気づいたときには、もう何もかも手遅れだった。

「ホーちゃん!?」

 バイパーゼロことF-2の悲鳴じみた声と、けたたましいアラーム音は、ほぼ同時。被ロックオンを告げるその両者の警告で、F/A-18ホーネットは今ようやく我に返った

「……ッ」

 いつの間にか敵機に背後(バック)を取られている。

 あまりの失態に一瞬、唖然となりながらも、即座にスロットルを全開。既に緊急発進(スクランブル)モードで展開済みだった戦闘機モジュールを軋ませながら、迷わず眼下の暗い海目掛けて旋回急降下(スパイラルダイブ)を敢行する。が、今しも高々度から急襲してきた機影──ADD(アナザー・ディメンションズ・ドローン)は振り切られるはおろか追い越し(オーバーシュート)さえ起こさず、ぴたりと幽霊の如くこちらに追従してきた。

「このっ……金魚の糞みたいにッ!」

 逃げながら後ろも見ずにバルカン砲を撃ちまくるも、そんな勘頼みの射撃が通用するような甘い相手ではない。ADDはじきにこちらの脆弱的円錐(ヴァルネラビティコーン)を越え、致命的円錐(リーサルコーン)──後方六〇度以内、距離八〇〇メートルの位置につけようかというところなのだ。バイパーゼロを始めとする仲間たちも、なんとかサポートに回ろうとしていたが、編隊を大きく乱して一機だけ突出した挙句、このザマに陥った間抜けの援護など、そうそう都合良く果たせるはずもなかった。

「くっ……!?」

 そして、遂にADDから空対空ミサイルが発射される。

 高い格闘性能を有す新型ディアナ級の、流線型の体表からAMMが二つ剥がれ落ち、白線の尾を引きながらこちらに迫り来た。無我夢中でチャフとフレアをばら撒き、急旋回で逃げ切ろうとするものの、敵ミサイルの回避不可能領域(NEZ)たるや尋常ではない。すぐ耳元で死の足音が聞こえ、斯くしてホーネット、空の英霊に列されん──そうならずに済んだのは、ぎりぎりのところで運良く、仲間たちの援護射撃が間に合ったからだ。

 まず先に片方のミサイルが撃ち落とされ、続けてもう一基がその爆発に巻き込まれた。

 マズかったのは、些か距離が近過ぎたことだろう。ミサイル二基ぶんの炸裂を至近から浴びたホーネットは、直後、なす術もなく猛烈な勢いで吹き飛ばされた。

 逃げ惑っていたのが幸いし、四散したミサイルの熱と破片は、その大半を背中のモジュールが受け止めてくれた。だが、それで飛行機能に不備を来たしたか、爆風でもみくちゃにされるホーネットが慌てて制御を取り戻そうとしても、もはやモジュールはウンともスンとも言わない。破損した部品が次々にLeD粒子に還り、可視化されたKK波(カルツァ・クライン)が荒々しく瞬いた。

 そして、再びの衝撃。

 物凄まじい水飛沫を上げながら、ホーネットは海面に叩きつけられた。

 本来なら人体など容易く引き裂くはずだったその激突は、しかし吹き飛ばされながらもLeD粒子の操作だけは手放さなかったおかげで、次元干渉による物理保護が限界まで緩和してくれる。混乱のなかでの操作だったため、さすがに完璧にとはいかなかったが。

 相殺し切れなかった激突のショックで息が詰まり、冷たい海の水が口や鼻から身体のなかに容赦なく侵入してきて、ホーネットは溺死の予感に必死になって手足を動かす。単なる錘と化したモジュールを脱ぎ捨て、再び海面まで浮上するのは一苦労だった。

「ぷはっ」

 水中から勢い良く顔を出し、ただちに空気を肺に送り込む。海水も残らず吐き出す。

 それでようやく人心地つけば、今度は自分の置かれた状況が、じわじわと胸に染みてきた。

「……あたし……」

 ホーネットは身体を波間に漂わせ、半ば呆然としながら暗い空を見上げた。

 夜。星はあまり見えない。しかし代わりに、今夜はやけに月がその存在感を主張する。千切れ雲の隙間から降り注ぐ冴えた光の下、砲火を瞬かせながら今も戦っている歪な人型(シルエット)たちは、さながらスポットライトを浴びて躍るバレリーナのようだった。

 鋼鉄の少女。(ピクシーズ)

 日本の領空防衛を担った──いや、世界の行く末を背負った、天翔ける乙女たち。

ホーネットの戦友(チームメイト)であり級友(クラスメイト)でもある彼女らは、会敵したててまだ活きのいいディアナ級ADD四機を相手取りながら、「まさか」といった顔つきでこちらを見下ろしていた。

「ちょっ……ちょっとちょっとー!? 何やってんのさ、ホーちゃん!」

「だ、ただ、大丈夫でありますか、ホーネットさん!?」

 騒々しく呼びかけてきたのはバイパーゼロとF-1。二人とも見事に表情が引き攣っている。その付近では、やはり仲間のT-4ドルフィンが、ひらひらと敵機の銃撃を躱しながら、

「──あ、委員長はんどすか? こっちでトラブル発生どす。他んチームにどこぞメンバー割ける余裕ありますやろか? 至急、応援に寄越して欲しいわぁ」

『トラブル? いったい何が……』

「ホーネットはんが、墜とされてしもてん」

『堕とされ……って、まさか撃墜ですか!? ホ、ホーネットさんは!?』

「あんじょう無事みたいどすえ?」

 などと、スマートフォンの『レインボーメッセージアプリ』で、ピクシーズたちの取り纏め役であるクラス委員長のF-15Jイーグルに連絡を取っていた。

 撃墜。

 その単語がホーネットの脳裏で幾度となく谺する。

 あぁ、そうか。やはりそうか。コレはそういうことなのか。

「……あたし……墜とされ、たんだ……」

 未だ現実味が薄いその事実は、口にしてもどこか他人事(ひとごと)めいている。だからというわけでもないけれど、次いで頭の隅でぼんやり気になったのは、自分のスマートフォンのことだった。

 たぶんドルフィンが通話する姿を見たせいだろう。ポケットのなかにあるホーネットのそれは防水モデルだが、確か大丈夫なのは真水までだったはず。海水はさすがに問題があるかもしれない。ホーネットはそのことが撃墜されたのと同じくらいショックだった。

「……どうしよ。お義姉様(ねえさま)からまだ、メールの返信もらってないのに……」

 やはり自失の体でそんなことを呻き、ホーネットは冬の海に寝そべったまま、頭上で繰り広げられる熾烈な空中格闘戦(ドッグファイト)を仰ぎ見る。

 舞台から転落した情けない自分を尻目に、空の主役たちは今なお華麗に舞い続けていた。

 本日〇一三〇(マルヒトサンマル)時、日本海上空にて複数のADDが出現。先立って中国と北朝鮮の国境付近で確認された新型のディアナ級と思われる。これに対しFGAFは、三個小隊のピクシーズを出撃させ、短時間で敵勢力すべてを撃破。〇二三〇(マルフタサンマル)時を以って作戦を無事完了す。

 なお、被撃墜(ひげきつい)あり。

 数は一。ただし当該ピクシーズに命の危険はなし──。

 都内某所に存在するその施設は、一般に『妖精学園(ようせいがくえん)』と呼ばれている。

 別名は『妖精たちの基地(ピクシーズ・ベース)』。運営はFGAF──『戦闘機少女管理機構(ファイター・ガール・アドミニストラティブ・ファンクション)』。

 名前のとおり、ここはピクシーズの養成機関であり、同時に対ADD最前線基地でもある。

 ADDという謎の脅威が出現して早四年。今の世界はその唯一の対抗手段である稀有な少女たちの発掘・育成・支援に余念がない。現在、日本に限らずいずれの国でも似たような環境が整えられ、正体も目的も分からない敵へのか細い備えとしている。

 似たような環境、というのは無論そこに差異があるからで、ADDの侵略が始まってからまださほど年月が経っていないこともあり、従来の軍事的常識に則らない戦闘機少女(ファイター・ガール)たちを中心とした防衛体制を、理想的なかたちで敷けている国は寧ろ少ないとさえいえるだろう。

 だから、初めて妖精学園(ここ)にやって来た日、F/A-18ホーネットはいたく驚いたものだった。

 何しろ自分がこれまで渡り歩いて来た同様の施設のなかでも、一、二を争うくらいの立派な設備を備えていて、所属する戦闘機少女たち──ピクシーズも精鋭と呼べるだけの高い錬度を保持していながら、校風そのものは妙に自由奔放というか大らかというか。忌憚なく言ってしまえば、若干、暢気過ぎるきらいがあったからだ。

 暢気。お人好しの集団。馬鹿ばっかり。

 呼び方はなんだっていい。転校してから既に数ヵ月、もう自分もだいぶ慣れたし。

 けれど──だからこそ現在の状況は、ホーネットにとって少し応えた。

「な~んで、誰もあたしのこと責めないかなぁ……」

 早朝。グラウンドのトラックを独り走っていたホーネットは、いつしか白い息と共にそんな呟きを洩らしていた。

 今朝方未明に発生した、あの日本海沖での戦闘から、まださほど時間は経っていない。

 不幸中の幸いというべきか、派手に撃墜された割には軽傷で済んだため、ならば日課の自主トレを休む理由にはなるまいと、半ば意地になって寄宿舎を出て来たところである。

 けれど、遅ればせながらその判断は、失敗だったような気がしていた。

 心ここに非ずの状態で行なう訓練など怪我の元だし、何より単純作業は人の思考を内に向かわせる。トラックをぐるぐると何十周もするうち、起きがけに掲げた「切り替えが肝心」という自己目標(スローガン)もどこへやら、頭のなかまでぐるぐると堂々巡りを始めていたからだ。

「……ったく、下手な慰め方されたって余計に傷つくだけなのに」

 仕方ないよ、そういうときもあるって、どんまいどんまい──皆がそう気を遣ってくれた。

 ありがたい話だけれど、同時にひどく惨めな気分だ。特に先の戦闘では、三つに分けられた小隊のうち、一つをホーネットが任されていた。つまりチームリーダである。なのに戦闘中に雑事に捉われ、率先して編隊を崩した挙句、自分ただ一人が撃墜されるなど、まったく笑い話にもならない。あんな凡ミスを犯すのは久しぶりのことだった。

「……ほんと、洒落にならないわよ……ッ」

 奥歯をきつく噛み締め、唸るように独りごちる。

 その拍子に知らず足まで止めてしまえば、あとはもう再び走り出す気にはなれなかった。

 じきに皆も起き出す頃合だったので、ホーネットはそのまま練習を切り上げ、学園の敷地内にある寄宿舎に戻ることにする。自室で備えつけのシャワーを浴びるためだ。

 しかし、シャワー室で汗を流している途中、ふと鏡に映った自分の姿が目に留まった。

 湯気で薄ぼんやりと曇った姿見のなかに佇むソイツは、同年代の少女たちに比べて随分と小柄で痩せっぽっちだ。けれど、その裸身の至るところには生々しい傷痕が走っており、我ながらなかなか迫力がある絵面だなと、ホーネットはつい苦笑してしまう。

「戦闘機少女(ファイター・ガール)にとっちゃ勲章みたいなものだけどさ……女としては致命的よね、これ」

 わけもなく手で傷に触れる。自身の過去を何よりも雄弁に物語る、無数の戦傷に。

 ホーネットは日本の妖精学園に来てまだ日が浅いが、しかし戦闘機少女としての能力に目覚めた時期はかなり早い。ほぼ最初の世代のKK能力者(カルツァ・クライン・センサリー)といえるだろう。

 戦闘機少女は稀なる人材だ。別次元と重なり合って存在する大気中のLeD粒子を操り、他世界の航空機を元に戦闘機モジュールを構築するその異能は、高いKK指数を有す者にしか為し得ない混じりっ気なしの奇跡である。偶発的な発生に頼るしかない才能だからこそ、今の時代、戦闘機少女にとって戦うことはある種の『義務』となってくる。

 今でこそADDの対策は確立され始めているが、それでもまだ絶対的に戦力が不足していることに変わりはないし、昔はもっとずっと余裕がない状況だった。早い段階で戦闘機少女として覚醒した自分が、年端もいかないうちから世界各地を転戦し、『歴戦の勇士』となるのは必然だったのだろうと思う。少なくともホーネット自身は、その点について疑念はない。

 そう、歴戦の勇士。

 その誇りが今の自分を支えている。

 ぜんぜん女の子らしくない、この身体に刻まれた数多の傷が、ホーネットを形作るすべてだ。

「だってぇのに……何トチってんのよ、あんたは? しっかりしなさい」

 鏡に映る不機嫌そうな己の顔に軽くパンチを一発。その後、ホーネットはてきぱき身体を拭いて、黒と黄色の縞模様(ストライプ)の衣装を身に着けて、いつものように部屋をあとにする。

 去り際、一瞬だけカレンダーに目をやったが、

「……っ」

 すぐに視線を切ってドアを閉めた。

 まずは朝食。次に登校。そして学校に着けば、クラスメイトたちとまた顔を合わせることになる。自分が演じた失態など、もう誰も気にしていない。だから問題は己のなかにあった。

 二度とあんなミスは犯さない。実戦に限らず、このところ訓練の成績も芳しくなかったが、それも今日すべて挽回する。大丈夫だ、自分は大丈夫──

「今はお義姉様が日本にいないんだもん。あたしがしっかりしな……あっ!?」

 そう己に言い聞かせながら寄宿舎の廊下を歩いていたら、さっそく一つポカをやらかしたことに気づいてしまった。ホーネットは思わず頭を抱える。

 そうだった。忘れていた。

 スマートフォン。

 この世には二種類のアホがいる。

 即ち『許せるアホ』と『そうじゃないアホ』だ。

 だがしかし、その普遍的な事実に対し、ここでは敢えて否を唱えてみる。

 許せる部分と許せない部分が同居した──というよりその二つを都合良く行ったり来たりする、『甚だ鬱陶しいけど不思議と突き放す気にはなれないのにやっぱり殴りたい傍迷惑なアホ』という第三の存在の提唱によって。

 ホーネットが思うに、目の前の相手こそが、まさにその一人ではないかと。

「おいーす、ホーちゃん! 朝っぱらからショボくれてんねーっ!」

 クラスに入るなり元気な声に迎えられ、同時、なぜか前方から青いビキニが突進してきた。

 もう一度言う。ビキニだ。

 いや、正確には『ビキニを着た少女』である。

 けれど、冬の教室で水着一丁という出で立ちがあまりにも強烈過ぎて、出会い頭だと他の特徴が殆ど意識に入ってこない。ホーネットが苦労して水着から視線をもぎ離したときには既に少女は目前だ。駆け込みざまにがっちりと捕獲された。すりすりすりすりすり……。

「……おはよ、バイパー。あんたは朝からテンション高いわね。そして、すりすりウザい」

「あーん、寒いんだよぉ! ホッカイロだけじゃ身が保たないんだよぉ!」

「なら、まともな服を着なさいよ!? なんでしょっちゅう半裸なの、あんたは!」

「? だって水着は淑女の正装(フォーマル)だよ?」

 といった具合に狂った理屈を展開するのは、数時間前の緊急発進でチームを組んだF-2。クラスではもっぱら『バイパーゼロ』の愛称で呼ばれている日米ハーフの少女だ。金髪碧眼でスタイルが良く、背もそこそこあるため、ハグされるとホーネットとの差がとても際立つ。

「どこの世界の正装よ、それ……つーかね、あんた。百歩譲って学校の敷地内はそれでいいとしても、せめて校外(そと)歩くときはもうちょいマシな格好しなさいよ。もうなんべんも警察から職質受けてるでしょ?」

「うん。ワタシ、泳ぎにはすご~く自信あるけど、未だに世間の荒波は乗り切れにゃい」

「いやそんな上手いこと言われても」

「だってだって! 今の社会は水着に厳し過ぎるよ!? みんなすぐワタシを恥女扱いするし、ポリ公のご厄介になったらなったで、今度は迎えに来た委員長がさめざめと泣くし!」

「……よし、委員長に謝れ。マジ謝れ。ね? 土下座しなさい」

 そんな他愛もない会話をしながら、おぶさってくるバイパーゼロを引き摺って、ホーネットは自分の席に向かう。途中、他のクラスメイトたちと簡単に挨拶を交わし、委員長──F-15Jイーグルには、当然バイパーゼロのほうから侘びを入れさせた。で、ようやく席に到着しておんぶお化けを引き剥がしたところで、ひょっこりと新たな人影が目の前に現れる。

「ホーネットさん、おはようございますであります!」

 挨拶と共にビシッと敬礼。バイパーゼロと同じく緊急発進でチームを組んだF-1(エフワン)だ。その手にはなぜか黒光りする自動小銃が握られていた。ホーネットは応じながらも眉を顰める。

「はいはい、おはよ。……ってか何? その手に持ってる銃」

「これでありますか? もちろん、エアガンであります! 自分、今しがたまで演習場の隅っこを借りて、一人、黙々と匍匐前進の訓練に励んでいたのでありますよ!」

 なぜに匍匐前進? 戦闘機少女は空飛べよ──などといった常識的な突っ込みはもちろん無粋である。何しろエフワンは自他共に認めるサバゲー大好きのミリオタ娘。今日もお決まりの迷彩服姿で、手に持った自動小銃(エアガン)の他にも、各種装備でがっちりと身を固めていた。

「なるほど~。だからエフワンちゃん、なんかあちこち汚れてるんだね?」

 バイパーゼロがそう指摘すれば、エフワンがやや恥ずかしそうに後頭部を掻く。

「いやぁ、つい訓練に熱中し過ぎて、身綺麗にする暇が……」

「……呆れた。時間も忘れるほどのめり込んでたわけ? 匍匐前進に?」

「近々、サバゲー仲間たちと共に遠征に出かける予定なのでありますよ。敵地(アウェー)で戦闘に及ぶとあっては幾ら鍛えてもやり過ぎということはないのであります!」

 言うやいなや腰の後ろから大振りのナイフ──刀身はゴム製だが──を抜き、見えない敵を滅多刺しにするエフワン。刃を捻って傷口から空気を送り込む仕草がいやに生々しい。そしておもむろに床を指差すや──どうやら斃したらしい──カッと目を見開いてこう叫んだ。

「『ヤンキー・ゴー・ホームッ!』。ほらほら、スラングも完璧であります!」

「それスラングじゃないし! というか相手アメリカ兵!? しかも敵地で『ゴー・ホーム』はおかしくない!? ってあぁもうツッコミどころが多過ぎる……ッ!」

「むむっ。エフワンちゃん、ひょっとしてそれは、日米ハーフのワタシに対する挑戦? つまり水着の敵!? そう、思えばアメリカ人のママもいつもビキニだった──」

「あんたはあんたでナニ遠い目して語り出してんのよ……」

「そしてパパもビキニだった」

「変態よ!?」

 まさか家族ぐるみで水着愛好家(ビキニスト)とは。侮れない。

 と、そこで。

「──相変わらず楽しそうどすなぁ」

 先の緊急発進で一緒に飛んだ最後の一人、T-4ドルフィンがゆらりと姿を見せた。

 どうやらたった今、登校して来たところらしく、優美な振袖が眼前をスッと横切る。席が隣同士なので彼女はこちらのすぐ横に腰を下ろすが、やはりそのときも軽やかな動作で物音一つ立てやしない。その無駄のない雅な動きに、さすがだなとホーネットは舌を巻いた。

「……おはよ、ドルフィン」「おいーす、ドルちゃん」「おはようございますであります!」

「ふふ。皆はん、元気があって宜しおすな。おはようさん」

 口元を扇子で隠しながらドルフィンがはんなりと笑う。実家が日舞の家元だという彼女は、普段から挙措が洗練されていて、それがきっちり戦闘にも応用される。振袖の柄にしろ、古風な面差しにしろ、派手なタイプではないのだが、どこか義姉(あね)に通ずる雰囲気の持ち主だ。

 ただ、今はその表情に幾ぶん疲れの色が見て取れ、ホーネットは首を傾げて訊いた。

「なに、もしかしてまた寝不足?」

「ちびっとだけ。うち、昼型やから夜遅くの発進はキツイわぁ」

ドルフィンが困ったように言えば、バイパーゼロもそれに同調する。

「あ~、分かる。分かるなぁ、それ。ワタシもできれば毎日お昼過ぎまで寝てたいし」

「……いや、さすがにそれは寝過ぎでありますよ? 自分なんかは早起き得意でありますが」

「あたしも平気ね。深夜にスクランブル掛かることなんてザラなんだし、ドルフィンもいい加減に慣れないと。あんたもう妖精学園(ここ)じゃ割と古株でしょ?」

「分かってますえ? せやけど、なかなか思うようにならしまへんのどす。何より……夜更かしはお肌の天敵やさかいに」

「「──ッ!」」

 その言葉に敏感に反応するバイパーゼロとエフワン。二人がしんみりした顔つきになった。

「……うん、それは重要だよね……っていうか、最優先事項だよね?」

「……であります……」

 などと口々に言うが、ホーネットには共感しづらい話だ。正直、美容なんてどうでもいい。

「大変ねー、お年頃の皆さんは。ま、あたしは興味ないけど」

「あぁ!? またホーちゃん、そんなこと言って!」

「そうであります! ホーネットさんも他人事じゃないでありますよ!?」

「他人事だってば。ADD墜とすのに肌が綺麗とか関係ないじゃない。アホらし」

「…………ホーネットはん?」

 そのとき、ドルフィンがこちらに向けてきた眼差しは、いっそ咎めるようですらあった。

 が、しかしホーネットはそれに敢えて気づかないフリをし、

「──ッ、とにかくさ!」

 勢い良くその場で立ち上がる。

 なんだか色々と我慢できなくなってしまったからだ。

あたしは大丈夫だから! あんなヘマは……もう二度と、やらないッ!」

 ぴたり、と周りにいた三人が動きを止めた。

 些か声量が大きかったせいか、他のクラスメイトも何人かこちらを見ていた。そのなかには委員長もいて、彼女の表情は珍しく険しい。いや、深刻そうな面持ち、というべきか。

 暫しの沈黙。のち、まず初めに動き出したのはバイパーゼロだった。

「……え~っと……」

 隣にいるエフワンと意味ありげに視線を交わし合い、

「あ、あのね、ホーちゃん? 誰も別に、そんな話はしてないんだよ……?」

「そ、そうでありますよ! もう終わったことであります!」

 無論そんなことは承知している。だからこそ余計に腹立たしいのではないか。

 バイパーゼロ、エフワン、ドルフィン。ここにいる三人はいずれも、ホーネットが転校して来た当初からのつき合いだ。たぶん、クラスのなかではもっとも親しい部類で、戦闘のとき一緒に飛ぶことも多い。それゆえに、誰か一人くらいは遠慮なく先の失態について追及してくるだろうと覚悟していたのに──それが、まったく、ない。

 気を遣われている。

 皆でグルになって自分を腫れ物みたいに扱っている。

 ただの被害妄想だという自覚はもちろんあったし、そんなことで悔しさを覚えるのは理不尽だとも思った。けれど、いたたまれなさが高じてつい叫んでしまったのだ。自分から問題を蒸し返した手前、もはやホーネットもあとには退けない。続いて口早に捲くし立てた。

「とにかく大丈夫っ、もう何もかも完璧にオールOKなのよ、あたしは! 見てなさい! 今日の訓練でハイスコア叩き出して、誰の足も引っ張らないってちゃんと証明して──」

「……誰も『足を引っ張られた』なんて思ってまへんえ?」

 ドルフィンの声は物静かなくせに、どんな騒音のなかでも必ず異物となる。だから、そこに込められた明確な怒気を、今度はやり過ごすこともできなかった。

 ホーネットはキッと彼女を睨みつけ、何か言ってやろうと口を開きかけて──

「あの、水を差すようで申し訳ないんですけど」

 しかし、それよりも早く不意に横合いから声が掛かった。

見れば、いつの間にかそこに委員長が立っている。艶やかな黒髪をポニーテールにした、いかにも真面目そうな少女だ。皆の視線が向かうなか、彼女は続けてこう言った。

「今日の訓練は、お休みですよ?」

「……へ?」

「通常授業だけです。更に言うと、学校も午前中で終わりです」

 ホーネットはぽかんと口を開ける。委員長は大きな胸を下から支えるように腕を組み、

「HRで皆さんに伝えようと思ってたんですが、最近のADD頻出に伴いカリキュラムが少し変更になりまして。FGAFから『有事に備えて今日は英気を養うように』とさっき連絡が」

「そ……そんな!?」

 思いっきり出鼻を挫かれた気分で、ホーネットは愕然と叫んでしまう。

 対して、委員長は涼やかな笑みを浮かべ、すべてを見透かしているふうに締め括った。

「いい機会ですから、ホーネットさんも今日一日、戦いのことは忘れましょう。なんだったら街に繰り出してみてはいかがです? 普通の女の子みたいに

 妖精学園における緊急発進時の出動メンバーは、幾つかに分けたチームを作戦に応じて使い分ける方針で、該当チームが複数存在しているようなら交代制となる。

 日本全域を三〇にも満たない数のピクシーズでカバーする以上、複数のADDが異なる地点で出現した場合や、より緊急度の高い命令が下った場合に備え、即座に動かせる予備戦力を基地に残しておくのは当然のことで、各チームも概ねバランスを考慮されたメンバー分けとなっている。負担を軽減できるよう交代制が取られるのもまた当然、更に必要に応じて頻繁に入れ替えが行なわれるのだって別に珍しいことではない。

 が、それでもやはりどこかで無理は出てくる。特にここ最近のADD出現率は異常であり、自称・昼型のドルフィンでなくても、皆、連日の戦闘に疲れが溜まっていたはずだ。

 FGAFが突然カリキュラムを変更して、学校を午前中のみにしたのも分かるのだ。「今日この日ならば、おそらく敵の襲来はあるまい」という、なんらかの予測に基づく判断なのだろうから、確かに休めるときに休んでおくのもまた、戦士の大切な仕事である。

 しかし、だとしても──だ。

「……ぐぬぬ」

 やはりどうにも肩透かしを食った気分になるのは否めなかった。

「もー、まだぐぬぐぬ言ってる~」

「往生際が悪いでありますなぁ」

「人間、諦めが肝心どすえ?」

「るっさい! ってか、なんであんたたち、さも当然のようについて来てんのよ!?」

 放課後。委員長の提案に従って──というわけでもないのだが、学外に足を向けることにしたホーネットは、現在、とある繁華街の大通りを歩いていた。こんな陽の高いうちから街を歩くのはひさしぶりのことで、なんとはなしに後ろめたい気分に駆られてしまう。

 ちなみに、視線の先には説明不要ないつもの面々、バイパーゼロ、エフワン、ドルフィンの三人が仲良く並んで歩いている。正味のところ、思わず天を仰ぎたくなるような光景だった。

「あんたらと一緒だと目立つから嫌なんだってばぁ……」

 後ろから苦情をぶつけてやれば、先行する三人はなぜか揃って首を傾げ、

「? どうして目立つの?」と水着愛好家(ビキニスト)。

「さあ。自分にもさっぱり」と迷彩服主義(カモフラージェン)。

「自意識過剰と違います?」と着物偏重派(キモネイター)。

「言う!? 普通そういうこと言う!? このシチュエーションで!」

 先刻から道行く人々を片っ端から振り向かせているというのに、どうやらまともに羞恥心を備えているのは自分だけらしい。あとはもう、お巡りさんに出くわさないよう祈るばかりだ。

「や、だってホーちゃんも結構、トンデモな格好してるよ?」

「え」

 バイパーゼロの指摘を受け、ふと自分の服装を見下ろす。

 黒と黄色の縞々模様の衣装。トレードマークである『A』と『F』の文字。

 どこもおかしな部分はないように思うが、しかし言われてみると確かに往来の人の目は、三人から少し離れて歩いている自分にも、容赦なく突き刺さっている気がしないでもない。

「うっ……へ、変かな? この服、かなり気に入ってるんだけど」

「いえ、可愛いと思うでありますよ? でも、確かにあんまり見ない格好であります」

「うん。ホーちゃんの『捨て猫ロックンロール』な雰囲気には、よく合ってるんだけどね」

 パイバーゼロの意見はともかく、素直なエフワンが言うからには、きっとそうなのだろう。

 そうか、あたしも実は目立ってたのか──と今更に過ぎる理解が訪れるが、まあだからといって脱ぐわけにもいかない。ここが衆人環視の真っ只中だから、というだけではなく、前言どおりこの服を『気に入っている』からだ。

「お肌んことはあんま頓着せえへんのに、その服はえらい大事にしてはるなぁ。なんか拘りでもあるんどすか?」

 訊いてきたのはドルフインだった。今朝、教室で少し険悪になりかけた彼女だけれど、些細な衝突をいつまでも引き摺るような娘ではない。ホーネットも既に気にしていなかった。

「や、その、拘りっていうかさ……」

 僅かに口ごもったのち、

「お……お義姉様からの、プレゼントなのよ、これ」

「「「あー」」」

 大いに合点がいったとばかりに三人が声をあげる。ホーネットと義姉の関係は、彼女たちに限らず、今やクラス全員が知るところだ。次いでやはり口々に、

「ひょっとしてオーダーメイドだったり?」と水着愛好家。

「だとしたら、さすがのセンスであります」と迷彩服主義。

「何しろ『工事現場カラー』どすもんなぁ」と着物偏重派。

「蜂ッ! これ蜂だからね!? あのブンブン舞ってプスプス刺すヤツ!」

 いやまあ、どっちも警告色という括りではあるのだけれども。

「あはは。つるぺたロリーンのホーちゃんに警告色は、なんか色々と邪推しちゃうよねぇ」

「誰に対する警告なのか、という問題でありますな。おおぅ、犯罪臭が……」

「──蜂のように刺ぁす!」

 言われ放題でさすがにムカついたので、駆け寄って起死回生のダブルピース。

「「目がッ!?」」

 そして、のた打ち回るアホ二人。特にバイパーゼロは当然の報いだ。彼女がよく『つるぺたロリーン』とか『断崖絶壁スライダー』とか口にするせいで、F-22ラプターやF-35AJライトニングⅡなどと同様に、クラスで『幼女組』に認定されてしまったホーネットである。積もり積もった怨みの深さ知るがよい。いっそ目の玉潰れてしまえばいいのだわ。

「ほいで、今日、ホーネットはんは、何を探してはる言とりましたっけなぁ?」

 じゃれ合うこちらを愉快そうに眺めながら、それでもしっかりとドルフィンが舵を取る。なんというか、すごくいつものパターンだ。

「……スマホ。壊しちゃったから」

「スマホ? それならFGAFに再支給してもらったほうがいいでありますよ?」

 エフワンが瞬きを繰り返しつつ訝しげに言い、バイパーゼロも両目をぱちぱちさせながら、

「そ、そーだよ。わざわざ市販品を買わなくても!」

「バイパーはん、それ看板どすえ?」

「再支給は駄目。委員長に訊いたんだけど、やたらめったら時間が掛かるって」

 ピクシーズたちが使っているスマートフォンは、基本的にFGAFからの正式な支給品だ。この『正式な』というのがミソで、どこの組織の部署でもそうであるように、書類の手続きやらがひどく面倒なのだ。再支給となると、下手をすれば一週間以上かかる──委員長にそう告げられて、とてもではないが待っていられないと、こうして街までやって来た次第である。

「幸い、ピクシーズのスマホって機能的には、市販品とそんなに変わらないらしいのよ」

「だから、アプリだけあとからダウンロードすればいいと? なるほどであります」

「そっかそっか。店頭販売なら契約なんて一日で済んじゃうもんねぇ」

「バイパーはん、それポストどすえ?」

「──ンじゃま、ちゃっちゃと行って、ちゃっちゃと用を片づけましょうか。あ、ちなみに言っとくけど、途中で寄り道とかは絶対にしないからね?」

「「えーッ!」」

 不満の声をあげたのは、もちろんバイパーゼロとエフワン。まず先に後者が縋りついてきて、

「そそそそんなぁ!? 自分、今日はサバゲーショップで装備の調達を!」

「しないってば。あんた、エアガンなんてもう充分過ぎるくらい持ってるでしょ?」

「ワ、ワタシは水着ショップで新たなビキニの調達を!」

「あんたはもっと布面積の多い服を調達しなさいよ!?」

 と、次にバイパーゼロを怒鳴りつけたのだけれど、なぜか彼女はこちらに縋りついてこなかった。見れば、バイパーゼロは目を瞑ったまま、まったく関係ない第三者の元へと──

「バイパーはん、それマッポどすえ?」

 こういうときドルフィンの落ち着きぶりが憎らしくなる。

 未だ視力が回復し切らないバイパーゼロが前後不覚のまま縋りついたのは、偶然、街の巡回中にこの場を通りかかった国家権力の狗──つまり『水着の天敵』だったわけである。

「まぁたキミかぁあああぁぁああ、バイパーくぅぅぅうううぅぅん」

「「「ひぃ!?」」」

 鬼だ。鬼がいた。

 あとになって知る。彼の名は山田五郎。近くの交番に勤務する四五歳。温厚な人柄で住民からの評判も上々という警察官の鏡だが、何度しょっ引いてやってもまるで改心しない公序良俗違反の常習者(ビキニ)に対し、いい加減、怒り心頭して修羅と化したザ・巡査部長(モンスター)である。

 恐怖から回復すること一秒。皆と目配せし合うこと二秒。決断を下すまで実質僅か三秒。

「……ズラかるわよッ」と縞々模様系(ストライパー)。

「逃がすかァァァア!」と治安守護者(ポリスメン)。

 捕虜となりかけた元凶のバイパーゼロをなんとか奪還し、斯くして四人と一人の壮絶な鬼ごっこが始まった。そんななか、ただ一人、ドルフィンだけが愉しそうであり、

「ふふ。皆はんと一緒におると退屈しまへんなぁ」

「あんた余裕ね!? いっつも一人だけ!」

 で、それから四苦八苦してどうにか山田巡査部長を撒き、さあようやく当初の目的を果たせるぞ──ということにはならなかった。ホーネットとしては甚だ遺憾ながら。

 案の定というべきか、あれほど「寄り道はしない」と先に釘を刺しておいたにも拘わらず、三人の同行者があっちにフラフラこっちにフラフラ。それに巻き込まれたホーネットも結局、あれよあれよと道草を食う羽目になったからだ。

 例えば、某水着ショップにて。

「じゃじゃ~ん! どうよ、このホーちゃんの艶姿はァ!?」

「「おぉ~」」

「ちょっ!? 何よ、この超マイクロビキニは!? 着といて言うのもアレだけど!」

「ふふん。コンセプトは『さらば児ポ法』ってことでどうかなッ!」

「……ど~して闇雲に御上に楯突くんどすかなぁ?」

「……ピクシーズはどちらかというと体制の側なのでありますが」

「だ、駄目駄目っ無理無理無理無理ッ! ちょっと動いただけでズレちゃうってばこれェ!」

「だいじょーぶ♪ ライトニングⅡ(ライちゃん)とラプター(ラプちゃん)によれば、危なくなったら『謎の光』が仕事してくれるらしいから!」

「……せやかて、DVDとブルーレイ化の暁には、その謎の光て消えてまうんどすやろ?」

「……結局、関係者一同お縄につく流れでありますね」

 とか。

 例えば、某サバゲーショップにて。

「み、見て欲しいであります、皆さん! この完成されたフォルムを!」

「「「……え~っと……」」」」

「その名も89式5.56mm小銃ッ! かつて豊和工業が生産し、現在、自衛隊や海上保安庁、特殊警察部隊(SAT)などにも採用されている、国産の突撃銃(アサルトライフル)であります! 使用する弾丸は西側共通規格の5.56×45mmNATO弾! 愛称は『ハチキュー』あるいは『バディ』! 64式小銃が抱えていた数々の問題点を改善した正当なる後継銃! 64式に比べて一キロ近くも軽く、そのうえ整備性も向上、おまけに消炎性能も優秀でお分かり頂けるでありますかこのフラッシュハイダーの独自性をッ問題点として生産数や値段や実戦経験の乏しさがあり『どうせ見てくれだけだろ?』とか生意気ほざく輩もいるでありますがアメリカ軍との共同訓練によれば命中精度や耐久性の高さは証明されており市街戦なども視野に入れてCQBにも対応できるよう改良が重ねられ日本銃マニアの自分としましてはコイツに榴弾発射機を取っ付けて米兵(アンクル・サム)どもを千切っては投げて千切っては投げおやどうしたでありますか皆さん耳を塞いで?」

「「「……………………誰カ、助ケテ………………」」」

 とか。

 例えば、某ゲームセンターにて。

「何これ? ダンスゲーム? へえ、最近はこんなのまであるんだ」

「え、ホーちゃん知らなかったの!? ダンスゲームだよ!?」

「もしかして、ゲームとかあんまりやらないほうでありますか?」

「うん、全然。クラスでみんながハマってる『アタックモンスターズ(アタモン)』とかいうケータイゲームもよく分かんないし」

「なら、これをきっかけに挑戦してみたらいかがどす?」

「や、あたしはやっぱり、こういうのはさ……」

「自信がないんどすか?」

「……あン?」

「ふふ。聞いてますえ? 昔、メリケンの基地に居(お)った頃、資金集めのチャリティーで、いっとき曲芸飛行のチームに参加しとったて。『ブルーエンジェルス』て名前やったかなぁ」

「……情報の出所はお義姉様ね。あたしも聞いてるわ。あんたも日本(こっち)じゃチャリティーのとき他の連中と航空ショーやるそうじゃない。確か『ブルーインパルス』とか言った?」

「ふふふふふふふふふ」

「くくくくくくくくく」

「「ひぃ!?」」

「うちとダンスで勝負しまへん? 日舞の凄さ見せたるさかいに」

「上等ぉ! 興が乗ったわ、受けて立つ!」

 とか。

 他にもアイス食べたりショッピングしたりペットショップ覗いたり公園ぶらぶらしたりと、まあ遊んだ遊んだ。やっとこさ目的の店に着いた頃には、もう既に陽もだいぶ西に傾き始めており、我に返ったホーネットが思わず打ちひしがれるというオチまでついた。

「…………やられたわ」

「「「いえーい♪」」」

「はいそこ、ハイタッチしないッ!」

 まんまと乗せられてしまった気分だ。今日はこんなことをするために外出したわけじゃないのに。戦闘や訓練とは別種の疲労を得てしまい、ホーネットはげっそりと溜め息をつく。

「……どーしてこうなんのよぉ」

「未熟どすなぁ、ホーネットはん。この程度はイマドキの女子にとって日常茶飯事どすえ?」

「そーそー。ホーちゃんは『遊び』に耐性がなさ過ぎるんだよ」

 ここぞとばかりに連携を取って攻め立ててくるドルフィンとバイパーゼロ。ホーネットはぶすっと膨れて弱々しく反論を試みる。

「だ、だって……そんなの全然、戦いとは関係ないし……」

「そんなことないでありますよ? 羽目を外すときは思いっ切り外す! これ兵士の常識であります! じゃないと、どこかで潰れちゃうでありますよ」

 遂にはエフワンにまで諭されてしまった。休むのもまた戦士の大切な仕事だ──ホーネット自身も思っていたことではあるが、しかし『休息』と『遊興』は何かが違う気がする。

「……身体を休めるっていうのは分かるけどさ、遊び呆けるのは幾らなんでも余計でしょ。あたしたち戦闘機少女にとっちゃ無駄な装備(オプション)よ」

「また、そういうトゲトゲしいことを……であります」

「思えば、ホーネットはんは登校初日からトゲトゲしかったどすもんなぁ」

「うんうん、気になった相手に片っ端から難癖つけてたもんねぇ」

「ぐっ、人の黒歴史を……ッ」

「いや、正直なところ今もあんまり変わってないでありますよ? 何かにつけて『勝負っ、勝負っ』とクラスの皆さんに、活き活きと挑戦状を送りつけてるでありますし」

「そんいや、うちも何度か訓練で『スコア競うわよ!』とか言われたどすなぁ」

「あ、ワタシも。まあ最近のホーちゃんは、ファルちゃんが気になるみたいだけどねー」

 ファルちゃん、というのはF-16ファイティングファルコンのこと。やはり日本妖精学園のピクシーズであり、色々とライバル心をくすぐられる相手なのだ。委員長ことF-15Jイーグルと姉妹であるところとか、戦闘機モジュールが自分と同じ『マルチロールタイプ』であるところとか、汎用性に富むがゆえ出撃数が多く経験値も高いところとか。

 何よりファイティングファルコンは、ホーネットが大ポカをやらかした先の戦闘にも別チームで出撃しており、あの強力な新型ディアナ級ADDを二機も撃墜している。

 負けられない、と思う。

 色々な意味であの子には負けたくない、と。

 もっとも、どれだけホーネットが対抗心を燃やしてみても、肝心のファイティングファルコンのほうは暖簾に腕押し──というか、そもそもこちらの敵意に気づいていない節さえあるため、凄まじく空回りしている感じではあるのだけれども。

「…………はぁ」

「お、また溜め息? なになに、悩みがあるならビキニに相談してみ?」

「るっさい! ほら、もう行くわよ!」

「「「はーい♪」」」

 返事だけはすこぶる宜しい。

 三人を連れてケータイショップに入ると、色とりどりのスマートフォンが並ぶなか、さっそく店員があれこれ世話を焼いてくれる。「どんな機種をお探しでしょう?」そんなことを言われても、ホーネットはスマホに拘りなんてないし、特に詳しいわけでもない。だから、型遅れでない程度の、それでいて一番安い機種を、適当に見繕ってもらおうと考えたのだけれど、

「あ、見て見てホーちゃん。ホーちゃんにぴったりのがあるよ?」

「……何よ? どーせまた妙ちくりんな──」

 バイパーゼロの示したスマートフォンを見て、ホーネットは我知らず息を呑んでしまった。

 たぶん、タイアップ商品なのだろう。映画『スカイキャット』の主人公である女怪盗が、目当てのお宝眠る空中要塞に侵入する劇中最後のシーンが、スマートフォンの背面にプリントされている。日本でも大ヒットしたハリウッド映画で、期間を延長してついこのあいだまで全国の映画館で上演されていた作品だ。

 もちろん、ホーネットだって観た。とても感動したし、誇らしくもなったし──何より、胸の奥にどうしようもない『痛み』も覚えてしまった。

 あぁ、こんなにも違う

 こんなにも遠い。こんなにも差がある。

 片やハリウッド女優で、片や傷だらけの貧相な娘。

 同じ戦闘機少女だというのに、両者にはあまりにも隔たりがあり過ぎた。

 女優と自分を比較するなんて馬鹿げてる──きっと余人はそう言って嗤うだろう。

 けれど、『スカイキャット』で主演を務めた女優は。デビュー作『コップガン』での成功を皮切りに、たちまちハリウッドのトップスターに昇り詰めてしまったあの女は。他でもない、自分を日本の妖精学園に誘ってくれ、義姉妹の契りを交わした相手なのだ。

 F-14トムキャット。

 日本ピクシーズのなかでも一目置かれる存在。

 比べるな、というほうが無理だった。卑屈になるな、というほうが無茶だった。

 だってそうだろう? 女としての魅力がなくても、『歴戦の勇士』というプライドがあればこそ、自分は戦いの渦中なら輝ける存在なのだと、己を慰めることができた。戦闘機少女の本分であるADDの迎撃こそが、F/A-18ホーネットの真骨頂なのだと納得できた。

 けれど、今は──

「…………このスマホ、ください」

 自分の薄唇から紡ぎ出された声は、まるで別人のように抑揚がなかった。

 感情が死んでしまったかのようにガランドウで、その言葉を向けられた目の前の店員だけでなく、周りにいたバイパーゼロたちをも少なからず狼狽させる。そんな皆の反応に、ホーネットは独り、どこかぼやけた頭でこう思ったものだ。

 何をそんなに驚いている? おかしなことなど何もないのに、と。

 昔から自分はこうだった。F/A-18ホーネットは長らく、こういうふうに生きてきた。

 少女としての価値など何もないから、いっそそんな余分な機能は取っ払ってしまって、戦闘機少女ならぬ『少女型の戦闘機』として、ずっとずっと世界各地を転戦してきた。

 そう。だからこれは、ただ『昔に戻る』だけ。

 今は義姉たるトムキャットもいないから、彼女と出会うより前の自分に──『レガシー』と呼ばれていた頃の自分に戻るだけ。

 ただ、それだけのことだ。

 その後、素早く契約を済ませると、新たなスマホを片手に、ホーネットは店を出た。

こちらの様子が平時と異なることに、仲間たちもすぐに気づいたようで、これからカラオケに行かないか、それとも漫画喫茶にしようか、などとしつこく誘いをかけてきたけれど、ホーネットは「帰る」の一言でそのすべてを突っぱね、最後にはたじろぐ三人を置いて一人でさっさと帰路に着いた。

 別れる途中、背後からドルフィンの独白が、風に乗って微かに聞こえてきて、

「……全部、裏目に出てしもたな……」

 そのひどく寂しげな響きに、一瞬、チクリと胸の奥が疼いたけれど、今のホーネットならばそれを黙殺することだって容易かった。

 そして、同日夜のこと。

 ホーネットは寄宿舎の自室に篭もり、ベッドに仰向けに寝転んだまま、買ったばかりのスマートフォンを操作した。今頃、遠きアメリカの地にて新作映画の撮影に臨んでいるだろう義姉と連絡を取るためだ。ごく短い文面で「スマホを変えた」とだけメールを送れば、やはりあちらも端的に「分かりました」とだけ返してきた。

 それで終わりだ。

 他にはなんのやり取りもない。

 何も。

「………………」

 資金繰りが常に厳しい妖精学園のために、F-14トムキャットは女優として得た収入の一部をFGAFに渡しており、いわばピクシーズにとっての資金工作員(マネー・エージェント)めいた側面を持つ。女優という職業は確かにトムキャットの生き甲斐だが、戦闘機少女との二足の草鞋はそれも大きな理由の一つで、だからこそ彼女は日本を留守にすることも多い。ホーネットとトムキャットの二人はそういうとき、必ず『一日に一度は近況を報告し合う』と決めていた。

 だが、今はよほど撮影が忙しいのだろう。ここ数日はメールでの簡素なやり取りばかりになっている。それは見方を変えれば、義姉からの強い信頼の裏返しとも取れた。

「──明日は訓練がある」

 事務的に呟いてホーネットは目を閉じた。

 そう、訓練。今日みたいな日は例外中の例外で、戦闘機少女が戦いのために存在している以上、普段は学校に登校すれば必ず戦闘訓練がある。寧ろ通常授業なんてオマケだ。クラスメイトたちと楽しくお喋りしたり、一緒にお昼ご飯を摂ったり、放課後どこかに出かけたり、そんなものはすべて挟雑物でしかない。いや、学園という舞台装置そのものが、運営者たるFGAFが『十代の少女たちを戦わせている』という現実から逃れたいがために構築した、『イイ大人ぶりたい偽善者どもの方便』でしかないのだろう。

 ひどく下らない、と思う。

 そんな余計な環境(オプション)、何一つなくたって自分は大丈夫だ。昼間、エフワンは鹿爪らしく「どこかで潰れる」などと語っていたが、こと『レガシー』に限ってそんな体たらくはあり得ない。

 大丈夫、大丈夫、まだ大丈夫。

 トムキャットからのメールが素っ気ないのだって当然だ。自分は平常どおりなのだから。心配は何も要らないのだから。

 そして、明日の訓練が終われば、その翌日は──

「………………」

 壁に掛けられたカレンダーを確認して吐息する。明後日の日付の部分は赤く丸印で囲われていて、否応もなく『その事実』をホーネットに再認識させた。

 毎年やって来るモノが、今年も当たり前のように、ただ訪れて過ぎ去ってゆく。

 ひさしぶりに夢を見た。

 あちこち場面が欠落した、ひどく断片的な過去の夢だ。

 ──似てるわね。

 ──うん、ほんとに。

 ──あんたの戦闘機モジュールはあたしの『強化発展型』?

 ──みたい。貴女のほうが産まれたのは早いのにね。

 ──となると、ややこしいわね。どっちも同じ名前になっちゃう……。

 ──じゃあ、貴方は今日から『レガシー』ね。

 ──なに、ニックネーム? なら、あんたは今日から『■■■』ね。

 ──■■■? ふふ、変なの。

 夢は映画に似ている。いつか義姉(トムキャット)がそう言っていた。

 ホーネットもその意見に賛成だ。テレビ放送やDVDで観るならばいざ知らず、映画館で観てしまうと例え理解できない箇所や、もう一度観直してみたい箇所があっても、来場者にお構いなくフィルムは回り続ける。止め処ない水のように滔々と流れ続ける。

 だから、観たくない場面を『観ない』という選択肢も取れない。

 臨場感たっぷりの映画館で、幾らスクリーンから視線を逸らし、躍起になって耳を塞いでみたところで、せいぜい生殺しの目に遭うのがオチだろう。

 ──やく、そく……して、レガシー……。

 ──ぜっ……たいに……墜とされ……ないで。

 ──ただ、敵を墜とす……だけの、格好いい……貴女で、いて……。

 約束。大切な約束。

 守らなければならない、破ることなど許されない、呪いのような約束。

 だから、ホーネットは戦い続けた。独りになってもADDを墜とし続けた。女の子らしさを捨て去って、血の通わない戦闘機そのものになって、我武者羅に弾雨のなかを翔け抜けた。

 毎日、張り詰めて張り詰めて、どこまでも張り詰め通して。

 取り返しのつかない大きな『罪』に、それこそ休む間もなく追い立てられて。

 もし立場が逆だったなら──そう考えてしまう己自身や、きっと思っているだろう周りに向けて、レガシーとして『ホーネット』の有能さを示さなければいけなかった。

 そんな自分を。

 あぁ、初めて会ったあの日、義姉はなんと評していたっけ?

『──さんッ──ホーネットさんッッッ!』

「……!?」

 まるで既知感(デジャヴ)。昨日の未明に起きた緊急発進のときと同様、F-15Jイーグルの声で今ようやく我に返ったホーネットは、眼前に迫る切り立った崖を見て愕然となった。

 西日本のとある山間部にて行なわれていた飛行訓練。

 通常の戦闘機では満足にマニューバを取れない狭い谷間を、戦闘機少女ならではの小回りの良さを活かし、四機編制の三チームで規則正しく飛んでいたさなかのこと。

 昨晩の件をほんの一瞬、脳裏に想起させただけのつもりが、気づけば致命的な心の隙を生んでいた。

 泡を食って回避運動を取ろうとするも、岩肌剥き出しの崖は既に目前だ。F404-GE-400ターボファンエンジン二基を唸らせ、ストレーキの恩恵に物を言わせて紙一重のところで高度を取るが、バランスを大きく崩して崖の上を通過するとき、左翼をモロに引っ掛けた。LeD粒子によるピクシーズの保護も完璧ではない。度を超えた衝撃、それも不意打ちとなれば、当然、揺らぎもするし、飛行に問題も生じる。今度こそ決定的に姿勢制御を失い、ホーネットは地表目掛けて、さながらブーメランのように真っ逆さまとなる。

「ッ……」

 だが、その途中、予期せぬ方向から衝撃が来た。

 高速で廻る視界のなか、周囲に燦然と火花が散る。間違いない、次元干渉による影響だ。

 おそらく誰か別の戦闘機少女が、咄嗟にこちらの戦闘機モジュールに、自身のモジュールをぶつけたのだろう。互いの物理保護が許すぎりぎりの一線を見極め、この刹那の混乱のなかで無茶を敢行してみせた凄腕が、いったい誰なのかは認めているゆとりがない。落下のベクトルが俄かに変わり、速度が減衰した隙を逃さず、ホーネットは最後のリカバリーに挑む。

 ストレーキがなけなしの揚力を生み、身体がふわりと僅かに浮き上がって、ホーネットは地面と殆ど平行になって滑空。なんとか強引に身を捩って、戦闘機モジュール側からランディングを果たす。それでも余りに余った慣性は御し難く、モジュールでガリガリと山肌を削りながら、およそ一〇メートル近くも轍を刻むことになった。ようやく身体が止まったとき、なぜ自分は生きているのかと不思議に思ったくらいだ。

 無事だ。

 頭もあるし、手足も捥げていない。

 掠り傷さえ殆ど負っていない。まさしく奇跡という他はなかった。

「………………」

 ホーネットは忘我したまま、視線をあさっての方向に転じる。数十メートル先には自分の窮地を救った戦闘機少女──F-16ファイティングファルコンが蹲っていた。

 こちらとぶつかった際の衝撃で、彼女も硬着陸(ハードランディング)を強いられたらしい。華奢な肢体を土埃に塗れさせ、やや苦しげに顔をしかめている。けれど、実の姉であるF-15Jイーグルが上空から駆けつけると、すぐに持ち前の明るい笑みを取り戻し、「平気だから」とばかりに手を振ってみせた。そんな妹の反応に、イーグルもホッと胸を撫で下ろす。

 仲睦まじい姉妹。

 誰の目にもそう映るだろう二人。

 次いで、ファイティングファルコンがこちらを指差す。イーグルが再び表情を心配げに曇らせ、戦闘機モジュールを駆って急ぎ自分の元にやって来た。今しがたまで一緒に空を飛んでいたバイパーゼロ、エフワン、ドルフィンも、それぞれ顔を青褪めさせながら同様に。

 そして、イーグルの台詞を皮切りに、皆が口を揃えてこう言うのだ。

「──ホーネットさん、大丈夫ですか!?」

 大丈夫だ。

 決まっている。何も心配は要らない。

 自分は『レガシー』。砲火瞬く空を翔け、ADDを駆逐する、少女型の戦闘機。機械は過ちを犯さない、機械は感情を必要としない、機械は友達も肉親の情も欲さない。傷だらけの身体がなんだ女の子だからどうした。戦場という舞台でしか輝けない女優はそこにしか居場所がないのだ。約束・約束・守るべき約束。これで二度も墜落したが大丈夫、自分はまだ生きている、だから約束も有効のはずで今年も笑って明日を迎えられる大丈夫──

「……ひうっ……」

 自己暗示めいた繰り言で、己を騙し続けるのにも、いい加減、限度というものがあった。

 目頭が熱い。鼻の奥がつんとする。洩れる嗚咽を止められない。

 分かっていた。本当は全部、分かっていたのだ。

 F/A-18ホーネットは機械などではない。本物の戦闘機になど、なれるわけがない。

どこまでいっても普通の女の子だ。いかにKK能力者(カルツァ・クライン・センサリー)といえど、心の弱さまで変えられるわけではない。そのことはあの日、あのどしゃ降りの雨のなかで、義姉であるトムキャットに何度も言い聞かせられ、こっぴどく叱られもして、泣く泣く認めざるを得なかった事実だ。

 自分は『レガシー』にはなれない。

 あの子が望んだような『格好いいホーネット』にはなれない。

 初めは単に区別をつけるためだったその愛称で呼ばれる必要さえ、あれから三年の月日が流れてしまった今となっては……もう、ない。

 ──じゃあ、貴方は今日から『レガシー』ね。

 ──なに、ニックネーム? なら、あんたは今日から『ライノ』ね。

 ──ライノ? ふふ、変なの。

「……う、うぅ……ひぐっ……」

 童女そのものの風情で泣きじゃくる自分を、クラスの皆はさぞ呆れて見下していることだろう。他者にトゲトゲしく接して、事あるごとに勝負だ云々と喚き立て、「自分の在り方こそが理想的な戦闘機少女の姿だ」というような顔をしておきながら、たかが編隊飛行の訓練、しかも得意としていたはずの低空飛行(ローパス)で、目を覆わんばかりのミスを犯したのだ。悔しくて情けなくて、もう満足に顔さえ上げられなかった。

 その日は、せめて笑顔で過ごそう、と決めていた。

 その日は、毎年お義姉様と一緒に、と考えていた。

 その日は、嘘でも格好いい自分で、と願っていた。

 ────もう無理だった。

 ホーネットの双子の実妹(いもうと)、『ライノ』の命日は、本当にすぐそこまで迫っていた。

〈To be continued〉