F/A-18ホーネットと『ライノ』は、双子の姉妹なのにあまり似ていない。

 髪の色や目鼻立ちはさすがに通ずるものがあるが、ライノのほうが遥かに身体の成長著しく大人びて見える。性格も正反対で、姉のホーネットが『動』ならば、妹のライノは『静』。ぱっと見の印象だと、容姿の僅かな一致よりも、雰囲気の違いのほうが先に立つ。だから、昔からよく他者に勘違いされたものだ。「え? そっちがお姉ちゃんなの?」と。

 まったく失礼な話だと思う。

 そういう不躾な連中には、きっと分からないのだ。

 背丈のみならず他の面でも軒並み優秀な妹を持ったばかりに、必死で威厳を保とうと常に背伸びし続けてきた姉の気持ちなど。陰で地道な努力を重ねるこちらの姿など露知らず、ただただ純粋無垢な憧憬の目を向けてくる半身を、決して裏切るまいとしてきた道化の心中など。

 そう、思えば。

 物心ついたときから、ホーネットのなかには劣等感があった。

 何をやらせてもあっさりと成功する妹。何をやらせても人並み以上に時間が掛かる姉。

 当事者たちの関係や想いはどうあれ、周囲が優遇するのはいつだって前者のほうになる。

 ──よくやったね偉いね頑張ったね。

 違う、その子は何も頑張ってない。ただ『出来た』だけだ。

 ──また失敗したの駄目ねもっと頑張りなさい。

 違う、あたしは頑張ってる。ただ『出来ない』だけだ。

 ──お姉ちゃんなのにお姉ちゃんなのにお姉ちゃんなのに……。

 ホーネットにとってライノは唯一の家族だ。産まれて間もなく両親が事故で他界し、その後に預けられた養護施設も、ADDの突然の襲来で運悪く焼け落ちた。妹と共にストリートチルドレンに身を窶し、その過程でKK能力者(カルツァ・クライン・センサリー)に目覚めて戦闘機少女となるまで、いつも姉妹二人でお互いを支え合ってきた。だから、まかり間違っても『憎む』なんてあり得ない。

 ただ、それでもやはり、ずっと理不尽には感じていた。

 どうして自分が姉なのだろう? なぜライノが妹なのだろう?

 この世に産まれたのが、ほんの数分、早いか遅いかというだけ。たったそれだけのことなのに、しかし万事においてその違いがついて回る。ライノは『妹だから』無条件に自分を信頼していれば良く、ホーネットは『姉だから』是が否でもそれに応えなければならない。

 もし立場が逆だったなら──そう考えたことも一度や二度ではなかった。

 ──『レガシー』は本当にすごいね。なんでも出来る。

 レガシー、そしてライノ。

 互いの召喚する戦闘機モジュールが、どのような運命の悪戯か、発展型とその原型であったために、コールサインの混同を避けようと二人で考えた愛称。いつしか勝手に周囲にも広まっていった、けれど今となってはもう用がない、ひどく懐かしい名前。

 あの日もそうだった。

 姉妹二人で会話した、印象深いある夏の日。

 場所は、アメリカ合衆国バージニア州、沿岸軍事都市ノーフォーク。

 当時はまだADDの出現からさほど時間が経っておらず、戦闘機少女たちの運用法も満足に確立されていなかったから、ホーネットとライノは暫定的に軍預かりの身分となり、ノーフォークの街にあるアメリカ海軍の基地に厄介となっていた。

 風に混じる潮の香りが、普段よりも少しキツかったと記憶している。

 ──さすがお姉ちゃん。その点、わたしは駄目だな……。

 ──ハァ? いきなり何言っての、あんた。

 あの日ばかりは、ホーネットも妹の素直な賞賛に、「当然でしょ!」と返すことができなかった。毎度のように『勝気で自信満々な姉の仮面』を被ることができなかった。

 ライノの発言が唐突過ぎたから、というのも、もちろん理由の一つとしてある。だが、それ以上に何より、ホーネットが恐ろしく苛立っていたからだ。

 姉妹喧嘩は昔から数限りなくやったけれど、恨み節めいた言い様で妹に食ってかかったのは、おそらくあれが初めてだったのではないかと思う。

 ──選ばれたのは、あんたなのよ? あたしじゃないッ。

 ──連中はね、F/A-18Eスーパーホーネットを……優秀な妹のほうだけを寄越せって言ってるの! その劣化版の戦闘機モジュールを使う、双子の姉なんてお呼びじゃないのよ!

 当時はまだ軍事関係の知識にとんと疎く、また厳密には軍属でなかったこともあって、ホーネットも本当は何が何やらだった。ただ、人づてに聞いた話でそれが『栄転』の類なのだと知り、自分を除け者に妹だけが選ばれたという事実に、長らく溜め込んできた鬱屈が不意に限界に達してしまった。そのうえ、話を持ちかけてきた将校の部屋を辞し、基地を出て暫らく会話もなく海岸沿いを歩いていたら、いきなり「本当にすごいね、さすがお姉ちゃん」だ。

 白々しい慰めだと感じた。

 わざとらし過ぎて、さすがに腹が立った。

 本当はこいつ、初めから全部、分かってやってるんじゃないかと、そう疑いもした。

 ──それでも、やっぱりレガシーはすごいよ。

 今でこそ思う。あのとき俄かに抱いた疑いは、ある意味では正しかったのだろう、と。

 そう、たぶんライノは知っていた。姉たる自分の努力を、弱さを、甘えを、何もかも十全に弁えていた。そして、そのうえで確かに心の底から「すごい」と感じていた。

 同時に、本人の言どおり「自分は駄目な奴だ」とも。

 ホーネットはたった一人の肉親が抱えていたその苦悩に、結局、最後の最後まで気づいてやることができなかった。

 ──転属の話、受けるんでしょ?

 ──実はまだ悩み中。レガシーはどうしたらいいと思う?

 ──……好きにしたらいい。別に今生の別れってわけでもないんだから。

 果たしてあのとき、自分はなんと答えるべきだったのだろう?

 背中を押してやるべきだったのか、行くなと止めてやるべきだったのか。

 だが、妹がどんな答えを望んでいたにせよ、当時の自分が選んだのは単なる回答の放棄で、そのことはホーネットの胸にのちのちまで、深い後悔の味を刻み続けることになる。

 ──気が向いたら会いに行くわよ……部隊、なんて名前だっけ?

 ──第84戦闘攻撃飛行隊。ニックネームは『海賊旗を掲げる乙女たち(ジェニーロジャース)』だって。

 可笑しいよね、軍隊が海賊なんて──そう言ってライノが微笑む。大人びた仕草が多い妹にしては珍しく明け透けな、それでいてどこか胸に刺さる笑顔だった。

 その、およそ半年後のことだ。

 レガシーの愛称が要らなくなったのは。

 そして、今や『たった独りのホーネット』となった少女は、自室で静かに目を覚ました。

 起きてまず初めに感じたのは、ひどい喪失感。身を横たえたベッドの半分、自分の傍らが不自然にスペースを空けていて、そのことに少し嗤ってしまう。知らずこのような寝相を取ったらしいのだが、妹と二人で一緒に眠ったことなど、夢に出てきた時分よりも更にずっと昔、それもほんの数回こっきりだというのに。

 次いでホーネットは、やはりいつものように、ある考えを脳裏によぎらせる。

 あぁ、もし立場が逆だったなら──と。

「…………女々しいわね、ホーネット。あんた、何も懲りてないわ」

 かつては姉妹という関係そのものに向けられていたその感情は、しかしあれから三年経った今ではまったく異なる意味合いを伴っている。だが、どちらにしても詮無い話だ。いつまでも『たられば(if)』を引き摺り続ける自分の心の弱さに、今日ばかりは常以上に嫌気が差してホーネットは閉口。差し当たってすぐには起きる気にもなれず、目覚まし時計がまだ早朝の時刻を差していると分かるや、日課の自主トレもうっちゃって、二度寝を決め込むことにした。

 いや、決め込もうとしたのだが。

「ッ、誰よ……?」

 ドンドンドンドン! と狙い済ましたようなタイミングで、部屋のドアをノックする音。

 乱暴ではないが、遠慮のない叩き方だ。一瞬、ドルフィンあたりだろうかとも思ったが、時間を考えるとかなり違和感がある。何しろ彼女はめっぽう朝に弱い。

 ともあれ、居留守でやり過ごせる手合いとも思えなかったため、ホーネットは仕方なく温かいベッドから抜け出してドアに向かった。窓からはカーテン越しに陽光が差し込んでいたが、それでも冬の空気は肌を切りつけるようで、たまらず椅子に掛けてあった上着を羽織る。

「はいはいっ、誰? ってか、もう起きたからノックやめて!」

「分かりました。やめます」

 朴訥、というには些か細い声音。とにかく飾り気のないシンプルな──別の言い方をすれば少々感情の色が薄い返答がドアの向こうからあって、ホーネットは思わず目を瞬かせた。

 ここは妖精学園の寄宿舎なので、当然、返事の主には心当たりがある。が、同時にそれはひどく意外な相手でもあった。

「……心神?」

 まさか、と半信半疑でドアを開ければ、果たして予想通りの相手がそこにいた。

 黒目黒髪、青いブレザー。やはり同じピクシーズで、つい先日クラスに編入したばかりの、自分以上に新参者といえるADX-X1心神その人だった。

「おはようございます、ホーさん」

「え……あ、うん。おはよ……」

 面と向かって挨拶される。しかも丁寧に頭まで下げられた。だから、ホーネットも釣られて腰を折ったが、ただいま絶賛混乱中だ。どうも自分はまだ少し寝ぼけているらしい。

「あ~……いや、ちょっと待って? 待って待って」

「はい、待ちます」

 こくりと素直に頷く。なんだかヒヨコみたいな仕草だった。

「……あのさ、なんか色々とおかしくない? このシチュエーション」

「? おかしい、ですか?」

「うん、すごく。違和感バリバリ。ってか、あんたいったい、なんの用よ?」

「ホーさんを起こしに来ました」

 実に明瞭な答えだ。まあそれしかないだろうな、とは思っていたが。

 しかし、そんな無垢な顔でニコニコされても、おかしいものはおかしいのである。

「…………なんで?」

「ナンデ?」

「うん。つまりね、なんであんたが、あたしを起こしに? って訊いてるわけ」

 少なくとも自分が知る限り、F/A-18ホーネットとADX-X1心神は、さほど親しい仲ではなかったはずだ。というより、単にクラスが一緒なだけで殆ど赤の他人である。朝っぱらから部屋を訪ねるのはもちろん、『ホーさん』なんて呼ばれ方をされるような間柄でも決してない。

「だって、今の今まで満足に喋ったこともなかったじゃない、あたしたち……」

「そうですね。私はまだ学園に来て日が浅いので、お話できていない人が他にもたくさんいます。でも、ホーさんのことはイパさんたちから色々と聞いてましたよ?」

「イパさん?」

「えっと、F-2さんのことです。ニックネーム、です」

「バイパーゼロだから、イパってこと……?」

 そこを取っちゃうわけ? とツッコミを入れる間もなく、

「ちなみに、ホーさんは『ホーさん』と『ットさん』で少し迷ったんです。後者も捨て難いかなって思ったんですけど、どっちのほうが良かったですか?」

「ホーさんで正解っ、超正解よ! 断然そっち! あんた、いいセンスしてるわねッ!」

 やけくそ気味に前者を推しておく。F-35AJライトニングⅡが「イトニャンさん」とか呼ばれていたのを思い出したからだ。舌を噛みそうなあだ名の定着は、なんとしても避けたい。

 片や心神は、褒められたのが嬉しかったらしく、頬を染めて僅かにはにかむと、

「というわけで、おはようございます」

「……そこに戻るのか……」

「はい?」

 テンポのずれた会話だ。いや、不思議と苦痛ではないのだけれど。

「じゃ、こっちも話を戻すけど──なんで、あたしを起こしに?」

「もしかして、駄目でしたか?」

「駄目じゃないけど、ちょっと藪から棒ね。委員長に何か言われでもした?」

 既に眠気は完全に飛んでいる。だから、初めに理由として考えついたのは、クラスの代表者であるF-15Jイーグルが、まだぞろ余計な気を利かせたのではないか、ということだった。

「あたしが……その、昨日の飛行訓練で大失敗やらかしちゃったから……それで今日、学校に来ないつもりなんじゃないかって、委員長があんたを寄越したんじゃないの?」

「? ホーさん、今日は登校しないんですか?」

「……するわよ。するけど……」

「私、委員長さんには何も言われてません」

「なら、バイパー? エフワン? ドルフィン? それともまさか……ファルコン?」

 西日本の山間部にて行なわれた昨日の訓練中、馬鹿げたミスからあわや死にかけたホーネットを、間一髪で救ってくれたのがF-16ファイティングファルコンだった。彼女のほうは逆にそれが原因で、掠り傷とはいえ怪我まで負ったのに、ホーネットはまだ満足に礼も言えていない。常々ライバル視していた相手だからこそ、ここで変に蟠りは残したくないものだけれど。

 しかし、対面の心神はこちらが挙げた、いずれの名前にもかぶりを振り、

「ただ、来たいから来たんです」

「……はぁ?」

「なんとなく、今朝は一番に、ホーさんに挨拶したかったので」

 ホーネットはまじまじと相手の顔を凝視した。だが、どうやら心神自身も己の発言の不可解さには戸惑っているようで、しきりに首を傾げながら続けてこんなことを尋ねてきた。

「どうしてでしょう?」

「い、いや、そんなのあたしが知るわけ──」

ないじゃない、と反射的に返しかけ、しかし途中で口を噤む。心神がこのような行動に至った理由に、唐突に察しがついてしまったからだ。一拍後、ホーネットは肩の力を抜いた。

「……参ったわね。どいつもこいつも物好きなんだから、ほんとに」

 暢気。お人好しの集団。馬鹿ばっかり。

 心神は自分以上に新参者だけれど、それでも自分よりも遥かにずっと早く、この学園の水に馴染んだようだ。そのことが少し悔しくもあり、同時になぜか嬉しくもある。

「──実のところさ。あたし、あんたに少しシンパシー感じてたのよね」

「シンパシー、ですか?」

 突然の話題の転換に、きょとんと目を丸くする心神。ホーネットは頷いて更に続けた。

「そ。悪いけど一方的にね。初めてクラスにあんたが現れたときは、なんかヌボ~ッとしてて頼りないし、正直『こいつ大丈夫かな?』なんて思ったりもしたんだけど」

「ひ、ひどいですっ」

「うん、ごめん。でも、登校初日にラプターたちがアポロ級ADDと交戦して、それでピンチになったとき真っ先にあんたが飛び出して行った、ってあとから人に聞いてさ。委員長があんたの戦闘機モジュールを『実証機』って呼んでたのも小耳に挟んで、だから──」

 自分はなぜこんな話をしているのだろう、とホーネットは口を動かしながら訝しむ。

 いちいちあどけない心神の様子に、思いがけず絆されてしまったのか。あるいは今まで殆ど親交がなかった相手だからこそ、胸の内を吐露するには打ってつけと考えたのか。

 分からない。分からないが、言葉は依然、勝手に口を衝いて出た。

「──だから思ったの。あぁ、ひょっとしたらこの子は、昔のあたしとおんなじで『少女型の戦闘機』になろうとしてるのかもしれないな、って」

「少女型の、戦闘機……」

「ADDと戦うことに特化して、そのために人間らしさも擲って……敵を墜とせば墜とすだけ自分の価値も上がる、なんて本気でイタイ勘違いをしてる駄目な奴にさ」

 嘆息を一つ。ホーネットは目の前に佇む心神を見た。

「……でも違った」

「? そうなんですか?」

「うん。あんたは、ぜんぜん違う」

 でなければ、「なんとなく」なんて曖昧な理由で、わざわざ自分の部屋まで来たりはしないだろう。とどのつまり、この風変わりな転校生にそんな突飛な行動を取らせてしまうくらい、今のF/A-18ホーネットは傍目にも駄目な状態に陥っているということだった。

「委員長さんが、前に言ってました」

 と、そこで思案げにしていた心神が、何やらぽつりと言った。

「戦闘機少女は確かにADDと戦う存在で、常に死と隣合わせの宿命にあるけど……でも、だからこそチーム・ピクシーズは、みんなでフォローし合って空を護るんだ、って。私たちは軍人でも機械でもなくて、ごく普通の女の子なんだから、って」

「…………」

「私もそう思います。たぶん、私たちは『それ』を忘れちゃいけないんです」

 こちらの話をどこまで理解しているのかは不明だ。けれど、そう語ってみせた心神の目は常日頃と同じく澄んでいて、そこに迷いがないことだけは確かに伝わってきた。

 ごく普通の女の子。か弱くて脆い十代の少女。

 強靭なのは、優秀なのは、あくまで戦闘機モジュール。

 モジュールを扱う資質に大なり小なりの差はあれど、そんなことは殊さら論ずるまでもない当たり前の話であり──だからこそ、ときに人はその事実を忘れてしまうのかもしれない。

「……それでも、さ……」

 それでも、自分だけは忘れるべきできなかった。

 気づいてやるべきだった。姉として、気づいて然るべきだった。

 たった一人の、妹のことなのだから。

「ホー、さん?」

 心神の物問いたげな視線を、やんわりと苦笑で流して、ホーネットは部屋のなかを顧みた。

 すぐ近くの壁に掛かったカレンダー、その今日の日付の部分には、サインペンで赤い丸印がつけられている。結局、笑顔も義姉(あね)も欠いた状態で、遂にこの日を迎えてしまった。

 本当は『格好いいホーネット』だって、もうずいぶん前から品切れ中なのだ。

 事のあらましを語り終えると、暫らくしたあと相手は言った。

『……そう。あの子は今、そんなことに……』

「ええ。単なるスランプで片づけられる問題ではない気がするんです」

 朝。じきに皆が登校を始める頃合だ。空は晴れているものの、やはり今日もひどく寒い。

 いつも教室に一番乗りするF-15Jイーグルは、既に寄宿舎を出て校舎へ向かっていた。手にはスマートフォン。歩きながらの通話は無作法だが、状況が状況なのでやむを得まい。

 何しろ電話の相手は、現在、遠きアメリカの地にいる。

 昨晩から何度もスマートフォンにコールを入れたのだが、なかなか連絡がつかずにこうして一夜明け、今しもようやく電話が掛かってきたところなのである。

 時差を考えれば今あちらは深夜のはずで、そのことを考えるとイーグルも心苦しい限りだったが、この機を逃せば次はいつ話せるか分からない。相手はそれほど多忙な人物だった。

『苦労をかけますわね、委員長。あの子に代わって謝罪いたしますわ』

「い、いえ、そんな……」

 けれど、連日の撮影で心身共に疲れ切っているだろうに、さすがというべきか彼女は弱り目の一つもおくびには表さなかった。ひさしぶりに聞く声にも、やはり艶やかな張りがある。

 誇り高いクラスメイトなのだ。同時に、相応の強さも兼ね備えている。

 F-14トムキャット。

 日本ピクシーズの一員にして、その柱の一人でもある少女。

 若干十代で既に押しも押されぬハリウッドスター──という経歴がまずとんでもないが、彼女は戦闘機少女(ファイター・ガール)としての能力やそれ以外の手腕に関してもすこぶる有能で、クラス内においては委員長である自分の補佐から、ときに作戦立案や総指揮の代行まで担ってくれている。

 資金工作員(マネーエージェント)として学園の運営にも強い影響力を持ち、更には日米を始めとする複数の基地(ベース)による連携の強化を提唱、日本に多くの外国人戦闘機少女が集結する、その遠因を作った陰の功労者でもある。そのため、クラスの皆からは『ピクシーズのご意見番』などとも呼ばれ、あらゆる面で妖精学園になくてはならない人材だった。

 そして何より、彼女は今こうして話題に上がっている問題の人物──

「それで……何か思い当たる節はありませんか、トムキャットさん。ホーネットさんがこのところ、ひどく調子を崩している件について」

 妖精学園の同クラスメイト、F/A-18ホーネットの他ならぬ義姉(あね)でもあるのだ。

 イーグルが不躾を承知で忙しいトムキャットの元に連絡を入れたのもそれが理由で、ここ最近のホーネットの不調を重く見たがゆえのやむを得ない判断だった。委員長としては情けない話だが、クラスメイトの抱える問題の原因に、どうしても理解が及ばなかったからである。

 果たして、トムキャットは言った。深い溜め息交じりの声で、

『……心当たりなら、ありますわ。というより、この時期だと一つしか考えられませんわね』

「時期? それはいったい……」

『委員長、貴女は確かご存知でしたわね? かつて、あの子に双子の妹がいたことを』

 無論、知っている。妖精学園に在籍するピクシーズの資料は、あらかじめFGAFから渡されるからだ。『F/A-18ホーネット』の発展強化型である戦闘機モジュール『F/A-18Eスーパーホーネット』を召喚する戦闘機少女(ファイター・ガール)で、両者のコールサインの混同を避けるために、いつしか変わった愛称が海軍内で定着していたとかなんとか。

「ライノさん、でしたっけ?」

『ええ。そしてホーネットは、レガシー。……もっとも、わたくしはあの子がそう呼ばれるところを見たことがありませんけれど』

「? というと?」

『わたくしが先に出会ったのは、妹のライノのほうなんです。彼女はわたくしと同じ部隊にいましたから』

 あぁ、そうか。思い出してきた。FGAFから渡された資料は、あくまでホーネット自身のプロフィールに重点が置かれていたため、記憶を探るのに少し苦労したが──

「……第84戦闘攻撃飛行隊ジェニー・ロジャース」

『そう。わたくしとライノの……いなくなってしまった元『義妹』の、今はなき古巣ですわ』

 それは伝説的な部隊の名前だった。第84戦闘攻撃飛行隊ジェニー・ロジャース。ADD出現からまだ間もない頃、アメリカ合衆国海軍で発足した、戦闘機少女のみで構成される特殊部隊。第84の数字が示すとおり、一応、正式に海軍には属していたそうだが、通常の指令系統からは完全に離され、実質、独立部隊のような扱いであったと聞く。戦闘機少女を少しでも効率的に運用しようという発想から生まれ、現在ある日本の妖精学園や世界各地の戦闘機少女基地、その先駆けか前身と呼べる部隊であったらしい。

 もっとも、FGAFの台頭によって部隊はその華々しい戦果とは裏腹に、結成から僅か一年余りで解体されてしまい、所属していた多くの隊員たちはその後、アメリカの戦闘機少女基地に再編されることになったのだが。

「確か、エリート部隊だったんですよね」

『ええ。隊に集められていたのは、いずれも第一世代の生え抜きばかりでしたわ』

「そのなかに、ライノさんの姿もあったんですね?」

 トムキャットがジェニー・ロジャース出身なのは知っていた。というより、知らない人間を探すほうが難しい。何しろ彼女は、第84戦闘攻撃飛行隊におけるトップガン──筆頭戦闘機少女に贈られる称号『ミス・ジェニー』の元・保持者なのだ。噂に名高い彼の『氷の如き女(ジ・アイス)』と、『独り輝く者(マーヴェリック)』のトムキャットといえば、かつての部隊でも際立って有名な両翼である。

 続けてイーグルは訊いた。薄っすらと事情を察しつつありながらも、

「なら、ホーネットさんは? 彼女もジェニー・ロジャースに?」

『……いいえ。あの子は選出されなかったんです。経験量や錬度を除いて純粋に資質のみで語るなら、妹のライノのほうが遥かにあの子より、戦闘機少女として優れていたそうで』

「姉妹が引き離されて、別々の部隊で戦うことになった?」

 よくある話といえば、それまでかもしれない。部隊の運用は基本、軍のトップが決めるもので、例え肉親同士が「一緒に戦いたい」と言っても、聞き入れられるはずはないのだから。

 ただ──ホーネットの妹の顛末を思えば、やはりそれは些か酷な話だった。

『わたくしがライノと出会ったのは、ジェニー・ロジャースに入隊してすぐのことですわ。当時のわたくしはなんというか、その……今更こうして他者に明かすのは、なかなか勇気が要りますけれど、ひどく鼻持ちならない女でしたの。なのに、そんなわたくしにライノはいつも、くっついて回って……知らず知らずのうちに、心を許すようになっていましたわね』

「さきほど、ライノさんのことを『義妹(いもうと)』と仰っていましたが」

『事実ですわ。やはりこれもホーネットより先、ということなりますけれど……元々わたくしはライノと義姉妹の契りを交わしていたんです。あの子とは部隊で僚機でしたから』

「……ハイ・ロー・ミックス、ですね」

 非常に優れたモジュールを持つがゆえに、ある一方面に特化して運用が限定されてしまう戦闘機少女と、極端に高い能力がない代わりに汎用が利く戦闘機少女。ハイとローに当たるこの二者を組ませて運用することを『ハイ・ロー・ミックス』と呼ぶ。日本ピクシーズのなかでいえば、自分──F-15Jイーグルと、妹のF-16ファイティングファルコンが、まさしくこの考え方に当て嵌まり、たまに学園のカリキュラムでも専用の訓練を行なうほどだ。

「私とファルちゃんは、姉妹が偶然コンセプトに合ったモジュールを所持していたパターンですけど、そうでない場合の人たちが連帯感を強めるために、あとから義理の家族関係を結んだりというのは、実は割とよくある話なんだそうですね?」

『ええ。軍隊では「チームメイト同士の繋がりは血よりも濃い」などと言われるくらいですから。何より入隊したての頃のライノは、ホーネットと離れ離れになって、メンタル的にかなり弱っていましたの。周りにはそう気取られないよう、明るく振る舞っていましたけれど』

 なるほど。僚機であったトムキャットのあとをついて回っていた、というのも本当は自身の寂しさを紛らわせるためだったのだろう。だとすると、そのライノという娘、能力的にはすこぶる優秀な戦闘機少女でも、精神面には不安要素を抱えていたのではなかろうか。

「それで、あの……」

『?』

「ライノさんは、いつ頃、お亡くなりに?」

 いよいよ核心に踏み込めば、長い長い沈黙を経たのち、案の定の答えが返ってきた。

『ちょうど三年前の今日になりますわね』

「…………」

『わたくしが別の任務で部隊を離れていた折、突然の緊急発進(スクランブル)が掛かってライノは他の仲間たちと共に出撃。北大西洋沖でADDとの交戦中に消息を絶ちました』

「ッ、待ってください。消息を絶った、というのは……」

『言葉どおりの意味ですわ。その際の出撃メンバーはライノを除く全員が撃墜を確認されていますけれど、唯一、あの子だけはまだ遺体が発見されていませんの。三年経った今でも』

「じゃあ、ずっと『戦闘中行方不明(MIA)』扱いのまま……?」

 イーグルは知らず額を押さえた。完全に初耳だったからだ。自分が憶えている限り、ホーネットの資料には『妹は死亡』としか書かれていなかったはずなのだけれど。

『ライノの生存がほぼ絶望的なのは間違いありませんわ。それはホーネットも分かっているはず。……けれど、あらゆる意味でタイミングが悪過ぎましたわね』

「タイミング?」

『わたくしが隊を留守にしていた代わりに、そのときホーネットは偶然、ジェニー・ロジャースの基地を訪れていましたの。妹のライノとひさしぶりに会うために』

「それはっ……」

 皮肉としか言いようがない話に思わず絶句する。トムキャットは更に言葉を重ねた。

『出撃したライノたちが窮地に陥ったと聞き、ホーネットは矢も盾もたまらず、半ば強引に後続の部隊に加わったそうです。結局、現場に到着したときにはもう既に戦闘は終わっていて、なぜか残っていたADDもすべて撤退していたそうですけれど』

「ライノさんも、見つからなかったんですよね?」

『ええ。ですが随伴したジェニー・ロジャースの仲間が言うには、戦闘空域に向かう途中、ホーネットだけが無線でライノから、何か最後に言葉を受け取ったそうですわ』

「その、ライノさんの最後の言葉、というのは?」

『……分かりませんわ。あの子はそのことになると、いつも口を閉ざしてしまいますもの。出会ってからもう一年近くも経つのに、どこか余所余所しさが抜け切らない子で』

 だが、これで色々と合点もいった。ここ最近、ホーネットが調子を崩していたのは、妹であるライノの命日──と言って良いかどうかは不明だが──が近づいていたからだったのだろう。そして今、話にあった『最後の通信』とやらも、間違いなく原因の一つであるはずだ。

『わたくしも油断していましたわ。あの子、去年はそんな素振り見せなかったものですから』

「……それはきっと、トムキャットさんがそばにいてあげたからですよ」

 ホーネットと、トムキャット。片やライノの双子の姉で、片やライノの義理の姉。

 この二人がなぜ今現在、義姉妹となっているのかは分からない。軽々しく踏み込んで良い内容でもないだろう。だが、少なくともイーグルの目には、普段、二人がとても強い信頼で結ばれているように映っていた。ホーネットがトムキャットを心の拠り所としているように、トムキャットもまたホーネットをかけがえのない相手と捉えていて、互いが互いの失ったものを上手く補い合っていたのはおそらく間違いない。

 ただ──両者の決定的な相違点として、F-14トムキャットは『強い』。

 かつて『独り輝く者(マーヴェリック)』と呼び習わされていたことからも分かるとおり、大抵の事柄など自分一人でなんとでも出来てしまうぐらいには強い。本来、独りでは当たるべきではない問題、取り返しのつかない喪失ですら、彼女ならば他者に拠らずとも克服できてしまうだろう。

 しかし、だからこそトムキャットは、ときに『自分に出来ることは、当然、周りの人間も出来るはず』という、万能者にありがちな勘違いを起こすことがある。

それは明確な誤りなのだ。彼女が今この時期にホーネットの傍らを離れたのは、何か他意があってのことではないだろうが、独立独歩が常に最善の結果を招くわけではないのだから。

『……わたくしの悪癖ですわね。自分一人だけが出来たところで、そんなもの、なんの意味もありませんのに。ホーネットも妙なところばかり見習うものですから……』

「仕方ありませんよ。トムキャットさんに憧れるな、っていうほうが無理な話ですから」

 元・トップガン(ミス・ジェニー)にして、ハリウッド女優。トムキャットが放つ輝きは些か強過ぎるのだ。

 ならば自分もっ、という考え方は決して間違っていないが、しかし今回はホーネットのその向上心が良くないかたちで出てしまっている。今の彼女は少し抱え込み過ぎだろう。

 ともあれ、話は概ね分かった。あとは委員長である自分や、バイパーゼロたちの役目だ。

「お時間を割いて頂いてありがとうございます、トムキャットさん。根差している問題が分かった以上、こちらでなんとかホーネットさんのフォローを──」

『いいえ。その必要には及びませんわ、委員長』

 だが、スマートフォンから返ってきたのは、意外にもそんな言葉だった。

 は? と思わず目を瞬かせるこちらに、続けて気高い級友はこう語ったものである。

『ええ、そう……確かにわたくしも悪い。それは間違いありませんわ。あの子の気持ちをきちんと慮ってあげられませんでしたし、このところ撮影にかまけて日課のやり取りも疎かになっていましたから。──ですけれどね、委員長? そんなに酷い状態になるまで追い詰められておきながら、たった一人の義姉であるわたくしにさえ一言の相談もなし、というのはさすがにどうかと思いませんこと? 他人行儀どころの騒ぎではありませんわよね?』

「え? いや、あの……ト、トムキャットさん?」

『有体に言って噴飯ものです』

「………………」

 なぜだろう? トムキャットの声は寧ろ朗らかとさえいえるのに、イーグルはひどい寒気を覚えた。にっこりと微笑む彼女の背後で、無数の花弁と髑髏が舞うイメージを幻視する。

 思えば──そう、思えば、だ。こうして先刻から電話しているさなか、スマートフォンの向こうが妙に騒がしいことを、自分はもっと早く考察してみるべきだったかもしれない。

 初めは単に撮影現場特有の雑音かとも考えたのだが、よくよく冷静になって耳を澄ましてみると、まるでLeD粒子の次元干渉で減衰された、高速飛行中の轟風の如きやかましさなのだ。

 忘れていた。トムキャットが上品そうな見た目に反して、その実、存外に沸点が低いという事実を忘れていた。同時に、元・軍属の性で割とすぐ手が出るタイプだということも。

「ま、待ってください、トムキャットさん! 今どちらにいらっしゃるんですか!?」

 ホーネットが登校して開口一番に謝れば、やはりファイティングファルコンは、拍子抜けするほどあっさりと昨日の一件を許してくれた。

「そんな、いいですよ。怪我も大したことなかったんですし。それより、ホーネットさんのほうこそ平気でした?」

 半日遅れで頭を下げに現れたこちらに、余計な負い目を抱かせまいと考えたのだろう。ファルコンは包帯の巻かれた手足をひらひら振って、しきりに自分の無事をアピールしてみせた。

 相変わらず歳下のくせに物分りが良過ぎる娘だ。ひさしぶりに妹(ライノ)の夢を見たせいか、そんなファルコンの健気さが少し胸に痛かった。

 その後、他のクラスメイトたちにも訓練中のミスを簡単に謝罪して回り、こちらを気遣ってくる者に関してはお決まりの一言で「大丈夫よ」と返した。が、まったく大丈夫でないのは誰の目にも明らかだっただろう。バイパーゼロ、エフワン、ドルフィンは、毎度の如く賑やかに自分を励まそうとしてくれたが、それに普段どおり受け答えができたかも正直自信がない。

 心神はこちらを心配そうに窺っていた。イーグルも沈痛な面持ちを呈していた。

 クラスメイト全員が既に、F/A-18ホーネットの不調が、由々しきものだと理解していた。

 けれど、肝心のホーネットはといえば、そんな仲間たちをどこか遠くに感じてしまい、午前中はひたすら心ここに在らずの状態が続いた。

 授業のあいだじゅう、ホーネットの頭を占有していたのは、ある一つの事柄だ。

 ──あぁ、ここはあたしの居場所じゃない。

 妖精学園に来た当初から、ずっと抱き続けてきた違和感。いつまで経っても上手く水に馴染めず、あとから来た心神にさえ追い抜かれる、その根本的な原因。

 自分はただ辛いのだ。

 仲間たちの自然な優しさが。当たり前のように為される気遣いが。

 そんなことをしてもらう資格などないと、そう分かっているからこそ胸が苦しいのだ。

「……あたし、この学園に来てからすごく弱くなった」

 ノートに視線を落としながら、人知れずぽつりと独白する。けれど、すぐにホーネットは「いや」とかぶりを振った。

 正確にはそれも違う。自分は初めから大して強くなどなかった。

 ただ、やせ我慢の仕方は確実に下手になった。自分のことを日頃から「すごい」と慕っていた妹(ライノ)がいなくなって、『優秀な姉』の仮面を被る必要もなくなって──そのまま自分が駄目になってしまうのを恐れ、ホーネットは世界各地の激戦区を渡り歩いたが、その渦中、こちらの身を案じる者など一人もいなかったし、弱音を吐いている暇もありはしなかったからだ。

 それこそが当時の望みだった。

 少女型の戦闘機。ADDを墜とすしか能がない、傷だらけのちっぽけな毒蜂(ホーネット)。

 例えそれが欺瞞だと薄々心の底では気づいていても、そう振る舞わなければならないだけの理由があった。だからこそ、やせ我慢し続けるしかない状況を、敵と戦う以外他に道がない環境を、あの頃のホーネットは自ら進んで選んだのだ。

 自分よりも遥かに有能だった、『もう一人のホーネット』の真価を、同系の戦闘機モジュールで証明するために。

 気づいてやれなかった半身の苦悩を、少しでもいいから理解するために。

 だが。

「…………もし立場が逆だったなら

 そもそもこんな悩みを抱く必要さえなく、すべてが綺麗に収まっていたのだとも思う。

 あらゆる面で自分の上位互換機だった妹なら、戦闘機少女としてもっと華々しい活躍を飾れていただろう。普通の女の子としてクラスに溶け込むのも容易かったはずだ。トムキャットとの関係にしたってそう。先にあの女(ひと)の義妹になったのはライノのほうで、である以上、それがもっとも自然なカタチなのは当然、そこに第三者が加わる余地など本来なかったに違いない。

 なのに、現実はいつだって残酷であべこべで馬鹿げている。

 気づいてみれば、なぜか無能な姉が『ホーネット』の名前を独り占めにし、優秀な妹の代わりに今ここにいるという矛盾。

 これではまるで、自分があの子の居場所を奪ってしまったようなものだ。

 普段、お愛想でバイパーゼロたちと一緒にいるつもりは毛頭ない。自分はもう日本ピクシーズの一員だという自覚も確かに胸の内にあった。けれど、それでもふとした拍子にライノのことを想起するたび、「なぜお前が」と誰かに責められている気分になる。

 そういうとき、いつもは強引に感情を抑え込むのだが、今日ばかりはそれも難しかった。

「……ッ」

 ここはあたしの居場所じゃない──再びそう思ってしまったとき、不覚にもまたぞろ鼻の奥がツンときて、ホーネットは慌てて目元を擦りながら天井を仰ぐ。幸い、他の生徒たちは黒板のほうに集中していて、誰かにその仕草を見咎められたりはしなかった。

 ライノの命日。

 ホーネットが一年で一番、やせ我慢ができなくなる日。

 クラスのお人好し連中の輪に揉まれて、纏っていた鎧(メッキ)を殆ど剥がされてしまった今、妖精学園が自分の居場所でなくなったら、F/A-18ホーネットは一体どこに行けば良いのだろう?

「いえーい、ホーちゃん! 飯にしようぜーい!」

 昼休み。無理矢理テンションを上げながら突撃してきたバイパーゼロが、こちらの応を待たずして机にでんっと五段重ねの弁当箱を置く。もちろん、一人で食べ切れる量ではない。意外にも料理が達者な彼女は、こうしてたまに皆のぶんの昼食も用意してくれるのだ。

「や、今日は自分、携帯食糧(レーション)を持参して来ているのでありますが……」

 続いて現れたエフワンがすまなさそうに言うが、それに対しバイパーゼロはどこか迫力のある笑みを浮かべ、ホーネットの隣席であるドルフィンと共にきっぱりと、

「「却下」」

「そんな!? な、なぜでありますか、教官殿!」

「よかろう答えてやる、エフワン二等兵! それは野戦食(ミリメシ)がクソ不味だからだッ!」

「エフワンはん、あんなゲテモンばっか食べとるから、舌が荒むんどすえ?」

「べ、別に荒んでないでありますよ! ただ、たまに普通のものとか食べると、すごく美味しく感じられて、なぜか目頭が熱くなるだけであります!」

 それを荒んでるって言うんだけどなー、と適当に聞き流しながらいそいそと昼食の準備を進めるバイパーゼロ。彼女の他にわざわざ弁当を作って来るような律儀な者は、この四人組のなかにはいないから、余ってしまって処分に困るということもない。机の上に広げられた、学生の昼食にしてはちょっと豪勢過ぎるそれを、ホーネットもぼんやりと頂くことにする。

「ホーちゃん、どう? 美味しい?」

「……うん」

「惚れる惚れる? 嫁に行ってもいい!?」

「惚れない。来んな」

「でも、ほんまにバイパーはんは料理がお上手どすなぁ。なんかコツでもあるんどすか?」

「美味しさの秘訣はビキニだよ! ちなみに材料にまでは使ってない!」

「使てたらさすがに引きますえ。あと、さっきからエフワンはんは何を憤ってはるん?」

「くうぅぅぅぅ……なぜに! なぜにただのアスパラベーコン巻きが、これほど心地良く胃袋に染みるのか! この味があれば我々はあと一〇年は戦えたッ!」

「『敗戦国の悲哀を噛み締める大将ごっこ』だって。なんか半分くらいはマジ泣きだけど」

「……普段の食生活、もうちっと潤い持たせなあきまへんえ?」

「ぜ、贅沢は敵でありますよ! 有事の際の食糧難に日頃から備えるべしっ、であります!」

 冗談めいた言い様だが、実は重要なことだ。何しろ世界は今もADDに襲われ続けていて、もし補給が満足に受けられなくれば、必然、食事のグレードだって下がることになる。実際、そのせいで兵の士気がガタ落ちしたという報告もあるのだ。

 ホーネットほどではないにしろ、比較的早い段階でKK能力者として覚醒し、長らく日本の本土防衛を担ってきたエフワンには、そのへんの事情が身に染みているのかもしれなかった。

「戦争中、なんだよね……今ってさ」

「? ホーちゃん?」

 そう、今は歴とした戦時下だ。ただ、人類はまだ最悪まで追い詰められていないというだけで、この平穏長閑な光景のすぐ裏側には紛れもない苦境が存在する。バイパーゼロたちも無論それは弁えていて、だからこそ常たる日々を尊び、こうして大いに羽目を外すのだろう。

 戦闘機少女は、機械でも兵器でもなく、ごく普通の女の子。

 ゆえに、戦場と日常のメリハリのつけ方なんて、年頃の娘なら誰もが当たり前にできる。

 ただ、できるできないに関わらず、それが『許されない状況』だってあるのだ。

 ADDが出現してから最初の一年間。KK能力者の数がまだ圧倒的に不足していて、少女たちが否応もなく戦場に駆り出され、日常などあってないようなものだったあの頃。

 自分のような救い難い鈍感を除けば、皆が皆、必死にやせ我慢をしているようなものだった。

 戦いたくない、逃げたい、もう嫌だ助けて──そう思ってはいても、口に出せない少女たちは、さぞかし多かったことだろう。

 なのに、自分だけが違った。

 馬鹿なレガシーは当時、別のことにばかり気を取られていて、その手の悲哀とはまるで無縁だった。視野が狭くて、要領が悪くて、そのくせ「自分は不幸だ」という顔だけは一丁前にして。一人だけズレた懊悩に身を焼かれて、周囲とのすれ違いなど気にも留めなかった。

 きっと今そのツケが回ってきている。だから、こんなにも居心地が悪い。

「…………ごめん。ちょっと席外す」

「へ? ど、どこに行くでありますか、ホーネットさん!?」

「馬鹿だなぁ、エフワンちゃん。お花摘みに決まってるじゃん。……だよね、ホーちゃん?」

 エフワンがびっくりしたように言い、バイパーが不安そうに確認してくる。そんな二人の問いを曖昧な返事でいなし、ホーネットは立ち上がって、そのまま足早に教室を出た。

 頭のなかがぐちゃぐちゃする。

 胸の奥に溜まった澱が今にも溢れ出しそう。

 廊下を進むうち次第に歩速は増し、遂には駆け足となってホーネットは、どこへともなりと走った。足は自然と人のいないほうへ向いたようで、気づけばそこは学校の屋上。四方に張られた背の高いフェンスに凭れかかり、ずるずると情けなく腰を落として肩で息をする。

「……何やってんだろ、あたし」

 皆に心配をかけて。さんざん気まで遣わせて。けれど、そこからも逃げ出して。

 これでは『格好いいホーネット』どころの話ではない。己の不甲斐なさなど今に始まったことではないが、かつてない醜態にもはや自嘲の笑みさえ浮かんでこなかった。

「去年も、一昨年も、こんなことにはならなかったのに……」

 妹がいなくなった翌年は、戦いに明け暮れていれば良かった。その次の年は、もうトムキャットが傍らにいてくれた。でも、今年は違う。どれほど多くの仲間に囲まれていても、ライノと面識がない彼女たちとは、その死を、悼みを、どうしたって分かち合うことはできないのだ。

 独力で乗り切らなければいけない。そんなことは、百も承知していたはずなのに。

「──ホーネットはん」

「ッ!?」

 不意に声が掛かった。ホーネットは伏せていた顔をハッと上げる。

 いつの間にか視線の先にドルフィンが佇んでいた。どうやら今しも屋上に現れたところらしく、彼女の背後ではまだ鉄扉が開いたままになっている。一拍後、それが風に煽られて物々しい音を立てて閉まり、ホーネットは我に返って立ち上がった。どうして彼女がここに?

「……な、何? あんた、追っかけて来たの?」

「なんや様子が変やったさかい、気になってしもてなぁ」

 ドルフィンは飄々と答えて、こちらに近づいてきた。

「ほいで、ホーネットはんはこないなとこ来て、いったい何してはるん?」

「あ、あたしは別に、何も……」

「せやったら、みんなんとこ戻りまひょ。ここ寒過ぎますえ」

 ドルフィンが扇子を持った手を招くように掲げる。その表情は常にも増して穏やかで、ホーネットは知らず鼻筋に皺を寄せた。すべてを見透かされているふうに感じたからだ。

「相変わらず世話焼きね……また保護者気取りで、あたしを嗜めに来た、ってわけ?」

「別におかしゅうおまへんやろ? ホーネットはんは、うちら四人のなかでは、いっちゃん歳若やさかい。難儀な子おったら、周りで面倒見たらんと。さ、帰りますえ」

 当然のようにそう返され、ますます気に食わなかった。反射的に頑なな声が出る。

「嫌よ。今日はもう他の連中とは顔を合わせたくない」

「そらまた、なんでどす?」

「別になんだっていいでしょ!? とにかくっ……今日だけよ! 最近あたし、ずっと調子悪かったけど、今日さえ終われば明日からは──」

「また問題を先送りにして、来年、おんなじこと繰り返すんどすか?」

 息を呑む。ホーネットはまじまじと相手の顔を凝視した。

 さり気ない口振りではあったが、「来年」という言葉は自分が今抱えている問題が、何に起因しているのかを知らなければ、絶対に出てこないはずのものだったからだ。

「……あんた……」

「クラスで知っとるんは、たぶんうちだけどす」

 愕然と目を剥くホーネットの横を通り過ぎ、同じようにフェンスの前に立ちながら、ドルフィンはまたしてもあっさりと続けた。こちらの疑念に先回りで蓋をするように、

「トムキャットはんにな、前に触りだけ聞かせてもろてん。細かいとこは全然やから、うちも気づくのがだいぶ遅れてしもたけど、今日が妹はんの四回忌だったんどすな」

 映画と日舞、ステージこそ違えど共に演者。だからなのか、ドルフィンはトムキャットとクラスでもっとも懇意にしている一人であり、確かにライノのことを何か聞いていても不思議ではなかった。その点に今の今まで考えが及ばなかった己の浅慮さが呪わしい。

「そっ、か……知ってたんだ……」

 相手が事情を弁えていると分かった途端、これまで張り詰めていたものが一挙に緩み、ホーネットはフェンスに背中を預けて脱力する。ドルフィンは無言で金網の向こうを見詰めていた。

 そのまま二人、視線も言葉も交わさずに、暫らくじっとしていたが、

「妹はんの墓、まだやそうどすな」

 やがてドルフィンが沈黙を破った。ホーネットも躊躇いがちに首肯する。

「……うん。アメリカの海軍から建墓の申し出は何度か来てるけど、まだ戦闘中行方不明(MIA)扱いだから余計なことはすんなって、あたしがずっと断り続けてる」

「それ、トムキャットはんは、ええ顔しいひんやろなぁ」

 そのとおりだ。だから、今日という日を敢えて『命日』と呼ぶよう自分に厳命し、事あるごとに「いい加減、墓を建てろ」と釘を刺してくる。半端な真似を嫌う義姉らしかった。

「あんたもやっぱりそう思う? 早く踏ん切りつけたほうがいい、って」

「ん~……ちびっとだけ?」

 ドルフィンは小首を傾げておどけるように言い、

「せやけど、そんなんは所詮うちの感想どす。トムキャットはんも、ああだこうだ口酸っぱくして言うたかて、最終的な判断は委ねてくれとりますのやろ?」

「……うん」

「なら、気が済むまで無理したらええ」

「意外ね。無理するな、とは言わないんだ」

「委員長はんならそう言わはるかもなぁ。けど、うちは無理してる子に『やめぇ』指摘するんも、それはそれでなんやしっくり来いひん思てまうから」

 そう、とホーネットは応じて息をつく。そして再び暫時の沈黙。なんだか妙な気分だった。

 ドルフィンは場の雰囲気というか、仲間内での空気の良し悪しに非常に敏感で、ホーネットが突っ張ってそれを乱せば、いつも必ず何か厳しい言葉を浴びせてきた。口喧嘩に発展したことも一度や二度ではない。けれど、この距離感はたぶん初めて味わうものだ。

 だからだろうか? 普段なら言われた瞬間「知ったような口を……ッ」と、逆に噛みついていただろう次の台詞にも、このときばかりは素直に耳を傾けることができた。

「うちな、ホーネットはんの気持ち、少しだけ分かりますんえ?」

「……え?」

「立っとるとこは違ても、フェンス越しは一緒やさかい」

 フェンス越し? 立ってるところが違う? 言われている意味が分からずに、ここでようやくホーネットは隣に視線を送るが、ドルフィンはやはり金網の向こうだけを見ていた。

 金網の向こう。冬の空。澄んではいるけれど、どこか物寂しい情景。

 けれど、ドルフィンの目に映っているのは、もっと別の温かいモノのように感じられた。

「『あっち』に行きたいうちと、『こっち』に未練残しとるホーネットはん──ほら、どっか似とりますやろ? 自分では自分のこと、どうにもできひんとこまでおんなじや」

「………………」

「そんでも、うちと違うてホーネットはんは、頑張ればちゃんとあっちに行ける。せやから、無理すんのはええけど、努力の仕方、間違うたらあきまへんえ?」

 ドルフィンがゆるり首を巡らせた。淡い笑みがこちらに向けられる。

「輪から出たらあかん。そこで踏ん張らな」

「だから、教室に戻ろうって?」

 小さく顎を引くドルフィン。ホーネットはそんな彼女を眺めながら、告げられた台詞の内容を何度も胸中で反芻する。なぜドルフィンが日頃あれほど仲間内の空気に拘るのか、その理由の一端を垣間見た気がしていた。だから、三度目の沈黙を挟んだのち、

「……分かった。戻る」

 ホーネットは自然とそう答えていた。

 まだ釈然としないものは残っていたし、気持ちの整理も依然ついていなかったが、それでもここまで腹を割ってくれた仲間に感謝の意を表して。

「妖精学園(ここ)のこと、あたしも好きだし」

「ふふ、ええ子どすな。アメちゃんお食べ?」

「ッ、人がちょっと素直になりゃいきなりそれ!? 頭撫でんなっ! 子ども扱いすんなっ!」

 途端、いつもの調子に戻ったドルフィンにそう叫び、とりあえず差し出されたアメだけは腹いせに引ったくってやる。包み紙に書かれた文字は『梅昆布茶味』。渋い。

 だが、アメを口に放り込もうとした、そのときだった。

「「──!?」」

 突然、辺りに響き渡る劈くような大音。

 学校の敷地内の至るところに設置されたスピーカーから発せられたその音は、戦闘機少女たちにとってはひどく馴染み深い『日常の終わり』を告げる合図だ。

「警報!? こんなときに!?」

 ホーネットは思わず叫ぶ。続くレーダー管制室からの報告は以下のとおりだった。

『千葉県東方沖にてKK波の発生を観測。複数のADDが出現した模様。戦闘機少女たちは、ただちにブリーフィングルームへ集まってください。繰り返します──』

 放送で大まかな内容を伝えてくるのはRQ-3ダークスター。非戦闘員であり、主に索敵や情報収集が担当のクラスメイトだ。どうやら昼休みに管制室に詰めていたらしい。

 こうなればもう是非もない。今すぐ皆のところに戻らなければいけないだろう。

 だが、今しがた自分の意志でクラスに帰還すると決めたばかりだったホーネットは、その選択肢を思いがけないかたちで奪われてしまい臍を噛む。

「……タイミングが悪うおましたな。こればっかりはどうしようもあらへん」

 同じことを思ったのか、ドルフィンが嘆息混じりに言う。

 そうだ。自分はいつも決まってタイミングが悪い。何かにつけて機を逃す。そういう宿命の下に生まれついたかのように。

 しかし、だとしても「間に合わなかった」で済ませるのは、もう二度とゴメンだった。

『格好いいホーネット』──例えそれが単なるまやかしに過ぎなくても、消えてしまった妹は昔、確かにこんな不出来な姉に「すごい」と憧れてくれていて。

 もしここで意地を張れなければ、全部が全部、本当に嘘になってしまう気がしたのだ。

「………………」

 今日はまだ終わっていない。妹の命日は過ぎ去っていない。

 まだ、間に合う。

 ならばこれは、『タイミングが悪い』のではなく『最後のチャンス』と捉えるべきなのかもしれない。ライノとの約束を果す最後のチャンス。

「ま、うちら四人は一昨日、ドンパチしたばっかやさかい、今日はたぶん出撃メンバーからは外され──ホーネットはん?」

 ドルフィンがこちらの異常に気づいた。けれど、制止されるよりも早く、

「ごめん、ドルフィン!」

 ホーネットは踵を返し、駆け出していた。緊急時に滑走路代わりにも使えるよう、従来の校舎よりも広く面積が取られた屋上をひた走り、途中でLeD粒子を操って戦闘機モジュールを召喚。両翼を広げて展開した『F/A-18ホーネット』を、通常装備(スタンバイモード)モードから即座に緊急発進(スクランブル)モードへ移行させ、そのまま猛スピードで一気に空へと飛び出した。

 眼下からはドルフィンの叫び声。風に掻き消されて届かないそれを、後ろ髪断つ思いで振り切って、ホーネットは目一杯にスロットルを開けた。

「ッ、ホーネットさんが勝手に発進した!?」

『……堪忍な、委員長はん。うちが変に背中押すようなこと言ってしもたから』

 ブリーフィングルームに向かう道すがら、着信を告げたスマートフォンに出てみれば、齎されたのはゾッとするような報せだった。イーグルは思わず大声をあげてしまい、周りのクラスメイトたちも凝然と足を止める。通話相手のドルフィンは申し訳なさそうに続けた。

『すぐにあと追っかけようかとも思たんどすけど、どのみちうちのモジュールでは追いつかれへんし、せやったらみんなと行ったほうが、なんぼか食いつく目ぇもあるかなと……』

「……いえ、その判断で正解です」

 ドルフィンの戦闘機モジュールは最高速度に優れないが、ホーネットもクラス全体で見れば特別スピードに秀でてはいないし、何より加速性能が低いという欠点も存在している。出撃メンバーを厳選さえすれば、大事に至る前に補足できるかもしれない。ホーネットを追ってドルフィンまで戦闘空域で孤立するような最悪のケースを想定すれば状況はまだマシといえた。

「とにかく、ドルフィンさんも至急ブリーフィングルームに来てください」

 そう言って通話を終え、もはや一刻の猶予もならないと、周囲のクラスメイトたちを急かすイーグル。しかし、そこで背後から呼びかけてくる二つの声があった。

「委員長っ!」「委員長さん!」

 振り返ればそこに、バイパーゼロとエフワンが佇立している。いつになく真剣な眼差しで何かを訴えかけてくる彼女たちに、イーグルは己の先の失言を早くも後悔した。

「ホーちゃんが一人で出たんでしょ!? だったらビキニの出番だね!」

「ビキニはともかく、自分たちもぜひ出撃メンバーに加えてほしいであります!」

「や、あのですね? お二人とも……」

 どうやって宥めたものかと思案するも、二人は更にヒートアップして詰め寄ってきた。

「まさか駄目とは言わないよね!? 委員長、ビキニに理解あるもんね!? 警察の人たちにいっつも『ビキニは私服としても充分通用します!』って力説してるし!」

「あ、あれは上手な言い訳が思いつかなくて、勢いでなんとかしようとしてるだけです!」

「自分、人伝に『委員長さんのおっぱいには優しさがパンパンに詰まってる』と聞いたであります! その慈愛の象徴に免じて、どうかここは一つ!」

「それ言ったの、ライトニングさんとラプターさんですね!? こらーっ!」

 うわ、こっちに飛び火したーっ! と騒いで逃げてゆくクラスの幼女組二人。

 ともあれ、悩みどころだった。感情的にはバイパーゼロとエフワンを行かせてやりたいが、しかし彼女たちも実はさほど速度に優れた戦闘機少女ではない。ホーネットを中心とするチームは、バランスが良く、汎用性にも富み、打撃力も高いが、真に迅速性が求められる状況では些か運用しにくい面がある。そういった用途で組ませた四人ではないからだ。

 今回、出現したADDの数が多く、そのうえ場所も本土に近い。ここはやはり無難にラプターなどのエンジン性能が高い面子で、四機編成の小隊を最低二つは用意するのが望ましい。

 だが、そこに更にバイパーゼロたちまで加えると、今度は背後が手薄になってしまう。ADDの同時出現が発生した場合に備え、待機メンバーは十全に残しておきたいのだが。

「──お姉ちゃん」

 と、出し抜けに声。「ファルちゃん?」と顔を向ければ、傍らにいたファイティングファルコンが、こちらの制服の袖をちょこんと摘んでいる。その瞳にはやはり切実な色があった。

「バイパーさんたちを行かせてあげようよ。今のホーネットさん、無茶ばっかりするから心配だもん。もし何かあったら、そのときは私がみんなの分まで頑張るから」

「いえ、でもファルちゃん、貴女まだ──」

「怪我はほんとにもう大丈夫。戦えるよ? だから、ね?」

 ホーネットと歳が近く、良くも悪くも彼女と関わる機会が多いファルコンは、何か思うところがあるのだろう。少し押しが弱いきらいのある妹にしては珍しく強情な態度だった。

「委員長さん、わたしからもお願いします」

 そして、次に嘆願のために前に進み出たのは、これまた意外な人物であり、

「……心神さんまで」

「たぶん、今、ホーさんは必死なんだと思います。忘れてしまったものを、取り戻そうとしてるんだと思います。だから、イパさんたちだけじゃなく、私たち全員で支えてあげるべきです」

 いつの間にそこまでホーネットと仲良くなっていたのかは知らない。ただ、たまに妙にドキリと来ることを言う彼女の台詞に、このときもイーグルは胸を衝かれた思いがした。

 そうだった。忘れていた。戦闘機少女はごく普通の女の子、だから何かあったときは皆で助け合う──そう彼女に教え諭したのは、他ならぬ自分だったのだ。

 気づけば、ファルコンや心神だけではなかった。火龍に橘花、ファントムⅡ、タイガーシャーク、ナイトホーク、戻ってきたライトニングⅡとラプター。クラスの皆がバイパーゼロとエフワンの後ろに集まって、一様に真摯な眼差しをこちらに注いでいるでないか。

「まったく、もう……」

 うちのクラスは問題児ばかりだな、とイーグルは苦笑する。

 だが、戦闘指揮官としての判断と、クラス委員長としての判断。その二つを天秤に掛ければ確かに針は後者の側へと傾いた。結局、F-15Jイーグルも普通の女の子ということなのだ。

「──分かりました、私の負けです。バイパーさんたちのチームの発進を許可します」

「うおお、よっしゃーっ! エフワン二等兵、ホーちゃんを助けに行くぜーっ!」

「了解であります、教官殿! ドルフィン軍曹にもさっそく連絡を入れるであります!」

「あ、もちろんまずはブリーフィングが先ですよ!?」

 バイパーゼロとエフワンが表情を輝かせ、それに釣られてクラスメイトたちも沸き立つ。誰もがホーネットのために気炎を上げていた。皆があの困った級友の身を深く案じていた。

 転校して来てからこっち、ホーネットがたまにクラスでやりにくそうにしているのを察していたイーグルは、目の前の光景を彼女に見せられないことが残念でならなかった。

「……ホーネットさん、貴女はもうとっくに私たちピクシーズにとって、なくてはならない存在になってるんですよ? そのことを、ちゃんと分かっていますか?」

 いらえないと知りつつも、独りで戦場に向かった少女へ、噛み締めるように言葉を送る。

 長らく先延ばしにされていた真の正念場、F/A-18ホーネットの──いや、レガシーの三年越しの試練が、もうじき始まろうとしていた。

〈To be continued〉