<<二月二日午前八時十五分
       ──ライトニングⅡ消滅(ロスト)より二十分後>>

 戦闘機少女養成学園、管制塔──レーダー管制室。

 座席に座り各種モニターを見ているのは、この場所には不釣り合いな……十歳ほどの少女。RQ-3ダークスターである。

 F-15Jイーグル率いる三班の戦闘機少女(ファイター・ガール)が日本(ニホン)アルプスに向かった後、学園に残ったピクシーズたちは待機中となった。ADDの出現が重なる場合を想定しなくてはならないのだ。

 大型のモニターを見上げるダークスターは、いつもながら無表情を通していた。肩口より上で揃えたセミショートカットは少女らしく、ニッコリ笑った顔を想像してみれば可憐な乙女に違いないが……ひどく無愛想である。しかし、心が無いというわけではない。むしろ、平素は生真面目な朴念仁と見せかけて、突拍子もない発言や行動を起こす性格と周知されている。

 ひとことで言うと──何を考えているかよく分からないタイプ!

「管制塔よりアルファ・ワン」

 ダークスターはA(アルファ)チームリーダー──イーグルを呼んだ。彼女のヘッドセットはピクシーズの無線端末、及びスマートフォンアプリと連動している。

『こちらアルファ・ワンです。どうぞ!』

 イーグルの応答には、若干のノイズが混ざり始めていた。

「作戦エリア周辺でLeD粒子の異常を観測。大気中のLeD濃度が極端に低い」

『LeD粒子の濃度? 何故だか分かりますか?』

 ダークスターは衛星によってモニタリングされた気象データに視線を落としながら、

「ライトニングⅡ消滅の瞬間に、大規模な位相変換(フェイズ・シフト)が起こったものと予測」

『なんですって──!』

 その報告に、イーグルは絶句した。

 LeD──レイヤード・エクストラ・ディメンション粒子は『異世界』と繋がるための呼び水となっている。ピクシーズの少女が戦闘機モジュールを召喚する際や、アナザー・ディメンションズ・ドローンが実体化する際などに消費される物質だ。

『新たな別の敵が出現しているのですか!? もしや、ウェヌス級やユピテル級のADDが──』

「その心配はない。少なくとも、KK(カルツァ・クライン)波は観測されていない」

 ウェヌス、ユピテル──等級の高いADD出現を危惧したイーグルを抑えるように、ダークスターが続ける。

「展開しているアポロ級は、LeD粒子を大量に集めていた様子。それを全て放出して、何かが行われた」

 淡々と告げるダークスター。

『わか……ました。……ライ……さんが……』

 イーグルからの通信は雑音に遮られていた。どうやら、敵ADDの電波妨害範囲に入ったらしい。ヘッドフォンから、ガリガリとノイズが流れる。

「以上、通信終わり」

 短く告げてマイクに手を掛けたダークスターは、非常に小さな声で、

「がんばって」

 と付け加えた。

『…………』

 ジャミングの影響か、イーグルからの返事はない。恐らく、ダークスターの声は届かなかったのだろう。

 通信を切ったダークスターはヘッドセットを外すと、モニターに表示された戦略地図をじっと見た。無言でしばらく見やった後、スマートフォンを取り出してちょこちょこ操作する。

 ディスプレイ表示は『F-80シューティングスター』とある。コール中に聴こえる待ちうたがシューティングスター自作の『空のお姫さま(スカイ・プリンセス)☆』だと気付き、ダークスターはスマホを耳から遠ざけた。

『もしもし☆ あれー? ダークスターちゃん、もしもーし☆☆☆』

 スマートフォンより能天気な声が出たところで、ようやくダークスターはスマートフォンを耳へ当て直した。

「シューティングスター、今飛行中?」

『ああー、ダークスターちゃん☆☆☆ あたし、今は徒歩でぇぇぇlす☆』

 あっはっはー、と意味も無く陽気に笑うシューティングスター。ダークスターとのテンションの差が著しい。

 アルファ、ブラボー、チャーリーの三チームに分かれたピクシーズたちは、アポロ級ADDが多数出現した日本アルプスを目指している。同行したシューティングスターは攻撃(アタック)チームではなく、地域住民の避難をサポートする役目を負っていた。

「状況は?」

『えーっと、南アルプスのぉー……甲斐駒ヶ岳(カイコマガタケ)? から向こうが危険☆』

「向こう?」

『そー☆ あっちの方ぉー☆☆☆』

「……」

 電話越しに「あっち」と言われても見当が付かない。ダークスターは何も言わず手元のキーボードを操作し、モニターに南アルプスのマップデータを映し出した。甲斐駒ヶ岳は明石(アカシ)山脈の北端に位置しており、山梨(ヤマナシ)県から長野(ナガノ)県にまたがっている。

『ホーちゃんチームがADDを前に攻撃指令待ちでぇーす☆☆☆』

「チームC(チャーリー)」

『ふぇ?』

「ホーちゃんチームじゃなくて、チームチャーリー』

『あっ、そっか☆ チームチャーリーちゃんだねぇ☆☆☆』

 ダークスターは少し黙った後、話題を切り替えた。

「住民の安全確保はどう?」

『うんー☆ イイ感じです☆☆☆』

 イイ感じと言うのはどういった塩梅……と、ダークスターは心の中で呟いた。

 ADD出現の際、該当地域には緊急避難警報が発令される。住民たちはFGAFの判断する危険範囲より脱出しなければならない。

 異世界より出現する攻撃機──ADDは、主に人間の生命反応を優先して行動するとされているからだ。

 完全に避難を完了した場合、街を攻撃せず素通りした事例が多数存在する。

 人々は出来る限り遠くに退避するわけだが、戦闘機少女たちがADDを食い止められなかった時は……避難場所が攻撃され大惨事が起こってしまうだろう。

 避難誘導はFGAF直下の訓練されたSG(セキュリティ・ガード)が行う。ピクシーズは逃げ遅れた人のチェックや、単独で突出したADDを抑える役割を担っていた。

『ダークスターちゃん、待ちうた聴いてくれましたかぁー?』

 のん気な声に交ざる、ごうごうという低い振動音──電話口のシューティングスターがモジュールを拡げ、浮き上がったようだ。少女たちはLeD粒子による次元干渉で空気抵抗の大部分を無効化(キャンセル)しているため、高速移動中でも平常と変わらない会話を続けることが可能だ。

「スカイ・プリンセス、聴いた」

 随分耳から遠ざけて聴いたようだが……。

『ワァァーイ、聴いてくれましたぁ☆ 正式レコーディング・バージョンだよ☆☆☆』

「そう」

『スマイル生放送でもね、いっぱいコメが貰えたんだょ☆』

「生放送?」

『シューティングスター、生主(なまぬし)なんだよぉー☆☆☆』

「……」

 ダークスターは再び沈黙した。無表情ながら「意味が分からない」と言いたげである。

 補足しておくと、スマイル生放送とは動画共有サイト「スマイル動画」のサービスの一つである。ライブストリーミングによるユーザー生放送動画を配信する事が可能で、視聴者のリアルタイムコメント機能が特徴である。

 要するに、シューティングスターは動画サイトの生放送主=生主というわけだ。

『次に放送枠取ったら、ダークスターちゃんも一緒に歌ってみる?』

「いや、いい」

 即、断った。

『あっはっはー☆ 遠慮しなくていいのにぃー☆☆☆』

「絶対に嫌」

『もぉー☆ いつも面白いなぁー☆☆☆』

 本気で嫌がっているだけのようだが、何が面白かったのだろうか。

『じゃーね☆ パトロールに専念しますよー☆☆☆』

「了解」

 素っ気なく返事をしたダークスターは、スマートフォンを置くとモニターに視線を戻す。

 ちょうどその時、戦略地図上の表示に変化が生じた。中央アルプス──木曽(キソ)山脈を中心に展開しているアポロ級ADDの数が、急激に減少したのだ。敵機を示す▼記号が消滅した近くに、『キ-201火龍』『試製橘花』とマーキングされた▽が浮かんでいる。

「動いた……」

 じっとモニターを凝視して、ダークスターは呟いた。願わくは、ライトニングⅡを見付け出し本隊と合流してから……と思っていたが、やむなしであった。

<<二月二日午前八時二十分
       ──ライトニングⅡ消滅(ロスト)より二十五分後>>

「KK反応ですね……!」

 自身の高性能レーダー(AN/APG-63)が捉えたKK波に警戒し、イーグルは速度を落とした。

「アルファ・ワンより各機へ。モジュールを緊急発進(スクランブル)モードへ移行。巡航速度を私に合わせて下さい」

 イーグルは前方の中央アルプスを見据えたまま、後に続くメンバー──ラプター、ファイティングファルコン、心神──へと指示した。この四名が木曽山脈攻略のチームA(アルファ)である。明石山脈でホーネット率いるチームC(チャーリー)が待機中、飛騨山脈へはファントムⅡのチームB(ブラボー)が向かっている。

 作戦の第一目標はライトニングⅡの保護。

 KK反応の消滅した中央アルプスが優先されるため、学園より発進して先に南アルプスへ到達したチームCはADDを刺激しない距離を保って待機が命じられている。

「委員長、火龍ちゃんと橘花ちゃんが戦ってる!」

「このKK波は……そうですね。お二人のモノです」

 焦りを抑えたようなラプターの声に、イーグルは答えた。振り向かずとも、彼女がどんな顔をしているか分かっている。

「ライちゃんは……っ!?」

「識別できません。火龍さんたちが全力で反撃に出ているということは、この周辺にはいないのかも知れませんね」

「そんな……」

 この周辺にはいない──あるいは……。

 イーグルが口にせずとも、その最悪の予想は容易であった。

「お姉ちゃん……ライトニングさん、大丈夫だよね?」

 不安な感情に揺れた声は妹──F-16ファイティングファルコンのものだ。

 一〇〇を超えるADDの出現、生死不明の級友……この状況は、彼女たち十代の少女にとって重過ぎる。

 まして、イーグル姉妹にとって、今日は特別な日となるはずだったのだ。

「ファルちゃん、ラプターさん、心神さん」

 三人を振り返ったイーグルは、ニッコリと笑っていた。

 見る者に安心感を与える、温かな輝きを湛えて。

「まずは火龍さんたちと合流! みんなでライトニングさんを見付けたら、アポロ級のドローンをやっつけちゃいましょう!!」

 妖精学園の第一期生であり、無敗の戦闘機少女(ファイター・ガール)と呼ばれるイーグルには、絶大な信頼が寄せられている。

 実力のみならず、その年相応の少女らしい優しさ、柔軟さがまた「鋼鉄の妖精たち(ピクシーズ)」にとっての支えとなっていた。

 イーグルが拳を「シュッ!」と突き出してポーズを見せると、合わせて豊満なバストが上下に揺さぶられた。

「お姉ちゃん!」

「うん……分かったよ!」

「イーグルさん……私も、頑張ります!」

「デカイ!」

「ど、どこ見て言ってるんですか!?」

 ひとこと多かったラプターにツッコむと、イーグルは腕で胸を隠して赤面した。

 戦闘機少女たちの心は、時に脆弱で壊れやすい。

 彼女たちは決して軍人ではない──年端も行かぬ少女なのだ。

 互いにフォローし合って頑張らなければならない。

 だから──これでいい。イーグルは心の中で呟いた。

 早くライトニングⅡを救い出し、敵を殲滅する。そして、今日という日を取り戻す──イーグルの脳裏に、今朝まで抱えていた様々な想いが蘇って来た。

 ファイティングファルコンの誕生日。

 そして──。

<<二月一日午後九時三十分
       ──ライトニングⅡ消滅(ロスト)より十時間二十五分前>>

「はぁー……来年度の予算案、これでもかと言うほど絞ったものになってますね。予想はついていましたが、これはいくらなんでも……」

 戦闘機少女養成学園執務室──通称「委員長室」。

 諦めにも似た口調で愚痴を漏らしたイーグルは、ぐったりとして椅子に深く沈みこんだ。パソコンモニターには戦闘機少女管理機構(FGAF)より送られた資料──学園の来年度予算案が映し出されている。

 未知の侵略兵器ADDとの戦いは果てが無く、世界(セカイ)は常に戦闘機少女の発見と育成を求めていた。しかしながら、FGAFの資金繰りは年々悪化していると噂されており、当然ながら運営されている妖精学園にも影響が強く及んでいた。

 イーグルは瞳を閉じ「ううう~」と唸るような声を出すと、パソコン画面にネットブラウザーを呼び出す。

 ブックマークタブから『スカイキャット公式サイト』をクリックした。

 画面は一度暗転し、中央にプロモーショントレイラーが再生され始める。それは、現在公開中の新作映画の公式ホームページであった。

 映画の主演を務めるのは、煌めくブロンドが印象的な希代の美少女──ピクシーズの一人、F-14トムキャットである。FG基地(ファイター・ガールズ・ベース)の先駆けとも言える第84攻撃飛行隊(ジェニー・ロジャース)出身の彼女は、強さと美しさを兼ね備えた生え抜きの戦闘機少女だ。そして、そのスター性も一役買い、ハリウッド映画の主演女優として凄まじい人気を見せていた。妖精学園のクラスメイトでありながら、映画のクランクイン後は海外で生活する時間が多くなっている。

 このようなあからさまなメディアへの露出には、もちろん理由があった。

 実は、トムキャットが女優として得た収入の一部はFGAFに寄付という形で納められ、学園の運営費にも充てられているのだ。

「トムキャットさんへの負担が、また増えてしまいますね。このままでは……」

 イーグルは作業用に掛けていたメガネを外すと、バッと立ち上がった。思い詰めた表情でパソコンを離れ、おもむろに歩き出す。

 そして、「F-15Jイーグル」とネームプレートの入ったロッカーの前に立ち、その扉を勢いよく開いた。

「このままでは、委員長としての立場がありませんッ!」

 執務室に持ち込まれた個人用ロッカーの中から取り出されたのは──なんと!

 可愛いフリルで装飾された、クラシックなメイド服であったッッッ!!

「……」

 ハンガーに吊られたそれをじっと見据えたイーグルは、バババッと服を脱ぎ捨てる。下着姿になった委員長の、何という肉感──いや、失礼。スタイルの良さ。クラスの『幼女組』が羨むはずである。

「私も学園の資金を工面して、FGAFへの発言力をアップさせます! まずは喫茶店でアルバイトを……」

 決意を口にして、メイド服に着替え始めるイーグル。白と黒で構成されたクラシカルな色調である。足は黒のニーソックス、首はリボン付きのチョーカーを巻き、胸元が大胆に開いている──って、これは少々マニアックなデザインではないだろうか?

「ああっ……キツ、ぅう……」

 ボリューム満点の身体を押し込めたイーグルは、パンパンに膨らんだバスト周りに視線を落とした。

「うーん、やっぱり胸が……ふぅ……サイズはちゃんと伝えたはずなんだけど……」

 眉を寄せたイーグルの頭の中に、ある二人の少女の顔が浮かんだ。

 ──えっ? アルバイト? 委員長の友達が探してるって?

 はい、そうなんです! 私じゃないんです、私の友達の話なんです。その子は今までバイトをしたことが無いんですが、とある事情で資金を調達する必要がありまして……。

 ──ふぅーん。初めてのバイトなんだぁー。じゃあ喫茶店のウエイトレスなんかいいじゃん?

 ああ、いいですね。簡単そうですね。

 ──うんうん。じゃあ知り合いの喫茶店に訊いてあげるよ! 面接無しで即採用もあるよ。

 ──おっ、スゴイじゃん。

 ええええっ!? そ、そんな楽に雇ってもらえるお店があるんですか?! スゴイ!!

 ──時給もいいよ。

 ──ん、もしかして……。

 ──シッ!

 ???

 ──制服借りて来てあげるから、スリーサイズを教えて?

 はい、分かりました。上から──……。

「確かに、間違いなく伝えたと思うんだけど」

 イーグルが腕を組み考え込むと、お馴染みの「グイッと押し上げられた」状態になる。今は胸が大きく開いているため、いつもより危険である。

「それにしてもこの制服……可愛いけど、何だか違和感が……?」

 ロッカー扉の鏡に映った姿を、イーグルは不思議そうに眺めている。

 それもそのはずです、委員長さん。喫茶店は喫茶店でも、コスプレメイド喫茶だと……!

 真面目なイーグルにその発想は無いのだろう。メイドの格好をしたままパソコンに座ると、メガネを掛け直して事務仕事を続けた。

「さて、お仕事を早く終わらせなきゃ。明日は──」

 ひとりごちるイーグル。そう──翌日は妹の誕生日であり、イーグル姉妹にとって大事な一日となる予定であった。

<<二月一日午後十時
       ──ライトニングⅡ消滅(ロスト)より九時間五十五分前>>

「おやすみファルちゃん!」

「はい、おやすみなさい! ライトニングさん、ラプターさん、心神さん!」

 夜のPCルームを出た四人は、管制施設のある校舎──管制塔とも、管制棟とも呼ばれている──から出ると、寄宿舎へ入った。

 エレベーター前にて、

「じゃあ私は、スカイまーとでお買い物してから上がります!」

 元気よく言うと、ファイティングファルコンはぺこりと頭を下げた。ポニーテールを結わえた長いブルーリボンが、ひらひらと躍る。

 ピクシーズたち御用達のコンビニ──「スカイまーと」は、寄宿舎一階に設置されていた。営業時間は平日12:00pmより、23:00pmである。土日祝は7:00amより開店。

「かしこまりました。おやすみなさい、ファル子さん」

 丁寧に頭を下げた心神の言葉に、

「ファルコさん……」

 ラプターは目を細めた。ファイティング”ファルコ”ン──ファル子。例によって、心神が考えた呼び名である。

「金色(こんじき)の?」

 ラプターが背後に、目線の入ったドルフ・ラングレンを背負って呟く。

「ラプターちん、やめなさい」

 自重しないラプターを睨んだライトニングⅡは、ふと思い出して、

「あ……明日ってファルちゃんのお誕生日だっけ?」

 と訊いた。

「はい、そうですよ。十四歳になります」

 にこやかに答えるファル。

「そーかあー。じゃあさ、お誕生日会とかしない?」

「委員長の手作りパーティー料理盛りだくさんお願いします!」

「ラプターちん、もうヨダレがっ!」

 ライトニングⅡの提案に、ファルは少し困り顔を浮かべた。

「お気持ちは嬉しいのですが……実は、誕生日というだけではないんです」

「そうなの?」

 ファルは頷き、

「両親の……命日でもあるんです」

 と言い、ラプターとライトニングⅡを慌てさせた。

「「えっ!?」」

「あ、お気になさらないで下さい! 両親が亡くなったのは、私が赤ちゃんの頃でして……。命日の事も、一年ほど前に知ったんです。だから、あまり実感はないんですよね」

 ファルの説明にライトニングⅡたちはコクコクと頷いた。

 ──と、

「お誕生日……命日、です……」

 心神は首を傾げて呟いている。またもや、彼女がたまに見せる「生まれたばかりの雛鳥顔」である。

「この世界に生まれた日が、お誕生日です?」

「うん、そうだよ。ここにゃんのお誕生日っていつ?」

 心神の妙な質問にも慣れっこになってきたライトニングⅡに、

「私ですか? こちらに転校して来る前の日でした」

 それはつい先月──四国(シコク)沖にてADDと初の戦闘を行った前日という事になる。ライトニングⅡに至っては、心神と初めて出逢った日でもあった。

「ああ、そうなんだ! 誕生日の次の日が転校初日なんて、大変だったじゃん!」

「はい。あの時は分からないことだらけで……。実は、八月に延期するという案もあったのですが……」

「転校して来る日を?」

 訊いたラプターは、次の心神の答えに目を丸くした。

「いいえ。お誕生日の方を、です」

 その言葉の意味を咀嚼するのに、三人はしばらくの沈黙を要した。

「誕生日を……延期?」

 ポカンとした顔で呟くファルに向かって、ラプターは無言で首を横に振った。心神の謎発言は、時にスルー推奨である。

 ライトニングⅡはパーカーからスマートフォンを取り出すと、時計代わりに時間を確認した。『アタックモンスターズ』アプリの人気キャラクターシールでデコってある、スマホカバーである。

「あー、遅くなったじゃん。引き留めてごめんね、ファルちゃん!」

「いえいえ、楽しかったです!」

「明日は委員長とキャッキャウフフしてね!」

「しません♪」

 などとじゃれ合いながらも、少女たちは自室へと帰って行った。

 そして──夜が明け……。

<<二月二日午前八時三十分
       ──ライトニングⅡ消滅(ロスト)より三十五分後>>

 イーグルに指揮され、チームAは木曽山脈上空に差し掛かった。雪解けの残る圏谷を下に、少女たちは火龍、橘花との合流を目指す。

「……お姉ちゃん」

 先導するイーグルの姿を追いながら、ファイティングファルコンは小さく呟いた。

 その心に蘇る、一年前の今日──。

 その日……ファイティングファルコンは生まれて初めて、両親の写真を見た。

 まだ幼かった妹へ配慮して、イーグルは敢えて両親の事を語らないという道を選んでいた。だが、ついに──ファル自らが「両親について知りたい」と願ったのである。

 彼女たちの両親が亡くなったのは、十三年前のことだ。当時イーグルは五歳、ファルは一歳という幼さであった。姉妹はとある施設に引き取られ、しばらく暮らす事になる。

 物心ついてからずっと、イーグルはファルの親代わりであった。

 ファルの脳裏には、一年前に見た両親の画像データがチラついていた。当然ながら、彼女自身に親の記憶はない。だから、ファルは決めたのだ。

 一年に一度だけ──両親を偲んで、想いたいと。

 その、大切な一日。

 両親に関する写真などは、全てイーグルが保管していた。そのフラッシュドライブがどこにあるのかも、ファルは知らない。

 桜色の唇をかみしめ、ファイティングファルコンはモジュールを駆った。

「ADDをやっつけて、ライトニングさんを見付けて──帰らなきゃ……!」

 決意の色が乗った瞳で、ファルはLeD粒子の操作に集中した。

 木曽山脈に展開していたADDの姿は、既にない。火龍や橘花の攻撃によって、そのほとんどが撃墜されてしまったのだろう。

 ──やがて。

「アルファ・ワンより各機へ! 前方に火龍さんと橘花さんの姿を確認! 降下します!!」

 激しい戦闘の爪痕を刻んだ圏谷に、寄り添う二人の少女の姿が見え、四人はエンジン推力を高めた。

<<二月二日午前八時三十五分
       ──ライトニングⅡ消滅(ロスト)より四十分後>>

「敵さんは動きません☆ きっと、寝てるんですねぇー☆☆☆」

 中央アルプス──駒ヶ岳麓の上空を、シューティングスターは飛行していた。南アルプスのADDは固定されたように動きが無く、ホーネット率いるチームCが見張っていた。チームB──ファントムⅡたちは中央アルプスを大きく迂回し、北アルプスへと飛んでいる。

 この間に、地域住民の避難はほぼ完了していた。

「ロープウェイに乗ってみたい☆」

 木曽山脈を見上げて、アイドル衣装のシューティングスターは呑気に呟く。

「山の上には大きなホテルもあるんだねえ☆ ライトニングちゃんは、そこに隠れているのかなぁー?」

 攻撃班に組み込まれていないシューティングスターは、哨戒飛行を続けながら住宅地域をグルグルと廻っていた。勿論、所在が不明なライトニングⅡを発見する目的も含まれている。

 決して、遊んでいるわけではないのです。

 再び麓の町へと飛んだシューティングスターは、人気(ひとけ)の無くなった建物の間を小さな影が通り過ぎるのを見た。

「──ああっ、誰だぁー☆」

 ターボジェットエンジン(アリソン J33-A-35)を点火し、シューティングスターは人影を追った。ライトニングⅡを発見すれば、大手柄である。

 ヒラヒラの衣装をはためかせ、アイドル少女はアスファルトに降り立った。脚部降着装置(アンダーキャリッジ)がステアリングを軋ませ、「キュッ」と鳴る。

 シューティングスターは両手を水平に広げ、バランスを取るような姿勢で、

「ちゃくりくぅ☆☆☆」

 と陽気な声を上げた。人影の消えた辺り──大きなスキー場の入り口へと視線を巡らせる。

「ライトニングちゃんですかぁー☆ しゅーたんですよ、怖くないよぉー☆☆☆」

 やや意味不明な言葉を発しながら、シューティングスターはスキー場の門へと近付いて行った。門は施錠されておらず、少し隙間が開いている。

「ADDじゃありませんよぉー☆」

 当然である。

 門前まで来ると、隠れていた人物が扉の間からスッと姿を現した。

 それはライトニングⅡではなく、幼い一人の少女であった。

「あっ、かわいい☆☆☆」

 子犬のぬいぐるみを抱いた少女は、警戒した様子でじっとシューティングスターを見ていた。逃げ遅れた住民だろう。

 セキュリティ・ガードによる住民避難は迅速さを重視されており、規定に基づいて誘導を開始する。よって、想定外の逃げ遅れる住民に関しては、保護の対象外とされているのだ。

 たとえそれが、年端も行かぬ幼子であったとしても。

「……」

 女の子は、戦闘機モジュールを背負ったアイドル衣装のシューティングスターを、よく分からない物を見る目で凝視している。

 シューティングスターは、笑顔から「キラリ☆」と星を飛ばして、

「おっはよー☆ あたしは空のお姫さま、シューティングスターでぇぇぇぇぇす☆☆☆」

 いつものテンション高めな声を出し、対して女の子は「ビクッ」とした。

「……お姫さま?」

 怪訝そうな声で訊く女の子。

「うん、そーだよぉ☆ スカイ・プリンセス☆☆☆」

「……プリキュア?」

「プリキュアじゃないよぉー☆ シューティングスターちゃんだよ☆☆☆」

「しゅー……?」

 明るいシューティングスターの態度に、少しずつ女の子の警戒心も薄れていくようだ。

「しゅーたんです☆」

「しゅーたん……」

 オウム返しに呟く女の子に、シューティングスターはシルバーのドレスグローブをはめた手を差し出した。

「お嬢ちゃん、一人ぼっち?」

 ギュッと、その手を握り締めて女の子は頷く。

「幼稚園でハナちゃんを探してたら……みんな、どこかに行っちゃった」

 そう言うと、抱いていた子犬のぬいぐるみを持ち上げた。

「ハナちゃん。柴犬、一歳、メス、ごはんが大好き」

「かわいいですねー☆ わんわんっ☆☆☆」

 シューティングスターが犬の鳴き真似をすると、緊張気味だった女の子の表情に初めて笑みがこぼれた。

「あっはっはー☆ じゃあ、しゅーたんといっしょに安全なところまで避難しよ☆☆☆」

 その促しに女の子は、

「悪いドローンがいっぱい来るの?」

 と質問した。

「んー☆ そうなんだけど、つよーーーいお姉さんたちがやっつけてくれるから大丈夫だよ☆」

「お家は燃やされない?」

 女の子は、その純粋な瞳に不安の影を浮かべていた。

「あのね……むかーし住んでいたお家は燃やされて、ご近所の人も大勢亡くなったんだって。パパとママが言ってた。悪いドローンが飛んで来たからだって……」

 戦闘機少女が活躍する以前、人々はADDに対して圧倒的に不利な立場であった。異次元空間より実体化する敵ドローンが一度市街地に侵入してしまったら……もはや、人死には避けられなかった。

「……大丈夫」

 シューティングスターは屈み込んで、女の子と向き合った。

「この空は、もう悪いドローンの好きにさせない☆ 絶対だよ!」

「本当に!?」

 シューティングスターの力強い宣言に、女の子の目がキラキラと輝いた。その瞳に笑顔を返し、

「ホントのホント! ピクシーズのお姉さんたちは、とおーーーーっても強いんだゾ☆☆☆」

 と言うと、女の子はピョンピョンと飛び跳ねて喜んだ。

「良かった!」

 無邪気に笑う、その様子に──シューティングスターは、感じていた。ADDに抵抗できない多くの人たちがいて、常に生活を脅かされているのだという事を。

 そして、その人々のために戦闘機少女が必要なのだ──と。

 シューティングスターはニッコリと笑って立ち上がると、

「よーし、この地域の人たちが移動した避難施設へ行こうね☆ きっとパパとママが心配してるよ☆☆☆」

 スマートフォンを取り出し、地域を検索しようとした。だが、ちょうどその時……スマホから着うた──やはり「スカイ・プリンセス」──が流れ出し、ディスプレイには『ダークスターちゃん』と表示された。

「あ、電話だ☆ ちょっとゴメンね……。もしもぉーし☆ シューティングスターです☆☆☆」

『知ってる』

 にべも無く言ったダークスターは続けた。

『状況報告して』

「えーっと、要救助者一名を確保☆ これより近くの避難所まで移動しまーす☆☆☆」

『ライトニングⅡは?』

「まだ見付からないんだよぉー……」

 ぐっすん、と肩を落とすシューティングスター。

『そう』

 電話口のダークスターの声も、心なしかトーンダウンしたようだ。

『……引き続き探して』

「うん、分かったよー☆」

 シューティングスターが答えると、スマートフォンはしばし沈黙した。

『…………』

「?」

 なんだろう、と首を捻ったところ、ダークスターが話し始めた。

『さっき言ってた生放送について、少し調べた』

「えっ? ああ、スマイル動画?」

『そう』

 思い掛けない話題に、シューティングスターはビックリした。もしや──?

「一緒に歌ってみますかー?」

『それは、絶対に、嫌』

「ですよねー☆」

 まさか、と思ったけど違いました。

『ライトニングⅡが見付かったら、また言う』

「ええええええ☆ なになに、気になるよぉー?」

『ダメ、秘密』

 素っ気なく答え、通話は切られた。

「お友だち?」

 すっかりなついた女の子に、

「うん、そーだよぉ☆☆☆」

 と答えたシューティングスターは、LeD粒子の輝きを帯び始めた。

「ふわぁー。お姉ちゃん、光ってる!」

 KK能力による飛行は、戦闘機モジュールの推進力で行われる。その際の次元干渉保護──空気抵抗や摩擦から生じる熱の遮断効果など──は、KK能力者を中心として一定範囲内に及ぶ。LeD粒子の操作ミスや、同行者の急な離脱が無い限り、非能力者を連れて飛ぶ事も可能だ。

「お待たせー☆ 今からお空の旅に出発しよぉーーーー☆☆☆」

 元気よく言ったシューティングスターは、両手を広げると、

「おいで☆」

 とウインクして見せた。その胸に飛び込んだ女の子を抱っこすると、

「しっかり掴まっててね☆ 行っくよぉーーーー☆☆☆」

 二人の少女は、ふわり……と浮かび上がった。

<<同刻>>

「異世界……」

 愕然として呟いたライトニングⅡは、その言葉の意味を思い身震いした。

 見慣れぬ風景、消滅しないADD、そして──心の奥底から湧き上がって来る違和感。

 目で見えている物──いや、自分の身体さえも構成する全ての原子を裏返されたような、不気味な感覚。ライトニングⅡは、ペタペタと自分の顔を手で触った。

 あたしであってあたしでない。

 大地であって大地でない。

 空であって空でない。

 では、いったいここは──何なのか?

 肺に吸い込む空気まで異質に思え、ライトニングⅡは慎重に──ゆっくりと深呼吸をした。

 この感情……初めてではない!

 彼女はハッキリと自覚した。これは、一年ほど前から繰り返し感じた、忌々しい悪夢と同じ気持ちだ。

 ただ──今回ばかりは、夢のように曖昧ではない。

 現実だ。

「異世界なんだね……。それも、敵が存在する世界……!」

 ライトニングⅡは、斜面に半ば埋もれたアポロ級ADDの残骸から離れた。LeD粒子で構成された複製ではない、実体を持ったドローン。

「本当にあるんだ、異世界。まるでRPGかラノベの主人公になった気分……でもないか!」

 重く圧し掛かるような昏い空を見上げて、ライトニングⅡは自嘲気味に言う。戦闘機モジュールを召喚する力は、未だ失われたままだ。

「お約束としては『あたしtueeeee!!!』って感じのチートスキルを授かってもいいモンだけど……それどころかペナルティを負ってる感じじゃん。諸君、異世界に転生しても良い事があるとは限らないみたいだヨ……」

 ぶつぶつと勝手な事を呟く。

 どうにか下山したくて辺りを見回すと、切り立った断崖の下方に建物が見えた。

 しかし──。

「ホテル……かな。だけど……」

 眼下に見える光景は、凄惨な物だった。

 かつては宿泊施設だったのが辛うじて分かる程度に、そのホテルは破壊され、朽ち果てていた。元が何階建ての構造であったのかも見て取れないそれは、何らかの爆撃の直下に晒されたと見える。

 その破壊の跡をADDと結び付けるのに、ライトニングⅡは少々の時間を要した。

 何故ならば──廃ホテルと化した建物は、既に高原の植物に侵入され、時間が停止されて久しい──というところだったからである。

「ここにもドローンがいて、破壊行動をしているとしたら──あたしたちの世界よりずっと前から受けているみたいだ……」

 崖の上より、ライトニングⅡは廃墟と化した施設を見下ろして呟く。破壊は建屋のみにとどまらず、併設されていたと思しき小屋にも及んでいる。彼女は、そちらに注目した。

「あの建物……ロープウェイ小屋だったのかな?」

 崩れ落ちた小屋から急斜面へ、数本のワイヤーロープが伝わって伸びている。少し離れた場所へ、ロープウェイのゴンドラであろう残骸も転がっているようだ。

 再びホテルの跡地へ視線を移したライトニングⅡは「あっ」と漏らした。

「ホテルの看板が埋まってる! こま……『駒ヶ岳(こまがたけ)』……? 『駒ヶ岳ホテル』……かな。じゃあ、ここはやっぱり中央アルプスじゃん……!」

 ライトニングⅡが「異世界」と感じたこの場所は、信じがたい事に木曽山脈駒ヶ岳の山頂付近のようであった。しかし、撃墜される以前に彼女が見ていた風景と、今の様子は全く違っている。

 眉間にしわを寄せ、ライトニングⅡは思考を巡らせた。

「つまり……うーんと、どういうことなのかなー? こんな時、ラプターちんなら状況をマンガやアニメに喩えて説明してくれるんだけど……。モジュールは召喚できないし、スマホもどっか行っちゃったし……」

 地面に座り込むと、短く切り揃えたライトグリーンの髪をぐしゃぐしゃと掻き回したライトニングⅡ。自らの位置を確認しようにも、何の通信手段も持ち合わせていないのだ。

 困った顔で崩れたホテルを見ていると──。

「……何か動いた」

 瓦礫の奥で、黒い物体が蠢いている事に気付いた。

 思わず息をひそめ、その「何か」を凝視したのは──見えている物体が異様な姿を現したからであった。

 焼けたコンクリートの隙間からゆっくりと、漆黒の塊が、じわじわ染み出すように移動している。ぬらぬらとした黒光りを湛えた無定形のそれ──あるいはそいつ──は全身を不気味に蠕動させ、廃墟を徘徊した。大きさは一メートルほどあろうかと思われる、奇妙なスライム状の──生き物。

 遠目から見ていたライトニングⅡだが、それでも肌が泡立つのを感じていた。

「ひええ……気持ち悪ぅ……。もうあたし、異世界チート系のラノベに夢を見るのをやめます」

 それこそラノベのタイトルの如き独り言を口にしたライトニングⅡは、そっとその場から離れようと立ち上がった。

 その時。

 ポン……と肩を叩かれたような気がして、ライトニングⅡは猛然と振り返る。

「誰!? ──うわ、まぶしっ!」

 視界に広がった輝きに、ライトニングⅡは思わず悲鳴を上げる。

 その双眸が開かれた時──彼女の良く知る、一人の少女が映った。

「……ここにゃん!?」

 そう、そこには──虹色に発光するKK波に包まれた、ATD-X1心神が……佇んでいた。

<<同刻>>

「火龍さん、橘花さん!!」

 駒ヶ岳の圏谷──千畳敷カールへと降り立ったイーグルたちは、脚部ギアに高山植物が絡み付くのも構わずにクラスメート──火龍と橘花へと駆け寄った。

「おー、委員長。うーっす」

 手を上げて言った火龍は、試製橘花の膝の上で抱きかかえられるように横になっていた。モジュールは破損し、着衣は焦げ落ちている。

 その状態に、イーグルは息を呑んだ。

「──怪我をっ!?」

「いや、大したことはねぇーよ」

 言葉とは裏腹に、青ざめた顔で手を振る火龍だが、

「委員長さん、ごめんなさい。橘花が足を引っぱったせいで、火龍に怪我をさせてしまいました。申し訳ないのですが、どこか治療の施せる場所へ……」

 火龍を抱いた試製橘花がイーグルへ頭を下げた。

「分かりました。近隣施設の住民は退避しているので、少なくとも54海里(ノーチカルマイル)は飛ばなければ病院はないでしょうね」

 火龍と橘花の疲弊具合から見て、自力飛行での移動は無理だろう。FGAFへ救護班を要請するか、誰かが抱えて病院まで連れて行く必要がある。

「火龍ちゃん!」

「火龍センパイ……」

 ラプターとファイティングファルコンが、心配そうに火龍たちを囲む。

 その後ろに──心神は立っていた。

 同じく火龍たちの身を案じ、落ち着かない様子である。

 イーグルと共に火龍と橘花を追って来た心神。では、ライトニングⅡの前に現れた輝く心神は──?

「火龍さんと橘花さん」

 軽く咳ばらいをしたイーグルは、ぐっと胸を押し上げるように腕組みをして二人を見た。ラプターとライトニングⅡの大好きな「例のポーズ」である。

 そして、

「お二人とも、厳罰に処します」

「お姉ちゃん!?」「委員長!?」

 色めき立つラプターとファルに構わず、イーグルは続けた。

「私への報告も無く出撃し、結果としてピクシーズ全体の統率を乱し、与えられている制空権内を危険に晒しました。そのこと、理解していますか?」

 穏やかでありながらも抗うことを許さない──妖精学園のトップガン少女の迫力。火龍と橘花には、返す言葉も無かった。

 だが、一人だけ──この場で異を唱える。

「お姉ちゃん」

 それは、ファイティングファルコンであった。

「はい」

 後ろを振り返ることも無く、姉が返事をする。

「センパイたちは、あたしのために気を遣ってくれたんだよ。あたしの誕生日だから、お姉ちゃんと二人で過ごす大事な日だから──」

「……」

「だから、二人を責めないで……」

 妹の懇願を聞きつつも、イーグルは首を縦に振るわけにはいかなかった。ピクシーズに、厳格な意味での軍規は存在しない。それは何をやっても許されるという意味ではなく、世界を護る上で最も良い戦いをするために、少女たちが──そしてイーグル自身が望んだスタイルなのだ。

 だからこそ、少女たちが少女たちのために、戒めなければならない時もある。

「まだ、ライトニングさんの無事が確認できていない以上……この件は保留と致します」

 火龍に背を向けたイーグルは、まだ難しい表情で目を伏せている。

 そして、火龍と橘花もまた──覚悟していた叱責を受けて言葉を発する事も無く俯いていた。

「そうだよ、ライちゃんは……どこ行ったの?」

 心配でずっとそわそわしているラプターが、一歩前に出た。ブロンドを高原の風がなびかせ、彼女の美しさに影を落としているかのようだ。

 その問いに火龍は顔を上げて、

「ライトニングは──……」

 ラプターと目が合うと、言い澱んでしまった。その様子に、ラプターは胸の中に冷たく染み渡る感情を抱いた。

 すなわち──絶望感。

 ファイティングファルコンが、心神が、イーグルが──やはり、火龍の言葉の先を想像し、表情を凍らせる。

「ライトニングさんは……橘花たちの目の前で……撃墜されました……」

 衝撃が──音となって伝わったかのような錯覚を、少女たちは味わった。

 火龍に代わって発言した試製橘花は、みるみるうちに大粒の涙を浮かべていく。

「そ、そん……な……」

 ラプターはめまいを覚えつつ呟くと、火龍と橘花を交互に見た。目を合わせようとしない二人の様子に、ラプターは最悪の予感が当たってしまったことを思い知らされる。

「ライトニング……さんが……」

 目を丸くして繰り返した心神の隣で、ラプターの身体がぐらりと揺れた。咄嗟に、イーグルとファルがラプターを支える。

「「ラプターさん!!」」

 姉妹にしがみついたラプターは、力なく、

「ライちゃん……嘘だよね、ライちゃん……」

 と震える声で漏らした。

「橘花さんの目の前で撃墜……」

 ラプターを支えつつ橘花の言葉を反芻したイーグルは、そこに違和感を感じて虚空を睨んだ。

「おかしいですね。橘花さんたちが接触する前に、ライトニングさんのKK反応は完全に消滅したはずでしたが……」

 その瞬間を見ていないイーグルにとって、正確な推測をすることは不可能であった。しかし、能力者がモジュールを解除してKK波を抑えたとしても、そこに必ず残滓が残る。火龍と橘花が到着した時、既にライトニングⅡはいなかったのではないか──イーグルは、そう予測していたのだ。

 そう、学園から姿を消した時のように──まるで、瞬間移動でも行い、遥か彼方へと転移(ジャンプ)したのではないか、と。

 KK能力者による次元干渉は、時に思わぬ特殊な現象を引き起こす。感情の起伏によって電撃を誘発するライトニングⅡに、新たな能力が発現したのかも知れない──などと、イーグルの思考はグルグルと廻っていたのだ。

「ラプター、すまねぇ……。間に合わなかった……」

 苦渋に満ちた顔で火龍が言ったが、ラプターの耳には届いていないようだ。

 ラプターの脳裏には、戦闘機少女養成学園に入学してからこれまで見て来たルームメイトの顔が、明るく元気な声と共にいくつもいくつも浮かんでは消えていた。

 ──おっすー! あたしの名前はライトニングⅡ! よろしくぅ!

 ──くぉらぁー! ラプターちん、まぁぁぁぁぁた暴走しちゃって! 少しは自粛しろぉぉぉぉ!!

 ──いいんちょーってさ、おっぱいデカすぎない? 特大の肉まんみたいじゃん……うわっ、何でヨダレ垂らしてんの!?

「……っ」

 膝を折ったラプターの視界は、溢れる涙で歪んだ。瞼の裏に浮かんだ親友の笑顔は、次々に闇の彼方へ消え去って行く。言葉に出来ない寂寥感に、ラプターの心は押し潰されそうであった。

「ラプターさん……」

 頭上から、心神の呼ぶ声が降って来た。だがしかし、ラプターには答える事が出来ない。

 うなだれて嗚咽を上げるラプターの姿を見て、イーグルたちもまた頬を涙で濡らしていた。

 だが。

「……?」

 ラプター以外の全員が、心神を見た。

 彼女は──瞳を閉じると両手を広げ、空へと向けていたのだ。

 ──一体、何を……?

「ラプターさん」

 再び、心神はラプターを呼んだ。

「心神……さん……ライちゃん、死んじゃったって……イヤだよ。ねぇ……そんなの、イヤだよぉ……」

「ラプターさん!」

 カッと目を開き、三度(みたび)ラプターを呼ぶ!

「イヤだよぉぉぉ! ライちゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんんん!!」

 ラプターが顔を上げ、空に向かって絶叫した時──。

 バシィィィィィィィィ!!

 心神が手を伸ばした上空から七色の凄まじい閃光が迸り、形容しがたい炸裂音のような轟音が辺り一帯に響き渡った。

 そして──……!

「こ、この輝きは!?」

「お姉ちゃん! 光の……光の中に!!」

「おい、まさかッ!?」

 七色に輝くLeD粒子の煌めきに包まれた少女が虚空に出現し、馴染みの深い悪戯っぽい笑顔で言った。

「ラプターちん……あたしを呼んだ?」

 呆然と見上げるラプターたちに、ライトニングⅡは元気良く叫んだ。

「ただいまっ!!」

 その笑顔に心神が微笑み返し、落下して来た身体を受け止める。

二月二日午前八時四十五分──ライトニングⅡ、帰還。

<<南アルプス──明石(アカシ)山脈上空>>

「──なんだ、このKK波のパターンは……?」

 中央アルプスを仰ぎ見たF/A-18ホーネットは、モジュールのレーダーFCS(SGP-65)からLeD粒子の特殊な波長を感じていた。

「誰の物でもあれへん──まして、ADDとも違う波長どすなぁ……」

 おっとりとした京弁で呟いたのは、チームC(チャーリー)に配されたT-4ドルフィンである。ホーネットの出で立ち──黄色と黒のストライプカラーのコーディネイト──と、艶やかな振袖の上から戦闘機モジュールを装着したドルフィン。そして迷彩ジャケットのF-1、水着(ビキニ)(!)スタイルを貫くF-2バイパーゼロ。この、明らかに「ミスマッチ」な四人こそ、ピクシーズでも屈指の撃墜数を誇るチームであった。

「委員長たちのチームに、何かが起こっているのでありましょうか? それにしても、この状況──」

 エフワンがチームメイトに視線を巡らせると、やはり、全員が頷いて見せた。

 そして水着愛好者(ビキニスト)──バイパーゼロが、

「エフワンちゃんも気付いた? ワタシの──両親より受け継がれしビキニが鳴動している事をッ!」

 虚空に「!?」を浮かべたホーネットとドルフィンがエフワンを見る。それを受けたエフワンは、キリッとした表情で言った。

「そんな事は知らないであります!」

 アメリカ人の母を持つ金髪碧眼のビキニ少女──バイパーゼロは、独自の「怪しげな世界」を広げ始めた。

「それはッ! エフワンちゃんのビキニ力(ちから)が足りないからデス! 今すぐ『ビキニ教』に入信すれば、『空と海を支配する』と言われるビキニの恩恵を授かります」

「『空と海』でありますか? 『陸』で行われるサバゲーは支配できないのでありますか?」

「えっ? ああ、じゃあ『空と海とサバゲーを支配する』と言われるビキニに変更」

「入ります!」

「おいおい、お二人さんッ!」

 と、渋い顔をしたホーネットにも構わず、

「……しかし、支配すると言われるとは、誰に言われるのでありますか?」

「ワタシでーす」

「入りません!」

「その辺でやめよし。もう、気付いてはりますやろ?」

 たしなめるドルフィンの言葉に、エフワンとバイパーゼロは少し緊張した面持ちで笑った。

 四人は、明石山脈に展開したアポロ級ADDを上空から見下ろしていた。その数──ざっと一〇〇機。

 そして、今──そのドローンたちが一斉にKK波を発生させ始めていた。

 ──動き出す!!

「うちが山脈を突っ切って撹乱しまうさかい、あんじょうよろしゅうおたの申します!」

 ドルフィンの展開した戦闘機モジュールには、スモークディスチャージャーが装備されていた。対ADD戦におけるホーネットチームの基本戦術──陽動のドルフィン、ホーネットとバイパーゼロによるダブルアタック、エフワンによるサポート&ディフェンス。

「ワタシたち……五〇機以上のADDを一度に相手する──んだよね?」

「上等じゃない! 委員長なんてキルレシオ115:0って言われてるじゃんよ!!」

 各々の戦闘機モジュールを緊急発進(スクランブル)モードにチェンジさせ、いよいよホーネットチームは戦端を開こうとしていた。

 LeD粒子の胎動を意識しながらホーネットは、心の中で一言だけ呟く。

 ──ファル、あんたも……!

 と。

<<北アルプス──飛騨(ヒダ)山脈日本(ニホン)海側>>

「主人公は最後に登場するモノ……まさしく、月を統治する月光の女神(レディ・ムーンシャイン・ダウン)となる妾に相応しい舞台(ステージ)……ふふふ……」

「せやな」

 F-20タイガーシャークの白けたような相づちを気にした風もなく、相変わらずのゴシックロリータ趣味のヒラヒラ衣装を纏ったF-4EJファントムⅡは続けた。

「ああ……月が妾の出撃を祝福しているかのよう……。そうでありましょう、サイドワインダー?」

「月、出てへんけど」

 ついにムッとした顔で、ファントムⅡはタイガーシャークを睨んだ。

「いつの日か月の女神に転生する妾には見えるのです! それに、妾はサイドワインダーとお話ししおりますの!!」

 手にしたヘビのぬいぐるみを示した厨二病全開少女に、タイガーシャークは力なく笑った。

 ファントムⅡとタイガーシャーク、そしてもう一人──F-117ナイトホークは、北アルプス麓の町を巡回していた。シューティングスターと同じく、地域住民の安全確認のための飛行である。

「あう……避難完了……三回目の確認終わり……」

 彼女たちチームB(ブラボー)は、念入りなパトロールを行っていた。飛騨山脈に展開したADDも、やはり停止したように動きが無かったからだ。

 しかし、中央アルプスから未知のKK波が、そして南アルプスから大軍のADDの活動を感じ取り、三人は状況の変化を悟った。

「残ったこちらのADDが動き出すのも時間の問題ですわね! パトロールを切り上げて、ADDの動きを封じて先手が取れる位置まで移動致しましょう!」

 出番だ出番だと張り切るファントムⅡに対して、タイガーシャークとナイトホークは静かなものだった。二人は特に無駄口を叩くことなく、麓の町から撤退するファントムⅡに続く。

「異世界から来た愚かな侵略兵器たちよ……その無機質な瞳に焼き付けるが良い……。この世界には、ファントムⅡという名の守護天使が──」

「あかん」

 飛騨山脈を上り始めた頃──タイガーシャークが漏らした。

「なんですの?」

「あかんわ。やってもた……」

 表情を曇らせるタイガーシャークに、ファントムⅡは怪訝そうに訊いた。

「だから、なにがやってしまったんですの?」

「よう見いや……」

 答えた彼女は、スッと遥か前方を指さした。

「アポロ級ADD、さっきはあのラインまでおってん……」

「ええっ!?」

 その指摘に驚愕したファントムⅡ。三人は、エンジン推力を全開にして山頂を目指した。

 そこで見た物は……。

「あかん」

 再度呟いたタイガーシャークの隣で、ファントムⅡは青ざめていた。

「一〇〇機のADDが……いなくなってしまいましたの……!」

 飛騨山脈を中心に展開していたドローンたちは、三人が目を離した隙に姿を消してしまっていた。

「あう……きっと、他の山脈のKK波に……反応したんだね……」

「大変ですわ……! 妾の……妾の活躍が……!!」

「お預けになってしもたな──って、そこかいな!」

 そこかいな、そこかいな、そこかいな……ツッコミは、山彦となって空しく響き渡った。

<<中央アルプス──木曽山脈>>

「ライちゃんッ!!」

 驚きと喜びが混ざり合った表情で、ラプターは叫んだ。

 心神に抱き留められたライトニングⅡは、やや疲労が浮かんだ顔で笑って見せる。

「えっへへへ……どうにか、帰って来れたぁ~」

「ライトニングさん、ご無事でっ!?」

「いいんちょー、あたし……とんでもない目に遭ったよぉ~」

 ライトニングⅡは、ペタンと地面に座り込んで言った。

「ライトニングセンパイ、大丈夫ですか!?」

「うーん……まだ力が出ないや」

 異世界へ転移した時と同じく、彼女の手足は自由が利かなかった。

 だが、

「でも、この感じ──もしかしてッ!」

 大きく深呼吸したライトニングⅡは、意識を集中させた。その身体の周囲に、キラキラとLeD粒子が光を反射し、集まって行く。

 ライトニングⅡは、歓喜の表情を浮かべた。

「やったぁ! KK能力が戻ってるぅー!!」

 しばらく失われていたLeD粒子を操作する力が、ようやく蘇っていた。

 級友の生還に、ピクシーズの少女たちはホッと胸を撫で下ろす。

「ライトニングさん、いったい何があったのですか?」

 委員長(イーグル)の質問に、ライトニングⅡは「うーん」と唸った。

「あたし、大事な話をたくさんしなきゃいけないんだよね」

 いつになく真剣な顔をしたライトニングⅡに、イーグルはハッとした。

「それは……『ナイアーL』に関わる事ですか?」

「そうだよ。いいんちょーは、何か知ってるんだね?」

 彼女たちはお互いの気持ちを察した。どうやら、二人きりで腰を据えて話し合う必要があるらしい。

「ひとまずは、作戦を終えてからでどうでしょうか?」

「うん、大丈夫だと思う」

 イーグルの提案に頷くと、ライトニングⅡは心神へ向いて、

「いいよね、ここにゃん?」

 と投げ掛けた。

 皆の注目を浴びた心神は──。

「……はい?」

 と首を傾げ、ライトニングⅡは「えっ?」と漏らした。

「ここにゃんも、知ってるじゃん!」

「何をですか?」

 噛み合わない会話に、ライトニングⅡは「ぐぬぬ」と唸った。

「何をって──あたしを連れ戻してくれたの、ここにゃんじゃんかぁ……」

 その言葉を受け、心神は──やはり首を傾げたまま、

「何のことですか?」

 と言った。

「ライちゃん、心神さんはずっと私たちと一緒にいたけど……」

「ええっ!? そうなの?」

 ポカンとしたライトニングⅡは、全員の顔を見回した。

「じゃあ……さっきの虹色ここにゃんは何だったの……?」

 目を丸くしてひとりごちるライトニングⅡ。ラプターが、

「虹色ここにゃん?」

 と訊き、

「ある場所からあたしをここへ戻してくれたのは、パアァーって虹色に光ったここにゃんだったんだよ。眩しくてよく見えなかったけど、見た事の無い、大きな翼みたいな戦闘機モジュールを装着してて……」

 ライトニングⅡは異世界での邂逅を思い出していた。

 その時──肩を叩かれ振り向いたライトニングⅡの前には、まばゆい虹色のKK波を放つ心神が立っていた。その光はあまりに激しく、彼女の背中に装着された戦闘機モジュールはおろか、心神の姿さえも霞んで見えるほどである。

 しかし、いつもの柔らかい微笑を浮かべた少女は、間違いなく心神であった。

「わああ、ここにゃん! なんか凄い光ってるけど、なになに!?」

 ライトニングⅡは、異郷の地にて見知った顔に出会えたことに感激したが、心神の様子は少々変わっていた。彼女の質問に答えず、

『ああ……ここが本当の狂気山脈、です? あの時、私と会っていたんですね』

 その独り言のような声は、ワンワンと残響音を伴っており、非常に聴き取り辛いものだった。まるで機械を通したような、異質な響きである。

「ひぇっ、なんなのー?」

 きょとんとしてじろじろと眺めるライトニングⅡに、虹色心神は、

『私、行かなければならないんです。ですが、これだけはお伝えします。向こうに戻ったら、イーグルさんへ教えて下さい』

「ええー?」

『ADDの核(コア)となる物──それはショゴス。絶対に目を醒ましてはいけません』

「うん?」

『危ないですからね』

 全然意味わからないなー、と思ったライトニングⅡへ、心神はそっと手を差し出した。何も考えずに握り返したライトニングⅡは、次の瞬間──心神を取り巻いていた虹色LeD粒子に包まれ──。

 気が付くと、木曽山脈へと転移していたのだ……。

「センパイが現れる前から、心神さんは空を見上げていましたよね?」

 ふと、先ほどの瞬間を思い出したファルが尋ねると、心神はニッコリと笑って、

「ええ。だって、空の上からライトニングさんが降りて来るのが見えました。皆さんは違うんですか?」

 さも不思議そうに訊き返した。

 その──どう見ても無垢な少女の顔を見ながら、イーグルは自問していた。

 ──ATD-X1心神さん。あなたは、本当に何も知らないの? それとも……。

 イーグルの脳裏を、心神に関する情報が駆け抜けた。どこの基地にも属した記録の無い転校生、先進技術実証機のモジュール、PCに表示されていたFE(フィフス・エレメント)という発信元のメール──。

「ともかくよぉー……」

 しばらく沈黙していた火龍が口を開き、

「ライトニングが無事で良かったぜ。細かい話はあと回しにしよーじゃねーか」

「火龍、喋らないで安静にして下さい!」

 怪我を負った火龍に寄りそう試製橘花が声を上げる。

「ったく、橘花は心配し過ぎなんだぜ。なんともねーよ」

「そんなわけありません!」

 二人のやり取りを見て、イーグルも置かれている状況を再認識した。

「作戦を続行します。ラプターさんと心神さんは、火龍さん、橘花さん、ライトニングさんを連れて、いったん安全な場所まで退避しましょう。ここから少し下れば、大きなホテルがあったはずです。そちらへ身を隠して下さい。モジュールを解除してKK波の発生を抑制していれば、ADDの攻撃対象になることはありません。私とファルちゃんは、チームB(ブラボー)と合流します」

 イーグルはテキパキと、少女たちへ指示を出す。

「ホテル」

 ライトニングⅡは、思わず呟いていた。

「駒ヶ岳ホテル、かな……?」

「ええ、確かそうですね。麓へと続くロープウェイの発着小屋が設けられたホテルだったと思います」

 何気なく説明したイーグルだったが、ライトニングⅡは神妙な顔つきであった。

「そこって、隠れる場所あるかな?」

「先程道中で見ましたが、なかなか大きなホテルでしたから大丈夫でしょう。どうかしましたか?」

「う、うん。なんでもないです」

 ライトニングⅡが異世界で見た『駒ヶ岳ホテル』は廃墟と化していた。果たして、こちらの世界とどのような関係があるのか。しかし今は、その疑問を打ち消す事にした。

「では、そのように──」

 イーグルが少女たちへと号令を出そうとしたその時──南アルプスより、大規模なKK波のうねりが感じられた。

 ホーネットたちと、アポロ級ADDとの戦闘が開始されたのである。

「委員長!」

「どうやら、ADDが動き出したようですね! ラプターさん、心神さん! 大至急、戦闘の出来ない方たちをホテルまで!!」

「お姉ちゃん!!」

 ファイティングファルコンは叫んだ。その視線は南アルプスではなく、逆方向を向いている。

 イーグルたちは、その光景に言葉を失った。

 ファントムⅡたちが派遣された方面より一〇〇機のアポロ級ADDの大軍が、チームA(アルファ)目掛けて殺到していたのである。

「敵が──そこまで!!」

 迫り来るドローンの群れに、イーグルたちは戦慄を禁じ得なかった。

「火龍さん、ライトニングさん! 動けますかッ!?」

「お、おう!」

「なんとか!」

「でしたら、早急に撤退して下さい!」

 凛とした態度で、イーグルは言い放つ。火龍は橘花に、ライトニングⅡはラプターに支えられ、後退するために動き出した。

 アポロ級のADDは、全くKK波を伴わぬ微速前進で動いていた。その前に立ちはだかるように、緊急発進モードでモジュールを展開したイーグルが浮かび上がっている。

 円錐形の機体を持つアポロ級ADDは、その先端に赤光を点した。そのレーザーポインタの照準は、次々にイーグルの身体へと集まって行く。まるで一つ目鬼(サイクロプス)の如きそれは、一人の少女へと無言の殺意を投げ掛けているのだ。

 LeD粒子が弾ける乾いた音に、イーグルは隣を見た。パシパシ、と鳴る青いKK波を身に纏う、ファイティングファルコン。姉と同じく鋼鉄の翼を拡げた彼女は、ADDを見据えていた。髪を結わえたブルーのリボンがKK反応により変化し、モジュールと一体化している。

「とんだお誕生日になってしまいましたね」

「うん。この分だと、映画は中止だね!」

「ええ……」

 姉妹は苦笑いを交わし、群れを成したドローンを向いた。

「あとでケーキ買って帰ろうよ?」

 敵を見たまま、ファルは言う。青く発光したブルーリボンが不規則な動きで宙を漂っている。

「生クリームとフルーツたっぷり?」

 返すイーグルもまた、前を見たままで。優越なる戦闘機(スペオリティ・ファイター)──F-15の力を持つ、ピクシーズのリーダー。その彼女が、自身のKK能力を発揮して戦いに挑もうとしている。

「イチゴもいーーーーっぱい載ってる?」

「勿論です!」

 クスクスと笑う二人の少女──そのKK波に反応し、アポロ級ドローンの群れからザワザワと危険な雰囲気が伝わって来る。機体表面の装甲板が変形し、空対空ミサイル(AMM)へと変わる前兆。

 すぅっと息を吸い込んだイーグル──そのターボファンエンジン(P&W F100)が、「ゴウッ」と音を立てアフターバーナーに火を点ける。

「アルファ・ワン、アタック……!!」

 轟音と共に飛び出した姉に続き、

「アルファ・スリー、アタァァァァ────ック!!」

 展開した翼を「ガチリッ!」と結合し、ファイティングファルコンのGE(ゼネラル・エレクトリック) F110が火を噴いた。

 迎撃態勢に入る敵目掛け、イーグルはモジュールウェポンベイより99式空対空誘導弾(AAM-4)を四発発射し、右へ急速旋回。マッハの速度を保ちつつその身体は反転し、LeD粒子から精製したAAM-4を更に四発、空へと解き放った。先手を取られ爆炎に包まれるアポロ級に向かって、ファルの20mmバルカン砲(M61 A1)が追撃する。

「イーグルさん……!」

 辺りを震わせる轟音に、心神は上空を仰ぎ見た。彼女の前方で、下山するために支え合いながらラプターたちが歩を進めている。最後尾の心神は、戦闘機モジュールを通常装着(スタンバイ)モードにして安全を確認していた。

「北アルプスへ向かったファントムさんたちは、見えませんか?」

 火龍に肩を貸した試製橘花の問いに、心神は首を振った。

「ファントム、どこ行っちまったんだろーな」

「中二っちなら、だいじょーぶだよ。ああ見えて、意外とやるんだよね」

 厨二病の「中二っち」ことファントムⅡ。いつものぬいぐるみを持ち歩くゴスロリドレス衣装からは想像しがたいが、彼女は多目的戦闘機少女(マルチロール・ファイター・ガール)として認められた実力を持つピクシーズである。モジュールスペック、身体能力共に優秀な少女なのだが──彼女自身の妙な性格が玉に瑕(きず)、と言ったところだ。

「ホーちゃんたちも四人で戦っているみたいだし、委員長とファルちゃんに早く合流してくれればいいけど……」

 呟いたラプターも、ちらりと振り返る。

 ADDの大軍は中央アルプス手前で静止し、砲門を開いた巨大な空中要塞のように集合していた。ライトニングⅡたちを逃がすため、イーグル姉妹が奮闘しているのだ。

 二人はADDの上空を高速で旋回しつつ、一撃離脱戦法(ヒット・エンド・ラン・タクティクス)を繰り返し行っていた。距離を置いてはAAM-4を撃ち込み、接近してギリギリまで引きつけた後、ファイティングファルコンの曳航型デコイシステム(AN/ALE-50)を射出し敵のミサイル攻撃を攪乱。姉妹揃ってM61バルカンを掃射──という鮮やかな航空戦術である。

「ハイ・ロー・ミックス──か。流石だな、委員長はよ……」

「ええ。委員長さんの全力攻撃とファルさんのフォローが、見事に一体となっていますね」

 下山を急ぎつつも、火龍と橘花はイーグル姉妹の戦いに魅せられていた。

「なあ、橘花?」

「なんです?」

 少し声をひそめたような火龍の問いに、橘花が不思議そうな顔をする。

「俺たちも、な?」

「……?」

「あの二人みたいに、なりてぇな……」

「ハイ・ロー・ミックスですか?」

 橘花の言葉に、火龍はかぶりを振った。

「本当の姉妹みたいに──ってことさ」

 その口元は、ややはにかんでいる。

「──……はい」

 橘花が笑い返すと、火龍は赤くなってそっぽを向いた。

「しかし──数が多過ぎる……!」

 数度目のターンを終えたイーグルは、次々にミサイルを発射するアポロ級を見下ろした。姉妹側の損害は皆無であったが、敵機の数はようやく七割を切ったかどうか。

 このままだと──敵より先に、こちらが消耗する……。

「お姉ちゃん」

 僚機となったファイティングファルコンは、瞳に強い意志を宿して姉を見た。

「アレをやろうよ……!」

 ハッとしたイーグルは、しかし──すぐに鋭く光る眼で妹を見る。

「ファルちゃん──いいのね?」

 ファイティングファルコンはコクリと頷き、

「お姉ちゃんと二人なら、できる!」

 力強く言った。

 幼い頃に両親を失い、まだ物心つかない内から面倒を見てきた、たった一人の家族は、今日で十四歳になった。そんな妹は、イーグルを指して「あたしの自慢のお姉ちゃんだ!」と、いつも言うそうだ。

 だけど、ハッキリと分かる。あなたも立派に成長した、私の自慢の妹ですよ──そう、イーグルは心の中で呟く。

 今は、まだ言わない。代わりに──戦うのだ。

 姉妹の力を、ひとつに……!

「ファルちゃん、集中して。ハイ・ロー・ミックス・コンビネーション……」

 そう言ったイーグルが両手を差し出すと、ファイティングファルコンは自分のそれを重ねた。

「カルツァ・クライン・シンクロニシティ……」

 囁くように呟いたファイティングファルコンは、重ね合った手を通して、イーグルの操作するLeD粒子が流れ込むのを感じた。そのKK波を、自分の中で同調させて行く。

「う……ん──……」

 そっと手を放したファイティングファルコンは、膨れ上がったLeD粒子を抑え込み、精製する「形」をイメージした。

「はぁ……お姉ちゃんの力、やっぱりスッゴイね……」

 自身に移されたエネルギーの熱さに、ファイティングファルコンは一息つく。

「でも、ちゃんともらったよ!」

 彼女を中心に、強くLeD粒子が結晶化し、溢れるKK波が青い輝きを放った。

「ファルちゃん! フライ・バイ・ワイヤで!」

「うん、分かった!」

 ファイティングファルコンのモジュールからブルーリボンの変化した二つの光が伸び、その先に青く煌めく人影を生み出した。

 それは──。

「ファル子さんが──三人になりました!」

 イーグル姉妹の様子を見ていた心神は、その現象に驚きの声を上げる。

 そう──姉の力を受けてファイティングファルコンが作り出したのは、彼女を模した二つの姿であった。青く光ったファイティングファルコンのそっくりさんは、しっかりと戦闘機モジュールも背負っている。

「心神さん──そう! あれがブンシン・ジツです!」

「ニンジツ、です!?」

 思わず振り返った心神にラプターは、

「ワザマエ!」

「アイエエエ! ニンジャ!? ニンジャナンデ!? ……です!」

 またか……と呆れ顔のライトニングⅡたちの前で、ラプターと心神は「ドーモ」とお辞儀を交わした。凄い悪影響であった。

「ここにゃん、ファルちゃんはモジュール召喚のコストを極限まで抑えて、レプリカ・ファイターを呼び出す特訓を積んでるんだよ! 忍者じゃないよ!」

「レプリカ、です?」

「知っているのか雷電(らいでん)!?」

「それ自体は意志を持たないダミーファイターでね、有線接続のフライ・バイ・ワイヤで操作するんだよ! 今、あたしを雷電って呼んだ奴手を挙げろ!」

「すみませんでした」

 ライトニングⅡに睨まれ、ラプターは小さくなった。

「お姉ちゃん、成功した!」

「さすがね、ファルちゃん! しっかりレプリカ・モジュールを操作してね! 一気に敵を殲滅します!」

「分かった!」

 イーグルが先頭に立ち、レプリカを含む四人はダイヤモンド陣形を取った。左右がダミーで、意識をフライ・バイ・ワイヤに分散するファイティングファルコンは後方である。彼女とレプリカは、LeD粒子化したブルーリボンによって繋がっている。

「「アタック!!」」

 アポロ級の要塞目掛け、イーグル姉妹は再び攻撃を開始した。

 その猛撃と、ADDが応戦する音は、中央アルプス全体を揺さぶるかと思われるほどであった。

 山頂より下った場所まで移動したライトニングⅡたちに、イーグル姉妹の姿はもう遠くなっていた。このまま行けば、ロープウェイの発着小屋を備えた「駒ヶ岳ホテル」までほどなくたどり着けるだろう。

「……ラプターちん」

 ライトニングⅡの呼び掛けに、ラプターは足を止めた。

「うん?」

「もう歩けるから」

 ライトニングⅡは短く言ってラプターから離れると、山頂の方角を指さした。

「行って」

「……」

 複雑な顔をしたラプターに、ライトニングⅡは続けた。

「いいんちょーと一緒に敵を倒して」

「…………」

 その言葉にラプターは、

「嫌だ」

 と言った。

「どーして?」

 ライトニングが尋ね、

「怖いから」

 ラプターが答える。

 二人のやり取りに気付いて、心神たちも立ち止まった。

 ライトニングⅡとラプターは、お互いを見据えていた。

「何が怖いって?」

「全部」

 答えたラプターは俯き気味で、何かに怯えているようだった。山を下りながら、ライトニングⅡはその様子に気付いていたのだ。

「全部ってなんだよ?」

 ライトニングⅡは、詰問する口調になった。

「わかるでしょ? だって、だって──」

 ラプターは訴えるような目でライトニングⅡを見る。だが、敢えてライトニングⅡは何も言わなかった。

「だって──私、死にたくない……」

「──……!」

 全員の視線がラプターに集まる。彼女は続けた。

「誰かが死ぬところだって、見たくない。絶対に……」

「だから戦うんじゃん!」

「どうしてよ! なんで私たちが戦わなきゃいけないの!? そんなの理不尽だよ!!」

 心の内を吐き出すと、ラプターは「ゴメン」と言って黙った。

 彼女が口にしたのは当然の疑問であり、また主張であった。人類最後の希望だのと勝手に持ち上げられ、その一〇代の青春に軍事訓練と演習、実戦を押し付けられたのだ。そんな境遇を望んだ少女が、どこにいるだろうか?

 ラプターが謝罪を付け加えたのは、他のメンバーも同じ気持ちだと分かっていたからだった。その証拠に……その場にいる誰もが、言葉を失っていた。

「ラプター殿の云う通りだ」

 沈黙を破ったのは、思い掛けない人物であった。

 高山植物に半分ほど覆われた巨石の陰から現れたその少女は、やや古めかしい独特の語り口調で続ける。

「仲間が傷付く事など、決して寛容ならざる物。ならば、もう戦わなくとも良いではないか」

「あ……あなたは──」

 流水柄の美しい羽織、濃紺のセーラー服、そして──切れ長の瞳を持つ凛とした顔立ちを、ラプターと心神は知っている。

「セイヴァーさん!?」

 F-86Fセイヴァー。イーグルと旧知の戦闘機少女にして、新型ディアナ級ADDの出現した「鴨緑江(オウリョクコウ)上空戦」をピクシーズと共に戦った剣士。

 何やら長物の収まった肩掛けの袋を二つ持ったセイヴァーは、初対面の火龍たちへ、

「我が名はセイヴァーと云う。以前、心神殿とラプター殿には世話になった」

 と挨拶すると、ラプターへ薄く微笑んだ。

「しばらくぶりだな。達者か?」

「え、ええ……。でも、どうしてここへ?」

 セイヴァーは「ふむ」と少し考えるような仕草をして、

「たまたま関東へ出向いていたところ、妙な胸騒ぎを感じてな。案の定、と云ったところだ」

 そして山頂を見やる。

「我が助太刀しよう。ラプター殿は残れ」

「ほ、ホントに!?」

 頷いた剣の少女は、

「仲間を護ることも、また戦いであろう。しかし──」

 と、そこで言葉を区切り、鳶色の瞳を伏せて呟く。

「因果な物だな」

「……えっ?」

「今のラプター殿は、初めて出逢った時の我と同じだ……」

 セイヴァーは意味ありげに笑って見せた。

「それって、どういう……」

「フフ……あの時、共に戦う申し出を拒絶しただろう? 我も、また誰かが傷つく事に怯えていたのだ。しかし……妙だな。そんな我に向かって、仲間と力を合わせて困難に立ち向かう価値を教えてくれたのは──はて、誰だったか……?」

「──……!!」

 ラプターは、まるで電流が身体を走ったかのように感じて目を見開く。その表情の変化を、ライトニングⅡはじっと見ていた。

「まあいい、忘れるのだ。ところで……心神殿」

「はい?」

 急に呼ばれた心神は、きょとんとしてセイヴァーを見る。その目の前に、セイヴァーは肩から掛けた長い袋をひとつだけ差し出した。

「なんでしょう?」

「我の打刀(うちがたな)だ。少しの間、預かって頂けないか?」

「うちがたな、です?」

 こくりと頷いた心神は、ずっしりと重いその袋を受け取った。

「いわば、予備の太刀だ。我には愛刀『旭光(きょっこう)』があれば十分でな……」

 と、残る刀袋を指して言った。

 更にセイヴァーは、そっと心神に顔を寄せると、

「良いな……この袋、絶対に開けるではないぞ?」

 と、彼女だけに聴こえるような小さな声で告げた。

「?」

「絶対だぞ?」

 その顔は、真剣に釘を刺しているのではなく、むしろその逆を期待しているかのように笑っていた。

「では、行って参る。また後ほど会おう!」

 言うが早いか、セイヴァーは戦闘機モジュールを装着し、空高く舞い上がる。

 ラプターは立ち尽くし、飛び立って行くセイヴァーの姿を見送っていた。

「ラプターちん」

「うん……」

 名前を呼ばれても、ラプターはずっと空の彼方を見上げている。

「あたしもね、ついさっき分かったことがあるから、教えてあげるよ」

「うん」

 生返事にも構わず、ライトニングⅡは続けた。

「あたしね、さっきまでKK能力を失ってたんだ。つまり、戦闘機少女じゃなく生身の人間じゃん? それってさ、すっごく怖かったんだ……」

「生身の……」

「いつもならミサイルが飛んで来ても、いてーっ! で終わるのにさ? 勿論そうじゃないわけ。あたし、死ぬんだぁーって覚悟した。怖かった」

 そうだろう。まだ若く、これからの人生に希望を持っている少女たちだ。死ぬ事が怖くない者など、一人だっていない。だから、ラプターの心は悲鳴を上げたのだ。

 なのに……何故、ライトニングⅡは逃げ出さないのか?

 彼女は静かに語った。

「でもね、あたしは忘れていたのかも知れない。ADDの攻撃に晒されている全ての人たちは、この恐怖を毎日感じているんだって。敵が現れて、避難した人たちは、こんなにも怖い思いをしてるんだっていうことを。それが本当の理不尽ってもんじゃないかな?」

「……!」

 ついにラプターは振り向き、ライトニングⅡを見た。入学以来の親友、クラスメイト、ルームメイト、チームメイト。共に笑い、泣き、時にはケンカし、そして──。

「あたしは、心が張り裂けそうだった。戦闘機モジュール、出て来て! みんなを護る力を下さい! その力が戻ったら──」

「みんなと一緒に、戦う……!」

 ラプターの言葉に乗った強い輝きは、聞いているピクシーズ全員の心に沁み渡った。その気持ちこそが初心であり、全てであった。

「戦闘機少女じゃなかったら、何の抵抗も出来ず、今よりも何倍も怖い思いをして、もう死んじゃってるかも知れないじゃん? でも、あたしたちは違う!」

「だいたいよぉー、ラプター。自分が何もしなかったせいで誰かが死んじまうなんて、耐えられる事か? お前らしく、もっと単純に考えてみろって!」

「火龍に単純と言われるのは心外ですよね、ラプターさん?」

「橘花ぁ!?」

 自分を囲んだ友人たちを見回し、ラプターの表情はいつの間にか穏やかなものへと変わっていた。いや、むしろ普段の彼女を取り戻したと言うべきか。

「みなさん、大変です」

 その声に心神を見ると、彼女は黒塗りの鞘に金色の太陽印の施された日本刀を手にしていた。

「どーした、ここにゃん?」

「これは『旭光』です」

 少女たちは心神の持つ刀に注目する。『旭光』とは、セイヴァーが持っていた愛刀の名であった。

「どうして『旭光』を心神さんが?」

「先程セイヴァーさんに予備の刀として預かったのです」

 心神は刀が入っていたのであろう長い袋をブラブラと振って見せる。

「なんだ、人から預かった袋を勝手に開けちまったのかよ?」

 呆れた声を出した火龍に、心神はペロリと舌を出して、

「それが、不思議です! 開けるなよ、絶対だぞ? 絶対だぞ? って念入りに言われたら、どうしても開けたくなってしまったんです! どうしてでしょう?」

「絶対開けるなと言って、心神さんに渡した。それって、もしかして……」

 試製橘花へ頷くと、心神は、

「大事な刀を取り間違えるなんて、セイヴァーさんも慌て者です」

 と微笑んで、『旭光』をラプターへ向けて差し出した。

「誰かが届けないといけませんね?」

「……」

 ラプターは神妙な顔で、『旭光』と仲間たちへ視線を巡らせた。ここまで仕込まれると、既に恥ずかしさすら感じ、ラプターは少し頬を染める。

 ライトニングⅡは、スッと右手を挙げて、

「ラプターちん」

 と呼んだ。

 そちらを見たラプターは、ライトニングⅡが向けている手の平に、勢いよくタッチする。

 パチン! と、乾いた音を響かせ、ラプターは明るい笑みを浮かべて言った。

「ライちゃん、行って来るよ!」

 撃墜に次ぐ撃墜!

 姉と妹──ハイ・ロー・ミックスのコンビネーションで、二人はアポロ級を次々と撃ち墜としていた。

 最強の戦闘機少女と謳われるイーグル。その僚機となりレプリカ・モジュールを従えたファイティングファルコン。

 ADDの残機は、みるみるうちに半数を割っていた。

 ファイティングファルコンは、自身に備わったFCS能力(AN/AGP-68)の反応に、イーグルを振り返った。

「お姉ちゃん、ファントムさんたちのKK反応が近付いてるね!」

「ええ、無事のようです! 360秒以内にこちらへ到着するでしょう!」

「うん──あれ? 南アルプス方面から何かが高速接近……あっ!」

 注意の逸れた一瞬の出来事──弾幕を掻い潜ったADDの空対空ミサイルが、ファイティングファルコンのレプリカに直撃を加えた。それは爆音とともに、LeD粒子へと還元してしまう。

「ごめん、一機やられちゃった!」

「気を付けて! まだ──」

 レプリカ・モジュールを粉砕した爆炎を吹き飛ばし、更に数基のAAMがファイティングファルコン本体へと襲い掛かった。

「ファルちゃん!?」

「きゃっ!?」

 迎撃のためのミサイル発射レティクル範囲にターゲットが捉えられておらず、アムラーム(AIM-120)による防御は不可能である。ファルは咄嗟に、身を竦めて目を閉じた。

 キュバババババ!!

 ファイティングファルコンを目掛けたAAMの軌道上に、AN/M3機関銃(ブローニングM2)の12.7mm弾が斉射された。彼女を襲ったミサイル全てを撃墜して過ぎる。

「助かった!?」

 間一髪──直撃を免れたファルの前に高速で駆けつけた少女は「ガチャリ!」と、携えた太刀に手を置き、

「今日も我、大空にあり……!」

 と、独自の言い回しで以て自らの存在を示した。

「あなた……セイヴァー!」「セイヴァーさん!?」

 思い掛けない援軍の到着に驚く姉妹へ、剣の少女──セイヴァーは静かに頷き、

「イーグル殿、ファイティングファルコン殿──しばらくだな。義によって、助太刀致す!」

 ADDを睨(ね)めつけたセイヴァーは、真紅の鞘に収まった日本刀を「すらり」と抜き払った。

「助けに来て下さったのですね」

 セイヴァーの横顔に、イーグルは熱い想いが込み上げて来るのを感じた。二人は訓練生時代、共に技を競った仲である。第一線で活躍する戦闘機少女として、FGAFからの期待も高かった。

 妖精学園のピクシーズリーダーとなったイーグルに対して、セイヴァーはどの部隊にも属さず、世界各国を一人で戦い歩いているのだった。

「ほんの気まぐれだ。我が素知らぬ顔で管理機構に同調する事など、決して許されはしない」

 にこりともせずに言うセイヴァーに、

「本当にそうでしょうか? あの子……フューリーは──」

「言うな」

 やはり……と心で呟き、イーグルは悲しい瞳で親友を見る。彼女が言い掛けた名前は、かつて訓練キャンプで同期だった戦闘機少女の物であった。大勢の仲間と共に、ADDの攻撃によって帰らぬ人となった、少女の……。

「ファル殿」

「はいっ!」

「成長したな。三年前には、まだ幼い子供であったのに」

 その言葉に含まれる賞賛を素直に受け取り、ファイティングファルコンは明るい笑顔を浮かべた。

「ありがとうございますっ! お姉ちゃんと毎日、特訓しました! この空を護るために!!」

「うむ……」

 セイヴァーは満足げに笑うと、イーグルを見た。

「尊き者を護る強さ。そなたは持ち続けているのだな……」

「セイヴァー、あなたは──」

 そこまで言ったイーグルは、気付いた。セイヴァーの手に持つ得物が、彼女の愛刀ではない事に。

「……『旭光』は、どうしたのですか?」

「うむ?」

 セイヴァーの愛刀『旭光』は、彼女の操作するLeD粒子を刀身に纏い、鋼鉄の装甲さえも両断する。セイヴァー自身が刀鍛冶と共に鍛えた業物(わざもの)であり、代替えの決して利かない「武士の魂」であった。

「いや、なに……。とんだ茶番を演じて、な」

 そう言ったセイヴァーは、しかしその言葉とは裏腹に愉しそうに笑っていた。

 その様子に、イーグルは感じ取る。悲劇を乗り越えられず塞ぎ込んでいた親友は、どうやら変化し始めているという事に。

 そして、それは──もしかしたら……。

「さあ、反撃しましょう! 行けますか、ファルちゃん?」

「大丈夫だよ! セイヴァーさんも!?」

 姉妹からの視線を受け、孤高の戦闘機少女は──。

「異形の侵略者たち──許すまじ」

 ターボジェットエンジン(J47-GE-27)を唸らせつつ、打刀の切っ先をアポロ級へと向けた。

「ちょっと、見てみ?」

 タイガーシャークが声を掛けると、頭上から怒りと共に返事が降って来た。

「なんですの!?」

「委員長さんと妹さん、それに──なんや、サムライみたいなごっつ美人のお姉ちゃんがいてるで」

「クルーセイダーさんはお留守番のハズですわ!」

「ちゃうねん。クルーセイダーさんみたいに『ナイト』って感じやない。『サムライ』って感じやねん。しかもセーラー服。これがホンマの、『セーラー服とブローニングM2』ってヤツや」

「あぅ……それは、機関銃……」

「だからなんですの!?」

「あちゃー、あっと言う間にADDを墜としてまうわ! これは鮮やかなモンやで?」

「だから、どおおおおおしてそんなにのん気でいられますの!?」

「どーして言うても……なあ、ナイトホールはん?」

「う……うん……。あと、ボクの名前……ナイトホーク……」

 タイガーシャークとナイトホークは、困った顔を見合わせた。二人が森を見上げるとそこには、大きな針葉樹──あすなろの木だろう──に突っ込み、枝から逆さまにぶら下がってもがいているファントムⅡがいた。顔を真っ赤にして、「ギャーギャー」とわめいている。

「早く行かないと、妾の大活躍が見られませんわよッ!?」

「せやから、その引っ掛かったドレスは諦めて破(やぶ)きぃーや」

「何を申すのです! これは暗黒魔法をエンチャントした『夕闇のドレス』という禁断のアイテムですのよ! 特効で光属性の敵に大ダメージを与えますの!!」

「光属性やなくて、うちに大ダメージですわ……」

「ボクも……」

「なんですの!? バカにしてますの!?」

「じゃあ脱ぎぃーや」

「こんなにあちこち枝に引っ掛かっていては、脱げませんの!!」

「大体、自分が功を焦って急いだから、木に突っ込んでしもたんやないか」

「だって……カッコよく登場した時の決め台詞と、呪文の詠唱を頭の中でシミュレーションしておりましたから!」

「うん、イタいわ……」

「あう……」

「なーんーでーすーのー!?」

「いやな、もうページ数もあれへんと思うしな」

「そうだね……」

「ページ数って何のことですの!?」

「次回以降、またセリフがあったらええな?」

「うん……うん……」

「降ろすの! はーやーくー!!」

 ファントムⅡの絶叫と、ガサガサという音だけがいつまでも続いていた。

「ラト」

 弦楽器の音色を思わせる美しい声に、少女──ラトは顔を上げた。

「なんなの? ラト、忙しいんだけど……」

 そこは、コンクリートの壁に囲まれた殺風景な部屋だった。窓は無く、大きな薬品棚とデスクがあり、何かの研究施設と見て取れる。

 重々しい鉄の扉を開き、褐色の肌に白きドレスを纏った美女──アルが立っていた。

 いつくかあるデスクの一つに着いたラトは、手にした携帯ゲーム機に視線を戻す。

「ボス戦の邪魔をしないでよにぇー」

「ライトニングを使った実験……失敗でしたね。次元の門(ディメンション・ゲート)が開いて、彼女は戻りましたよ……」

「あ~、そう! 残念!!」

 唇を尖らせたラトに、アルは続けた。

「良いですか? よりにもよって、『無貌(フェイスレス)』が存在する次元の門です……。万が一重なり合えば、こちらの世界(セカイ)も崩壊への道を辿るのですよ?」

「……」

 フェイスレス──その名を聞いた瞬間、ラトの表情は険しい物に変わった。まだ幼い顔に浮かんだのは、畏れと──……怒りか。

「ラト……あなたのやり方では、この世界を救えないのです。いい加減、大人になって下さい」

 諭すようなアルの言葉。だがしかし、ラトはゲーム機を操作しつつ言った。

「うるさいの……」

 子供じみた拒絶の態度に、アルはため息をついた。物憂げな貌さえ、美しい。

「次元を超えるゲートを作る事は、リスクが大き過ぎるのです。手早く安全に世界を救うためには、KK能力者(カルツァ・クライン・センサリー)を一掃するのが良い……そうでしょう? 全て……『無名祭祀書(ネームレスカルト)』に記されているではありませんか」

 ラトは答えない。

 一心不乱にゲームをプレイする姿を見て、アルは薄く笑った。

「まあ良いでしょう。ラトはラトのやり方で……。ただし、私は私のやり方でやらせて頂きます……」

 踵を返し、アルは鉄扉を潜る。去り際に、

「ゲームをしながら観ていなさい。全ての戦闘機少女(ファイター・ガール)を……抹殺します……」

 恐るべき宣言を残し、白き女は去った。

 扉が閉まる、金属の擦れる音を聴きながら、ラトは一言だけ呟く。

「かわいそうなアル……」

 その大きな瞳には、確かに憐みの色が揺れていた。

 木曽山脈上空──。

 要塞と化したアポロ級ドローン相手に、ピクシーズたちは激しい戦いを繰り広げていた。

 フレア(AN/ALE-45)を放出しながら天高く上昇するイーグルは、「パキィィィィン!」と空気を響かせる音に視線を巡らせた。

「セイヴァー!?」

「くっ……!」

 イーグルの見た先に、戦闘機モジュールから黒煙を上げたセイヴァーの姿があった。ADDの猛然たる弾幕に晒され、既に数か所被弾している。

 その彼女が手にした太刀は──中程から真っ二つに折れていた。

「セイヴァーさん、大丈夫ですか!?」

 様子に気付いたファイティングファルコンが尋ね、

「ああ……しかし、この刀では通用しないか。やはり──……」

 頷いて無事であることを示したセイヴァーは、ふと……彼方を見やった。その鳶色の瞳に、まるで炎が燃え上がるかのようであった。

 そう──その方角から、戦闘機少女が翼を拡げて接近していたのだ。

「セイヴァーさん! 委員長! ファルちゃん!」

「ラプターさん!!」

 音速で飛来した少女──ラプターは、真っ直ぐセイヴァーの元に向かった。「ヴァン!」と唸る衝撃波(マッハコーン)を従え、彼女はセイヴァーへと苦笑いをして見せた。両手にはセイヴァーの愛刀『旭光』を抱えている。

「へへへ……来ちゃいました!」

「ほう──何故?」

 問うたセイヴァーの顔は、若干意地が悪い。

「いやー、えっと……ホラ、セイヴァーさんの『太陽剣』を持って来ました! 『オーロラプラズマ返し』やって見せて!」

「『旭光』だッ!! オーロラプラズマ……って、なんぞ!?」

 差し出された愛刀を受け取り、セイヴァーは吼えた。

「かたじけない、感謝するぞ」

「う、うん」

 礼を言ったセイヴァーに向かって、ラプターはぎこちなく笑う。

「どうした、皆の元へ戻らないのか?」

「え、えへへへ……私、やっぱり戦うよ!」

 恥ずかしそうに頬を赤くしたラプターに、セイヴァーは真剣なまなざしで訊いた。

「共に戦えば、また仲間の傷付く場面に出くわす事になる。それに、ラプター殿は耐えられるのか?」

「それは──やっぱり、嫌だな……」

 ラプターの脳裏に、先刻味わった恐怖が蘇る。

「私が頑張って、友だち全員を助けられるとは言えない。護りきれないかも知れない。それは、すごく怖いよね……」

 己の未熟さゆえに友を失った時、少女は自分を許す事が出来るだろうか?

 ラプターの話を聞きながら、セイヴァーの心もまた、時を超えていた。

「でも、戦わなきゃ、もっと友だちが傷付くよね! それはもっと怖いです!!」

 その──昏い闇を全て照らしてしまうような輝く瞳に、セイヴァーの心臓は「ドクン!」と大きく脈打った。

 そうだった──。だがしかし、セイヴァーの友は、彼女の暮らした訓練施設ごと吹き飛ばされ、遺体すら残らなかったのだ。

 護るべき者を失ったセイヴァーは逃げた。

 唯一残った友人、イーグルさえ置いて……。

 ──セイヴァー……。

 心に浮かび上がった少女が呼ぶ。

 彼女が生きていたら、何と言うだろうか?

 セイヴァーは、その思考にいつも囚われていた。

 しかし、親友は死んでしまった。命の無い者が何と言うかなど、もう分かりようがないのだ。

 永遠に。

「──フ、フフッ……」

「セイヴァーさん?」

「ハハハハハ! ラプター殿、単純っ!」

「ふぇっ!?」

 ラプターは面食らって、顔を真っ赤にした。あの、真面目を絵に描いたようなセイヴァーが、声をあげて笑っている。

「な──、なんでそんなに笑うんですかッ!?」

「あーっはははははは!! 可笑しい! 単純!! お腹痛いッ!!」

「うううううう~~~~っ!!」

 涙を流して爆笑するセイヴァーの反応に、ラプターは空中で地団駄を踏んで唸った。

 その二人を、上空からイーグル姉妹がポカーンと見下ろしている。

「あっはっは! よーし、我と一緒に戦おうか! 友だちを護るためにな!」

 『旭光』を抜き払ったセイヴァーは、まだ込み上げる笑いを抑えながらラプターを見た。

 そう──生きる者のために戦う。死者とは、決別すべきなのだ。

「セイヴァーさん、大嫌いっ!!」

 ニコニコ笑うセイヴァーに歯を剥くと、ラプターは戦闘機モジュールを緊急発進(スクランブル)モードへと移行した!

『ダークスターちゃーん、はろはろー☆☆☆』

 スマホアプリ『レインボー』と連動した無線通信に、中央アルプスへ向かうダークスターは、

「なに」

 と短く応答した。

 ADDによる電波妨害は、完全に解除されている。

『こちらの準備はバッチグーです☆ 開場したら歌っていい?』

「ダメ」

『あー、ひどいぞ☆ あたしが取った放送枠なんだぞー☆☆☆』

「私が作詞した歌ならいい」

『えー……』

 通信の相手──シューティングスターは、ガサガサと何か紙媒体の物を取り出した。

『ダークスターちゃん、これホントに歌にするんですかー?』

「そう。特に『力こそパワー』と『新しいニューワールド』は、自信作」

 相変わらずの抑揚のない声でダークスターが告げると、通信口からは『ううーん……』という困り声と共に『しゅーたん、まだなのお?』と、小さな子供の声が混ざった。

『うん、もうちょっとだよ☆ ねー、ダークスターちゃん?』

「見えた」

 呟くように答えたダークスターは、白い翼をもつ小型の戦闘機モジュールを操作して山頂付近に降下して行く。

 そこには、戦いを終えたイーグルたちが休んでいた。

「ダークスターさん、お疲れ様です」

 スムーズに降り立ったダークスターへ、委員長が微笑み掛ける。

「ADD出現範囲内に於けるKK波の完全消滅を確認。ホーネットよりチームC(チャーリー)の作戦完了の報告あり」

「みなさん、お怪我などはなかったですか?」

「モジュールへの被弾程度。ホーネットは……」

 そこで一度言葉を止め、ダークスターはファイティングファルコンを見た。

「ホーネットさんは?」

「ファイティングファルコンに話があると言っていた」

 それを聞き、ファイティングファルコンは少々困り顔で笑った。これはきっと、ADD撃墜数を質問される流れだ。ホーネットはファルに対してライバル意識を持っており、何かと競争を持ち掛けられていた。

 山頂には、ホテルから移動して来た心神とライトニングⅡも合流している。怪我を負っている火龍は、少し回復した橘花が連れて病院まで飛んだ。

 無断で出撃したお咎めは、ライトニングⅡが無事であった事も鑑みて不問に付そう──イーグルは、そう考えていた。

 少女たちは、それぞれ疲労を浮かべて佇んでいる。

 正午を過ぎ、太陽は高く昇っていたが──あのラプターでさえ、空腹を訴えて騒ぐような事はない。

 静かに、身体を休めていた。

 ダークスターもまた、そんな彼女たちの様子に、しばらく沈黙する。

 やがて──。

「みなさん、今日は本当によく頑張りましたね。作戦を終了して、学園に帰りましょう」

 イーグルの呼び掛けに、ピクシーズたちは力なく笑って頷き合った。

 無理もない──……この戦いは、まさしく決戦と呼べる物だった。

 困難を、不安を、恐怖を乗り越え──死力を尽くして勝ち取ったのだ。

 すべて、今日という日を護るために……。

「委員長」

 唐突に、ダークスターはタブレット端末を取り出しイーグルへ示した。七インチのモニタをタップすると、画面には見慣れぬ場所──どこかのフローリングの床──が映し出される。

「……これは?」

 イーグルが覗き込むと、タブレットから馴染みのある声が聴こえた。

『んー、ありゃー?』

 その妙に間延びしたような声は、いつもアイドル衣装に身を包む少女のモノである。

「シューティングスター」

『ありゃ? ああー、もう始まってますかー?』

 わあわあ、と慌てたような声と共に、タブレットにはシューティングスターの顔が映し出された。

「だーにゃん、なになに? テレビ電話?」

 音声に釣られてライトニングⅡとラプターが寄って来る。

 ピクシーズは、共に「レイン」連動の無線通信を使用して会話ができる。わざわざタブレット端末で、なにをしようと言うのだろうか?

「ライちゃん。これ……スマイル動画の生放送じゃない?」

「はい?」

 彼女たちが覗き込むと、モニタに映ったシューティングスターの上を滑るように、次々と文字が流れて行く。

 ──「コメント」である。

『どーもー☆ 空のお姫さま、シューティングスターでえええええす☆☆☆』

 ニコニコ笑ったシューティングスターが挨拶すると、画面上に多数のコメントが流れて行った。

 「うおおおおおおおお」「しゅーたあああああああん」「しゅーたんは俺の嫁」「すかいぷりんせす!」「ぐうかわ」「wwwwww」などなど……。

「な、なんですか?」

 呆気に取られたイーグルには何も言わず、ダークスターは自身のスマートフォンを操作した。すると、少女たち全員の携帯が着信のメロディを流し出す。

「スマホでも観れる。アドレス送信した」

 何事かと集まって来た心神とファイティングファルコンも、スマートフォンを開いて動画投稿サイトを閲覧し始めた。

『しゅーたんは、避難所に来ています☆ 皆さん、帰り支度の真っ最中なんですけど、少しだけお時間を貰っちゃいましょう☆☆☆』

 すると、モニタは位置を移動されたようで──遠巻きに大勢の人の姿を映し出した。

『みなさーん☆ 映ってますよー☆☆☆』

 と、シューティングスターが声を掛けると……。

『ピクシーズのみんな、どうもありがとう!!』

 わああっと、モニタに映った人々が歓声を上げ、それぞれが大きな声で少女たちへの感謝の意を口にした。また、画面上のコメントも「いつもありがとう!!」「良かった!!」「やっぱスゴイな!」などの言葉で埋め尽くされて行く。

 イーグルを始めピクシーズの少女たちは、目を点にして放送を観ていた。

 次々と画面に映り、礼を言う人たち。これは勿論、避難した住民のほんの一部である。

 しかし、これは彼女たちが得た現実。今までは見えていなかった、戦いの先にある本当の勝利の証なのである。

「すごい、です! 私たちが護る事の出来た方たちなんですね?」

 心神は胸がドキドキするのを感じながらダークスターへ尋ねる。

「そう。みんな、頑張ったから……」

 常に寡黙な彼女も、今はちょっとだけ饒舌になっているようだ。

 イーグルの目には、自然と涙が浮かんで来ていた。

「私たちピクシーズは、基本的に人々の目が届かないところで戦っています。だからと言って、誰にも知られていないわけではないんですね……!」

「そ、そんなの当たり前じゃん! いいんちょー泣いてるの~!?」

「って言うライちゃんも、泣いてるぅっ──グズッ!!」

「お姉ちゃん……お姉ちゃあああああんっ!」

 堰を切ったように、少女たちは泣き出していた。命を賭けて戦う彼女たちの、心の慟哭。しかし、それは決して悪い気分ではなく──。

 少し離れたところから見ていたセイヴァーも自嘲気味に笑い、そっと涙を拭った。

「護るべき者、か──……」

 自分には、もう無いと思っていた。だが、本当にそうだったのか? 彼女は心の中で自問していた。

『ファルちゃーーーん、観てますかぁ~? はい、どうぞ☆☆☆』

 シューティングスターの呼び掛けの後、スマートフォンにはぬいぐるみを抱いた小さな女の子が映った。

『ファルお姉さん、お誕生日おめでとうございまあす!』

 女の子はニッコリ微笑むと、仔犬のぬいぐるみをピコピコと揺さぶる。

『わんわん☆ ハナちゃんもおめでとうと言っているワン☆☆☆』

『はっぴばーすでー、ファルお姉さん♪ はっぴばーすでー……』

 シューティングスターが小芝居を挟み、女の子が歌う。動画のコメントには「誕生日?」「おめでとー」「ようじょかわいい」などと書き込まれて始めた。

「ファル、おねいさん!? ふぁぁああぁぁぁ……」

「ファル子さん、顔が真っ赤です!」

「エンジン(GE F110)がオーバーロードを起こしてるよ!」

 驚きと喜びが許容量を超えたファイティングファルコンは、ふにゃふにゃになってへたり込む。さっきまで泣いていた少女たちは、今度は満面の笑みをこぼして笑い出していた。

『ダークスターちゃーん☆ そろそろカメラをそっちへ回しまーーーす☆☆☆』

「どうぞ」

 ダークスターが短く答えた瞬間、動画の画面が乱れた。

 そして。

「にゃっはっは! ぁ……は?」

 明るく笑っていたライトニングⅡは、唐突に自分の顔がスマートフォンに表示されてポカーンと口を開いた。きょろきょろと周囲を見回すと、ダークスターがスマホを構えてそちらを見ている事に気付く。

「ええ?」

「うわっ、ライちゃん、すごい間の抜けた顔……」

「にゃにぃぃぃぃ!?」

 イーグルたちはハッとして、手持ちのスマホとダークスターとを交互に見た。

「スマイル動画のグループアカウント。ログインしてカメラを移動した」

 しれっと撮影を続けながら、ダークスターは片方の手でピースサインをして見せる。

 動画の画面には、目をぱちぱちしているライトニングⅡと、多数のコメント──「かわい」「ライトニング?」「きたぁーーー」「大草原不可避wwwww」「おっすー!!」が流れて行く。

「次、ラプター」

 硬直したライトニングⅡから、ダークスターはラプターへとフォーカスを移す。

「!?」

 自分が映されていると悟ったラプターは、グッと真面目な顔になってダークスターのスマホを凝視した。

「……ラ、ラプターデス。コンニチワ……」

「硬(かた)っ!」

「んなっ──さっきのライちゃんの埴輪みたいな顔よりマシよ!?」

「はにゃ、ハニワっ!?」

 ライトニングⅡと言い合いながら、ラプターがスマホに目を落とすと……画面は「腹ペコ」というコメントの弾幕でギッシリ埋め尽くされていた。

「はぁーっ!? 何この弾幕!!」

「よく訓練されたコメントじゃん!」

「ぐぬぬ!」

「次は委員長」

 ダークスターがスマートフォンを掲げ、イーグルへと向く。

 カメラに向かって、イーグルは穏やかに、

「みなさま、こんにちは。ピクシーズで委員長を務めておりますイーグルと申します。今朝より出現したADDの撃退は完了致しました。つきましては──」

「おっぱい!」

「おっぱい!」

 と、ラプターとライトニングⅡ。つられてイーグルも、

「おっぱい──……え?」

 眉を寄せてスマホを見ると、画面いっぱいに「おっぱい! おっぱい!」のコメントが、拳を振り上げる顔文字と共に流れていた。

「……は、破廉恥なっ!!」

 ここでノルマ達成。

 次にファイティングファルコンが映ると、再び誕生日を祝うコメントが飛び交う。

 放送される動画を観つつ心神は、

「世間の方も、ピクシーズについて結構ご存知なんですね?」

 と、イーグルへ尋ねた。

「ええ、まあ──日本を防衛しているチームですから、ある程度一般の方への露出はあるみたいですね。私も詳しくは知らないのですが、FGAFを特集にしているマガジンもあるようですし……」

「ふーむ、これも『すまほ』なる物の機能の一部か……」

 興味深そうにイーグルのスマートフォンを覗き込んだセイヴァーは、

「どれ……我にも操作させてくれないか?」

 と手を伸ばした。だが、イーグルはスッとスマホを遠ざけて、

「セイヴァーは機械をすぐに壊すから、絶対にダメです」

 と断固たる拒否の態度を取った。

「うむ、むむむ……」

 手を引っ込めたセイヴァーは相当未練があるようで、うろうろと歩きまわっては、皆のスマートフォンを覗き見していた。

 しばらくして生放送の枠も終わると、セイヴァーは名残を惜しみつつもその場を去った。

 きっとまた、近い内に会えるだろう。イーグルのみならず、誰もがそう感じていた。

 セイヴァーを見送るイーグルの携帯に、ホーネットからメッセージが届く。

『放送面白かった! 先に学園まで帰投するから!!』

 確認の意を返信すると、

「さあ、みなさん! そろそろ引き上げましょうか?」

 と声を掛けた。

 先程とは違い、少女たちの顔は晴れ晴れとしていて──イーグルは、ホッと胸を撫で下ろした。

「ダークスターさん」

 イーグルはダークスターに歩み寄り、

「ありがとう。私一人の力では、ここまでみんなの気持ちを和らげることは出来ませんでした。本当に感謝します」

「そう」

 いつもの調子で頷いたダークスター。イーグルは、そっと屈み込むと囁いた。

「今朝──無線通信の時に……『がんばって』と言ってくれましたね?」

「……」

 ダークスターは何も言わず、イーグルを見た。

「聴こえてましたよ。嬉しかったです、ありがとう」

「…………」

 イーグルが微笑むと、ダークスターは少し目を見開き──突然走り出した。

「あら……」

 ぴゅーと走り去ったダークスターは、道端の岩陰にサッと隠れた。そして、イーグルとのやり取りを脳内で反芻すると──誰にも見られないように顔を伏せる。目を閉じた彼女の頬は紅潮し、口元には笑みが浮かんでいたのだった。

「よぉーし! みんなで学園に帰ろおおおおお!!」

「おおー!!」

 元気よく声を上げるライトニングⅡとラプターに向かって、心神は右手を高く掲げる。

「ここにタッチです!」

 なんだそりゃ、と苦笑しつつ、少女たちは次々に心神とハイタッチをした。

 戦う事──それは戦闘機少女に課せられた使命だ。しかし、彼女たちは敵を倒すための機械では決してない。その中身は、十代のどこにでもいる少女なのだ。

 戦闘後の姿が、部活動を終えた者のそれと同じに見えても、いい。

「……ん?」

 モジュールを背負ったライトニングⅡは、ふと……空を仰ぎ見た。

「あれ、何か忘れているような気が……」

「ライちゃん、先に行っくよおーーー!!」

「あああっ! 待ってよ、ラプターちん!!」

 それぞれの翼を拡げ、ピクシーズの少女たちは空へ舞い上がった。

 きっと、今日は泥のように眠るだろう。そして、明日に目覚めた時──ひとつ成長しているのではないだろうか。

 同じ年頃の……若き少年少女と同じように。

「ケーキ買って帰ろうね、お姉ちゃん!」

「ええ。そう言えばラプターさん、お腹空いたんじゃありませんか?」

「おおっ? 委員長、どーして分かったの?」

「「「分かりますっ!」」」

「みんなで声を揃えなくても……。実は、おなかペコペコでもう死にそうなんだよね~」

「死にそう……それは大変です!」

「だからぁ~! それは言葉の綾ってやつでね、ここにゃん……」

「そうなんです?」

 仲良く語り合いつつ、彼女たちは大空の彼方へと消えて行った。

<……おわり?>

「…………」

「なあ、つづいてもーたで?」

「うん……」

「なんのことですの?」

「みんな、本当に帰ってもーたんと違う? なあ、ナイトホースはん?」

「うん……うん……。あと、ボクはナイトホークだから……」

「でも、良かったやん。念願の出番が回ってきたで!」

「……なんですって?」

「しかも、おいしいやん? オチ担当やで~」

「全っ然嬉しくありませんわ! 茶番はおしまい! いい加減降ろしなさい!! いーまーすーぐーにいいッ!!」

「ハイハイ~」

「あう……」

<今度こそ本当に……おわり>