「よりにもよって、なんであんな位置に? あれじゃ真上にしか撃てないし、本体の内部に砲身が隠れてるんじゃ、仰角だって変えられないじゃない」

 そもそも開口部の形状からして既におかしい。あれではフリスビーのように扁平な砲弾しか発射できまい。それでマッハ二〇の速度など出せるわけがなかった。

「......どっちかっていうと、あの形。おんなじメルクリウス級なら、小型のADD用のカタパルトに似てる気がするんだよね」

 メリクリウス級はLeD粒子を外部より取り込み、己が腹のなかで小型のADDとして随時生産、それをカタパルトに乗せて射出し手足を増やしてゆく。

 メルクリウス級や他の戦艦型ADDが産む、いわば子機ともいえるそれらを、俗に『艦載機』とも呼ぶのはそういった事情からで、何もない虚空に突然手勢を産み出す、といった真似はどうやら不可能らしいのだ。

 何ぶんその発生のメカニズムが未だ不明瞭なうえ、破壊されれば洩れなく粒子化してしまうADDである。連中の性能的限界などは、まだ何も解明されていないに等しい。

 そして、メリクリウス級が有す、問題のそのカタパルト。空母のように甲板が露出しているタイプもあれば、射出口以外が内蔵されているタイプもあるのだが、グレイヴストーンの頂点(アタマ)に設えられたあの謎のスリットは、後者に似ているようにバイパーゼロには感じられた。

「でも、だとしたらあのおっかない砲撃が出来そうな装備がどこにも......」

 見当たらない。

 が、今はその点を悠長に追及していられる場合でもなかった。

「......ッ、邪魔!」

 グレイヴストーンに気を取られ過ぎ、危ういところで敵機に刺されかかる。ソイツを切るような火線で袈裟懸けに撃墜し、更に後方から迫っていた二機にはハイGバレルロール。オーバーシュートさせたのち、AAMを叩き込んで速やかに黙らせ、横槍狙いの三機目四機目にはバルカン砲の牽制を。翼に被弾して姿勢制御を失った奴を発見するや、次元干渉の力場で交差しざまに横へ弾き飛ばし、密集していた敵の只中に突っ込ませてやる。

「キリがない......!」

 狭い空域で多勢に囲まれ、バイパーゼロはやむなく思索を中断した。

 戦闘が始まってからおよそ五分。ここまでグレイヴストーンの砲撃を警戒し、バイパーゼロは着かず離れずの距離を維持してきた。砲撃時の副次効果が広範囲に及ぶなら、『懐深くに入り身する』という対艦戦のセオリーが、グレイヴストーンには仇となる虞があったからだ。

 しかし、どのみちすべての敵を自分一人では片づけられない以上、雑魚ばかりにかまけていても待っているのはジリ貧である。

 なればこそ。

「踏ん切りどき、かな」

 グレイヴストーン。奴さえ駆逐できれば学園からの増援も見込めるだろう。

 この期に及んで高速曲射の実体はおろか、それらしき砲のシルエットすら認められないのは、イチバチと呼ぶにも危険過ぎる賭けだったが、戦闘が長引けば自分のKK能力の精度が怪しくなる。消耗してから仕掛けるのでは遅いのだ。

「──何よりさ。もうほんと、我慢の限界なんだよね......ッ」

 腹の底でマグマが煮える。嵩増した怒りが溢れ返る。

 我知らず口からは叫びが迸った。

「アンタッ! いつまで好き勝手に振る舞ってるつもりよ!」

 次いで、バイパーゼロは猛加速。瞬間的にアフターバーナーを点火し、周囲のディアナ級たちを振り切って、今ばかりは青褪めた一匹の有翼の蛇となる。

 グレイヴストーンは既に目視できる距離にいるため、ここでスロットルを開ければ間合いの翔破は一瞬だ。だが、構うまい。あれだけのデカブツとなれば物理保護の強度も相応のはず。それを突破しようと思えば火力が必要になる。迎撃システムが用を為さなくなる近間から、ありったけのミサイルを喰らわせてやる気だった。

「あんたたちADDが、何もかも悪いんじゃない!」

 口からは依然、叫びの声。バイパーゼロは感情の赴くまま続けた。

「あんたたちが、この世界に現れたから! 二年前、ワタシの故郷にやって来たから! みんな滅茶苦茶になっちゃったんじゃない! なんでよ!? なんでまたこの場所に現れたの!?」

 烈風が逆巻く。視界が溶ける。全面から吹きつけるどしゃ降りの弾雨を、物理保護さえ最低限に留めて突っ切ってゆく。こちらの進路を塞ぐディアナ級、被ロックオンを告げるアラート、回想される在りし日の思い出。だが、バイパーゼロはそのいずれにも頓着しない。自分が墜とされる前に、本命の末魔を断つ。ただそれだけに執心する。

「そんなにッ......そんなにワタシたちが憎いの!? ワタシたち人間が!」

 問うても詮無いことだ。それは重々承知していた。

 ADDは災害と同じ。突然やって来て、破壊の限りを尽くす。竜巻や津波となんら変わりがないもので、そこに明確な意図や理由などない──それがFGAFの見解だからだ。

 けれど、ならばその不条理の犠牲になった者たちは? いったいどうすればいい?

 本当に災害なら仕方がない。いずれ恨みは風化し、諦めもつくだろう。

 だが、ADDは違う。目的の有無は知らないが、意識らしきものはある。実際に戦えばそれが肌で感じられる。

 生物なのか機械なのか。それすら曖昧ではあるものの、もし前者で自覚的に虐殺を行なっているなら咎が、後者ならADDを造った者に責任が、きちんと発生して然るべきはずだ。

「なのに、あんたたちはいつも天罰気取りで! 自分たちだけ例外みたいな顔して!」

 それとも──と、バイパーゼロは衝動的に思う。

「......やっぱりあの噂は本当なの!?」

 努めて考えまいとしていた可能性を。二年前から胸にひた隠してきた疑惑を。

「憎いのは人間じゃなくて、ワタシたちだって! ワタシたち戦闘機少女が、次元干渉を行なうから、ADDはこの世界に現れるんだって!」

 戦闘のさなか、激情に押され、つい口にしてしまっていた。

「──だったら、二年前、あんたたちを故郷に喚んだのは、ワタシなの!?」

 それは。

 バイパーゼロのなかに巣食う闇。

 笑顔で表情を糊塗し、茶化した態度で暈し、二年間、ずっと棚上げにしてきた迷い。

 だが、やはりADDからのいらえなど望むべくもなく──代わって齎されたのは、標的・グレイヴストーンの唐突に過ぎる異変だった。

「ッ!?」

 バイパーゼロは目を剥く。いよいよ距離が縮まり、いざ対艦攻撃を仕掛けようとした寸前、グレイヴストーンに穿たれていたあの開口部が、やおら猛烈に発光を始めたではないか。

 それと同時、まるで最後の防衛線とでもいうように、グレイヴストーンの近辺にぴたりと張りつき、それまで殆ど動こうとしなかった十数機のディアナ級が、いきなり活発に行動を開始して空のある一点に集まってゆく。その一点とは、グレイヴストーンのほんの一〇〇メートル直上。即ち、今しも発光している開口部の射線を妨げる位置で、だ。

 ぞわりと、バイパーゼロの背が粟立った。

 培われた二年ぶんの実戦経験が、そのとき最大級の警告を発したのである。

 理解と呼べるものは何もない。相手の不可解な行動の是非も、なぜそれを危険と見なしたのかも、バイパーゼロ自身には分からない。分からないまま、ただその警告に従った。

「くっ......!」

 アフターバーナーは変わらず全開に、召喚しかけた対艦ミサイルも放棄し、反転が間に合わないと見るや、ドラッグシュート(エアブレーキ)まで用いて旋回半径を削り、脇目も振らずグレイヴストーンから距離を取る。そして、物理保護をかつてない強度で以って展開し──

「............ッッッ!」

 直後、凄まじいまでの次元干渉の反応。

 紛れもなく例の砲撃の予兆だった。湖周辺を漂っていたLeD粒子が渦を巻き、中心に座すグレイヴストーンへと収斂される。

 続いて、背後から襲い来る衝撃。一拍遅れて耳を聾する轟音。たちどころに暴威に晒され、バイパーゼロはなす術がない。維持するのがやっとの物理保護ごと、雪崩を打って迫る爆圧に押し流され、モジュールの制御を失い、視界が三六〇度に廻る廻る。出鱈目に掛かる急Gに内蔵が圧迫され、潰れたカエルのような苦鳴の声が洩れた。

 だがその瞬間、同時にバイパーゼロは、肩越しに見届けてもいた。

 ここまでファントムたちを撃墜し、自分たちのチームをも追い込んだ、件の『高速曲射』の正体を。飛来のさなか空中分解して散らばり、物理保護に激突した銀の破片から、確かに。

「ッ......ディアナ級を、砲弾代わりに!?

 あの開口部はADD用のカタパルトに似ている──そう読んだ自分の見立てはやはり正しかったのだ。ただ、慮外であったのはそのカタパルトが、『ディアナ級を増やす』という用途以外にも使われていたこと。グレイヴストーンの開口部より吐き出された弾体は、半ば予想どおりの扁平な、けれど半ば予想に反して銀色の鏃型をしていたのである。

 加えて言えば、あの開口部がなぜ真上を向いているのか。どうして砲撃の直前その開口部の射線上に他のディアナ級たちが集まったのか。それらの謎も今となっては明白だった。

「リコシェターン......ッ!」

 戦闘機少女オリジナルの、代表的な戦闘マニューバ。その名は『跳弾の如く進路を変える』を意味する。グレイヴストーンの砲撃は、それとまったく同じ原理なのだ。

 ディアナ級を次元干渉の反発によって射出し、それを別のディアナ級たちの物理保護にぶつけて跳弾、砲弾自体の軌道を変更することで標的に叩き込む。網膜に焼きついた残像、宙で火花のように散った力場の衝突跡が、すべてを雄弁に物語っていた。

 グレイヴストーンの規格外のサイズを思えば、その次元干渉で飛ばされる側は無事では済まないはずだが、砲弾となるディアナ級自身にも物理保護を行なわせておけば、最低限、着弾するまでの時間を稼ぐことはできるだろう。『壁』として扱うディアナ級たちの破壊も厭わなければ、跳弾のたびに反発力で速度を加算し、初速のエネルギーも維持できるはずだ。

 特大サイズの砲弾。副次効果を齎す弾速。にも拘らず曲射で飛来。

 これで、あらゆる謎が氷解した。

 とどのつまり、敵の戦術の核は味方機を利用したある種の『特攻』──従来の砲撃とは根本的な在り方からしてまったく別ということなのだ。

「平成の零戦が、こんなッ......お株奪いのカミカゼ攻撃で!」

 だが、バイパーゼロには安穏と自失に浸る暇さえ許されない。なり振り構わぬ退避が功を奏し、危ういところで撃墜こそ免れたが、姿勢制御は依然として失ったまま、モジュールにも既にガタが来ている。そして、敵がここで駄目を押さぬ道理はなかった。

 こちらの油断を誘い、必中距離まで切り札の暴露を避けたグレイヴストーンが、好機と見てすかさず配下の手勢に命を下す。無数のディアナ級がここぞとばかりに殺到してくる。

「来んな、このぉお!!」

 バイパーゼロは雄叫びと共にバルカン砲をばら撒くが、もはや弾幕と呼べるだけの効果すら期待し得なかった。物理保護を貫かれ、被弾に次ぐ被弾。空中で無様にダンスを踊る。

 それでもなんとか生身への直撃だけは避けたが、戦闘機モジュールが火を吹いてしまえば今度こそアウトだ。慌てて除装した瞬間にエンジン部が吹き飛び、背中に熱と金属片を浴びて視界が明滅。真っ逆さまに湖へ没したときには、既に意識の大半が失われかけていた。

 冷たい水の感触が全身を包む。気泡混じりの息が肺から抜ける。ここで気を失えば二度と目覚めることはできないと、方向も定まらないまま我武者羅に手足を動かす。

 霞む目路の先には──なぜか、粛々と連なる切妻屋根。

 そこに町があった

 二年前、水に呑まれて消えたバイパーゼロの故郷が。もう住む者など誰もいない小さな小さな町が。著しく損壊しながらも、未だ湖底にひっそりと。

 パパやママ、住民の姿はない。二年ものあいだ水中に放置され続ければ、人の遺体など原型も留めぬほど崩れている。寧ろ見ずに済んで幸いだったことだろう。

 あぁ、とバイパーゼロは声にならない声を洩らした。

 どこからともなく忽然と出現するADD。それによって一夜のうちに為された蹂躙。

 天罰。

 そんなものの存在を信じたくはない。信じたくはないが......もし仮に、本当にADDが何かの『罰』であるというのならば。

 ──二年前、あんたたちを故郷に喚んだのは、ワタシなの!?

 果たして、真に咎を負うべきは誰だったのか。

「........................」

 手足から一挙に力が抜ける。?こうという意志が萎えてゆく。まるで身体が泡になって隈なく溶けてゆくかのよう。薄ら寒く、けれど不思議と穏やかな、死の感覚。

 だが、そのときだった。

「っ!?」

 突然、上方から伸びてきた何者かの腕が、こちらの手首を鷲掴みにした。

 そのまま力任せに引っ張り上げられ、バイパーゼロは水面まで急浮上する。どうやら意外と浅瀬を漂っていたらしく、あっさりと水中から脱すれば、今度は頭上から怒声が降ってきた。

「なに早々に諦めてんの、バイパーッ!」

「......ホー、ちゃん......?」

 信じられない思いで声の主を仰ぐ。戦闘機モジュールで飛行しているさなか、物理保護で水を掻き分けるなどして、こちらをすり抜けざまに攫ったのだろう。F/A-18ホーネットが眦を吊り上げ、間近から自分を見下ろしていた。

「ふざけんな! あんた、自殺願望でもあったってわけ!?」

 続けざまに罵倒を浴びせられ、バイパーゼロは目を瞬かせる。一瞬、幻覚の類かと疑ったからだ。けれど、飛行するホーネットは自分のよく知る彼女のまま、こちらを片手で吊り下げながら、もう一方の手でバルカン砲を掃射し、危うい飛び方でADDの攻勢をいなしてゆく。

「ホーちゃん......どうして、ここに?」

「その話はあとよ! それよりバイパー、あんた、戦闘機モジュール出せる!?」

 言われ、モジュールを再召喚しようとするも、背中に激痛が走った。モジュールのエンジン部が爆発した際のダメージがまだ残っている。上手く集中できずLeD粒子を操作できない。

 ホーネットもこちらの状態をすぐ悟ったか、面持ちに決意の色を宿らせて低く呻いた。

「......しゃーない。この状態でなんとか凌ぐっきゃないか」

「む、無理だよ! ホーちゃん、ワタシを捨てて逃げて! そうすれば──」

「やかましい! いいから黙って、しっかり捕まってなさい!」

 泣訴にも似たこちらの提案を切って捨て、ホーネットがAIM-9サイドワインダーを射出。新手と死に損ないの二人を、今度こそ仕留めんと迫るディアナ級たちを、もはや狙いもそこそこに近づく先から墜としてゆく。だが、この数相手にお荷物まで抱えていては、まともな立ち回りなど望むべくもない。すぐに保たなくなるのは分かり切っていた。

 バイパーゼロは歯噛みし、背中の痛みを堪えながら、なんとか機関砲だけを召喚。ホーネットが対応し切れない方向からの襲撃に、せめてもの一助にならんと射撃を浴びせてゆく。

「ホーちゃん、新型のメリクリウス級に気をつけて! あいつの主砲に死角はないの!」

「分かってる! 来る途中、さっきのが見えた!」

 ホーネットは湖の中心にそびえ立つグレイヴストーンを睨みつけ、

「ディアナ級を砲弾代わりに、そのうえリコシェターンまで......ふざけた話ね。本当にどうなってんのよ、あのメリクリウス級」

「もう一回アレを撃たれたら、ワタシを抱えたままじゃ避け切れないよ!」

「だから『落っことせ』って? ハッ、冗談! 絶対にゴメンよ!」

 威勢良く言い切ったホーネットが、次いで幾ぶん声量を落として告げてくる。

「......どのみち、すぐに次射は来ないわ。あいつの主砲が厳密には『砲』じゃなくて、次元干渉を利用した『弾体加速装置』だってんなら、相当量のLeD粒子が要るはずだもの」

 確かに。周辺のLeD粒子の濃度は先刻までと比べて薄くなっていた。重なり合った別次元からのエネルギーであるLeD粒子は、消費されてもすぐに補完されるのが常ではあるが、一度の砲撃でここまでの量を必要とするなら、チャージにはかなりの時間が掛かると見ていい。

「そのあいだに......くっ、なんとか勝機を見つける!」

 左回りに襲い来た二個編隊(エレメント)を仕留め損ない、モジュールの尾翼に弾痕を刻みながら、それでもホーネットは頑なに手を放そうとしない。バイパーゼロは忸怩たる思いで言い募った。

「け、けど!」

「くどい! あんたの言い分なんて却下よ! 二年前、故郷にADDを招いたのが自分だなんて......そんな馬鹿な悩みを抱えて、ずっと黙ってるような奴......もう知るかッ!」

 その台詞にハッとなり、バイパーゼロは頤を持ち上げた。ホーネットは襲い掛かって来る敵を見据えたまま、けれど両目の端に微かに涙を溜めて更に続ける。

「そうよ、聞いてたの! あんたが叫んでるのが、ちょっとだけ聞こえたの! で、はっきり言わせてもらうけど......バイパー、あんたは馬鹿よ!」

「......っ」

「ほんとかどうかも怪しいただの噂話を信じて、なに一人で勝手に悩んで突っ走って死にかかってんのよ! 湖に落ちたときなんか、一瞬、ほんとに諦めかけたでしょ!? ぜんぶ自分の所為なんだからしょうがないって! なに? あんたがビキニに拘ってたのって、つまりそういうこと!? 喪服とか、死に装束とか、そういうつもりで着てたわけ!?

「ち、違うよッ! そんなんじゃない!」

 違う。絶対に違う。バイパーゼロがいつもビキニを着ていたのは、それが自分にとって大切な思い出だからで、いつ死んでもいいようにだとか、自分も湖の底で眠りたいからだとか、そういう意図では決してなかった。その、はずだ。

 けれど、ホーネットはこちらへの追及をやめることはなく、

「何もかも自分の責任と思い込んで悪循環なんて、それこそ前にあたしがやらかした失敗と同じじゃない! なんで、あんたみたいな能天気が下らないデマに踊らされてんのよ!」

「ッ......なら逆に訊くけど! ホーちゃんは本当にあの噂が、全部デマだと思ってるの!?」

 そのとき、彼女の表情が僅かに強張ったのを、バイパーゼロは見逃さなかった。

「なんの根拠もない与太話だって! 根も葉もないオカルトだって、心からちゃんとそう言い切れる!?」

「そ、それは......」

 ADDの襲来には戦闘機少女の存在が関わっている──

 KK能力者が次元干渉を行なうから、奴らは別位相よりこの世界に現れる──

 それは、いつの頃からか巷で囁かれるようなっていた風聞だ。エフワンやドルフィンが数日前、学園の大浴場で語っていた、あの『モジュールを悪用する戦闘機少女』や『幼少時に力を暴走させるKK能力者』と同じ類のもの。

 つまり、不思議と大々的には取り沙汰されないくせに、さりとて反証を挙げるのも難しい確度の情報ということだった

「知ってるんだから! FGAFとか政府が色んなことを隠してるって! 世間に公表できない話がいっぱいあるって! ワタシだってもう分かってるんだから!」

「......バイパー」

 大浴場ではいかにも物知らずなふうを装った。けれど、二年前からずっと調べていたのだ。

 否。より正しくは、『仇であるADDのことを知ろうと躍起になっているうち、嫌でも不穏な情報ばかりが目につくようになっていた』というべきか。

 何しろ今のところ、世界でKK能力を扱えるのは戦闘機少女とADDだけ。そして、その両者の発生時期は概ね四年前で重なっているのだ。加えて、戦闘機少女の殆どは過去にADDと少なからず接点を持っており、KK能力者として覚醒した場所にちょうど奴らが出現したり、あるいは後々になって戦闘機少女の足跡を辿るように襲来したりと、そういったケースが調べれば調べるほど無視できないレベルで存在していた。インターネットなどでは『ADD発生の分布と頻度が、KK能力者を多く抱えた国や戦場に偏っている』という統計データまで公開されているのだ。主に戦闘機少女に批判的な、複数の民間団体(NGO)の手によって。

「......酷過ぎるじゃない! あんまりじゃない!」

 バイパーゼロは別に陰謀論者というわけではない。お偉いさん方に「何も隠すな」と幼稚なことを言うつもりもさらさらない。

 ただ、それでも譲れない一線はあるのだと思う。

 今まで人々を護っているつもりでいた戦闘機少女が、蓋を開けてみれば敵を招き寄せる諸悪の根源かもしれない、など。

 とても許容できる話ではなかった。掌返しにしても酷過ぎると思った。

「だったら、ワタシはいったいどうすればいいの!?」

 バイパーゼロはバルカン砲を絶えず射撃しながら、かつて抱いたあの想いを今再び胸の内に蘇らせる。そこには、苦い罪の味が付随した。

 ──ワタシは『特別』になりたい。

 ──戦闘機少女になって、空と海に挟まれて飛んで、みんなをADDから護る。それはきっと、何よりも『特別』なことに違いない。

 故郷が失われる、ほんの数ヶ月前。

 全国で一斉に実施されたKK能力の適性検査で『A+の判定』を受け、能力開発プログラムを経て妖精学園への入学を決めたばかりの頃。

 バイパーゼロは、自分が新たに手に入れた力を、寝る間も惜しんで練習した。

 学園に入るまでは極力能力を使うな──FGAFからそう厳命されていたにも拘わらず、モジュールを喚び、LeD粒子を操り、KK波を発生させた。

 浮かれていたのだと思う。

 幼い頃に芽生えた、独り善がりな夢。それを神様が聞き届けてくれたに違いないと、そんなふうに無邪気に喜んでしまったのだと思う。

 けれど、その夢は確かにバイパーゼロにとって、純粋な気持ちの顕れでもあったのだ。

「......ワタシ、独りだったんだもん! 故郷のみんなに認めてもらえるまで! 同い歳の子たちと仲良くなるまで! ずっとずっと......パパとママに出会うまで独りだったんだもん!

「ッ!?」

 自分と言葉を交わすあいだも、目線だけはADDから外さなかったホーネットが、そこで初めて首をこちらへ巡らせた。表情には「まさか」という驚きの成分があった。

 そう、知っているわけがないのだ。

 バイパーゼロの口からは今まで誰にも明かしたことがない。妖精学園で弁えているのは、おそらくF-15Jイーグルだけだろう。だから、知っていたら逆におかしい。

 普段からあれほど自分で話題に上らせていたパパとママが。

 その実、パイパーゼロとなんの血の繋がりも持たない──なんて。

「養子、だったの......?」

 ホーネットの言葉に小さく首肯する。

 バイパーゼロの元の生まれはハワイだ。本当の親の顔は知らない。捨て子だったらしい。物心ついた頃には窃盗や恐喝で糊口を凌いでいた。

 パパとママに出会ったのはただの偶然でしかなく、死にかかっていたところを拾われ、その後、どうしてか怖くなるくらい、たくさんの愛情を注いでもらった。

「ずっと、独りだったんだもん......パパとママだけが優しくしてくれて。日本に連れて来られたときは、なかなか馴染めなかったけど......それでもビキニを着て『特別』になれば、みんなもワタシのことを......ちゃんと、受け容れてくれたんだもん!」

 だから。

「もっと認められたかった! 好きになりたかった! ADDから護りたかった! そのためには、ワタシがいっぱい『特別』になればいいと思った!」

「..................」

「なのに......ねえ、ホーちゃん! どうしたらいい!? ワタシが戦闘機少女になったから、みんな死んじゃったのかもしれないなんて、そんなのどうやったら納得できる!?」

『特別』になろうとしたことが間違っている。周りの人々を好きになろうとしたことが間違っている。パパとママに拾われて幸福になったことが間違っている。

 何もかもが間違いだ。誰かにそう告げられた気分だった。

「なら......もう、笑うしか......ないじゃない」

「バイパー」

「笑って誤魔化すしかないじゃないッ!!」

 今回こんなことにでもならなければ、自分はやはり笑っていたのだろう。二年前と同じようにヘラヘラ笑って、葛藤から目を逸らし続けていたのだろう。

 なのに、ADDは再びこの地に現れた。

 自分に罪を突きつけるように。

「っ......」

 視界が滲む。喉の奥から嗚咽が洩れた。頭のなかはもうぐちゃぐちゃで、殆ど八つ当たりの要領で、ディアナ級たちに攻撃を加えてゆく。ホーネットも暫らくは何も言わなかった。砲声と爆音だけが両者の沈黙を埋める。苦境に在りながら痛いほどの静寂を感じた。

 しかし、やがてホーネットが告げてくる。

 先刻までの怒声とは違い、妙に柔らかな口調で以って。

「──初めて、かもね」

「?」

「あんたの、掛け値なしの本音を聞いたのなんて」

 そうかもしれない。結局、自分は仲間たちを信頼できていなかった、ということか。

「ねえ、バイパー。学校の屋内プールでした話、あんた憶えてる? 『あんたは二年前のとき誰も恨まなかったのか?』って話」

「......憶えてる」

「ほんとのところはどうなの? 誰も恨まずに済んだ?」

「分かんないよ......ワタシは誰も恨んでない、あれはどうにもならないことだったって、自分にそう言い聞かせて、とっくに飲み下せたものと思ってたけど......」

『物分りの良いバイパーゼロ』など、所詮、単なる欺瞞でしかなかったと、既にはっきりと証明されてしまった。だから、誰彼構わず「なぜ故郷を救ってくれなかった!?」と憤懣をぶつける、卑怯な己がどこかに隠れていたとしても不思議ではなかった。

「......そっか。なら、ちょっとだけ安心したわ

「ッ、ホーちゃん!?」

「だってそうでしょ? あたしとたった二歳しか違わないくせに、そんなオトナな生き方されたらこっちの立つ瀬がないもの」

 ホーネットは少し困ったように微笑み、

「あんたも、あたしと同じだった。あたしや妖精学園のみんなと同じように、理不尽に駄々をこねて、ときには大泣きして──そういう普通の、女の子でしかなかった」

「......ち、違う。ワタシは......ワタシは『特別』だもん!」

 その一点だけは捨てられないと、バイパーゼロはかぶりを振る。『特別』になりたいのではない、もう今となってはなる以外他にないのだと、ある種の強迫観念にさえ衝き動かされて。

「かもね。でも、あんたの言うその『特別』は、結局、ピクシーズじゃ『普通』なのよ。忘れたの? あたしたちはみんな戦闘機少女で、どいつもこいつも問題児ばっかりなのよ?」

「そ、そんなの......」

「まあ、確かに常時ビキニってのは、ちょっと尖ってるけどねー」

 甘やかな口調でそんなことを言う。そして、そのあいだもADDの攻勢は続いていた。いよいよ回避も防御も厳しくなり、至近で巻き起こった爆発が髪を嬲る。飛んできたミサイルの破片が、ホーネットの頬や肩を切り裂く。バイパーゼロはたまらず「ホーちゃん!」と悲鳴をあげるも、当の本人はそれらを一顧だにしない。こちらの手を変わらず強く握り締め、血の滴を幾筋も垂らしながら、それでもやはり彼女は微笑んでいた。

「だからさ、バイパー。もういいの」

「......っ」

「あんただけ『特別』になる必要はない。あんたがどんな奴でも、あたしたちは受け容れる。周りとか、社会とか、そういう連中が何を言ったって、あたしたちピクシーズは全員一緒に戦う。ADDから世界を護る。同じように──咎だって背負ってみせる」

「......ホー、ちゃん......」

 ADDを世界に呼び込むのは戦闘機少女。それがどこまで本当かは分からない。

 少なくとも両者がまったくの無関係ということはないだろう。ただ、ホーネットはその点を誤魔化そうとはしなかった。噂が真実でも別に構わないと胸を張っていた。

「だって、仮に世界中の戦闘機少女を皆殺しにしたって、ADDが二度と現れないっていう保障もないんだもの。だったら、今は泥縄だろうがマッチポンプだろうが、できる範囲でやりくりして踏ん張るしかない。結末を先送りにするしかない。そうでしょ?」

「いつか、根本的な解決法を、見つけ出すために......?」

「そう。戦闘機少女として──ううん、少しだけ『特別』な『普通』の女の子として」

 それが、彼女の覚悟。ピクシーズの誰もが背負う決意のカタチ。

 罰で満たされるのは、結局、当事者たちの想いだけで、世界の危機を救いはしないから。

 ならば今は、たとえ開き直りと他者に糾弾されようとも。

「二年前、あんたの故郷を救えなかったのは、たぶん『どうしようもないこと』なんかじゃない。ピクシーズみんなの責任なのよ。だから、悩むのも解決するのも、みんなでないと」

「ぐす......うぅ......」

 フッ、と唐突に胸の奥が軽くなったような気がした。

 罪などまだ何一つ赦されてはいないのに、ただ「自分だけじゃない」と分かったただけで、凝り固まっていたものが溶けてゆくようだった。

 特別じゃなくてもいい──その一言が、ひどく胸に沁みた。

「うわぁあん......ホーちゃぁあん!」

 思わず情けない声が転び出て、今度こそ完全に涙腺が決壊する。ホーネットが苦笑した。

「あ〜もう、なんて顔してんのよ。ビキニストの名が廃るわよ?」

「でもっ......でも!」

「いいから。涙拭いて今は敵を見据えなさい。まだ何も終わってないんだから」

 確かに。状況は依然、悪化の一途を辿っていた。ディアナ級たちは既にこちらの背後にまで回り込み、包囲を完成させて一斉攻撃を仕掛けて来ようとしている。全方向から同時に襲い掛かられては打つ手がない。もはや万事休すといえた。

 だが、そんな絶体絶命のなか、ホーネットだけが口端を吊り上げ、

「──ま、運はあたしたちに味方してくれたみたいだけどね」

「ッ!?」

 そこでバイパーゼロも気づいた。遠方から二つの飛翔音が、急速に迫りつつあるのを。

 バイパーゼロが音源のほうへ振り向くのと、ディアナ級たちが一気呵成に畳み掛けてくるのは同時。が、果たして直後に空を走った二条の機影が、色とりどりの煙と空対空ミサイルを放ち、敵の出鼻を挫いて陣形にいっとき穴を穿つ。すかさずホーネットがその穴から窮地を脱すれば、次いで頼もしい声がバイパーゼロの鼓膜を叩いた。

「ぎりぎりセーフであります! ホーネットさん、バイパーさん、ご無事でありますか!?」

「ぱっと見、あんじょう元気みたいどすえ? ほんにしぶといわぁ」

 違えようはずもない。それは、日頃から慣れ親しんだチームメイトたちの軽口。

エフワンことF-1と、T-4ドルフィンの声だった。

「──エ、エフワンちゃん!? ドルフィンちゃんも! 二人とも、どうやってここに!?」

 仲間たちの登場を嬉しく思う反面、あまりにもタイミングが良過ぎて、つい真っ先にそんなことを尋ねてしまう。てっきり、たまたま戦闘音が聞こえる距離にでもいたのかと思えば。

「いえ、それが......自分たちにもよく事情が?み込めないのであります」

「なんや急に誰かはんから通信が入りましてなぁ。ここの座標を教えてもろたんどす」

「......は? 通信? ジャミング圏内で?」

 と、これはバイパーゼロを吊り下げたまま、仲間二人と合流したホーネットの発言。エフワンとドルフィンに護衛されながら、一旦、敵から距離を置こうと湖の中心より遠ざかる。

「はい、そうなのであります! 本当にいきなりで、自分たちにも何がなんだか!」

「その誰かはん、『ホーネットはんに伝言を頼まれた』みたいなこと言うてはりましたえ?」

「......なに、どゆこと? その人、ホーちゃんの知り合い?」

 常識的に考えれば、まあそうだろう。が、なぜかホーネットは難しげな面持ちになり、

「確かに、とある奴に『仲間を探してくれ』って頼みはした......けど、運良く発見できたら儲けものくらいのつもりだったのに、まさかジャミング圏内で通信を届かせるなんて......」

 彼女はぶつぶつと独りごち、次いでチッと鋭く舌を鳴らす。

「......マズったな。どんな離れ技を使ったのか知らないけど、やっぱりあいつ逃がすべきじゃなかったかも」

「一人で納得してないで、自分たちにも説明して欲しいであります!」

「ええ、いいわよ? けど──これがぜんぶ終わってからね!」

 言いながら、こちらを追撃してきたディアンナ級を、ホーネットが一機撃墜。続いてようやく揃ったチームメイトに手早く指示を下してゆく。

「エフワン、ドルフィン! 仕切り直すから時間を稼いで! ディアナ級優先でお願い!」

「? せやけど、新型メルクリウス級の砲撃を放っといたら──」

だからこそ、ディアナ級を先に狙うのよ! ディアナ級たちさえ減らせれば、新型の砲撃は殆ど無効化できる! それについての詳しい説明もあとでする!」

「えぇ!? そんなのばっかりでありますよっ、もう!」

 口では不満たらたら、だが行動だけは恐ろしく迅速に、エフワンとドルフィンが茜の空を翔けてゆく。そして次にホーネットは、こちらに向き直って発破をかけてきた。

「バイパー、戦闘機モジュールは!? あんた今回ブービー賞なんだから、そろそろいいとこ見せなさい! このままじゃ活躍なしで終わっちゃうわよ!?」

「......分かってる! こっ、のぉおッ!」

 背中の痛みはさきほどよりも弱くなっている。精神的なコンディションもだいぶマシになった。バイパーゼロは雄叫びをあげてLeD粒子を励起し、今一度、己が背中に戦闘機少女の象徴たる鋼の翼を纏う。ホーネットの手を離し、ふわりと宙に滞空した。

 戦闘機モジュール。洋上迷彩カラーの美しいシルエット。自分が『特別』であることの証。

 けれど、何も『特別』なのは自分だけじゃない。

 妖精学園にいれば、もう殊更、そこに拘る必要はない。『皆のなかの一人』でいい。

 だから。

「──いけるよ、ホーちゃん!」

「了解! この馬鹿騒ぎを終わらせるわよ!」

 チームリーダーの合図と共に、バイパーゼロは一気に増速。先行して既に戦いを始めていたエフワンたちに追いつき、四身一体の猛禽と化して敵の只中に突っ込んでゆく。

「ほな、皆はんお待ちかねのドルフィン演舞、華麗にいきますえ〜」

 ドルフィンが早速とばかりにカラフルな雲を曳いた。搭載された発煙装置でADDの感覚を削ぎ落とし、数の利を覆し得るだけの端緒を作り出すためだ。のっけから空戦のセオリーにない奇抜に過ぎる洗礼を受け、ディアナ級たちが泡を食って散開してゆく。

 そしてドルフィンはといえば、持った扇子をパタパタとあおぎ、最後に何やら無駄な決めポーズ。いつものとおり安定の『どんなときも一人だけ余裕の構え』である。さすが過ぎる。

「お粗末はん〜♪ 続いて魅せまするは、ガテン系とミリオタの夢のコラボ〜」

「な、なんで見世物小屋みたいな口上になってんのよ......? つーか、あたしの服はガテン系じゃない! 蜂よ、蜂ッ!」

「くぅ〜っ! なんだか専用のマーチが欲しいところでありますなぁ!」

 蜘蛛の子を散らすが如く乱れ飛ぶ敵を、すかさず攻め立てるのはホーネットとエフワン。左右からバルカン砲の斉射を浴びせつつ、追い込み漁のようにディアナ級たちを追撃し、任意の空間へじりじりと誘導してゆく。無論、こちらの狙いに気づいた個体もなかにはいるが、阿吽の呼吸で飛翔する二人が敵の自由を許さない。直後にホーネットたちが取った行動は、常人ならば間違いなく己が目を疑うものだ。

「エフワン! シザース、連続でやるわよ!」

「了解であります! 速度合わせ────よろし!」

「「今ッ!」」

 ホーネットとエフワンが大外から猛スピードで交錯する。ほぼ激突ぎりぎりのコースだ。

 が、二人の戦闘機少女はどうにか紙一重で互いの傍らをすり抜け──かと思えば次の刹那、アフターバーナーも用いずに度外れた加速を見せた。そして、それぞれが弓なりに軌道を変じるや、まるで両の刃を閉じる鋏のように、左右入れ代わったポジションから、ディアナ級に向けて更なる砲火。追い込みを嫌って逃げようとしていた敵機を、再び魔法のように自分たちの制御下に置くことに成功する。

 戦闘機少女オリジナルの格闘マニューバ『シザースレイド』。

 互いの物理保護を引っ掛けるように接触・反発させ合うことで、瞬間的に方向転換と速度増加を果たす高等技法。

 リコシェターンに比べてその恩恵は微々たるものだが、一方のベクトル・エネルギーだけが犠牲になるという無駄がないため、熟練者同士ならば連続して行なうことで効果をより際立たせられる。ホーネットとエフワンは、ディアナ級たちが転進の兆しを見せるたび、同様の手法で空に十字の軌跡を描き、敵勢を徐々にただの一塊の烏合へと変えていった。

「はんっ、気分はさながら西部劇のカウガールってね!」

「ハイヨー・シルバーッ! であります!」

 低等級のADDは予想外の事態に多く直面すると、どうしても咄嗟に一定のアルゴリズムに従ってしまう。大部隊ともなれば『自由に使える飛翔空間』が限られてくるため尚更だ。今や相当数のディアナ級たちが、追い立てられる牛よろしく統制を失っていた。

 そこへ、続いてバイパーゼロが速やかに突撃を仕掛ける。

「......さっきはよくも袋叩きにしてくれたよね! 借りはきっちり熨斗つけて返すから!」

 吼えるやいなや、翼下に搭載した90式空対空誘導弾を発射。二基のAAMは速やかに敵勢のなかに飛び込むと、手当たり次第にディアナ級たちを巻き込み、夕焼け空をひときわ赤々と染め上げる。エフワンとドルフィンが手を振って快哉を叫んだ。

「タリホーッ! これで敵の頭数をかなり減らしたであります!」

「といっても、まだ半分以上が健在、本命も控えておす。油断はペケどすえ?」

 宜なるかな。ディアナ級やアポロ級に比べて、メリクリウス級などの大型ADDは、高度な判断力を有している。多勢に囲まれるのは先日起きた日本アルプスの一件と同じだが、司令塔の有無はここぞというところで番狂わせになりかねない。

 そして事実。

「平気よ! この調子ならメリクリウス級の再チャージまでにディアナ級を殲滅できる! 持久戦に持ち込まれる前に速攻で──」

「待ってホーちゃん! なんか敵の様子がおかしい!」

 今しも巨大な火の玉と化した先行のディアナ級、その爆炎を抜けた先で思わぬ光景を目の当たりにし、バイパーゼロは慌ててホーネットに呼びかけた。

 それまで配下のディアナ級に戦闘の大部分を任せ、自分は無為に弾幕を張るばかりだったグレイヴストーンが、なぜかハリネズミめいた副砲を一斉に動かし始めたのだ。

 しかも、あろうことか。

 己の周囲を飛ぶディアナ級たちに向けて

「「「「ッ!?」」」」

 バイパーゼロを含むチーム全員が、ほぼ瞬時に敵の意図を悟る。けれど、悟ったときにはもう既にグレイヴストーンの、一種、暴挙とも取れる行動は開始されていた。

 砲声が幾重にも連なり、ディアナ級が次々に撃墜され、そして当然の帰結として──そのすべてがLeD粒子に還ってゆく

「ディアナ級のLeD粒子で、主砲のチャージ時間の短縮を!?」

 叫んだホーネットがさせまじと飛び出すが、他のディアナ級たちがそれを許さなかった。

 バイパーゼロはさきほど単独で、一度グレイヴストーンに接敵しているが、それは向こうに呼び込む意図があったため。ただ足止めにのみ専意されては進撃もあえなく終わる。ホーネット以外の三人も、波状攻撃で八方から弾雨を降らされ、なす術もなく追い散らされた。

「ッ、まずいでありますよ!? 相手、持久戦のつもりなんて最初から──」

「短期決戦で、うちらの息の根、確実に止める気どすえ!」

 エフワンはおろか、普段冷静なドルフィンまでもが、焦燥も露に声を荒げる。

 実際、敵の取った戦法は出鱈目もいいところだった。同士討ちで仲間のLeD粒子を『奪う』という行動自体は、これまでにも新型のディアナ級などがたびたび見せていたが、まさか同様の手口を戦艦型ADDがこんなカタチで用いるとは。

 臨機応変といえば聞こえは良いが、長い時間を掛けて増やした貴重な戦力を、少数のこちら相手に使い潰そうというのだ。『高度な判断力』と呼ぶには些か乱暴に過ぎる思考だろう。

 あるいは──そう、まるで合理性よりも『感情』を優先したかのように

「ADDが感情任せになんて、そんなことあるわけが......ッ!」

 戦闘機少女を憎んでいるのか、と問い質したバイパーゼロ自身、俄かには信じられず唇を噛む。ホーネットはなんとか突破口を見つけようと、敵勢へ果敢にアタックを繰り返していた。

「......バイパー、奴の砲撃は!? タイミングさえ計れれば、あたしたちでも防げる!?」

「む、無理だよ! ディアナ級を十数機も『壁』として使って、それでも受けるほうはバラバラになってたもん! ワタシたち四人の物理保護じゃ力を合わせたって保たないよ!」

 また同様に、おそらく回避も不可能だろう。スペック的にはチームでもっとも優れた戦闘機モジュールを有す自分が、来るとあらかじめ分かっていながらも、アフターバーナーをつぎ込み、ドラッグシュートまで犠牲にして、ようやく致命傷を避けられる速度と規模なのだ。バイパーゼロも二度はできないし、ホーネットたちでは言わずもがなである。

「......皆さん!」「来ますえ!」

 エフワンとドルフィンの警告が重なった。グレイヴストーンの砲撃が遂に止み、今や湖は再び濃いLeD粒子のなか。その中心にそびえ立つ長球体の頂から、目も眩むような凄まじい閃光が迸る。全身の毛穴という毛穴がいっぺんに開くのを感じた。

 駄目だ、万策尽きた。

 今度こそどうしようもない。

 死ぬ。

「..................ッッッ」

 その瞬間。なぜ強く「抗おう」と思ったのかは、バイパーゼロ自身にも定かではない。

 湖に沈んだときは簡単に諦めたくせに。初めから死を望んでいたわけではないにせよ、それでも「ここまで頑張ったのなら」と運命を受け容れたくせに。

 どうしてか今だけは──断じて否、と。

「ッ!? ちょっ、バイパー!?」

 だから、気づいたときにはもう飛び出していた。仲間たちの制止の声も置き去りに、大気に波紋を描き、爆音と共に飛翔して、無我夢中でまっしぐらに前方へ。

 直後、視界が爆光に包まれる。世界から音が消え去る。

 すべては刹那の出来事だ。

 人間では知覚できるはずもないマッハ二〇の弾速。

 だが、そのときバイパーゼロの目には、何もかもがスローモーションに映っていた。

 グレイヴストーンの直上に配置されていたディアナ級たちの『壁』が吹き飛び、次元干渉の衝突で軌道を変更させられた砲弾代わりの一機が、やはり同様に射線上の味方機をあらかた蹴散らしながら自分へと迫る。仲間を犠牲にして放たれる比類なき一射。

 対するこちらはバイパーゼロ。曰く『平成の零戦』。

 名は体を表す、とは、よく言うけれど。

「......違う!」

 バイパーゼロは叫んだ。事のさなかにか、終わったあとにか、それさえ分からないままに。

「自滅の覚悟なんてしない! ワタシは死なないし、仲間も死なせない! そんな『特別』はもう要らない! ワタシはただのピクシーズなんだから!」

 光に呑まれながら思い出す。妖精学園に入学するため、故郷の町を出た日のことを。

 戦闘機少女になった自分を皆が口々に「凄いな」「立派だ」「偉いぞ」と誉めそやすなか、なぜかパパとママだけがあまり嬉しそうではなかったことを。

 ただ黙って、どこか寂しげな風情で、自分の頭を撫でてくれた二人。

 拾ってもらった恩返しにと、孤独を埋めてくれたお礼にと、頑張って『特別』になった自分に、どうして何も言ってくれないのか──当時はまるで理解が及ばなかった。

 でも、今なら少しだけ二人の気持ちが分かる。

 分かる気がする、から。

「......ワタシはもうみんなの元を離れない! 自分のいるべき場所を、故郷を、絶対に間違えたりしない! あんたたちにどんな事情があったって負けるもんか!」

 あとは一息、ただ思いの丈を。

「ワタシが帰るのは、妖精学園なんだからぁあああああッ!!」

 洗いざらい全部ぶち撒けた瞬間、己のなかで何かが膨れ上がるのを感じた。

 何度でも言う。すべては刹那の出来事だ。

 立て続けに起きた異常事態に対する認識と行動、それらが正確にはどの順序で発生したのかもいまいち判然としない。ゆえに、ここから先は多分に憶測も含んでいる。

 しかしながら、それでもホーネットは確かに見たのだ。

「ッ、あれって......!?」

 単独で飛び出したバイパーゼロの全身が、LeD粒子に呼応して青い輝きに包まれ──次いで彼女の眼前に、何か途方もなく巨大な影が立ち塞がるのを

 水だ。

 突然、数十万トンにも達するだろう大量の水が、眼下の湖から逆しまの大瀑布となって空を貫き、障壁みたくバイパーゼロの前面を覆い尽くしたのである。

「まさか、バイパーの『特殊事象改変(フルドライブ)』!?」

 LeD粒子のフルドライブ化。それによって起こる、極めて特殊な事象改変。

 現在、世界で確認されているKK能力者のうち、一割にも満たない少数のみが発現しているとされる、いわば戦闘機少女にとっての切り札。

 精鋭揃いである妖精学園においても、未だ三分の一以上が習得叶っておらず、それはバイパーゼロも同じだったのだが──まさかこの土壇場で開眼に至るとは。

「くっ......水を、操って......?」

 フルドライブの効果は、戦闘機少女ごとに異なる。たとえばキ-201火龍の〈Flamme des alamander(フランム・デス・ザラマンダー)〉などは、弾丸の高速補充と火薬の激増による炎の嵐もかくやの猛射で、本人の気性を表すかのように攻撃的で分かりやすいものだ。

 対してバイパーゼロのそれは、おそらくジェット噴流か何かを媒介に、湖水を操っているのだとは思うが......詳細は不明。とにかく事象改変の規模が尋常ではなかった。

 力ある其の名を、今、バイパーゼロが解き放つ。

「──〈Blueburst Return to Zero(ブルーバースト・リターン・トゥー・ゼロ)〉ッッッ!」

 寸毫ののち、新型メリクリウス級の砲撃が、水の障壁に激突した。

 力の奔流と奔流が正面からぶつかり合い、大気がひっちゃかめっちゃかに攪拌されて、いっとき満足に息をすることも叶わなくなる。莫大な飛沫が散り、空に虹が架かった。

 二者が強大なKK能力を同時に行使すれば、必定、勝負はLeD粒子の争奪戦ということになる。新型メリクリウス級の主砲と、バイパーゼロのフルドライブ、実際はどちらが先に為され、どちらが割りを食ったのか。ホーネットにそれを知る術はないが──しかし、結果だけを語るならば話は簡単だ。

 相殺。そして、矛と盾の対決ならば当然『護り切った側』が勝者である。

 バイパーゼロの決意と抵抗が、破滅の運命を退けた瞬間だった。

「......ッ!」

 ホーネットは、エフワンやドルフィンと共に、固唾を呑んでその光景を見届ける。

 俄かに立ち込めた水煙が晴れれば、そこには五体満足で宙に浮かぶチームメイトの姿。そして新型メリクリウス級の変わらぬ威容があった。

 フルドライブは諸刃の剣だ。強力であるぶん消耗も激しい。

 加えてここまで累積した疲労も手伝い、とうとう正体を完全に失ったのだろう。バイパーゼロの背からモジュールが消え、身体がぐらりと揺れて天地を入れ替える。

 だが、この段になればさすがにホーネットたちも動いていた。

「ドルフィン、バイパーをお願い! エフワンはあたしと最後の詰めを!」

「「了解っ!」」

 仲間二人に指示を出しながら全力で翔ける。ドルフィンが落下途中のバイパーゼロをキャッチし、ホーネットとエフワンは新型メリクリウス級の元へ。

 もはや道を阻むものは何もなかった。

 ディアナ級の大半は既に失われている。手駒を欠いた裸の王様(キング)など脅威ではない。

 半ば破れかぶれとも取れる副砲の弾幕を突破し、少数残った敵機の掃除を手信号でエフワンに任せると、ホーネットは新型メリクリウス級の頭上に着けた。狙いは無用の長物と化した弾体加速装置(カタパルト)。硬い外殻を破るのは手間だが、ここなら脆い内部構造が丸見えである。

「......バイパーが言ってたとおり、ひょっとしたら本当に、あんたたちADDにも何か事情があるのかもね」

 ホーネットは静かに語りながら、各種弾薬を限界まで召喚する。

「でも、思うところを抱えてるのはお互い様よ。二年前、あたしはまだ学園にいなかったけど、この報復は絶対に正当な権利なんだから」

 次いで、火器管制システムにGОサイン。眼前に開いた大口のなかへ、迷いなくミサイルと砲弾をぶち撒ける。咆号一喝、相手に最大の罪状を突きつけてやりながら──だ。

「うちのビキニ馬鹿を泣かせ過ぎなのよ、あんたはッ!」

 直後、爆薬をたらふく食わされ、目標が木っ端微塵に吹き飛ぶ。

 だがその間際、斜めに傾いだ新型メリクリウス級の巨体が、オオオオオオオオオン、と呪詛めいた軋みの声を宵闇の空へと放った。

 無論、そう聞こえたのはただの錯覚に過ぎなかったろうが。

「......お門違いだっての。ここはバイパーの大切な場所で、あんたはそれを奪った側でしょ」

 冷徹に吐き捨てミサイルを追加。散々に手こずらせてくれた難敵を、粒子化を待たずに徹底して焼き尽す。爆音が未練がましい断末魔を容赦なく叩き切る。

 それが、長い長い一日の幕引きとなった。

「──ホーネット・チームより入電。『目標を撃破。仲間も全員無事。色々言わなきゃならないことはあるけど纏めてあとで。とりあえず帰投する』だって」

 妖精学園の広い作戦室。コンソールの前に座っていたRQ-3ダークスターが淡々と、けれど心なしか弾んだ声でそんな報告を寄越す。

 途端、F-15Jイーグルは盛大に机に突っ伏してしまった。

「あぁ、良かった......本当に、良かった......っ」

 肩の荷が一挙に下りた気分というべきか。つい数分前「ADDのジャミングが消えた」という報せが、中国地方に出張っている火龍と試製橘花より齎されたため、もしかしたらと期待してはいたのだが。やはりホーネットたちが首尾良くやってくれたらしい。

「もう、私まで生きた心地がしませんでしたよ......」

 大袈裟と言うなかれ。何しろ今日の昼頃より連絡がぱったりと途絶えていた四人である。

 その身を案じながらも指揮官として最悪の場合に備え、新型メルクリウス級を撃破するための新プランを練っていたイーグルは、紛れもない吉報に思わず涙ぐみさえしてしまう。

「私も、ちょっと安心したかも」

「ええ。ダークスターさんもお疲れさまでした」

 正確にはまだ「お疲れさま」を言うのは早いのだ。現在、日本各地でADDの出現が確認されており、日本ピクーズ総出で対処に当たっている最中である。全国に散った各チームの報告によれば、もうどこも大方ケリがついたようだが、完全に収束するまで油断は禁物だろう。

 ただ──それでもやはり、ダークスターの手足に巻かれた真新しい包帯などを見ると、イーグルは重ね重ね「今回は皆に随分と無理をさせたな」と感じてしまう。

 いつもなら最低、四、五人は詰めている作戦室も、現在は自分と彼女の二人だけ。そしてダークスターは今日の午前中、ファントムらと共に出撃し、まだ負傷したばかりなのだった。

「......怪我ならへいき。庇ってもらったから」

 視線でこちらの考えていることを察したか、ダークスターが椅子ごと向き直って続けてくる。

「このくらいでサボってたら、病院にいるファントムたちに怒られる」

「まあ、確かにファントムさんなら、厨二っぽい台詞で何か言いそうですけど」

「うん。すごくイタい。──ところで委員長」

「? はい?」

「これから、だいじょうぶ?」

 イーグルは僅かに驚き、ダークスターを見詰めた。次いで暫らくしたのち頬を緩める。

 彼女が何を憂いているのかは明白だ。相変わらず年齢の割に聡い子である。

「そうですね。確かにちょっと......ええ、大変かもしれません」

 何しろ今回の件でF-4EJファントム㈼は、まず間違いなく向こう数週間の戦線離脱。彼女と共に出撃したF-20タイガーシャークと、F-117ナイトホークも二、三日は様子見。加えてホーネットたち四人も、作戦完了時間が当初の予定より大幅に延長している点を鑑みて、無傷で新型メリクリウス級を仕留められたとは考えにくい。最悪、全員が入院コースかもしれない。

「だとしたら、大幅な戦力ダウンです。またシフトを見直さないと」

「最近、すごく忙しいのに......」

 まったくだ。ただでさえ少ない人員で回しているなか、ADDの発生頻度は上がる一方、おまけに新型も増える一方。何か些細な踏み間違いを起こすだけで、たちまち妖精学園は立ち行かなくなるだろう。またぞろ破綻を回避するための、綱渡りの日々が始まりそうだった。

「でも、その割に委員長、なんだか嬉しそう」

「え? そ、そうですか?」

「顔がちょっとニヤけてる。......マゾ?」

「誰に教わったんですか、そんな言葉!? またラプターさんとライトニングさんですか!?」

 まあ、確かに少しニヤけてはいるかもしれない。別に現状を楽観視しているとか、そういうことではないのだけれど。

「......ただ、今回のことで少し自信がついたので。これから先、何が起きても『きっとなんとかなる』って」

「そっか。二年前の雪辱、果たせたもんね」

「ええ」

 学園を設立当初から率いてきたイーグルは、これまでも幾度となく窮地を経験してきた。失敗も数限りなく犯してきた。二年前のことなどは、特に分かりやすいだろう。どうしようもなかったことだけれど、どうしようもなかったでは済ませられない。

 だが、それでも。

 ミスを重ねるたびに少しずつ成長して、次こそはと仲間と共に歩んできたのだ。

 今回、誰よりも苦しかっただろうバイパーゼロはもちろんのこと、他のピクシーズメンバーたちも一丸となって、過去の再演のような苦境を打破してくれた。

 誰一人として欠けず、民間人から犠牲者も出さず。

 それが自分たちの手にした確たる結実に感じられ、胸の奥になんとも清々しいものが流れ込んでくる。紛れもなくこれは、日本ピクシーズ全員の勝利だった。

「だから、何があっても大丈夫ですよ。私たちならまた乗り越えられます」

「頼もしい。さすがピクシーズの総指揮官」

 ダークスターの、素直すぎて無感動にも聞こえる賛辞が、今ばかりは心地良かった。

「じゃあ、さっそくだけど──一つ乗り越えてもらいたい案件がある」

「へ?」

 ......そう、ここまでならば文句なしに良い話だったのだが。

「これ見て」

「スマホ、ですか?」

「そう。この前、変なページ見つけたの。完全会員制なんだけど、ある掲示板でおかしな噂を聞いたから、ちょっとハッキングしてみて......それで、びっくりした」

「ハ、ハッキング!? ダークスターさん!?」

「私たちピクシーズの重要な情報が、なぜか平然と外部に洩れてる。というより、知らないあいだに学園のみんなが、微妙な感じの被害に遭ってる

 情報の漏洩? 皆に被害が!?

 キナ臭すぎるワードの連続に、さしものイーグルも表情を引き締め、示されたスマホの画面を覗き込む。問題のホームページの頭には次のような文句がでかでかと記されていた。

 ──ようこそ、ビキニスト諸君。地球最後の楽園『B∴B教団』へ。

「........................ゑ」

 目が点になるとは、まさにこのことか。

 一瞬、何かの冗談かと疑い、半笑いになりながらもページをスクロールしてゆけば、まあ出るわ出るわイカレた内容が。『教団の心得ビキニ五箇条』『合言葉はビキニ』『ビキニの正しい着付け方』『ビキニを嗤う者には死を』『交番襲撃/実行部隊募集』『ビキニの栽培方法』『ビキニの美味しい食べ方』『ホッカイロ? 要るものか!』『ビキニだって生きている』『八百ビキニ伝説・超銀河旅情編〜ワタシが恋したビキニなアイツ〜』『ロリ派VS巨乳派・徹底討論/ビキニが真に似合うのはどっち!?』『児ポ法撤廃までの道のり』等々。

 おまけに『御神体』と称される、どっかで見た感アリアリのいたいけな少女たちが、無許可の──一応、目元に黒い横線が引かれてはいた──際どいビキニ姿&危ないポージングで掲載されているに至り、イーグルの顔から次第にあらゆる感情が抜け落ちてゆく。

「例の人、学園で水難救助(プール)の授業とかあるたびに、何かにつけて私たちにビキニを着せようとしてきたけど......どうもこういう意図があったみたい」

 完全に固まってしまったこちらに、やはり淡々とダークスターが告げてくる。

「私、押し切られて何度か着ちゃったから。というか、たぶんクラス全員がそう」

「..........................................」

「みんな、なんだかんだで、すごく甘いと思う」

「..............................................
..................................................」

 イーグルはそんな彼女の言葉に何も応えられぬまま、機械的な動作で以ってホームページを隅々まで確認。そして『現在の入信者数』というカウンターに示された、もはや驚愕を通り越して戦慄ものの数字を目にしたところで────口から魂が抜けた。

件名:この世界は狙われていますッッッ!

 ADDどころの騒ぎではありません! もっと野蛮且つおぞましい、そして何より破廉恥な存在によって、この世界は人知れず脅かされています! 私たち日本ピクシーズは断固戦わなければなりません! 身内の恥です! 今度という今度は説教程度じゃ許しません! 誰がなんと言おうと普通の服を着てもらいます! バイパーさんにそう伝えておいてください!(激怒)』

 といった具合のメールがスマホに入り、空を飛翔していたホーネットは眉を顰めた。

「......何これ? 委員長、頭おかしくなったのかしら?」

「またぞろバイパーはん絡みなんと違います? 隠しとった大ポカが発覚したとか」

「あ、そういえばさっき自分が担いでいたとき、バイパーさんのスマホ震えてたであります。勝手に出るわけにもいかなかったので無視したでありますが」

 なるほど。だから、巡り巡ってチームリーダーの自分の元へ、委員長から苦情のメールが届いたというわけか。せっかく作戦が終わり、意気揚々と引き揚げる最中だったというのに、このぶんだと帰ったら自分たちまで、とばっちりで叱られそうな勢いだった。

 まったく、今度は何をしでかしてくれたのか。

「バイパーはん、起きまへんなぁ」

「背中の怪我とかけっこう酷いのに、よく平気で寝られるものであります」

 隣を飛ぶドルフィンとエフワンが言う。ここまで交代で担いできた問題のビキニ娘は、未だ穏やかにすやすやと寝息を立てたまま、現在はホーネットの腕のなかに収まっていた。

「......まさか生まれて初めてのお姫様抱っこが、される側じゃなくてする側、しかもビキニ相手とはね。なんか色々汚されちゃった気分だわ」

「それを言うなら自分なんて、さっき胸を揉まれたでありますよ!」

「寝ててもセクハラとか剛の者どすなぁ」

「......うへへ、ホーちゃんの初めてェ......下も、いつか必ず......奪う......ZZZZZ」

「なんか寝言がやたら不穏だし。ほんとは起きてんじゃないの、こいつ?」

「「さぁ......?」」

 とまれ、ホーネットは仲間たちと喋りながら、もう一度メールの文面に視線を落とした。

 読めば読むほど意味不明。そして不可能なことを言っている気がする。

「バイパーに普通の服、ねぇ」

「無理でありますな」「無駄なんと違います?」

「あんたら身も蓋もないわね。いや、あたしもそう思うけど」

 いくら『特別』に拘るのをやめても、それとビキニ(これ)とは別問題だよ! とか騒ぐ姿がありありと目に浮かぶ。本当に困った友人だった。

 しかしまあ──いいだろう。それがバイパーゼロという少女の持ち味だ。

 怒って、泣いて、絶望に暮れて......そんな似合わない表情ばかり拝ませられた今回のことを思えば、心から笑ってくれている限りビキニくらい大目に見てやろう。そんな気にもなる。

 彼女の笑顔はたぶん、平常運転の証だから。

 自分たちチームが、日本ピクシーズが、いつもどおり過不足なく機能している、その確かな裏づけに他ならないから。

「ま、度が過ぎたらフツーに折檻だけどね」

 ただの能天気なふうに見えて、その実、自分と同じくらい難儀な娘だけど、それでも日々を賑やかに過ごしていたあの姿が、すべて演技だったなんてことはあるはずもない。普段どおりの笑顔こそ怪しむべき──バイパーにそんな疑惑を向けるのは二度とゴメンだった。

「あ、んっ......ホーちゃん」

「ん?」

「電気、消してぇ......ビキニが丸見えに......なっちゃう」

 再びの寝言。本当にどんな夢を見ているのやら。だが、少し気になりはしたものの、たぶんそこは追究せぬが華なのだろう。

 少なくとも自分の名前は出てきているのだ。

 ならばきっと、それは亡くした故郷(モノ)ではなく、今ある学園(モノ)の夢に違いない。

 既に終わった泡沫の幸福に、いつまでも浸り続けるなんて。そんな詩的なキャラに位置づけるには、この人魚姫はちょっとばかり濃過ぎるし。

「──うっし。ほんじゃ委員長にサクッと怒られに帰りますか!」

「「了解っ」」

 幸せそうに眠るビキニ娘を抱え、ホーネット一同は速やかに再加速。夜の帳が降りた空を軽やかに翔けてゆく。何者にも決して縛られぬと、今だけは奔放さを体現するように。

 ときに過去に追われ、ときに未来を追って。

 少女たちは現在(いま)を生きる。

 それは、雛鳥の羽ばたきにも似て、未熟なれど力強く。

 ただ一途なまでに。

〈Fin〉

 これは余談だ。

 本来、今はまだ語られるべきではない幕間劇。

 ホーネットたちが妖精学園に向けて飛び立ったあと。

 激戦が繰り広げられた湖の岸辺に、人影が一つ、亡霊のような唐突さで姿を現した。

「......案の定か。生き意地汚いことだな」

 亡霊、という表現はあながち的を外していまい。何しろここは二年前、悲劇に見舞われた土地だ。そのうえ、件の人物の姿格好もどこか浮世場慣れしていた。

 金髪碧眼に白い肌。軍服めいた黒コート。触れれば切れるような美貌。

 男性めいた口調だが、顔立ちは少女のそれである。

 おまけに──足が地面から数メートルほど離れている、とあっては、もう亡霊でない根拠は季節が晩冬であることくらいか。

 とまれ、その少女は腕組みした姿勢のまま宙を滑ると、ほどなく湖の中央付近でぴたりと静止した。刃のように鋭い眼差しは水面に注がれ、口元には皮肉げな笑みが刻まれている。

「それで隠れているつもりか? 出てこい」

 続いて少女は、掌を湖面に翳すと、暫時の間を空ける。

 深閑とした夜闇のなか、梢を揺らす風の音だけが、さわさわと虚しく響いた。

 だが、静寂もそう長くは続かない。湖の底から不意に、何か青白い輝きが──鬼火のようなものが、ゆっくりと浮かび上がってきたからだ。

 その鬼火は間もなく水から脱すると、吸い込まれるようにして少女の手なかに収まった。

 五指を開けば、そこには強い燐光を放つ、複雑な形状の結晶体が。

「──ショゴス

 それが結晶体の名前なのか、呟いた少女は笑みを一層深いものに変える。

「あれだけ特異な能力を備えていた貴様だ。年経た個体だろうとは考えていたが......随分と勤勉だな。破壊される前に『核』だけを水中に逃がすなど、それも人類(ヒト)から学んだ知恵か?」

 ショゴスと呼ばれた結晶体は応えない。当然だ。所詮はただの物である。

 ......否。果たして本当にそうか?

 言葉のいらえこそないが、しかし少女が何か口を開くたび、結晶体は内容を理解しているかのように、輝きの光量を変えてみせるではないか。

 よく目を凝らせば、その輝きの奥、結晶体のなかには──何やら歪に蠢く影。

 不定形の生物らしき存在が、封入されているのだった。

「大方、管理の緩い『門』が開いたのをいいことに、KK波の残り香を追ってこの地に現れたのだろうが......残念だったな。烏滸がましくも、世界の守護者を気取るあの娘たちは、無知ではあっても無力ではない。勢力の分散を狙って他所にけしかけたADDも既に潰されたぞ? もっとも、こうして最後の最後でツメを誤るあたり、まだまだ甘いようだが」

 少女は滔々と語りながら、掌に乗せた結晶体を握り締め、徐々に強い力を掛けてゆく。

「この場をやり過ごし、英気を養いつつ潜伏。そして、いずれ再び外殻を纏って使命を果たさんと、そのような魂胆だったのだろうがな。あいにく私の目は誤魔化せん」

 パキッ、パキッ、と結晶体に細かなヒビが入る。光は今や激しい明滅に変わっていた。

 だが、少女は決して力を緩めない。どこか忌々しげとも取れる所作で、結晶体をじわじわと握り潰してゆく。次なる台詞はまるで冥府の底より響いたかのようだった。

「──目障りなのだ。貴様らも、貴様らを従える『王』も

 ゆえに、ごくごくシンプルな帰結として。

「貴様はここで死ね。業腹だが、今は貴様一匹の見せしめで、良しとしておいてやる」

 そして、遂に強度の限界が訪れた。

 結晶体は呆気なく粉々に砕け散り、封じられていたモノを外気に晒す。

 ところが、少女はその姿を具に認めようともしない。続けてトドメの爪牙を振るった。

 夜気を裂いて飛んだのは無数の火線。瞬く間に結晶体の中身が蜂の巣にされる。爆裂四散した肉片は暗中に消えてそれっきりだ。もはや誰にも確認しようがなかった。

「ふん」

 小さく鼻を鳴らし、髪を掻き上げる少女。いかにもつまらなさげな風情である。

「とんだ手間を食ったな。あいつめ、何が『お仕事』だ。さすがに今度という今度はお咎めなしというわけにはいかんぞ」

 が、そこで。

「他の子たちに示しがつきませんか?」

「ッ!?」

 背後から第三者の声。

 まったくその存在に気づかなかったのだろう。ハッと後ろを振り返りかけた少女だが、しかし咄嗟に踏み止まって身体を固定する。まるで新たに現れた人物に無様を見せまいとするかのように。そして、そのまま前を向いた姿勢で短く尋ねた。

「......来ていたのか」

「ええ。つい今しがたですが」

「人が悪いな。早く声をかけてくれれば良いものを」

 ここまで一貫して、厳しい調子を保っていた黒コートの少女の声に、はっきりと親しみや敬意らしき感情が込められていた。それは彼女の背後に佇む人物──こちらも声は歳若い娘のそれだ──も変わらない。どうやら二人は知己と呼べる間柄であるらしい。

「イレギュラーな『門』の発生を観測したので来てみたのですが......貴女がここにいるということは、問題を起こしたのは『私の半身』ではなく『彼女』のほうですか?」

「そういうことだ。なまじ優秀過ぎるのも考えものでな。妖精学園に『因縁の相手』がいるせいか、事あるごとにちょっかいを掛けようとする」

 困ったものだ、と黒コートの少女はやや諧謔的な仕草で肩を竦め、

「......すまなかったな。無駄足を踏ませてしまって」

 次いで、微かに眉を曇らせながら、そんなことを言った。

「貴女の手を煩わせぬようにと、こちらで内々に処理するつもりだったのだが」

「構いません。寧ろ貴女の負担が大き過ぎると、常々負い目を感じていましたから。今夜のことはいい薬です──と、自分で言ったらおかしいのかしら?」

「別に、私の負担など大したことは......」

「ありませんか?」

「..............................いや」

 思い当たる節があった。というよりも、あり過ぎたのだろう。黒コートの少女がばつが悪そうな面持ちになる。逆に背後の少女は控え目な声で笑ったものだった。

「苦労させられているようですね、あの子たちに

「......分かっているなら、そろそろ運用を検討しろ。『あいつ』ほどではないにせよ、どいつもこいつも難物ばかりだ。雌伏の時間が長過ぎて、皆、いい加減に焦れ始めている」

「残念ですが、まだ機が熟していません。もう暫らく貴女が手綱を握ってあげてください」

 望まぬ回答だったか、黒コートの少女が僅かに憮然となる。

「私は......子守りではないぞ」

「ええ、分かっています」

「貴女の翼だ」

「知っていますよ? だって、そう約束しましたもの」

「今のところネズミもかくやの仕事ばかりだが」

「ふふ。今日はいつになく食い下がりますね、私の『特別』な子?」

 あやすように受け流され続け、黒コートの少女は溜め息をつく。やがて諸手を挙げて降参のポーズを取ってみせた。どうやら背後の少女にめっぽう弱い性質らしい。

「......分かった。ただし、そのぶん加減はできんからな?」

「貴女にすべてお任せします。いよいよ駄目だと感じた子に関しては──ええ、それならば仕方がありませんね。貴女の裁量で『処分』してしまってください

「心得た」

 黒コートの少女が素っ気なく請け合えば、信頼が為せる業か、あるいは別の意図によるものか。背後の少女も簡単に納得し、続いて別れの挨拶を口にした。

「では、万事よろしくお願いしますね──ブラックバード

 背後の気配が薄れる。それを感じて黒コートの少女がようやく振り返った。

 最後、ブラックバードと呼ばれた少女の目に映ったものは、たおやかに微笑む純白の衣装を纏った何者かの残滓。だが、それもすぐに闇のなかに溶けて見えなくなってしまう。

 あとには何も残らない。数瞬前までそこに人がいた痕跡など何も。

 それから一拍、二拍、三拍と少し長い沈黙があり、

「......私の『特別』な子、か」

 ぽつりと、そんな言葉がブラックバードの朱唇から洩れた。

『特別』。それは奇しくも一人の戦闘機少女が、幼い頃より振り回されたフレーズである。無論、純白の彼女は何も知らずに用いたのだろうが。

「私も大概、単純な女だな。この程度のことであっさりと胸が躍る」

 口元に笑みを刻み、次いでブラックバードは、ゆるゆると高度を取り始めた。

 もはや暈した言い回しをする必要もあるまい。彼女が宙に浮かんでいられるのは、ひとえに背に負った巨大な機械の翼──戦闘機モジュールのおかげだった。

 衣装と同じく漆黒のモジュールで、従来の戦闘機少女のそれに比べて、別物かと目を疑うほどに大きい。戦闘機少女の『戦闘機』は広義の意味で扱われ、厳密には元となった異世界の機体が戦闘機ではないモジュールも多いのだが、それにしたところで際立った異様さといえた。

「だがまあ......いいさ。貴女が私をそのように扱う限り、私もまたかつての約束を違えることはない。貴女の理想を必ずや実現してみせよう、アル

 アル。それが純白の少女の名。

 SR-71ブラックバードの、唯一にして絶対なる『主(マスター)』。

「では、もう暫らく益体もない仕事を続けよう。真の邂逅が来るそのときまで、せいぜい首を洗って待っているがいい。F/A-18ホーネット、妖精学園の乙女たち」

 さきほど人知れずADDを始末しておきながら、しかしてそのADDの敵たる己が同胞、戦闘機少女にも敵対めいたものを口にする。その真意は如何なるものか。

 知る術などない。今はまだ誰にも。

 直後には、ブラックバードはアフターバーナーを点火、やはり一般的な戦闘機少女の常識から外れる、驚異的なスピードで以って夜空の彼方へと吹っ飛んでいった。

〈To be continued?〉