「……みんな、怒ってるだろうな」

 烈風が轟々と耳朶を打つ。周りの景色が軒並み後ろに吹き飛んでゆく。

 アフターバーナーの点火から焦れるような加速時間を終え、今ようやくM1.6あたりにまで達したF/A-18ホーネットは、既に本土を離れて千葉県東方沖・五〇海里の地点を飛翔していた。ADD出現の報を受け、勝手に学園を発進してから、まだあまり時間は経っていない。

 眼下には、見渡す限りの海。今日は風が強いせいか、幾つも高い波が立っている。

 静かに荒ぶるその群青色の光景は、まるで今の自分の心境そのものだった。

「さすがにもう、赦してもらえないかな……」

 今度こそ皆に完璧に呆れられた。それだけは確実に断言できる。

 何しろ昨日もあんなミスを犯して、今朝方それを謝罪したばかりだったのに、舌の根も乾かないうちから今度はこの独断専行だ。「何も反省していない」と糾弾されても反論できないのはもちろんのこと、ホーネット自身でさえ、こんな厄介者はさっさと見放すべきだと思う。

 だから、もう帰れない。

 妖精学園には。ピクシーズには。

 例え今回の一件が無事に済んでも、あの場所には二度と戻れない。皆に合わせる顔がない。

「……ドルフィンには悪いことしちゃったな」

 らしからぬ親身さで骨まで折ってくれた友人に、しかし薄情な自分は後ろ足で砂をかけるような真似をした。ドルフィンの言うとおり、本当に頑張る気概があるならそれは協調性のなかで行なうべきで、ホーネットも心の底では何が正しいのか理解していたはずなのに。

 ライノに対する罪悪感。戦いしか能がない自分。

 それらが心の枷となって、最後まで馴染み切れなかった学園生活は、けれど眩しくて、楽しくて、束の間とはいえホーネットを『普通の女の子』に変えてくれた。

 ここはあたしの居場所じゃない──時折そんなふうに感じていたからこそ、ここを本当の居場所にできたらいいなと、ずっと強く願っていた。

「でも、無理なのよ……ッ」

 ぎりっと奥歯が鳴る。機関砲を握る手に力が篭もった。

「あたしはまだ、何も証明できてない! 何も満足に果たせてない! これじゃ……これじゃライノも『レガシー』の名前も、弔ってやることなんてできるわけない……ッ!」

 叫びはそのまま怒りとなる。怒りはそのまま敵意に変わる。

 ぶつけるべき相手は、もう目と鼻の先にいた。

 飛行中、決して高性能とはいえないレーダー機器で、運良く目標を捕捉し会敵コースを取ったホーネットは、今ようやく討つべき相手の姿を視界に収めたのだ。

 ADD。人類の敵。自分からライノを奪った憎き仇。

 銀色の鏃の如きあのシルエットは、見間違えようはずもない。一昨日の緊急発進(スクランブル)で後れを取った新型のディアナ級だ。それが二機編隊(エレメント)で直進してくる。他にも敵機がいる可能性はあったが、じきに学園から仲間たちもやって来るだろう。だから、まずは目の前の敵に集中する。

 アフターバーナーを止め、格闘戦の速度に切り替えながら、ホーネットは凄愴に微笑んだ。

「──さあ、オンステージよ。ホーネットの妙演にせいぜい沸き立ちなさい!」

 たった一機の『比翅の毒蜂(ダブル・ホーネット)』は、やはりここでも精一杯の強がりを口にして、直後、雄叫びをあげながら迫り来る敵目掛けて空を疾(はし)った。

 空中格闘戦(ドッグファイト)の名前の由来は単純だ。戦術的に有利な敵機の後方へ位置取ろうと、戦闘機が互いの尻を必死で追い回すその様が、じゃれ合う犬を彷彿とさせるからである。

 ADDとの戦闘も基本、その点は変わらない。ステルス性能に物を言わせた一撃離脱戦法(ヒット・アンド・ウェイ)──そんなスマートな戦い方が許されない多くの戦闘機少女たちは、格闘戦で勝敗を決するため躍起になって追いつ追われつを繰り返す。『じゃれ合う』など、とんでもない。これは最新鋭の兵器を惜しみなくつぎ込み、異世界の理まで用いて行なわれる、熾烈な空の闘犬なのだ。

「ッ、この──!」

 砲火が瞬き、爆炎が躍る。LeD粒子がオーロラのように蒼穹を揺蕩い、その向こうから二条の銀光が大気を引き裂いて現れる。怒声と共に撒き散らした20mm砲弾の嵐は苦もなく躱され、逆にすれ違いざまに放たれた敵の応射は残酷なまでに正確無比。辛くも被弾こそ免れたものの、次元干渉による物理保護に気を取られた隙に、二機のディアナ級は見惚れるような急旋回を決め、着実にこちらとの間合いを詰めてくる。危うく脆弱的円錐(ヴァルネラビリティ・コーン)に侵入されかけ、ホーネットは舌を打って身体を180度ロール、そのまま背面飛行で海目掛けてダイブしたのち、波間にキスする手前で一気に機首を引き上げる。縦に描かれる見事なUの字は『スプリットS』と呼ばれる戦闘機動(マニューバ)だ。次いで低空飛行で加速しつつ、速やかに反撃に打って出た。

 目まぐるしく攻守が入れ替わる。感覚が溶けて天地の境が曖昧になる。熱波が肌を焦がし、急激なGに骨が軋み、神経が秒刻みで磨耗してゆく。

 息つく暇もない──いや、生きた心地に浸るゆとりさえ寸毫とてない。

 妖精学園の潤沢した戦力に支えられるうち久しく忘れていた感覚。劣勢の味。

 だが、懐かしくも怖気走る『本物の戦場』は、ホーネットになんの感慨も齎しはしなかった。

「……あぁぁああッ!」

 M61A1バルカン砲の引き金を絞りながら思うことは一つだ。

 敵はやはり速い。手強い。基本スペックが従来のディアナ級とは段違いだ。ならば、この相手にどう戦い、そしてどう勝つのか。

 機動性重視の新型ディアナ級ADDは、戦闘機少女なら誰もが単独での戦いを避ける。FGAFも格闘戦はなるべく回避し、それが無理でも最低限チームで当たることを推奨している。そんな相手とさして際立った性能を有さない戦闘機モジュールで、数さえも上を行かれている状況で勝利をもぎ取ろうとすれば、万事が万事、無茶の連続になるのはもはや必至だった。

「……まともにやり合うなッ、セオリーどおり動けば相手の思う壺になる!」

 ADDと同じ土俵で争えば人間は必ず負ける。奴らの正体は今以って不明だが、その動きはどこか機械的で効率的、そして絶対にミスは犯さない。性能差に開きがある場合、真っ正直に立ち回っていては、必ずどこかで追い詰められる。長期戦も甚だ不利だ。

 やるならば短期戦。それも戦術的常識に則らないデタラメこそが、寧ろこの場においては望ましい──

「ッ、そこ!」

 こちらを翻弄するようにブレイクした二機に、AIM-9サイドワインダーを射出。ガラガラ蛇さながらの軌道で以って、白線の尾を引きながら飛んだ空対空ミサイルは、しかしかなりの距離を隔てての追尾だったがゆえ、右方向へ逃げたディアナ級にあっさりと振り切られる。だが構わない。狙いは二機を引き離すこと。ホーネットはこの隙にもう一方のディアナ級へ突進、バルカン砲の弾幕で相手の回避空間を削り、半ば強引に下方へと追い立ててゆく。

 再び得意の低空飛行(ローパス)。直線でこちらを突き放した敵機が反転し、海面をジェット噴流で蹴立てながら、左回りのコースで横っ腹に喰らいつかんとする。だが、そうやって敢えて機速を落とし敵前に餌をぶら下げたホーネットは、相手の砲撃を連続のロールでなんとかいなし、距離が詰まったところでLeD粒子を操作。新たな武装を召喚してモジュールに装備した。

 AGM-84ハープーン対艦ミサイル

 空戦においては無用の長物でしかない兵器の登場に、その瞬間、敵ADDの思考は完全に真っ白になったはずだ。

 だが、ホーネットは構わずそのハープーンを、見定めた彼我の中間地点──荒れる海目掛けて発射した。詳細なターゲット指定を必要とせず、飛行方向を定めるだけでも撃てる、ハープーンならではの離れ業だ。傑作との呼び声も高い対艦ミサイルは、狙い過たず没した海中でその破壊的なエネルギーを解放、耳を聾する爆音と共に盛大な水柱をぶち上げる。

 これに対しADDはなす術もなかった。間欠泉の如くそそり立ったそのなかに、自ら突っ込むかたちとなってしまい、矢継ぎ早の異常事態に物理保護の強度も不充分。激流のアッパーカットに下から殴りつけられ、ぐらりと自機を大きく傾かせて無防備な腹を見せ、そのときにはもう既にホーネットがピッチを切り返している。

 必中距離だった。

 至近から思うさま徹甲弾を叩き込んだ。

 無数の火線が吸い込まれるようにしてADDに着弾。断末魔めいた壮絶な金切り音を響かせ、銀色の流線形が見る影もなく変形する。一拍後、空に大輪の爆花を咲かせて四散した。

「あと一機……ッ!」

 吹き飛んだ残骸がLeD粒子に還るのを見届ける間もなく、続いてホーネットは残るもう一機のADDへと向き直る。対空ミサイルで充分に間合いを空けてやった敵は、しかしこの短時間で早くもこちらの背後へと迫りつつあった。

 ホーネットはモジュールに鞭をくれて加速するも、一機目との相対速度を計るためにスピードを落とし過ぎたか、低空低速での格闘戦を手助けするストレーキが、ここでは不要な空気抵抗を生んで勢いに乗り切れない。呆気なくバックを取られ、死の追いかけっこが始まる。

 奇しくも一昨日の緊急発進(スクランブル)と同じシチュエーションだった。

 モジュール『F/A-18ホーネット』ではこの展開に入ってしまうと、単機で状況をひっくり返すことが極めて難しくなる。スパイラルダイブすら通用しなかったこのディアナ級を、いったい他にどのようなマニューバで引き剥がせというのか。

 いや。

 まだ手はある。恐ろしく分の悪い賭けになるが。

 ホーネットは覚悟を決め、次の瞬間、自らLeD粒子の支配を手放した

 正確にはすべてではない。だが極限までその恩恵を捨てた。これまで無意識下の防衛本能によって働いていた最低限の物理保護さえも消え、間髪入れず襲い掛かってくるのは音速超過による必然の衝撃。満身を風圧のハンマーで滅多打ちにされ、視界が僅かにブラックアウトするも、意地と根性でスロットルは全開を維持したまま、けれど増大した空気抵抗によって機速は瞬時に落ちてゆく。追随していた敵機がたまらず追い抜き(オーバーシュート)を起こした。

「──────ッ!」

 声なき咆哮。そして物理保護を再展開。

 従来の航空機では絶対に為し得ない、正気を疑う急減速からの急加速。

 視界は未だに暗く閉ざされたままだったが、ADDが背中を晒していることは分かっていた。追われる側の宿命として左右に機体を捌こうとすることも。

 ある程度の方向さえ読めていれば問題ない。そちらに顔を向けたホーネットは、ターゲットコンテナの確認もできないまま、しかし速やかにIRIS-T短距離ミサイルを解き放った。

 非砲口照準(オフボアサイト)攻撃。敵機を正面に捉えておらずともロックオン可能なシステムと、専用の武装を搭載したモジュールでしか叶わない芸当だ。数瞬後、外界で轟音があがるのを耳にし、ホーネットは確信を込めて瞼を開く。散華を遂げたADDの破片がぱらぱらと宙を舞っていた。空域が俄かに静けさを取り戻し、あとに残るのは風と波の音だけになる。

 勝った。

 言葉にしてみれば、たったそれだけの事実。

 撃墜数は二機。先日のファイティングファルコンと同じ戦果だ。いや、彼女がチームで事に臨んだことを思えば、単独であるぶん自分のほうが勝ち星は大きいか。

 だが、優越感など微塵も湧いてこなかった。胸に去来したのは、ただの虚しさだ。

「……馬鹿ね、こんなことにムキになって」

 仲間たちとの信頼関係にヒビを入れてまで戦って、勝利したは良いがこれで本当にライノとの約束を守ったことになるのか。ならば、なぜこの胸の靄は未だに晴れないのか。

 分からない。もう何もかも分からなかった。

 が、そのときだ。

「!?」

 途方に暮れるように天を仰いだ瞬間、まったくの出し抜けに胸がざわめいた。

 微弱なKK波の反応。しかも恐ろしく距離が近い。物の数秒でこちらと接触する位置だ。

 慌ててレーダーを確認するも感なし。アラートも鳴っていない。味方機である可能性は皆無に等しく、敵機だとすれば反応からいって、おそらくディアナ級だろう。だが、そもそも新手の存在になぜ、今の今まで気づけなかったのか──

「ッ、まさかステルス機!?」

 愕然と目を剥き、泡を食って再びモジュールに活を入れるが、やはりここでも加速性能の無さが大いに祟った。ホーネットが充分にスピードに乗り切る前に、上空から迅雷の如く二つの機影が降り落ちて来たのだ。

 銀色の鏃めいたシルエット。けれど、さきほどまで戦っていたディアナ級とはやはり細部が違う。高いステルス性能まで備えた軽量級ADDなど冗談ではなかった。

「ぐっ……!」

 交差ざまに二羽の凶鳥がこちらに一閃を喰らわせる。幸いミサイル攻撃ではなかったが、火線にモジュールの右翼を射抜かれ、たちまちホーネットは安定を失った。足止めの初撃(ファーストアタック)でこちらの機動力を削ぎ、続いて二機は返す刀で四発のAAMを射出。案の定こちらを仕留める気がないその攻撃を、ホーネットは物理保護の強化と不充分な速度でどうにか凌くが、もうあとがない。完全に死に体へと追い込まれた。

 チェックメイト──死神がそう囁いて、こちらの肩を叩く。

 ふざけるなっ、と抗うには既にホーネットは多くのものを失い過ぎていた。

 妹も、仲間も、約束も、戦う意義も。

「…………ああぁぁぁぁああああああッッッ!」

 それでも、せめて刺し違えてやると、向かってくる敵に砲口を定める。ディアナ級の機首に真紅の光が灯り、ロックオンアラートがやかましく鳴り響いた。

 その一瞬、ホーネットの心が過去に飛ぶ。まるで死の間際に脳裏を巡る走馬灯のように。

 第84戦闘攻撃飛行隊ジェニー・ロジャース。その隊員たちと共に空母を発ち、戦闘空域に向かう道すがら無線で届いた、ライノの最期の言葉が耳元で克明に蘇った。

 ──やく、そく……して、レガシー……。

 今際のきわにライノは泣いていた。

 ひと足先に出撃してADDと交戦し、その後、窮地に陥ったという妹が、あのときどれほどの死地にいたのか、詳細は今以って分かっていない。ただ、ホーネットのよく知る妹はいつも穏やかに微笑んでいたから、恐怖に怯え切った声はそれだけで衝撃的だった。

 今にして思う。なんて残酷な話だろう、と。

 そもそも、その『自分のよく知る妹』という前提が、大きな間違いであったというのに。

 ──ぜっ……たいに……墜とされ……ないで。

 ──ただ、敵を墜とす……だけの、格好いい……貴女で、いて……。

 確かにライノは優秀な戦闘機少女だった。

 こと資質という点において、妹ほど優れたKK能力者を、ホーネットは他に知らない。いや、そればかりかライノは他の面ですらも、まるでケチのつけようがない異才の持ち主だった。

 ゆえに、ホーネットも生まれてからずっと、色眼鏡で己の半身を見てきた。

 何かにつけて姉妹で優劣を比べられ、いつだって認められるのはライノばかり。どれか一つでもいい、あの子に勝ちたい、あの子より秀でたい──そんな気持ちばかり先に立って、当時のホーネットはとにかく己の有用性を周りに示そうと必死だった。なまじ戦闘機少女が今以上に貴重な存在であった頃だから、「この分野でならば」と強い期待を抱いていたのだ。

 そんな自分に『普通の女の子』の苦悩など分かるはずもない。

 争いへの忌避感も、死ぬことへの恐怖も、かつてのホーネットの目には入らなかった。

 敵を墜とせば墜としただけ、自己の価値が上がると信じた。「ADDと戦っているうちは、自分は誰にも役立たず扱いされずに済む」と、そんな安堵さえ心のどこかに存在していた。

 人類を守るために戦っていたわけではない。歯を食い縛って嫌々モジュールを纏っていたわけでもない。ホーネットはとことん周囲と『葛藤のカタチ』がズレていた。

 だからこそ、己の勘違いに最後まで理解が及ぶこともなかった。

 ──レガシーお姉ちゃんは……本当は、『すごい』んだから……。

 なぜ気づいてやれなかったのか。

 ライノが持つ弱さに。妹の健気なやせ我慢に。

 幾ら戦闘機モジュールを扱うセンスがずば抜けていても、幾らKK粒子を際立って上手く操ることができても──ライノは精神的には『普通の女の子』でしかなかった。

 いや、あるいはもっと酷い。自分を先導して歩いてくれる誰か、ホーネットやトムキャットのような相手がいなければ、独りでは満足に戦場(そら)を飛ぶこともできないほど、ライノは争い事には向かない性質の娘だった。ただ、「戦いたくない」とは口が裂けても言えない当時の情勢から、やむなく己の心を誤魔化して平気な顔を装っていただけ。

 すべてはあとになって知ることだ。ジェニー・ロジャースの基地でライノの遺品を整理しているとき、偶然、一冊の日記を発見してホーネットは妹の本心を理解した。

 ライノは日記のなかで再三、己の在り方を恥じていた。例え天賦の才があろうとも自分では宝の持ち腐れだと。誰かに縋らなければ人並みに戦えもしない寄生虫だと。

 そして同時に、才などなくても『優秀な姉』として振る舞い、必死で努力を続けるホーネットを心から「すごい」と尊敬していた。日記の後半は、その殆どが「早くレガシーに会いたい」という旨の、寂しさと不安を綴ったものだった。

 涙が出た。

 己の馬鹿さ加減にぐらぐらと足元が揺れた。

 なぜもっと早く気づいてやれなかったのか。それが無理でも、どうしてすぐにライノの元を訪れようとは考えなかったのか。

 喧嘩別れみたいなかたちで別々の部隊に配属され、それでもたった一人の家族であることを思えば、その身を案じて頻繁に会いに行っても良かったはずなのに。そんなにも妹だけが精鋭部隊に選ばれたことが不服だったのか。姉の威厳を保つことが大事だったのか。下らない意地を張り続けて、すべてが手遅れになってから現れ、それでいったい自分に何が残された? 妹を引き換えにしてどれほどのものを得た?

 ホーネットが、己のなかの『少女の部分』に、見切りをつけたのはそのときだ。

 ひたすら彼我の能力差ばかりにかまけ、双子の妹の心意さえ読み解けないのであれば、自分はいっそ機械と同じ──『少女型の戦闘機』にでもなってしまえ、と。

 以降、ホーネットは過酷な戦場ばかりを選び、世界各地を転々とした。ライノがいれば為せただろう多くの功績を、役者不足ながら自分が代わりに果たすために。

 二年近い放浪のなかで、人々から受けた賞賛は数知れない。もう二度と誰からも「姉のくせに」と詰られることもなかった。皆がF/A-18ホーネットこそを唯一無二の『ホーネット』と信じ、レガシーとライノの愛称は完全に不要のモノとなった。

 謂れなき感謝。見当違いの賛辞。それらを背に「約束を守るため」と言いながら、ホーネットはなんの益もない罪滅ぼしを続けた。来る日も来る日もADDを墜とし続けた。

 もし立場が逆だったなら──そんな泣き言を唱えて、性懲りもなく戦いに逃避した。

 そして、ある日。

 当然のようにその歪んだ内面を、一人の女性の手によって暴かれたのだ。

「『──みっともないですわね。見ていられませんわ』」

「ッ!?」

 一瞬の走馬灯が終わる。過去と現在がリンクする。

 半年前とまったく同じ台詞が無線機から飛び出し、目尻を裂くほど双眸を見開いたホーネットの前で、今しもAAMを発射しようとしていたディアナ級が爆炎に呑まれた。突如、彼方より飛来した大型の長距離ミサイルが、敵を二機まとめて串刺しにしたのだ。

 ホーネットはたまらず声をあげていた。

「AIM-54フェニックス!?」

 驚きの反応も宣なるかな。不死鳥の名を冠せしそのミサイルは、少なくともホーネットが知る限り、この世でたった一種類の戦闘機モジュールしか、扱えないはずの代物だったからだ。

 そんな馬鹿な。あり得ない。『彼女』がここにいるわけない。

 だが、果たして無線機の向こうから再び聞き憶えのある声が響けば、幾ら可能性を否定してみたところで事実は変わらないのだった。

『何をぼさっとしているのかしら、ホーネット。わたくしの華麗なる一撃を目の当たりにしたなら、まずマナーとしてするべきことがあるでしょう?』

「え……は、へ?」

『拍手』

「…………あ、はい……ソウデスネ…………」

 ぱちぱちぱちぱち、と忘我のまま手を叩くホーネット。そんなことをしているあいだに、ほどなく地平線の向こうから、声の主が猛スピードでやって来た。

「っ」

 さながら、目の前に太陽が降って来たかのよう。

 そんなことを弥が上にも思わされる、圧倒的な存在感の持ち主がそこにいた。

 馥郁と波打つ豪奢な金髪に、強い光を放つ切れ長の瞳。通った鼻梁、形の良い眉、瑞々しい唇──すべてが場違いなほど繊細で、にも拘わらず戦場の空気に、まるで圧されるところがない。いや、そればかりか自分の色で周囲の空気を、鮮やかに染め変えてゆくような感さえある。

 背中には双発エンジンと可変翼を備えた、まるで彼女のために誂えたかの如き、スタイリッシュな戦闘機モジュール。尾翼には『スカル&クロスボーン』の意匠が施されていた。

 同性なら誰もが羨む完璧なプロポーションは、しかし今はなぜか艶やかなドレスに包まれている。もし相手が別の人間なら、映画のなかから飛び出して来たような、とでも形容したかもしれない。だが、あいにく彼女の場合はそれが、これっぽっちも比喩にならないのだ。

 なぜって、目の前にいる彼女は。

 日本ピクシーズ所属、F-14トムキャットは。

 本当なら新作映画の撮影のために、現在、アメリカにいるはずの人だからだ。

 それも大詰めも大詰め、今が一番忙しい時期だ、と本人から先日メールを受け取ったばかりである。白昼夢でも見ている気分で、ホーネットは目を瞬かせてしまった。

「お……義姉、様……?」

 そう呼びかければ、果たして彼女はふんっと小さく鼻を鳴らし、

「なんですの、その間抜け面は? このわたくしがいったい他の誰に見えると?」

「いや、あの……で、でも!?」

「──減点一」

 いきなりだった。

 喋りながら徐々に距離を詰めて来ていたトムキャットが、互いの手が届く範囲に入るなりいきなり頭に拳骨を落としてきた。結構な強さで殴られ、「ひぎっ!?」と目の奥で火花が散る。

「いや、じゃありません! でも、じゃありません! さっきからその面白味に欠ける反応はなんです!? ここは貴女がわたくしの胸に、飛び込んで来るところでしてよ!?」

「待、って……ちょっと、待って……わけが分かんない、お義姉さ」

「──減点二」

 待たなかった。

 今度は咄嗟に手で頭を庇ったものの、裏をかいたショートアッパーで顎を抉られ、ホーネットは見事にのけ反って錐揉みする。モジュールにガタが来ていたので危うく墜落しかけた。

「だから、反応がイージーだと言っているでしょう! 映画と同じであらゆるシーンには最適なアクションが存在するのです! 待てと言われて待つカメラはありませんわ!」

「いづづ……う、嘘っ! 嘘よそれ! 監督とか撮影スタッフの人は、言えばちゃんと待ってくれるでしょ!? 『カーット!』ってやつ!」

「お黙りなさい! 揚げ足取りは結構! わたくしは空気を読めと言っているのです!」

 今この瞬間、空気の読めない真似に及んでいるのは明らかに逆に思えたが、元・軍属という経歴を持つ義姉(あね)は、思考パターンが割と体育会系なので、怒っているときは正論が殆ど通用しない。そのうえ極度のスパルタなので、場合によっては手も出る足も出る。

 これ以上の折檻はゴメンだと、ホーネットはたまらず後退した。

「なに、なんなの!? なんでお義姉様がここにいるの!?」

「ハァ……そんな説明をいちいち求めてくる時点で、既に個人的には減点一〇〇ですわね」

 トムキャットは頬に手を当てて嘆息したのち、

「ですが、いいでしょう。知りたければ教えて差し上げますわ。委員長から貴女の最近の低調ぶりを聞き、映画の撮影を少し抜け出して来たのです」

「撮影を抜けっ……!?」

「ええ。アメリカからここまで、紆余曲折ありましたわ。本当はもっと早く着くつもりでしたのに、KK能力が切れかけて二度ほど空中ステーションで休んで、更に日本に入るときは領空侵犯で自衛隊とモメて、わたくしも自衛する側ですハリウッドスターですッと主張したら基地の方々にサインをせがまれましたの。まあ、密入国のお目こぼしと引き換えに、大盤振る舞いで二〇〇枚やっつけましたけれど、そのうえ今度はタイミング悪くADD出現ですものね。わたくしの花道を汚した罪で、来る途中、他にも二機ほど仕留めてやりましたわ」

 以上。とでも付け足しそうな軽やかな口振りで、しかしトンデモナイことを大量に口走った義姉に、ホーネットは今度こそ唖然とした目を向けた。理解に幾ぶん時間を要したと思う。

 アメリカから日本まで渡って来た? 戦闘機モジュールで? FGAFの空中ステーションも利用した? そのうえ領空侵犯? サインを入国手続き代わりに? ADDを他にも二機撃墜? つまり、さっきの二機で都合四機目?

「さあ、ホーネット。再び拍手の時間ですわ。遠慮なくこの義姉に──」

「お義姉様ああああああああああああああああああああ!?」

 さすがに絶叫した。

 喉が潰れるかと思うほどの大絶叫だった。

 途端、ドヤ顔をしていたトムキャットが柳眉を顰め、

「はしたないですわね、そんな大声で。急にどうしましたの?」

「分かんない!? ねえ、嘘でしょ分かんないわけ!? りょ、領空侵犯とか密入国とかは、さささ、さすがにマズイってば、お義姉様!」

「心配いりませんわ。さきほど委員長に『FGAFに丸投げで良くってよ。わたくしの名前を出せば、きっとノープロブレムです』と伝えておきましたもの。なんとかなるでしょう」

「……こ、この人は……ッ」

 トムキャットは資金工作員(マネーエージェント)として、かなりの額を妖精学園に収めており、そのぶん運営者たるFGAFに対して顔が利く。けれど、彼女の無茶につき合わされて、実際にFGAFと渉りをつける役を仰せつかった F-15Jイーグルは、きっと今頃泣いていることだろう。

「だ、だいたい撮影を抜け出して来たって……そんなことして平気なの!?」

「まさか。大勢の方々に現在進行形で迷惑をかけていますのよ? 個人的にはそちらのほうがよほど問題ですわ。おまけに移動に時間を食い過ぎましたから、ええっと──」

 そこで腕に巻かれた時計をチラッと見て、

「あと、五分くらいしか日本にいられませんわね。ええ、それが限界です」

「ごっ……」

 ホーネットは再び絶句した。しかし今度はすぐに持ち直して、

「だ、だったらなんで、そんな無理してまで帰国を……」

「──わたくしにそこまで言わせる気ですの? ホーネット」

 トムキャットの声が不意に温度を下げた。その表情にはっきりと苛立ちの色が滲み、ホーネットは思わずたじろいで口を噤む。

 確かに、そのとおりだった。彼女が無理を押してまで、今このときに一時帰国した理由など、それこそ火を見るより明らかだろう。何より自分がその点を問うのも反則だ。

「………………」

 トムキャットもまた、数秒前までの饒舌さが嘘のように、今は黙りこくっていた。

 こちらの言葉を待っているのだ。それを理解して、でも何を言うべきか、分からなくて。

「……お姉義様、あたし……」

 だが、そのときだった。

「「っ」」

 再び胸の奥で、第六感が激しく警鐘を鳴らした。

 ホーネット、トムキャット共に、KK波の違和をキャッチしたのだ。レーダーに反応がないところを見ると、やはり相手は先のステルス・ディアナ級だろう。間もなくこの空域に侵入してくる。ホーネットは眦を険しくさせて叫んだ。

「……ッ、お義姉様!」

 幸いこの敵はまだKK波までは隠せないようだし、先刻こちらに不意打ちを仕掛けてきた際、初手でミサイルを使わなかった点からも、早期警戒管制機(AWACS)のようなADDがどこかにいて、それと随時データリンクしている、という事態も現時点ではなさそうだ。が、それでも空戦において位置と距離を先に奪われるのは致命的で、速やかに迎撃の態勢を整える必要があった。

 しかし、それにも拘わらず肝心のトムキャットは、

「ADDなど放っておきなさい、ホーネット。それよりも今は貴女の話です」

 と、なぜか鹿爪顔で腕まで組んで説教モードを維持したため、破損したモジュールを慌てて再構成していたホーネットは目を丸くしてしまった。

「は……はぁ!? いや、だって! もうすぐここに敵が!」

「いいから、放っておきなさい! まったく、貴女という子はっ……いったい、いつまで独りで戦っている気でいますの!? ピクシーズ基地(ベース)に来てから何を学んでいたのです!」

 その言葉にホーネットは一瞬ぽかんと口を開け──けれど直後、レーダーが新たな機影を捉えたため、すべてを悟って胸に様々な感情を溢れさせた。

 識別信号は味方機のそれ。

 妖精学園の仲間たちがやって来たのだ。

『いえーい、ビキニの騎兵隊だぜーッ! ぱからぱからー、ひひ〜んッ!』

『ビ、ビキニの騎兵隊!? なんでありますか、その怪しい一団は!?』

『深く考えたらあきまへんえ? なまあったかい心持ちで流したらんと』

 無線を介し響いてくるのはお馴染みの面々、バイパーゼロ、エフワン、ドルフィンの声だ。

 戦闘機モジュールを緊急発進(スクランブル)モードで纏って空域に現れた彼女らは、ホーネットとトムキャットに牙を向かんとしていたステルス・ディアナ級に、有効射程外から空対空ミサイルでタイミング良く横槍を入れ、相手が優先ターゲットを変更したところで戦闘を開始する。未だ肉眼では確認できない距離だったが、そのような手法を取ったであろうことは疑いなかった。

 また同時に、無線からは他のクラスメイトたちの声も聞こえてきていた。どうやら別の場所でも現在、戦闘が発生しているらしい。今回はADDの数がかなり多いようだ。

 今更どの面を下げて、という話ではあったが。

「みんな……ッ」

 気づけばホーネットは、窮地に駆けつけてくれた仲間たちへ、無線機越しにそう呼びかけていた。ADDと交戦中のチームメイト三人が、それぞれ毎度の如く賑やかに応答してくれる。

『あーっ、ホーちゃんだ! お馬鹿なホーちゃんから通信だぜ、みんな!』

『ほ、本当であります! 一人で勝手に出撃した、お馬鹿なホーネットさんであります!』

『……お馬鹿でも生きてはりましたなぁ。ようやっと胸のつっかえが取れた気分やわ』

 ただし、三者三様きっちりと言葉には、毒を含ませていたけれども。

 他のクラスメイトからも続々と、ホーネットの無事を喜ぶ声と、遠慮会釈ない罵倒が寄せられる。「馬鹿」とか「アホ」とか「世話焼かせんな」とか。なかには「このロリめ」と単なる中傷くさいことまで言ってくる奴もいて、けれど誰もが本気で自分の心配をしてくれていた。

 そして、当然のように最後には、皆が揃って「早く学園に戻るぞ」と口にするのだ。

 ホーネットはもう何も言えなくなる。

 どこまでお人好しなのか。どこまで馬鹿ばっかりなのか。

 ここまで勝手をしでかした自分を、まだ学園の一員として扱うつもりなのか。

『──だって私たちは、ただの「少女」ですから。お友達がちょっと失敗したくらいで、いちいち懲罰とか除隊なんて考えないんですよ? ホーさん』

 まるでこちらの心情を見透かしたような言葉。軽く笑みを含んだその声は心神のものだった。

『でさ、ワタシらってば委員長から出がけに言われてきたんだけど……』

 次いでバイパーゼロが言う。どこか半信半疑といった体で、

『そこに、ご意見番がいるってほんと? 確かにレーダーには識別子が映ってるけど』

「ちゃんとおりましてよ、バイパー。でも、その呼び方はおやめなさい」

『わわ、ほ、本当にご帰還なさっておいでだったのでありますな! お久しぶりであります、ご意見番殿!』

「相変わらず貴女は礼儀正しいですわね、エフワン。でも、ご意見番はやめなさい」

『ほなら、お馬鹿なホーネットはんに説教するんはご意見番はんに任せて、うちらは予定どおり時間稼ぎといきまひょか。──それで、構しまへんのやろ?』

「ええっ、ええっ、結構ですわ! ところで貴女はわざとやってますわね、ドルフィン!?」

 そこで通信が切れ、周辺の空から響く戦闘音が、一気に苛烈さを増した。

 仲間たちが戦っている。自分も早く馳せ参じなければ、と焦るホーネットを、しかしトムキャットが許さなかった。彼女は腕時計を確認したのち、こちらに鋭い眼差しを向けてきて、

「……さて。ただでさえ残り少なかった時間が、これで更に少なくなってしまいましたわね。あと三分と少し。姉妹水入らずで、どんな話をしましょうか?」

「ど、どんなって……」

 きつく唇を噛む。それ見たことか、と言われている気分で、ひどくやるせない。

 トムキャットは出会った当初からそうだった。分かり切ったことをわざわざ口にする無粋さを嫌い、何事でも有耶無耶で済まそうとする半端さを嫌い、ホーネットにいつも短く「ライノの墓を建てろ」とだけ告げてきた。それに耳を貸さなかった皺寄せが今の状況だ。己で過去の清算もできない愚かな妹分に、彼女はさぞや呆れ果てていることだろう。

 事実、トムキャットは言った。半年前と同じ台詞をもう一度。

「みっともないですわね、ホーネット」

「……っ」

「結局、わたくしと過ごした数ヵ月も、妖精学園に転入してからの生活も、何も貴女を変えることはできなかった──というわけかしら?」

 半年前。

 他国のとある戦闘機少女基地に、一時的に厄介となっていたホーネットの前に、トムキャットはある日いきなり現れた。そして、現れるなり己を『ライノの義姉』と称したのだ。

 ホーネットもジェニー・ロジャースの隊員から、『ライノと僚機を組んでいた姉貴分のような戦闘機少女がいる』とだけは聞き及んでいたため、初めてトムキャットと出会ったとき自分のことも棚に上げて、彼女を激しく糾弾してしまったものだった。

 なぜ妹をちゃんと護ってくれなかったのか。

 あんたはライノの義姉なんだろう。自分よりもずっと優秀なんだろう。

 だったら、どうして肝心なときにあの子のそばに、いてやることができなかったんだ。

 それらの言葉を、トムキャットはただ黙って正面から受け止めて、言い訳もせず、けれど謝りもせず、やがて次のように返してきた。

 ──みっともないですわね。見ていられませんわ。

 ──貴女が本当にレガシーなんですの? ライノの話にあった『格好いいお姉ちゃん』とは随分イメージが違いますけれど。少なくとも『姉』なんてガラには到底見えませんわね。

 なんて言い草かと思ったものだ。僚機をみすみす死なせた奴の言うことか、と。

 だが、続く言葉は更に輪をかけて滅茶苦茶だった。

 ──いいですわ、決めました。ならば貴女は今日から、わたくしの『義妹(いもうと)』になりなさい。

 ──もう姉のフリをする必要はありません。自分の後ろをついてくる者の心配をする必要もありません。ただ、己らしく在るがままに振る舞いなさい。

 そして、そこから先はあっという間だった。

 トムキャットはどのような手法を使ったか、ホーネットの除隊を勝手に基地側と取り交わすと、その数日後には故郷(アメリカ)の土を二人で踏むことに成功していた。

 無論、ホーネットも抵抗はしたのだが、トムキャットは素手喧嘩(ステゴロ)でも滅法強い。そのつど返り討ちに遭い、遂には昏倒までさせられて、人攫いよろしくお持ち帰りされた次第である。

 けれど、今にして思えば。

 その後のトムキャットとの同居生活で、ホーネットは随分と救われたものだった。

 相次ぐ連戦・転戦で身も心も荒み切っていた当時のホーネットは、傍目には自分で思っている以上に酷い状態に映っていたのだろう。周りの人間たちから幾ら「休め」と忠告されても、それすら頑なに聞き入れなかったものだから、トムキャットが一刻も早く手を打たなければと焦ったのも当然だ。そして実際、あのとき彼女が下した判断は正しかった。

「最初はなんて手の掛かる子かと思いましたわ。笑わない、喋らない、自発的に何かするということも殆どない。そのうえ、ADD出現のニュースをテレビで見るたび、モジュールを召喚して家を出て行こうとする。痛々しくて見ていられませんでしたもの」

「…………」

「だから、わたくしも『これは付きっ切りでなくては駄目だ』と覚悟を決めました。妖精学園に休学届けを出して、女優の活動も最低限に留めて……それから二人で子供みたいに喧嘩して、一緒に泣いて一緒にはしゃいで、少しずつ距離を縮めて行って……」

 楽しかったな、と思う。

 両親に早く先立たれ、いつもライノの手を引き、周りからは無能扱いされて──ホーネットは他者に甘えるという行為を、それまで殆どしたことがなかったから。

 この人は何があっても自分の味方なんだ、と思うと妙に心が浮き立ったのを憶えている。

「そのあと、人間らしさを取り戻した貴女に、これならばとわたくしも考え、妖精学園への入学を勧めました。日本ピクシーズの環境は、貴女にこそ必要だと思いましたから」

 なのに。

「結局、貴女は何も変わらなかった。今もまだライノのことを引き摺り続けている」

「……お義姉様……」

「本当に、みっともないですわね」

 再三の断言。思わず身を竦めるホーネットに、しかしトムキャットは続けて、

「貴女もそうですけど……何より、わたくしが一番みっともないですわ」

「ッ!?」

 俯けていた顔をぎょっと持ち上げる。義姉はなぜか困ったように微笑んでいた。

「だって……欺瞞がありましたもの。わたくしはライノを護れなかった贖罪を欲していて、あの子の死をきっかけに歪み始めた貴女を救えれば、それが引いては自分自身をも救うことになると、そんなふうに心のどこかで思っていましたもの」

「そ、それは別にいけないことじゃ……ッ」

「ええ、そうですわね。己のケアに努める、それ自体は良いこと。──ですが、半年前、貴女に姉のフリをやめろと、ライノをなかったことにしてしまえと、そのような意味にも取れる台詞を言い放ったのは、明白なわたくしの過ちであり、極論すれば単なる押しつけですわ」

「………………」

「過去を忘れてしまえるなら、それが一番かもしれません。でも、貴女はそれができない子だった。そんな解決の仕方で前に進める人間ではなかった。わたくし自身ですら、本当はきっそう。なのに、自分にできないことを妹分にさせようとするなんて……愚かな義姉ですわね」

 いつも輝かしいトムキャット。誰よりも強くて誇り高い義姉。

 そんな彼女が、今、己のもっとも脆い部分を──『少女』を曝け出していた。

「半年前の言葉を撤回しましょう、ホーネット」

「て、撤回?」

 トムキャットがこちらを手で招き寄せ、そのまま優しく胸のなかに抱き止めてくる。

「貴女はライノの言うとおり、確かに『格好いいお姉ちゃん』でしたわ」

「……ッ」

「自分が力及ばぬ半身であると十全に理解し、ならば妹が憧れるその姿に少しでも近づこうと今も努力し続ける貴女は、わたくしなどよりも遥かにあの子の姉に相応しい」

 総身がぶるりと震えた。呼吸がひどく乱れた。

 やがて、つうっと。熱い滴がホーネットの頬を伝った。

 幾筋も、幾筋も、止め処なく。内心で己を叱咤しても、嗚咽を堪えるのでやっとだった。

「ただ、今回は少し方法を間違えましたわね。独り善がりは厳禁、独断独走は持っての外。何よりわたくしに一言の相談もなかったのはペケ三つ。だから、これらに関しては『みっともない』──お分かりかしら? もし分かったのなら、次はもっと上手くおやりなさい」

「で、でも……でも! あたし今回のことで、みんなに迷惑かけてッ……」

「あら、それで誰か貴女を責めましたの?」

 責めていない。さっき通信で怒られたり、叱かられたりはしたけれど。

「失敗したら、そのときはそのときですわ。半年前、わたくしがそうしたように、今度は学園の皆が貴女を支えてくれます。周りをもっと信じなさい」

「…………」

「そうやって少しずつ、学んで、進んで、自分のなかで折り合いをつけてゆけばいい──貴女はぶきっちょですものね。時間が掛かって当然ですわ」

「……あたし、は……」

「わたくしも二度と急かしたりはしません。だから、貴女も焦らないで。独りで格好をつけることが格好いいなんて思わないで。それはF/A-18ホーネットの真価ではありませんわ」

 そう言って、こちらの頭を一度そっと撫でてから、トムキャットは身体を解放してくれた。

 そして直後には、もう既に義姉はいつもの義姉に戻っていて、

「──では、ホーネット。最後に何かわたくしに言うことはありまして?」

「へ? さ、最後?」

「ええ。だって、じきにタイムリミットですもの。あと一〇秒しかありませんわね」

 そ、そんな!? と突然のことに慌てふためくも、それで時間が止まってくれるはずもない。

 しかし、頭のなかはまだひっちゃかめっちゃかで、とても気の利いた台詞なんて出てきそうになかった。だから、ホーネットは思いつくままにせめて力強く、

「が……」

「?」

「頑張る、からッ……あたし! いっぱい頑張るから! お義姉様や他のみんなが、もう心配しなくても済むように! こいつなら任せておけば問題ない、って思ってくれるように!」

 続けて大きく息を吸い込んで、ついでにビシッと親指も立てて、

「だから、お義姉様も撮影、頑張って! あと、そのドレス、すごい似合ってる!」

 我ながらどうかと思う語彙の少なさで、それでも懸命かつ精一杯に気持ちを伝えれば、ほどなくトムキャットが頬を緩めた。それはやはり義姉らしい、上品だけどパワフルな笑みで。

「──ええ、もちろんですわ。新作を心待ちにしてらっしゃい、我が愛しの義妹(マイフェアシスター)」

 そこで、ジャスト五分。

 トムキャットはただちに戦闘機モジュールを噴かすと、あとは振り返りもせず彼方へ飛び立っていった。空に白線の尾が薄く曳かれ、その姿はたちまち見えなくなる。

 僅かな、けれど濃密だった義姉妹の、久方ぶりの再会。その幕切れとしては実に呆気ない別れ方だったが、だからこそ胸には清々しいものが込み上げてくる。「またね」とも「いつか」とも必要としない、家族らしい衒いのなさ。それがとても嬉しかった。

 次いでホーネットは、今しがた義姉から送られた言葉を反芻する。

「……独りで格好つけるな。そんなのは格好良くない、あたしの真価じゃないんだ……」

 かつてライノが憧れてくれた『格好いいお姉ちゃん』は、泣きながら、愚痴りながら、それでも弛まず足掻き続けるホーネットだった。自己の価値を証明しようと必死で、その結果、たくさん過ちも犯したけれど、それでもあの姿勢まで間違っていたはずはない。

 そうだ。大切なのはそこだ。

 元よりそれがレガシーのかたちで、F/A-18ホーネットの在り方だ。

 みっともなさを恥じるな。スマートさなんて追い求めるな。

 泥臭くてもいい。ヘタレでもいい。強がりだって口にし続けていれば、いつかきっと本当になるさ。邁進することをやめなければ、必ず目指すモノにも手が届くさ。

 半年前、義姉に教えられた『支えてくれる者』の大切さ──それさえ忘れなければ。

 自分は独りなのだと、片翅(ライノ)を喪った無様な毒蜂(レガシー)なのだと、そんな勘違いさえ起こさなければ。

「……ごめん、ライノ。あんたと約束した、『敵を墜とすだけのあたし』ってのは、もうちょっと無理そうなんだ。このあいだ一回、撃墜されちゃったし……」

 でも。

「それでも『格好いいお姉ちゃん』は健在だから。今日はまだ、終わってないから」

 目をごしごしと擦る。鼻をずずっと啜る。両手でぱちんっと頬を叩いて、未だ戦闘音の止む気配がない空を仰ぐ。モジュールの修復は既に完了、靄が晴れた心もすこぶる良好。

 今日はライノの命日で、同時にレガシーの命日だ。

 だから、傷だらけの少女は掛け声一発。

「──行くよ、ホーネット!」

 己を新生させるべく、鋼鉄の翼を大きく羽ばたかせた。

 雲を切る。風を切る。まるで火がついたように蒼穹をひた翔ける。

 戦闘空域がぐんぐん近づいて来て、同時に無線機から仲間たちの声が響く。

『おー、来た来た! とんだ重役出勤! ってか、本気でおっそいよホーちゃん!』

『て、敵ADDの数が多いのであります! この空域以外でも現在、同時に戦闘が起こっていて……と、とにかく! 自分たちも早く皆さんの加勢に向かわないと!』

『まあ、そのためにはまず目の前の敵さんら、ちゃっちゃと片づけなあきまへんけどな』

 ほいで、とドルフィンが続ける。何気ない口振りで、けれど少し心配げに。

『……ホーネットはんは、もう大丈夫なんどすか?』

 果たして、ホーネットは一言で応じた。

「大丈夫よッ!」

 聞く者の鼓膜をびりびりと震わす力強い宣言。

 無線機の向こうで三人の、おっ、と呑まれるような気配がして。けれど、すぐにそれは如実な安堵と、軽やかな笑い声に変わった。そして、その頃にはもう既に、空を縦横に踊るチームメイトの姿も、今や四機に増えた敵機の影も、肉眼で捉えられるようになっている。

 ディアナ級を一旦追い散らし、バイパーゼロ、エフワン、ドルフィンが、ホーネットの隣に並んで編隊を組んだ。そして、皆がやはり口々にあれやこれやと言ってくる。

「もー、ホーちゃんってば現金! ご意見番と会ったら、すぐに回復しちゃってさ!」

「まったくであります! さすがに自分も、今回は少し怒ってるでありますよ!」

「こらあとで、な〜んか埋め合わせしてもらわな、うちら割に合わしまへんなぁ」

 仲間たちが為す相変らずの軽口に、ホーネットは口角を緩く釣り上げ、

「分かってる、ほんとごめん! 終わったら土下座でもなんでもする! けど今は──あいつら片づけんのが先でしょ!」

 前方からこちらに迫り来る四機の鏃。うち二機はさきほどホーネットとトムキャットを狙ったステルス型で、もう二機はあとから合流したとおぼしきドッグファイト型だ。後者はつい先刻まで『新型』扱いだったわけだが、もうその名前は通用しないため呼び分けに不便だった。

「ってわけで、便宜上、前者を『S型ディアナ級』、後者を『F型ディアナ級』と呼称! バイパー、エフワン、ドルフィン、いつもの連携パターンで仕掛けるわよ!」

「「「了解!」」」

 双方共に四機編隊、だが一塊となっていたのは物の数秒だ。すれ違いざまに砲弾を交わし合うや、すぐさま弾けるように各自バラけて、八機が所狭しと一つの空域を翔け巡り始める。

 通常これだけの機体数、しかも彼我の戦力が拮抗していては、そう簡単に決着はつかないもの。瞬間的に二対一の状況を作り出し、敵数を減らしてゆくのがセオリーだが、相手もそれを易々と許しはしない。おまけに猶予もないとなれば、取るべき戦法も決まってくる。

 幸いにして「いつもの」と言ったように、この手の状況にホーネットたちは慣れていた。乱戦のみならず、不足の事態や矢継ぎ早の展開、そういったシチュエーション全般に。

「ま、お決まりのやり口は毎度の如くポイどすな。ほな、いきますえー」

 微妙に緊張感に欠ける合図と共に、突如、ドルフィンの戦闘機モジュールが雲を曳く。

 戦闘機少女が高速で飛翔すれば、周囲との温度差から翼端で同様の現象が起きるが、この場合はそれとは別──文字どおりの意味で、彼女のモジュールから白い煙が発生したのだ。

 T-4ドルフィン。別世界では練習機として用いられている軽飛行機の名で、それをLeD粒子で再構成した彼女のモジュールは、『戦闘機』の名を冠されているにも拘わらず、通常の武装はミサイルはおろか機関砲さえ搭載されていない。また、基本スペックも他のそれに大きく見劣りし、単独では戦闘に及ぶのも困難な問題だらけの代物だ。

 しかし、チームとして機能できる状況下であれば、機体重量の圧倒的な軽さと、独自に搭載された各装備、何より日舞家元の生まれである彼女の卓越した操縦センスも相俟って、モジュール『T-4ドルフィン』はかなり凶悪な性能を発揮する。今がまさにそうだった。

「さあさ、うちの舞いを存分に堪能していっておくれやす」

 大気の流れに己が身を任せ、従来のマニューバとは一線を画する、素晴らしい軌道で敵の攻撃をいなすドルフィン。それと同時、自身はおろかADDの動きさえも利用して、今も吐き出し続けている大量の白煙を、速やかに周囲へ伝播させ煙幕の檻を形成してゆく。いや、そればかりか排出される煙も、赤・黄・青と続々と種類を増やしていった。

 この段になれば四機のディアナ級も悟ったことだろう。色彩豊かな煙の内側に囚われた自分たちのレーダー機能や、KK波の感知能力が、著しく損なわれ始めていることに。

 ジャミング。それも煙と共に吐き出されたLeD粒子感応物質に、ドルフィンが強度の高いKK波を浴びせ、乱反射させることで敵のKK波探知能力を阻害、更にチャフと同じく金属片を混ぜ込んで電波妨害を、赤リン発煙で赤外線レーダーの遮断を──など、複数の欺瞞効果を同時に発生させる、多目的ジャミング発煙装置。

 空間把握と位置取りの妙が伴わなければ、格闘戦のさなかに扱うのは極めて難しいこの装備の、だがドルフィンは妖精学園でほぼ唯一ともいえる名手なのだ。

 無論、その効果は都合良くホーネットたちだけを避けるということはなく、そして当然、事態を悟ったADDはただちに己の『目』を回復させようとする。無人機(ドローン)らしい一切無駄のない判断で以って、煙幕の囲いの外を最短距離で目指そうとして──

「ゆえに、動きがたいへん読みやすい! というわけでありますな!」

 そう、これが人間とADDの差だ。ADDはセンサー類を潰されればお終いだが、人間にはモジュールの機能がなくとも肉眼があり、状況から即座に戦いの流れを見抜く勘もある。

 世界各地を転戦していたホーネット、日本の本土防衛を担ってきたエフワン、共に戦歴が長い二人は気流と煙幕の動きから、敵機の進行方向を瞬間的に割り出し、速やかにその先へと回り込んでいた。ようやくクリアな視界を取り戻したと思った矢先、既に致命的な距離まで二つの機影に肉薄されていると悟り、S型ディアナ級はさぞや驚いたことだろう。

 そのうえ直後には、問答無用の十字砲火(クロスファイア)だ。20mmバルカンをたらふく喰わされ、嵩を増やしたディアナ級がたちまち爆散、この戦闘における最初の脱落者となる。

 続けて、やや下方で煙幕にずぼりと穴が穿たれ、そこから同じくS型が飛び出してきた。

 位置はほぼ想定内。当たり前に追撃に移っても、もはや間に合わない距離だが、やはりそれだって充分に読みどおりだ。エフワンがこちらにモジュールを寄せて来て叫んだ。

「ホーネットさん、ここは自分が! お願いするであります!」

「了解! 行って──来いッ!」

 次の瞬間、既にぎりぎりまで間隔を狭めていた互いのモジュールを、ホーネットとエフワンはあろうことか意図的に接触させた。いや、正確には次元干渉の界面同士をぶつけたのだ。

 戦闘機少女をあらゆる障害から守る物理保護。いわばこれは、その応用編だった。

 昨日、訓練中のミスで墜落しかけたときホーネットは、同様の手法でファイティングファルコンに命を救われた。あのときは緊急事態だったため、ファルコンが一方的にホーネットの物理保護に、己のそれを合わせるという無茶を敢行したが、十全に互いの意思の疎通が図れていれば──そのような訓練を日々積んでおけば、例えばこんな芸当だって出来るのだ。

「吶喊でありますっ!」

 エフワンが完全に常軌を逸した軌道を取った。

 ホーネットの側はやや強めに、エフワンの側はやや弱めに、それぞれ精妙に強度を加減された物理保護の激突は、事前のベクトル調整もあって後者のみを猛烈に跳ね飛ばす。その勢いに乗ってピッチダウンを果したエフワンは、信じ難い鋭角さでまっしぐらにパワーダイブ。さながら振り落ちるギロチンの刃の如く、二機目のS型ディアナ級へ逆落としを仕掛けた。

 F-1。異世界においては日本が独自開発した超音速戦闘機として知られ、それをモジュール化して纏ったエフワンは妖精学園設立のほぼ直後から、少ない人手のなか委員長らと共に本国を守護してきた紛うことなきベテランだ。その経験値の高さは瞬時の判断による遊撃的なサポートを可能とし、また空戦のみならず多くの場面でチームを助けてくれる。

 そして今まさに、そんな支援戦闘機少女の面目躍如。戦闘機少女(ファイター・ガール)オリジナルの戦闘マニューバ『リコシェターン』を、電撃的ともいえる手際で決めてS型の背後につけるや、エフワンは速やかにAIM-9サイドワインダーを発射。空にたちまち二つ目の花火を打ち上げた。

「ヤンキー・ゴー・ホームッ! 撃破、二機目でありまーす!」

「た〜まや〜、にはちっと季節外れどすけどな」

 腕を振って喝采をあげるエフワン。それにドルフィンがはんなりと応じた。

「あんたら気を抜き過ぎ! まだ終わってないわよ!」

 とはいえ、この時点でもはや趨勢は決したようなものだ。こちらは未だ四機。ADDはF型二機を残すのみ。あとは、どうとなりとでも料理してやればいい。

 だが、そう目論んでいたホーネットの意識を、

「ッ、ホーちゃん! あれ!」

 というバイパーゼロの警告が、たちどころに引き締め直させた。

 左方を飛翔する彼女の指差す方向に視線を転じれば、煙幕のなかから既に完全に脱していた件のF型ディアナ級二機が、何やら胡乱な行動を取り始めているではないか。一方がもう一方の周囲を延々ロールする、という昆虫の求愛行動みたいな真似をしている。

 なんだ? と両目を眇めた矢先、ロールしていた側のディアナ級が、もう一方に目掛けてやにわにバルカン砲をぶっ放した。絶句するホーネットたちの見ている先で、仲間から撃たれた片側一機は回避行動さえ取らず、為すがままに撃たれてLeD粒子に還ってゆく。

 異変が起きたのはその直後だった。

 飛散したLeD粒子が虚空に溶けることもなく、そのまま最後のディアナ級に吸収され始めたのを見て、「まさか!?」とホーネットも顔色を一変させる。

「あれって、心神やラプターが韓国でやり合ったっていう!?」

「……たぶん、そうどすな。僚機を喰ろうてパワーアップしてはる。えげつないわぁ」

「パンがなければ仲間を食べればいいじゃない、の理屈でありますか! ぬぬ、なんたる卑劣漢! ミリメシ食えであります!」

「エフワンちゃんは、どこに怒りを燃やしてるのかなー?」

 報告で聞かされていた事例の一つだ。どうやらF型ディアナ級には、同じADDのLeD粒子を『奪う』ことで、急速に自己を強化する能力が備わっているらしい。あまりにも稀有なケースであるため、『他の級のADDにも可能なことなのか』『なぜ空気中のLeD粒子のほうを利用しないのか』など、未だに不明な点が多く有効な対策も立てられていない。

 確実に言えることはただ一つ。強化されたディアナ級──『R型ディアナ級』とでも呼ぶべきあの敵が、従来のそれとは比較にならない戦闘力を持つ、ということだけだ。

 ホーネットは一挙にスロットルを開けた。ならば、なおさら後手には回れまい、と。

「あたしとバイパーで仕留める! ドルフィンは攪乱、エフワンは援護! 行くわよ!」

「「「了解!」」」

 四人は再び弾けるように散開、突撃して来るR型ディアナ級に、それぞれが各々の持ち味で以って対抗する。今や一回りほどサイズアップしている敵機だが、性能のほうはその程度の上昇に留まらない。F-22ラプターでさえ振り切るのに難儀したという速度、並大抵の攻撃ではびくともしなかったらしい驚異的な装甲。まともにぶつかれば誰がやっても敗北は必至だ。

 こちらが勝るものといえば、せいぜい『チームであること』くらい──

「ハッ、上等じゃない!」

 ホーネットは歯を剥いた。チームであること、それ以外に何を望むのか、と。

「負けないっ……負けるわけない! 独りでさえなければ、ADDなんかにあたしたちが!」

 ドルフィンが欺瞞兵装で敵の感覚を削ぎ落とし、エフワンが阿吽の呼吸で常に味方の支援に回り、ホーネットとバイパーゼロはひたすら迫撃。他の一切を脳裏から排除し、皆が自らの役割に正しく没頭する。そうできるだけの信頼が、高度な連携を決して失わせない。

 驟雨となって空を裂く徹甲弾、乱れ飛ぶ空対空ミサイル。色とりどりの煙幕が回廊の如くアーチを描き、武装した妖精たちが大空のスクリーンで踊る踊る。

「……バイパーッ!」

 ホーネットは叫んだ。回避空間を削られ追い立てられたR型が、進行方向上にいたバイパーゼロを撥ね飛ばし、強引にこちらの包囲を崩そうと試みた──まさしくその瞬間に。

「ほいさ、合点! ビキニの底力ぁああ!」

 身を捻って辛くも敵ADDの突進を避けたバイパーゼロが、同時に自身のモジュールの下部から何か黄色い布状のものを吐き出した。

 ドラッグシュート。

 着陸時の滑走距離を縮めるために使われる、落下傘によく似た形状の空力ブレーキだ。

 戦闘機少女が制御不能のスピンに陥った際、姿勢を回復する最終手段としても用いられるそれを、バイパーゼロは展開するやいなや切り離し、傍らを擦過するADDの機首に被せたのである。途端、理解不能の事態に直面したR型が、激しくその挙動を不規則にさせた。

「ぐはは、変態め! この変態め! ワタシの数少ない布地を頭に被るなんて変態めーっ!」

「そういう発言をする奴のほうが、よっぽど変態的だってぇ──のッ!」

 仕掛ける。アフターバーナー全開で先行したホーネットが、動きの鈍ったR型ディアナ級を即座にロックオン。ハードポイントから最後のAAMを飛ばして直撃させる。が、さすがの頑丈さというべきか、LeD粒子の飛沫を盛大に散らし、爆炎に半ば呑まれながらも、まだ敵機は墜ちることを良しとしなかった。そればかりか、先のミサイル攻撃でこちらの正確な位置を逆探知したか、持ち前の旋回能力で最後の悪足掻きまで為してみせる。

 けれど、そのときにはもう既に後方から、バイパーゼロが追いついて来ていた。

「しつこい男は嫌われるよ! 冥土の土産はあげたでしょ!」

 ドラッグシュートの展開で一旦は失速した彼女だが、その後、エフワンとの次元干渉衝突を利用したマニューバで急加速、敵にトドメを見舞わんと猛チャージをかけていたのだ。

 F-2。別次元に存在する異世界では、優秀な対艦攻撃能力を持つ戦闘機で、非公式だが『バイパーゼロ』の愛称も有す。その鮮烈な洋上迷彩まで再現した彼女のモジュールは、ときにマルチロール機としても分類される性能どおり、空戦でも過不足ない働きを見せる隙のない仕様だ。「使ってる奴がビキニでさえなければ……」とはクラス全員一致の見解。

 足止め役を果たしたホーネットに、今しも反撃を試みようとしていたADDは、しかし時間差で現れた戦闘ビキニに駄目を押され、今度こそ為す術もなく年貢の納め時を迎えた。

 バイパーゼロの90式空対空誘導弾が、流線形のシルエットをしかと捉える。直後、一際大きな爆裂音が大気を劈き、長く長くその余韻を辺りに轟かせた。

 それが収まれば、あとに残されるのは、ぱらぱらと宙を舞う破片のみ。だが、その破片さえもやがては、LeD粒子に還ってゆく。敵の全撃破を見届け、仲間たちが歓声をあげた。

「うおおっしゃーッ! チーム・ビキニーズの劇的な勝利—っ!」

「ビ、ビキニーズ!? いつの間にそんな小隊名が!? だ、だったら自分は、チーム・サバゲーズがいいと思うであります!」

「それもどっこいどすえ? うちはチーム・オイデヤースに一票」

「あんたらマジで口が減らないわね!? あと、ネーミングセンスはみんな酷いから!」

 と、そこで新調したばかりのスマートフォンに着信。画面を見れば非戦闘員のRQ-3ダークスターからで、どうやら戦闘空域の外側から状況を観察していたらしい。

 ホーネットがすぐさま通話に応じれば、

『──復調?』

 という短い一言で、ダークスターがこちらを慮ってきた。

「おかげさまでね。見てたんなら分かるでしょ?」

『ホーネット合流から一分弱で、ディアナ級四機を撃墜。確かに素晴らしい戦果。でも、それができるんなら、初めからやってほしかった』

「悪かったってば。だから今から挽回する。で、他の戦況は? どうなってるの?」

『戦艦級ADDが二隻も確認されてる。対艦攻撃に優れた戦闘機少女が必要』

 なるほど、とホーネットは納得した。かなりの大型である戦艦級ADDは、現れるやLeD粒子で艦載機を増やしてゆくため、早めに潰さなければあとあと厄介なことになる。

 しかし、幸いホーネットたちのチームは、自分を含めバイパーゼロとエフワンの三名が、対艦のみならず対地攻撃をも可能としていた。ここに特殊な欺瞞兵装を用いるドルフィンを加えることで、あらゆるシチュエーションに対応できるよう調整された、いわば『汎用特化型チーム』──それが妖精学園におけるホーネットたちの役割なのだ。

「へえ、お誂え向きの展開じゃない。復帰戦にはちょうどいいわね」

『そう? じゃあチーム・シマシマロリーズ、貴女たちの仕事を果たして』

 淡々と指示してくるダークスターに、ホーネットは「了解!」と威勢良く返し、

「でも、そのチーム名はやめてッ! お願いだから!」

『……駄目?』

 駄目だ、と念押ししてから通話を終了した。無線モードでの会話だったため、今の内容は仲間たちにも筒抜けだ。ゆえに、ホーネットも手間を省いて皆に声をかける。

「聞いたとおりよ! 今日はあたしらの独壇場! 片っ端から墜としてスコアを稼ぐわ! クラスのみんなに心配かけたお詫びも兼ねて大暴れするから──あんたらも手伝って!」

「あはは、な〜にを今さら言ってるかなー、ホーちゃんは」

「手伝うも何もないでありますよ! それが自分たちの使命であります!」

「せやからホーネットはんも、余計な気ぃ遣わんと存分にやったらええ」

 打てば響くような三人の回答。ホーネットは口元を綻ばせ、次いで視線を再び前に戻した。

 そして、ふと思う。

 あぁ、ライノはこんな自分をどう感じるだろうか、と。

 努力して、邁進して、けれど昔ほど無茶でも意固地でもなくなって、こうして仲間を頼るようになった今の自分を。メッキがすぐ剥がれ落ちるようになったF/A-18ホーネットを。

 格好いいお姉ちゃん、と言ってくれるだろうか?

 約束を守ってくれた、と称えてくれるだろうか?

 分からない。正味のところはホーネットにも。

 もしかしたら「そんなのは違う」と否定するかもしれない。トムキャットのようには認めてくれないかもしれない。誰かに手を引いて貰わずにはいられなかった妹だからこそ、他者と手を取り合って進もうとする今のホーネットを、自分と同じ『弱い存在』と見なすかもしれない。

 でも、ホーネットはもう決めたのだ。

 今の己に胸を張ろう、と。

 弱さも、甘えも、確かに己の一部なのだと許容して──そのうえで、自分にできる限りのことをやろう、と。着実に一歩ずつ前に進んでゆこう、と。

 それがいつか、本当の意味での『格好いいホーネット』に繋がると信じて。

 だから。

「──ばいばい。ライノ、レガシー」

 別れの挨拶。

 三年越しの、一つの区切り。

 またね、とつけ加えなかったのは、やはり妹が家族だからか。それとも『ライノの生存』という淡い期待を、もう自分でも願い切れていないからか。

墓を建てる勇気はまだ持てないくせに、この優柔ぶりはいかにも自分らしかった。

ホーネットは微苦笑を浮かべ、続いて腹の底から大喝をあげる。

「つーわけで! ガンガンいくわよ、あんたたちッ!」

「「「了解!」」」

 スロットルを限界まで開ける。戦闘機モジュールが力強く唸る。頼もしい仲間たちと編隊を組んで、あとはもう振り返らずに一直線。次の戦場に向けて稲妻みたいに迸る。

 空と海、両者の境を縫うように。

 今日という日を克服し、どこまでも飛んでゆく。

 ホーネット、バイパーゼロ、エフワン、ドルフィン──あらゆる困難を乗り越えるために生まれたチームの、これは過酷なれど歳相応の歩みを綴る物語。

 少女たちの戦いの記録(エアクラフト・アクション・レポート)。

〈Fin〉