<<二月二日午前七時五十分
       ──ライトニングⅡ消滅(ロスト)の五分前>>

「火龍……」

 中央アルプス──木曽(キソ)山脈上空。

 日本(ニホン)を防衛する戦闘機少女(ファイター・ガール)……試製橘花(しせいきっか)とキ-201火龍(かりゅう)は、その光景に息を飲んだ。

 二人の眼下には、山脈を埋め尽くすほどの数のADD(アナザー・ディメンションズ・ドローン)が展開していた。本来、この『異世界からの無人機』が実体化する際、固有のKK(カルツァ・クライン)波を発生させるはずだが──。

「どうやってこれだけの数が、学園の索敵システムに引っ掛からずに出てきやがったんだ!?」

 強気な性格の火龍と言えど、圧倒的なアポロ級の数に驚きを隠せなかった。

「レーダーシステム……妨害を受けていたのかも知れませんね」

 午前六時前後に『妖精学園』内で異常なKK波の流れが生じた時、監視システムは警報(アラーム)を作動させなかった。同様の現象がADDの大軍を隠していたと、橘花は言っているのだ。

「橘花、ライトニングのスマホに表示されている場所はここか?」

 火龍の問いに、橘花は頷いた。

「はい。このまままっすぐ……木曽山脈の中心辺りです」

「つまり、敵のど真ん中ってわけか」

 狂気の山脈を睥睨して、火龍は思わず身震いした。ADDの等級で最も戦闘力の低いアポロ級といえども、百機以上を一度に殲滅する事は至難の業だ。

 まして、この戦場には橘花と火龍の二人しか到着していないのだ。

「それにしても……」

 戦闘機(ファイター)モジュールを通常装着(スタンバイ)モードのままで、試製橘花はドローンを見た。

「まるで眠っているかのようです。ADDは意志を持たない無人兵器、ただ破壊を繰り返すだけの存在と言われていますが……」

 敵機の群れは、微動だにしない。この数、そして挙動──目の当たりにしている二人の胸中に不気味なモノが込み上げてくる。

 しかし。

「橘花、近付くぞ!」

「でも……これだけの数のADDが、一斉に動き出したら!?」

「知らねぇよ。ライトニングが残したメッセージ、確かめなきゃあ意味ないだろうがッ!」

 大気中に漂うLeD(レイヤード・エクストラ・ディメンション)粒子が結晶化した鎧──戦闘機モジュールを、火龍は緊急発進(スクランブル)モードに移行させた。ホ5 20mm機関砲二門、ホ155-II 30mm機関砲二門を携えた大型の翼が展開し、双発エンジンから炎が噴き出す。LeD粒子を操り、様々な事象改変を起こす少女たち──KK能力者(カルツァ・クライン・センサリー)の成し得る業(わざ)である。

「スマホ持って、ガイドしてくれっ!」

 ドンッ! と爆音を轟かせて飛び出した火龍に続いて、困り顔で試製橘花もモジュールのエンジンに点火した。

 豪快な火龍とは対照的な橘花は、その小柄な身体を和服に包んでいた。帯鉤(たいこう)──帯を固定する金具──が側面から腰部モジュールと結合し、大型のネ20軸流式ターボジェットエンジン二基へと繋がっている。傍から見れば、大型エンジンに少女が挟み込まれただけの異様な飛行姿に見える事だろう。しかし、ファイター・ガールがこの世界(セカイ)に召喚するモジュールは次元連結(ディメンション・リンク)した異世界の力であり、言わば見て触れる幻のようなものである。こちらの世界の物理法則を超えて、橘花の身体はまさにジェット攻撃戦闘機の推進力を得て加速していた。

「ガイドも何も、アポロ級が密集している場所の向こう側ですよ!」

 火龍に並んだ橘花の手には、ライトニングⅡのスマートフォンが握られていた。そして、そのディスプレイには木曽山脈のマップデータと、『ナイアーL(エル)』という印(マーク)が映し出されている。

 二人は、その示された場所へと向かっていた。

「反応しないな……」

 LeDを操作した際に発生するKK波を、敵は感知して襲って来る……はずなのだが。

 ずらりと揃ったADDの軍勢は、上空を過ぎる火龍と橘花には何の行動も起こさなかった。

「何か目的があって──待機しているとしたら……」

 四年前、突如出現し世界中を破壊した無人兵器ADD。撃墜してもLeD粒子へと還元してしまう敵機の正体など分かるはずも無く、『この世界の存在ではない』という結論だけが語られている。

 そのADDに、目的が?

 橘花が自らの呟きを自問した時、

「橘花! あの向こうの一角だけ敵がいない場所があるだろ! おかしくないか!?」

 火龍の叫びに、橘花は我に返ってスマートフォンを見た。

「そ……その辺りです! ライトニングさんの残した『ナイアーL』という場所!」

「なにぃ!? ちょっと行き過ぎちまってるじゃねーか!!」

 吼えた火龍に、

「ご、ごめんなさい……!」

 謝りつつ旋回行動を取った橘花は、言葉を失う。

 それは、火龍も同様であった。

 視線を巡らせた先──アポロ級の軍勢の間から圏谷(けんこく)の緑が見え隠れしている。

 そこに紛れもない級友(クラスメート)、F-35AJライトニングⅡの姿があった。

「ライトニング!?」

「そんな……モジュールを召喚してない!」

 橘花は悲鳴にも似た声を上げていた。

 戦場に於いて最も重要となるのは、LeD粒子を操り次元干渉(ディメンション・インフルーエンス)の保護を得る事である。長い訓練の末、戦闘機少女たちはその力で物理的なダメージをほぼ無効にする。

 その加護なしにADDと生身で戦闘できるわけも無く、制御を失って命を落とした少女も、少なくはないのだ。

 ライトニングⅡは、戦闘機モジュールを解除した状態で草原にへたり込んでいた。

 敵陣の真っただ中で、それはまさに自殺行為である。

「いったい何を……!?」

「救い出すぞッ!」

 二人がライトニングⅡ目掛けて飛んだ刹那──円錐形をした無慈悲な機械が、動いた。

 ADDの黒鉄色の装甲表面が隆起し、ガチリ……と鳴る。

 そして、3.5mほどの大きさのそれは、機体表面より剥がれ落ちるとバシュッ! と、末端部分から噴射炎を出した。

 ──空対地ミサイルッ!?

 火龍と橘花の時間は止まった。

 まだ遥か彼方のライトニングⅡは、自分目掛けて真っ直ぐに落下するミサイルを呆然と見ている。

 逃げる事も、防御する事もしない。

 最悪の想像が、二人の頭を埋め尽くす。

 まさか、有り得ない。

 毎日教室で顔を合わせた友達が。

 クラス一元気良く、いつもピョンピョン飛び跳ねていた彼女が。

 すぐ、目の前で──!

 着弾した瞬間、火龍は叫んでいた。しかし、それは轟く爆裂音に掻き消され──迸る閃光に視界も奪われた。

<<二月二日午前七時五十五分
      ──ライトニングⅡ消滅(ロスト)>>

「あう……心神さんが……泣いてる……」

 戦闘機少女養成学園──ピクシーズの少女たちは、緊急会議(ホームルーム)の招集を受け教室へと急いでいる。

 背後からのか細い声に、ATD-X1心神は振り向いた。

 彼女が見やると、廊下の端──コンクリート柱の陰にF-117ナイトホークがいた。まるで人目を避けるように隠れたナイトホークは、じっと心神を見ていた。

「あ……ナイトホークさん」

 心神は頬を伝う涙を拭うと、スッと息を吸い込んで笑顔に戻った。

「なに……泣いてるの……?」

 心配そうに眉を寄せたナイトホークが尋ねる。その身体は、ほとんど柱の陰に隠れたままだ。普段から無口であまり目立たない彼女は、ひっそりと佇んでいる事が多い。

「なんでもないんです。ただ……ライトニングさんの事が心配で……気付いたら涙が流れていました」

「あう……優しい……ね……」

 伏し目がちに心神を見て、ナイトホークは薄く笑みを浮かべた。

 心神の胸中に沸いた悪い予感を打ち消してくれるような、そんな微笑だった。

 ナイトホークと心神は並んで、教室まで歩き出す。

「心神さん……『イトニャン』は……やめたの……?」

「いとにゃん……」

 ナイトホークに質問され、心神は思い出していた。『イトニャン』とは、一週間前の新型ディアナ級事件の時、ライトニングⅡに付けたニックネームである。

「はい、ラプターさんに笑われてしまいました」

「ゆるキャラ……みたいだもん……」

「可愛いと思ったのですが……」

 首を傾げた心神は、「あっ」と呟いてナイトホークを見た。

「トホニャン?」

「あう……ボクも……遠慮します……!」

 真顔で即却下である。

 心神のネーミングセンスが認められる日は、遠いようだ。

 どうしてでしょう……と不思議そうな顔をしたまま、心神はナイトホークと教室へ入って行った。

 ほどなくして学園内の全ピクシーズが集まり──RQ-3ダークスターの口からライトニングⅡ撃墜の報告がなされた。

<<二月一日午後九時
      ──ライトニングⅡ消滅の十時間五十五分前>>

 ライトニングⅡ、そして火龍と橘花。

 三人が狂気山脈での事件に巻き込まれたのは、いったいどういう経緯からなのか?

 再び、前日の戦闘機少女たちの姿を追うこととしよう。

「橘花、ここにいたのかよ」

 戦闘機少女養成学園レーダー管制室では、火龍と橘花がいた。今の二人は、翌日の悲劇など想像もしていない。

「火龍……?」

 和装の少女──試製橘花は管制システムのモニターから、従姉妹へと身体の向きを変えた。

 二人は母親同士が姉妹という血縁関係にあった。しかしながら、やや大柄でしなやかな肢体の火龍と、幼さの残る身体つきの橘花は対照的だ。

「大量のおはぎを持って、いったいどこへ行ったのかと思ったが……何してんだ?」

「おはぎではなくぼた餅ですよ?」

「春はぼた餅で秋がおはぎ──ってんだろ? どっちでもいいんだよ!」

「あら、わかっているじゃないですか」

 ニッコリと笑った橘花に、火龍は「やれやれだぜ」と呟き、

「橘花の作るおは……ぼた餅はlecker(レッカー)(絶品)だからなぁ」

 と、破顔して見せた。

「心配しなくても、火龍の分も取ってありますよ」

「おう! そうでなきゃ、俺は暴れる!」

 豪快に笑った火龍は、管制席に座る橘花の隣に立ち、

「で、橘花ちゃんは誰を覗き見してるのかなあ?」

 おどけた口調で尋ねた。管制室の大型モニターは三十二分割されており、学園内各所に設置された監視カメラと連動している。

「の、覗きなんてしませんっ」

 唇を尖らせる橘花。火龍の笑みはますます深くなった。

「そーかい! じゃあ良い子の橘花ちゃんにご褒美として『管制室の裏技コマンド』を教えてやるよ!」

「うらわざ……?」

「とある人物がこっそり組み込んだ隠しプログラムだぜ? キーボードのテンキーで、そのコマンドを入力すると……」

「入力すると?」

 声をひそめた火龍を、橘花は真剣なまなざしで見た。

「なんと──更衣室を含む十二か所の隠しカメラ映像へのアクセスが可能になる!」

「えええええっ!?」

 更衣室の隠しカメラ──!!

 橘花の頭に、クラスメートたちの生着替え姿が浮かび上がり……。

「……えっと、いつも見ている光景ですね」

「おう、そうだな……」

 よく考えるまでも無く、教員を含め女性しかいない妖精学園ではピーピングなどあまり意味がなかった……。

「敢えてファインダー越しに見れば、背徳感が味わえるんじゃねーのか?」

「なんでそんな事しなきゃいけないんですかっ!」

 ついに吠えた和装少女を、火龍は笑いながら制した。

「忘れてくれ! セキュリティチェックを解除してアクセス権を上げるためのコマンドらしーんだよ!」

「悪用してはいけませんよ?」

「はーい、了解了解」

「それにしても、とある人物って誰なんです?」

「それは言えない!」

 クールな外見とは違い、火龍は豪快で少々悪戯好きな性格をしていた。そのギャップに、目を白黒させる者も多い。

 そんな彼女の姿を見ていると、橘花の口元は自然と綻ぶのだった。

「ん? なにがおかしいんだ?」

「いいえ、別に」

 その言葉とは裏腹に、橘花は笑いを抑えられず火龍から視線を逸らした。

「おおおーっ!? どう見ても俺のこと笑ってやしませんかね、橘花ちゃんんん!?」

 目を吊り上げた火龍は、その長身をグイッと屈めて──橘花の掛ける席の背もたれへと手を突いた。

「!!」

 ドン、と椅子を固定して橘花へと覆いかぶさってくるような姿勢の火龍。二人の距離の急接近に、橘花は思わず身をすくめる。目と目が合った瞬間、金縛りのようになった。

 ──火龍、あなたは……。

 薄いブルーの瞳を見て、試製橘花は心の中に去来する想いを感じていた。

 幼き日より、姉妹同然に育った二人。

 傍から見ても、どちらが姉でどちらが妹ということも無い関係は微笑ましいモノと映るだろう。

 鼓動が速くなり頬が上気するのを、橘花は感じた。

 いけない──このままでは……。

 その感情に支配される前に、橘花はうつむいて言った。

「橘花は──ADDとの戦闘には向いていませんので……ここでレーダーシステムを勉強していたのです」

 話題を変えた和装の少女に、火龍は「ふーむ」と唸る。

「俺と橘花のKK指数は、そう変わらないんだぜ? 戦闘機モジュールだって、ライトニングやラプターなんかと比べると未完成みたいなモノだしなぁ……」

「でも、火龍は使いこなしているじゃないですか」

 彼女たち「ピクシーズ」が異世界より召喚するモジュール。それらは固有のスペックを持っている。戦闘機少女自身のKK指数──LeD粒子を操る能力値──によって左右されるのだが、モジュール由来の戦力差もまた、歴然として存在していた。

 しかし……試製橘花の抱えている問題は、また別種の物であった。

「橘花は、緊急発進(スクランブル)モードを発動させることさえ、ままならないのですから……」

 呟くように言う橘花。

 緊急発進モードとは、LeD粒子のフルドライブによる武装展開状態である。モジュールを召喚した通常装着(スタンバイ)モードと比べLeD粒子の消費が激しく戦闘機少女への負担は大きいが、殲滅力は倍増する。ADDとの戦闘に於いて、必須とも言えるテクニックだった。

 LeD粒子の操作、モジュールの運用を習得した戦闘機少女が最終的に極める事になるのだが──。

「またそれか」

 肩を落とした橘花を見て、火龍は困惑の表情を浮かべた。

「…………」

「橘花よお……誰もがホーネットみたいにバシバシ敵を撃ち落とせばいいってもんじゃねーんだぜ?」

 引き合いに出されたピクシーズ──F/A-18ホーネットは、クラス中でも名(な)うてのアタッカーである。彼女は世界(セカイ)各地の戦場を渡り歩いた経験があり、対ADD戦では常に鬼気迫るファイトを見せる。

 火龍は続けた。

「だが、戦いはスタンドプレイじゃあ勝てねえ。ホーネットだって、ドルフィンやバイパーゼロに背中を預けているからこそ、安心して打って出る事ができる。俺だってそうさ!」

「──……でも!」

 橘花は、その大きな瞳に不安の色を湛えて見つめてきた。

 こと、KK能力に於いて試製橘花に他者より劣る部分はない。しかしながら──学園での長い訓練を通じて、橘花が戦闘機モジュールをモードチェンジさせたことはなかった。

 橘花自身、その事実を気負いつつも……今日に至るまで克服できていないのだ。

 火龍は──瞳を閉じ、静かに言った。

「なあ橘花……俺はお前に感謝しているんだ。ずっとずっと、長い事な……」

「えっ……?」

 突然の言葉に、橘花は驚いた。そう──それはまさに、彼女の予想もしなかった告白だったのである。

「五歳の頃、だよな? 俺は両親と事故に遭い、大怪我をした。そして……親父とお袋はこの世からハイ、サヨナラ! 俺も──」

 火龍はトレードマークの学帽をずらし、前髪をかき上げる。そこには──左眉の上から縦にひとすじの傷跡が隠れていた。

「頭に一撃喰らって、生死の境をさまよった。で──五歳以前の記憶をキレイさっぱり忘れちまった! スパァーン、っと!!」

 その凄惨な出来事を笑い飛ばすかのように、火龍は語る。亡くなった火龍の母は、橘花の叔母にあたる。そして、一人残された火龍は橘花の両親に引き取られたのだ。

 橘花も勿論知っていた。だが、火龍の口から聞かされるのは初めてであった。

「今でも、事故以前の記憶はねーんだけど……んなこたぁーどうでもいいのさ! でもよ、これだけははっきり覚えてるんだぜ? それは──」

 橘花は──……自分の心臓が爆発しそうなほど激しく脈打っているのを感じた。話す火龍の唇が、決して止める事の出来ない歯車によって動かされているように見えた。

 橘花は──……恐れていた。

「何もかも忘れちまった俺を、温かく迎えてくれた伯父さんと伯母さん──と……橘花」

 照れ隠しだったのか橘花の顔を見ないようにして、最後の方は小さな声で。

「…………」

 黙したままの橘花は、内心ホッとしていた。火龍の発言は、幸運なことに橘花の想像とは違うものだったのだ。

 彼女に気付かれないように、橘花は心を鎮めようと努力していた。

「今、ここに生きてることが大事だって思うんだよ! うん! だから、小さな俺を護ってくれた橘花を、今度は俺が護ってやるよ!! これでいいだろ!?」

 早口でまくしたてる火龍は、柄にもなく真っ赤になっているようだった。

 自分の良く知る、愛すべき隣人の姿を前に……試製橘花は、心のざわめきを覚えていた。

 それは、決して口に出してはいけない気持ち。

 橘花の魂の奥底に仕舞い込んだ、禁断の感情であった。

 ──ちがう。ちがうんだよ、かりゅう……。

 その言葉を飲み込み、微笑で隠した時──。

 トントン……。

 管制室のドアをノックする音に、二人は振り返った。

<<二月一日午後九時五分
      ──ライトニングⅡ消滅の十時間五十分前>>

 こちらは学園PCルーム。

「最近、擬人化って流行ってない?」

 ラプターの発言に、ライトニングⅡとファイティングファルコンはあなた──この雑誌を手に取っているあなた──の方向を見た。

「ちょっと! 二人ともどっち向いてんの!?」

 眉を寄せたラプターに、

「いや、ラプターちんがあんまり恐ろしいこと言うもんだから……」

 と、ライトニングⅡは硬い声で呟いた。

「はあ!? 何が言いたいの? ホラ、スマホのアプリでもブラウザゲーでも、近頃なんでも擬人化してるって。乙女ゲーマーの間でも話題だよ! 豪華な声優を起用した、武器か何かを美少年に置き換えたヤツ」

「セ、センパイ! もうその辺にしませんか?」

「ライちゃん、ゲーム好きでしょ?」

「今のあたしはアタモンひとすじだね!」

「声豚じゃないもんね」

「ラプターちん、それ以上はダメだよ!」

 集まったライトニングⅡらは、ファイティングファルコンに開錠してもらいパソコンルームへ入室していた。

「あんまり第四の壁を破壊させないでくれない?」

「ライちゃんの言っている意味がよく分からない」

 咎めるライトニングⅡにも、ラプターは涼しい顔で答えた。

 設置してあるPCの一台をファイティングファルコンが起動している。ラプターとライトニングⅡは隣の席から椅子だけ引っ張り出して、ファルを挟むように座った。

「せ、狭いですぅ……」

 戦闘機少女三人は、一台のパソコンを前にギュウギュウ詰め状態である。主に──真ん中のファイティングファルコンが。

 ラプターが、ふと思い立ったように話し出した。

「あ……そうそう。戦闘機モジュールってさ、『異世界の戦闘機』を私たちがLeD粒子で再現してるものじゃない? 強いイメージを持って召喚すれば、モジュールの見た目も操れるのかな?」

「強いイメージ……ですか?」

「ラプターちんの思い付きネタはろくでもないから乗らない方がいーよ」

 釘を刺そうとしたライトニングⅡを完全に無視して、ラプターは続けた。

「思ったんだけどさ、戦闘機モジュールを解除した時──バシィィィィンと『異世界の戦闘機』の姿に戻ったらカッコ良くない!?」

 目をキラキラさせたラプターが「どや!」とばかりに提案したが……二人は黙って見つめ返した。

「召喚した時もさ、最初は『戦闘機』の形でモジュールが出て来て、それを見た敵が『なにい!?』とうろたえる!」

「敵!?」

「そして『戦闘機』がバァァァァンと分解、私はグルグル回りながら全身に装着していく! 第五世代ステルス戦闘機座の聖戦闘機少女ラプター!!」

 ラプターは銀河をバックに拳を突き出してポーズを決めた!

「ステルス戦闘機座ああああ──ッ!?」

 叫んだ二人の顔は車田タッチになっていた。その微妙な反応に、

「……ラプター座?」

 と、言い直すラプター。

「突っ込むところが多過ぎるよぉぉぉぉぉぉ!!」

「『聖(せい)戦闘機(せんとうき)少女(しょうじょ)』って書いて……何て読むんです?」

「セイント」

「くおらぁぁぁぁ! いい加減にしろぉぉぉぉぉ!!」

「そうですよ、ラプターセンパイ」

 目を吊り上げたライトニングⅡと並んで、ファルは苦笑して言った。

「『戦闘機型』なんだから、鋼鉄聖○士(スチールセイ○ト)になっちゃうじゃないですか」

「あっ、そっかぁー。ネタ被りしちゃった。テヘペロ」

「問題はそこじゃなぁぁぁぁぁぁい!!」

 怒ったライトニングⅡの周囲が、やや青白く輝くのを見て……ラプターとファイティングファルコンはハッとした。

「ライちゃん、ストップ!」

「センパイ、それはダメです!」

 二人に止められ、ライトニングⅡも我に返った。彼女の怒りによって次元干渉が起こり、強力な電撃を誘発する特殊能力。以前戦闘空域(コンバット・エア・スペース)にて発動させ、周囲にいたピクシーズ全員のスマートフォンを破壊した前科を持つのだ!

「いけない、いいんちょーにしばかれてしまうところだった……」

 眉間にしわを寄せ、ライトニングⅡが位相変換(フェイズ・シフト)を抑える。一歩間違えれば、PCルームのコンピューターが全滅である。ラプターとファルも、ホッと胸を撫で下ろした。

「ライちゃん、禁じ手だぞ。その──『星光連流撃(スターバースト・ストリーム)』……だっけ?」

「違うよっ! 『ライトニング・ブレイカー』だよ!!」

「そうですよ、それだと二刀流になっちゃうじゃないですか」

「ラプターちんにガンガン合わせて行くスタイルはやーめーてー!!」

 ハアハアと肩で息をするライトニングⅡを前に、ラプターとファルは「楽しいね!」と笑い合った。

「さて……心神さんはふらっと出て行ったきり戻って来ないし、『ナイアーL(エル)』調べよーか!」

 言うが早いか、ラプターは身を乗り出してファルの横からキーボードを叩き始めた。

「やっぱり、狭いですぅ……」

 カタカタ──キーボードの音に混ざって、ファイティングファルコンが呟いた。

<<二月一日午後九時三十分
      ──ライトニングⅡ消滅の十時間二十五分前>>

「お互いの身体の仕組みについて、理解を深める……です?」

 小首を傾げた心神は、火龍の言葉を反芻した。

 レーダー管制室──火龍と橘花が語り合っていたところへ、心神が訪れていた。

 このところ、心神は色んなものに興味を持ち、ある時は他人の仕草を真似てみたり、またある時は子供のようにふらふらと徘徊する……といった行動を取っていた。

 今も、手洗いに行こうとライトニングⅡたちと別れた後フロアを練り歩き、管制室から人の気配を感じて立ち寄ってしまったのである。

「うん、そう。まずは……下着姿になってみようぜ!」

「はい」

「火龍!」

 試製橘花は火龍に睨みを利かせると、

「心神さん、身体の仕組みと言うのは──橘花の戦闘機モジュールについての話なんです」

「そうですか。では、下着姿になってお話します?」

「それは火龍の冗談ですから、思いっきり忘れて下さい」

 心神はきょとんとして、橘花と火龍の顔を交互に見た。

「そうですよね、火龍?」

「お、おう。ドイツのジョークだ! Witz(ウィッツ) Deutschlands(ドイチェランズ)!!」

「なるほどです」

 二人の勢いに呑まれたのか、心神は納得した。代わりに火龍が、

「そもそもよぉ……突然『服を脱ぎなさい』なんて言われた時は、簡単に従っちゃあいけねえーんだぜ?」

 と言うと、心神は「ああ……」と漏らし、

「そうでした……! こんな時、なんて言うべきか知っていました!」

 何かを思い出したのか、真剣な表情で言った。

「おう、なんて?」

 火龍が促すと心神は、

「はい……『やめて! 私に乱暴する気でしょう? エロ同人みたいに!』……です!」

 恐ろしく真面目な顔のまま言い放ち、火龍と橘花を呆然とさせた。

「え……なに?」

「エロ同人みたいに、です!」

 元気よく繰り返した心神に、火龍が吼えた。

「そーじゃねえええええ! 誰から教わったんだよ!?」

「ラプターさんです」

 その返答に、火龍はため息をついた。

「心神ちゃん……いい先生を持ったな……」

「はい。ラプターさんは知識が豊富で、私に色んなことを教えてくれます! マンガとかアニメとか……」

「うん、わかった。もういいから」

 慈しみの眼差しを向けた火龍は、

「そう言えば、心神ちゃんの戦闘機モジュールは先進技術実証機(アドバンスド・テクノロジカル・デモンストレイター)だったな?」

 橘花を振り返ると、悪戯っぽく笑って見せた。

「いい機会だ! ネットワークのアクセス権をいじって、FGAFのデータベースを覗こうぜ!」

<<二月一日午後九時四十分
      ──ライトニングⅡ消滅の十時間十五分前>>

「管理機構のデータベースですか?」

 橘花が尋ねると、火龍はキーボードを操作しつつ答えた。

「FGAFが世界中の訓練施設を共有ネットワークで繋いでいるのは知ってるよな?」

「ええ。脅威に対する情報共有として、二十四時間常に最新の状態でログが更新されていると聞きます。最も、閲覧を許されたピクシーズは限られていますが……」

 橘花の頭に、委員長を含む数名の級友の顔が浮かぶ。学園内でも戦術チームの要となるメンバー、及び情報参謀を任される者たちである。

「本人じゃなくても、委任を受けてワンタイム・パスを発行して貰えば誰だってログインできるだろ? 今からアクセスするのは、そんなレベルのネットワークじゃねーんだよ」

 火龍は、勿体ぶったように含みを持たせて言う。分割モニターの一つが切り替わり、ネットワークブラウザが起ち上がっていた。

「さて、隠しコマンド──上上下下左右左右……」

 何やら怪しげなキー操作をすると、ブラウザのツールバーに新たなアイコンが出現した。

「火龍……おかしなことをするのはやめて下さいね?」

「心配するなって! まずはこのツールでプロキシサーバーをランダムに選出して……」

 不安げな面持ちの橘花をよそに、火龍はワイヤレスマウスをクリックし続ける。

 やがて──。

「よし、入ったぞ」

 火龍の呟きと共に、モニター上には一つのフォルダが表示された。

 映し出されたフォルダには”Salem”と名前が付けられている。

「なんでしょう……セイ、ラム?」

 読み上げた橘花に、火龍は頷いた。

「意味は分からねーが、この『セイラム』ってのは、通常では辿り着けないフォルダなんだよ。どうやって繋がっているのかは知らん!」

 分からないことを分からないと豪語する火龍。どうやら、誰かの受け売りであることに間違いない。

 黙って見ていた心神が、

「特殊な通信プロトコルで定義されているネットワーク──のようです」

 と言って、火龍と橘花は目を見張った。

「そうなのか?」

「はい。これは”Salem’s Net”……。管理機構のサーバーとは別の、何かです。あまり、深く調べない方がいいような気がします」

「セイラムズ・ネット?」

「まあともかく、普通では見れないものが見れて面白いんだぜ!」

 心神の警告にも似た言葉を無視して、火龍はフォルダを展開した。すると、画面には無数のファイルが並んだ。どれも無地のアイコン──つまり、学園のコンピューターでは閲覧不可能なファイルのようである。

「えーっと、ファイルサイズ順でソートして、更にフィルタリングして、コンバートを掛けてやれば──……」

 ひとつひとつの手順を思い出しながら火龍が操作する。

「おう、出たぞ出たぞー」

 いくつかのファイルが選択され、サムネイル表示された。

 その画像は──。

「これは……『戦闘機』!?」

「おうよ!」

 火龍は不敵に笑い、アイコンをクリックした。

 モニターに映し出されたのは、ターボファン双発エンジンのジェット戦闘機──F-15Jイーグル。青空をバックにしたその雄姿は、紛れもない委員長の召喚する異世界の戦闘機そのものであった。

 橘花と心神は、思わず息を飲んだ。彼女たちが目にしているのは、この世界には存在しない物の写真なのである。

 火龍がマウスをクリックするたび、F-4EJファントムⅡ、F-16ファイティングファルコンと……次々に戦闘機の画像は切り替わった。

「俺たち──戦闘機少女は、生まれながらに異世界の『戦闘機』と次元結合(ディメンション・リンク)している。その機体能力(スペック)を、FGAFから資料として渡されたはずだ」

 KK能力者として見出され、訓練によって覚醒したファイター・ガールたち。彼女たちの誰もが、召喚し操るモジュールの『戦闘機』を想い描くのは必然であった。

 その真の姿が、Salem’s Netのストレージに保存されているのだ。

 ネ20ターボジェットエンジン二基を備えた『戦闘機』試製橘花改の画像で、火龍はクリックを停止した。

「これが……橘花の、戦闘機……!」

 完全に目を奪われた橘花は囁くように言った。

 モニターに現れたその姿は、少女の想像を遥かに超えたディテールを見せつけている。

「橘花や俺の『戦闘機』は、実際には完成しなかったらしいな。イメージ画像ってところか?」

「イメージ画像……」

 機体を見たまま、橘花は言った。

「それでも──橘花の胸は……ときめきました……!」

「そうだろう? 俺も、そうだったぜ!」

 火龍は満足げに笑みを浮かべると、画像を送った。

「私も……心神も、あります?」

「どれどれ、うむ──解析完了したデータの中には無いみたいだな」

「そうですか……」

 閲覧できた画像はほんの十数枚で、そのうちにATD-X1は含まれていなかった。

「それにしても──FGAFがここまで異世界の『戦闘機』を研究していたなんて……」

 ひとりごちた橘花は、管制席に深く座り直した。その考え込む様子を見て、火龍は腕を組んで言った。

「戦闘機モジュールの解析データから合成した再現画像、だよな? 妙に現実感(リアリティ)を追求したモンだとは思うが……」

 大空に編隊を組む、夕陽をバックに飛ぶ、滑走路に待機する……先程見た『戦闘機』の画像の数々は、どれも本物と見紛う物であった。しかし、全てこの世界に存在するはずもない機体だ。

 真の姿を模索して作成した画像にしては、無駄に思えるほどシチュエーションが多彩であった。

「まあとにかく! 召喚元の『戦闘機』をイメージしやすくなれば、モジュールの扱いにも良い影響が出るかも知れないだろ!?」

 得意げに言った火龍を見て、橘花は温かい優しさを感じていた。緊急発進モードを扱う事のできない自分を、慰めてくれているのだ。

 同時に、橘花の心の奥底では……冷たい炎がチロチロと蒼い舌を揺らしていた。

 決して真実を語る事の出来ない、橘花自身の感情を焚き木にして。

 そうとは知らない火龍は、セキュリティのハックを解除すると、

「心神ちゃんよ、今見た画像の事は誰にも言ってはならねぇーぜ!!」

 と凄んだ。

「どうしてです?」

「FGAFのサーバーをハッキングしたのがバレてみろ、俺は委員長にお仕置きされるんだよッ!」

「……そうなんです?」

 不思議そうに首を傾げた心神に、火龍は「そうなんです」と低い声で言った。

「ライトニングやラプターに喋ってもダメだぜ?」

「そうですか……では、なんて言ったらいいのか悩んでしまいますね」

 真面目に考え込む心神の両肩を掴んで、火龍は次のように言った。

「三人でエッチな事をいっぱいしてしまった──とでも言っとけ! な?」

「エッチな事……とは、どういう意味です?」

 言葉の意図が理解できず、首を傾げる心神。

「そう言ったら、ライトニングたちは……」

「ライトニングさんたちは……?」

 火龍はグッと顔を寄せ、心神と鼻が触れ合いそうなほどの距離で言う。

「よろこぶ……ッ!」

「そうなんですか……!」

 実は笑いをこらえながら真剣な顔をした火龍だが、心神はキリッと真面目に、

「必ず伝えます──エッチな事をいっぱいしてしまいました、と……!」

 と言った。

 火龍は笑いが抑え切れず心神に背を向け、呆れ顔の橘花へ「腹筋が……死ぬ!」と小さな声で洩らした。

 心神は懐からスマートフォンを取り出すと、チラリと画面を見て、

「ではそろそろ……ラプターさんたちの所へ戻ります。楽しい時間を過ごさせて頂き、ありがとうございました」

 ぺこりと頭を下げた。

「うっす、こっちも笑わせてもらったぜ!」

「?」

「いや、気にするな!」

 目尻に浮かんだ涙を指ですくった火龍は、

「おっ……プリクラじゃねーの?」

 心神の手にしたスマホを見て言った。そこには、三人の少女が笑顔で写したプリクラシールが貼ってあった。

 心神はニッコリと笑って頷くと、火龍と橘花が良く見えるようにスマホを向けて持った。

「はい。先日、ライトニングさんとラプターさんと一緒に撮ったプリクラです」

 シールにはフレームに収まった三人の姿。『なかよし三人組』『ズッ友だョ』とカラフルな文字が書かれている。

「良いですね」

 穏やかな笑みを浮かべた橘花に、心神は再度頷いた。

<<二月二日午前七時五十五分
      ──ライトニングⅡ消滅(ロスト)>>

 F-35AJライトニングⅡ──モジュールを奪われた彼女は、ADDの放った空対地ミサイルの直撃を生身で受けた。

 成形炸薬弾と同一の構造とされるそれは、超高速の金属噴流を発生させ目標をズタズタに破壊する。

 自らの死を悟ったライトニングⅡは、為す術もなく周囲のすべてが吹き飛ばされる様子を見ていた。

 ──ラプターちん、ここにゃん、委員長……。みんな、ゴメン……!

 死の瞬間。

 彼女の身体は現世のあらゆる感覚から解き放たれていた。

 音の無い世界。

 暑さも寒さも、重力も……何も感じない。

 ただ──ライトニングⅡは『視(み)て』いた。

 それさえも視覚によるものではなく、全てが奪われた後に残った彼女の自我意識が『視ている』のだ。

 ADDの爆撃により、何もかもが破壊されている。

 ライトニングⅡの肉体も──同様に砕け散ったのだろうか?

 ──うわ……何だかエグいなぁ……。

 考えるだけの存在となったライトニングⅡは、虚空に呟いた。

 ──本当に死んじゃったか……。今のあたしは俗に言う『魂』みたいな? ってことは『死後の世界』なの? 死んだら驚いた!! ──なんちゃって……。

 その独り言は『声』なのか『思念』なのか……。

 吹き荒れる破壊の衝撃波を視ていると、少しずつ視野角が狭くなり──視点ごと、上空に移動し始めた。

 ──空に……空に吸い込まれるんだ。イヤだな、まだまだやりたい事がいっぱいあったし。ここにゃんもラプターちんも世話が焼けるんだから……。あんまり委員長を困らせないように言っておけば良かった。それから──。

 クラスメートに続いて、ライトニングⅡの思念体は懐かしい人々を想い出していた。実家の家族、故郷の友人、知人……。

 彼女の、護りたかった人たち。

 ──みんな、みんなぁ……。ゴメンね、あたしは約束を守れなかったよぉ……。この空(ソラ)を、日本(ニホン)を、世界(セカイ)を護って……必ず平和を……みんなの平和を……ッ!!

 ライトニングⅡの魂は、慟哭していた。

 だが、無情にも眼下に広がる狂気の山脈は遠ざかり、視えている光景もおぼろげになって行く。

 このまま、永劫の暗闇に呑まれてしまうのか?

 と──。

 既に遥か下方となった山脈に、ライトニングⅡは二人の戦闘機少女の姿を視た。

 ──あれは……火龍っちと橘花っち!? どうして、二人が……?

 その時、ライトニングⅡの視界は凄まじい光量に晒された。まばゆく煌めくその光は、制御不能となったLeD粒子の奔流。

 ──うわあああっ! LeD粒子が、あたしを包み込もうとしてる! いったい、どうなってるのッ!?

 声なき叫びをあげるライトニングⅡの意識。

 白き光の世界で魂まで焼き尽くされるかと思った次の瞬間──。

 LeD粒子の嵐が収まり、ライトニングⅡは強い衝撃を感じた。

「──うぐっ!」

 低く呻いたライトニングⅡは、天に向かって上昇しているのではなく、硬い岩の上に投げ出されていた。長い年月をかけて形成されたと思しき堆積岩を背に、彼女は仰向けの状態で咳込んだ。

「げほ……うっ……かはっ……」

 肺が酸素を求めて喘ぎ、しばらく深呼吸を繰り返す。人事不詳から突如回復したライトニングⅡは、うっすらと目を開けると、

「はあっ……ううう~……いったぁ~……」

 岩盤に打ちつけた身体の痛みを感じながら呟いた。

「死んだ後でも痛いわけ? それにしても──ここ……天国?」

 身体を横たえたまま、視線だけを巡らせて周囲を探る。そこは──先程までいた中央アルプスではなかった。

 剥き出しの岩肌は見渡す限り彼方まで続いており、その場所が切り立った山の山頂付近である事のみを示していた。植物はおろか生命の片鱗も見られない、まさに不毛の大地。測り知れない年月を、その斜面に刻みつけているようだ。

 ライトニングⅡの瞳には……冷たく広がる粘板岩(スレート)と、どんよりと濁り重く圧し掛かってくるような空が映っていた。

「どちらかと言うと──地獄じゃん。いい子のあたしが地獄に落ちる訳はないよねぇ……」

 眉をひそめたライトニングⅡは、

「つまり……あたしはまだ生きてる?」

 そう呟くと、上体を起こそうとした。

 だが。

「ち……力が、入らな……い……!」

 上半身を支えた両腕がガクガクと震え、ライトニングⅡの身体は半回転するとうつ伏せになってしまった。

「ふぐぅ、うううぅぅぅ~……。起きられないぞぉ……」

 情けない声を出し、ライトニングⅡは脱力した。

 死の恐怖に襲われ……今なお見知らぬ場所にて、身体の自由すら利かない。

「はぁ……もう、ムリだよぉ……」

 十代半ばの少女の心を砕くには、十分なシチュエーションだろう。

「あたし……自分の命を賭けてまで戦って……どうしたいんだょ……」

 自問したその時──。

 カシャン。

 ライトニングⅡのパーカーから何かが滑り落ち、硬質な音を立てた。

「…………」

 力のない目で音の出処を見やったライトニングⅡは、ハッと息を飲んだ。

 それは学園宿舎棟にある、自室のカードキー。彼女の目に飛び込んで来たのは、そこに貼られている一枚のプリクラシールだった。

 仲良し三人組みが笑顔を寄せている、そのシール。

 じっと見つめるライトニングⅡの瞳に、強烈な光が宿り始めた。

「うん、分かってる……!!」

 シールにプリントされたクラスメートに向かって微笑むと、ライトニングⅡは震える手で「ガシィッ!」とカードを掴んだ。

<<二月一日午後九時五十五分
      ──ライトニングⅡ消滅の十時間前>>

「もう……心神さんにあんなことを言って良かったんですか?」

 レーダー管制室の壁際に置かれたソファーへ腰掛けた橘花は、咎めるような口調で火龍に言った。

「『エッチな事をしてしまいました』って? 構わねえよ! ラプターたちはエロネタ大好きだし、妄想大爆発だな!!」

 わははは、と笑い飛ばしながら火龍が答える。火龍の冗談を真に受けてライトニングⅡとラプターが大騒ぎする……というのがお決まりのパターンであった。

 しかし、まだ気になるのか、

「でも……三人とか、その……橘花は……うう」

「ん? なんだよ」

「あ……なんでも、ありません……」

 顔を赤くした橘花は、消え去るような声で言った。冗談を本気にしたラプターたちに質問されても、黙っておこう……と心の中で呟く。

 橘花の様子を見て微笑んだ火龍は、どっかりと管制席に座り込んだ。

「しかし、ADDが一週間も出現しないってのは退屈だなあ~」

 頭の後ろで手を組み、長身を弓なりに逸らした火龍が緊張感のない声で言うと、

「火龍、それは不謹慎ですよ?」

 すぐさま橘花に指摘された。

「だってよー、毎日毎日授業と演習の繰り返しじゃねーか。俺たちは、日本(ニホン)の空を護る戦闘機少女(ピクシーズ)ちゃんだぜ?」

「私たちだって、普通の女の子と同じ暮らしをする権利があると思います」

「権利ってんなら──侵害されることのない自由を伴って欲しいもんだねえ……」

 火龍の皮肉めいた物言いに、橘花は口を閉ざした。

 異世界からの侵略兵器に対抗する唯一の剣(つるぎ)──戦闘機少女たち。

 自ら望んで得た力ではない。

 中には、戦場に出ることを拒む者もいる。だが、LeD粒子を操るための訓練を受けないまま覚醒した少女は非常に危険であるとされ、FGAFによってほぼ監禁に近い状況に置かれてしまう──と言う。

 試製橘花のように、戦いに不向きな性格の少女さえ訓練を受けているのは、そういった背景もあったのだ。

「明日は──」

 沈黙を破ったのは、火龍であった。

「ファイティングファルコンの誕生日だったな……」

「そうですね」

 橘花が相槌を打つと、火龍は座席の背もたれを軋ませながらそちらを向いた。

「委員長と二人で、街まで出掛けるんだって……すごく楽しみにしてたぜ?」

 委員長──イーグルとファイティングファルコンは実の姉妹である。そして……幼くして両親を失っている、と言う点において、イーグルたちは火龍と似た過去を持っていた。

 自分の境遇と重ねてか、イーグル姉妹の話題を口にする火龍は特別な表情をしているように、橘花の目には映るのだった。

「姉妹水入らず──良い一日が過ごせるといいですね」

「ああ……そうだな」

 火龍は椅子の上で「うーーーーーん!」と伸びをして、

「俺たちもデートするか?」

 と笑った。

「え、ええっ!?」

 虚を突かれてうろたえる橘花に、

「そーだ! 久し振りにドリームランドのアドベンチャープールで泳ごうぜ!! 心神ちゃんとかも誘ってよ!」

 東京(トウキョウ)ドリームランドは、ピクシーズ御用達のテーマパークである。屋内外に様々なアトラクション施設を有しており、子供から大人まで楽しめるようになっている。

「ドリームランドですか? あ……みんなでデートですか……」

「そうだよ! 学園の温水プールみたいにちゃちなのじゃなくて、ドーンと遊べるアミューズメントなヤツ! ……ん? 二人っきりで行きたかったのか?」

「ふぇっ!?」

 思わず変な声が出て、橘花は両手で口を覆った。その様子に火龍は吹き出し、

「橘花ちゃんってば、相変わらず分かりやすい性格!」

「なななな、なにが言いたいのですか!?」

「べーつーにぃー? がっはっはっはっは!」

「ううううううっ……!」

 からかわれた橘花は、ソファーの上で縮こまった。

「プールと来れば、年中水着でうろうろしてるバイパーゼロも公序良俗に反する事がないだろ! って言うか、あいつの所為でドリームランド以外の選択肢が消されてしまうんだが」

「温厚な巡査部長が『鬼』と化す姿は見たくないですからね……」

 F-2バイパーゼロ。水着愛好家(ビキニスト)としてピクシーズでもひときわ目立つ少女である。日米ハーフ──金髪碧眼の美少女がしなやかな肢体にビキニを纏った姿は、グラビア雑誌の見開きと思えば極上の画(え)だが……公共の場に於いては当然ながら補導の対象である。

 そのため、ご近所の交番に勤務する警察官のオジサンからは要注意人物としてマークされていた。

「前回、火龍の着ていた水着。とてもカッコ良かったですよね」

「ああ、パンツタイプのホルタ―ビキニだっけ? 一回しか着てないなあ……。前回と言えばシューティングスターが着たピンクでフリフリの水着! アレは笑った」

「橘花は可愛くて良いと思いましたよ」

「俺の趣味じゃないね! あいつ、『空のお姫さま、シューティングスターでえええええす☆』とか平気で叫ぶだろ? 一般人の注目を集めるんだよな」

 火龍は裏声を出してシューティングスターのモノマネをすると、やれやれ……と肩をすくめた。

「ファントムさんの水着も目立ってました」

 橘花の言葉に、火龍はゴスロリ趣味のクラスメート──ファントムⅡの姿を思い浮かべた。刺繍入りの黒いレースがいっぱい付いた彼女の水着は、場違いなコスプレイベント衣装かランジェリー下着の一歩手前であった。

「……写真を撮ろうと群がる馬鹿どもを追い払うのに苦労した」

「面白がってラプターさんたちも撮影に参加しようとしてましたね!」

「まったく……。世間の皆様に『ピクシーズはおバカさんの集まりでーすっ!』──って宣伝したいんじゃねーのか?」

「ふふふ……でも、せっかく行くのなら委員長さんやファルさんも一緒に行ける日がいいんじゃないですか?」

 ニッコリ微笑んだ橘花の指摘に、火龍は「おう」と相づちを打った。

「それもそうだなあ。久しぶりのアドベンチャープールだし、委員長たちも……」

 クラス委員長──イーグルと、妹のファイティングファルコン。火龍の頭の中に、姉妹の水着姿が思い起こされる。

「…………」

 火龍と同じホルタ―ネックタイプのビキニが、はち切れそうなほどのスタイルの持ち主──それが、イーグル姉妹であった……!

 文武両道──『第一世代』と呼ばれる戦闘機少女の中でもトップクラスの成績を残すイーグルは、妹のファイティングファルコンをして「完璧なお姉ちゃん!」と言わしめる。それでいて、そのボディラインの破壊力……。妹のファルもまた、然り。

 二人を前にした火龍は、思わず白目になって自分のスレンダーな身体つきと比較してしまったのだ。

「……橘花、委員長たちはプール大嫌いじゃなかったか?」

「えっ!? そんなはずは……」

 橘花に否定され、火龍は願望が入り混じった雑念を振り払うように首を振った。

「すまん、忘れてくれ……! ともかく、遊びに行くならみんな一緒がイイな──」

「そうですね」

 二人は、時間が経つのも忘れて話し続けた。深夜になり、日付が変わっても──火龍たちのおしゃべりは終わらない。

 やがて──火龍は、管制席のシートに深く掛けたまま、うつらうつらとし始めた。

 束の間、レーダー管制室を沈黙が支配する。

 時間にして数秒間。意識が飛んでいた火龍は舟をこぎ始めて、その崩れたバランスにハッとなった。

「──んっ? いけねえ、眠りそうだった。うん……」

 目をしばたたきひとりごちた火龍は、管制室のソファーに座る橘花を振り返った。

「橘花──……」

 火龍が見やった先には、既に横になりスースーと寝息を立てている和服の少女がいた。四人掛けローソファーの肘掛けを枕にして、身体を横たえ……心は眠りの国だ。

 ──橘花、モジュールの事で悩んでいたな……。

 重い瞼のまま、火龍は立ち上がるとソファーまで歩み寄る。おもむろにトレードマークのコートを脱ぐと、静かに橘花へと被せた。掛け布団代わりである。

 その寝顔を見て、火龍の口元は綻んだ。

「お前に救われた事、俺は絶対に忘れねえ。だから、心配なんてしなくていいんだ……」

 囁くように言った火龍は、半ば微睡(まどろみ)に支配されながら管制席まで戻った。

 両親は原因の定かではない爆発によって他界した──と、火龍は聞かされている。

 自身の怪我、親を失った孤独、記憶喪失……そんな暗黒の子供時代だが、火龍の傍らには常に試製橘花がいた。

 本物の姉妹か、それ以上の存在。それが、橘花と火龍である。

「お前は……俺が……必ず、護る……ぜ……」

 管制席のシートに身体を委ねた火龍は、呟きながら眠りに落ちて行った。

<<二月二日午前四時
      ──ライトニングⅡ消滅の三時間五十五分前>>

 丑三つ時も過ぎた頃──世界は、未だ夜の眷属を脱していない。

 戦闘機少女養成学園もまた、例外ではなかった。

 全ての少女たちが戦いを忘れ、束の間の休息の時を過ごしている。

 ……レーダー管制室。

 安らかな眠りにつく火龍と橘花。

 ──だが。

 今……室内には、もう一人いた。

 その人物は、褐色の肌に薄い布地のロングドレスのような衣装を纏った、美しい女性だった。

 金色の装飾やアクセサリーで彩られた白い衣は、遥か異国の情緒を感じさせる。上質のシルクの如き滑らかなプラチナブロンドは背中まで達する長さがあり、レーダー設備の計器類から放たれる光を反射してうっすらと輝いていた。

 二十歳半ば程と思しく、瑞々しい肢体に妖艶な雰囲気を漂わせている……美女。

 どうやってここへ、そして──何を目的としているのか?

 真っ直ぐに切り揃えられた前髪の下から、生きた宝石のように煌めく双眸が試製橘花を見下ろしていた。

「橘花……貴女には……期待しています……」

 ぷっくりと厚く、怪しい色香を帯びた唇から爪弾き出された声は、澄んだ水のように美しく透き通っていた。聴く者の内耳神経から浸透し、蝸牛(かぎゅう)にそっと囁きかけるような鎮まりを持った声。

 ローソファー上の試製橘花は、深い眠りの中にいる。

 美しき侵入者は、その至宝の芸術品の如き美貌に微笑を浮かべた。見た者を恍惚とさせ、意志という意志を溶かしてしまいそうな──危険な笑みであった。

「橘花、橘花……。咲き乱れるのです。フフフ……その名の如く……」

 女は目を細め、いつまでも橘花を見ている。

 そう──その瞳は……左右で異なる虹彩の色をしていた。

 あの少女──『ラト』と同じく。

<<二月二日午前六時
      ──ライトニングⅡ消滅の一時間五十五分前>>

「ライトニングで……何をしようと言うのです?」

 美しき呼び掛けに、異国の黒い少女──ラトは顔を上げた。

「何だ……アルか~」

 学園のグラウンド──そこでは、今まさに異端の人か気が向かい合っている。

 ラト、そして──『アル』と呼ばれた白き美女。その二人の中間の距離に、LeDの残滓──KK波が漂い、朝日を反射して煌めいていた。

 もしここに航空電子機器(アビオニクス)装備の戦闘機少女がいたならば、そのKK波を……こう識別しただろう。

 『ライトニングⅡの個人(パーソナル)パターン』……と。

 アルは、成分が分解し霧散していく光の粒子から、ラトの手に持っている物へと視線を移した。

「ふん……何をしようと、アルには関係ないじゃ~ん!」

 ラトは露骨に反抗的な態度を表すと、丸っこい指で持ったスマートフォンを背後に投げ飛ばした。

「まだ……『ナイアーL』を名乗っているようですね」

 アルの静かな問いに、

「そぉーですけどぉ~。何か問題でもありゅ?」

 答えるラトは、挑発的と言っても良い。

「『ナイアーL』は我々の忌み名……軽々しく口にするのは好ましくありませんね。彼ら──FGAFも、警戒を強めるでしょう……」

「とーぜんなの! だから『ナイアーL』の名前を聞いて、震えあがって泣いちゃえばいいーんですよぉ~! 『うわぁー、ナイアーLが復讐に来るぅ~、怖いよぉ~、びええぇぇぇーん!』……なんてね~」

 幼い顔に浮かんだ笑みは、無邪気な子供のものであった。

 しかし──戦闘機少女管理機構が秘密にし、また畏れる存在とは……いったいどういうことなのだろうか?

 それが彼女たちを指す名称であるならば、褐色の肌をしたこの二人組の正体とは……?

「ラト……我々の使命を……忘れてはなりません」

 うっすらと笑みを浮かべ、アルは諭す。対してラトは、

「アルに言われなくっても、ラトはちゃlんとわかってまぁぁぁぁすっ!」

「では、何をしているのです?」

「えへへ。ライトニングを使った実験の仕上げですよぉ~」

 その発言に、アルは美しい片眉を少し上げた。

「ああ……まだ諦めていなかったのですか」

「一年間掛かったの。今日は成功するもんね~」

 落ち着きがないラトは手足をぶらぶら揺らしながら、陽気な声を上げた。

「では……ライトニングは死んでしまうのですか?」

 柔らかく微笑んだまま、白衣の美女が尋ね、

「うん! かわいそうだけど、死んじゃうと思うの~」

 やはり明るく、黒衣の少女が答えた。

 ラトは続けて、

「あげようか? ライトニングの首が折れたら!」

 ここで初めて、アルの表情に険しい物が混じった。それも一瞬のことで、

「いいえ……結構です」

 静かに断る声音は、やはり穏やかさを伴っていた。

「あ~、そう! アルはいいよね~、遊びがいのある玩具をい~~~っぱい持ってるもん!」

 皮肉めいた口調で噛み付くラトだが、アルは気にした風もない。

「玩具ではありません。行動を著しく制限されている私にとって……必要なモノです」

「だからって、こんなところまで連れて来ていいのかにゃ~?」

 じろり……と睨んだ先はアルではなく──その遥か背後の木陰だった。誰かが……そこに潜んでいるのだろうか?

「彼女は……いいのです」

「あ~、そう!」

 余程気に入らないのか、ラトは鼻息を荒くしてそっぽを向いた。そしてそのまま、

「じゃ~ね、バイバイなの! 絶対に邪魔するなヨ~!」

 荒々しく手を振ると、その場を立ち去って行く。その後ろ姿にアルは、

「忘れないで下さい……我々が……この世界(セカイ)を護らなくてはならないのです。全てのKK能力者を排除し、次元の調律を保つために……」

 と、話し掛ける。

 ラトは……振り返らずに呟いた。

「森の黒山羊に捧げる、千人の生贄──……」

<<二月二日午前七時二十五分
      ──ライトニングⅡ消滅の三十分前>>

「橘花! これ……ライトニングのスマホじゃねーか!?」

 レーダー管制室にて目を覚まし、観測ログの異常に気付いた火龍と橘花は、校庭に飛び出していた。

 そこで火龍の見付けた物は、投げ出されたライトニングⅡのスマートフォンであった。

 数刻前、謎めいた二人組──『アル』と『ラト』が立っていた場所。そして、ライトニングⅡのKK波が途絶えた場所と同一である。

「はい……その『アタックモンスターズコンプリートガイド初回特典デコシール』は、間違いなくライトニングさんの貼ったモノです!」

 試製橘花の説明に、火龍は訝しげな顔をした。

「……なにって?」

 そのじっとりとした視線に気付いた橘花は、興奮した顔が更に火照るのを感じた。

「い……いやっ、そのっ! ア、アタモンでも一番人気のあるキャラクターの、その……『偽神(ぎしん)プセウドテイ』だからすぐにわかっただけで……!」

「橘花も『アタモン』にハマってんのか!? いつから!?」

 スマホアプリ『アタックモンスターズ』──通称『アタモン』は、ライトニングⅡを始めとしてピクシーズ間で流行っているゲームである。しかし、火龍はアタモンに興味がない少数派で、同じく橘花もその一人──という認識だったのだが……。

「いつからって言うか……えっと、少し前の『位階(オーダーズ)の魔王、逆襲!!』イベントから……」

「イベント!?」

 唖然とした火龍は、自らの顔に「ぺチン」と手を当て……どうにか我に返った。

「いけねえ、アタモンの話をしてる場合じゃなかった!」

「そっ、そうですよね!」

 ピクシーズ内で『アタモン』をプレイしていない少女は、数えるほどしかない。火龍はゲーム自体が苦手なタイプだったので、流行り具合を気にしていたのだった。

 とにかくそのことは忘れて、火龍と橘花はライトニングⅡのスマートフォンに注目した。

 電源を入れホールドを解除すると、画面にはマップデータが表示される。

「中央アルプス、木曽(キソ)山脈……?」

「ガイド位置のマーク──なんでしょう?」

 二人は顔を見合わせ、読み上げた。

「「『ナイアーL』……?」」

 聞き覚えのない単語に、首を捻る火龍と橘花。

「いったいどういう意味なのでしょう?」

 橘花の呟きに、火龍は「ふーむ……」と唸った。

「学園内からライトニングが消えちまった事は間違いねーんだ。しかも、スマホを落として行くなんて、あいつらしくねーよ!」

「そうですね……このままだと自然回復分のスタミナが溢れてしまいます……」

 火龍は半目で橘花を見て言った。

「あのさ、ゲームの話だったらもういいんだけど……!」

 その棘のある口調に、橘花は「シューン」と小さくなってしまった。

 火龍は咳払いをひとつ。

「とりあえずこの場所に飛んでみようぜ。ライトニングがそこにいる可能性、高いだろ?」

 この場所──『ナイアーL』と表示されたスマホを指して、火龍が提案した。

「橘花もそう思います。何だか、胸騒ぎがしますし……」

「同感だ。状況を鑑みると、どうにも嫌な予感がするぜ」

 グラウンドの隅で話し合う二人。ちょうどそこへ、小柄な少女──RQ-3ダークスターが通り掛かった。

「何してる?」

 無愛想な声で短く、ダークスターが尋ねる。

「ダークスターさん、実は──」

 説明しようとした橘花へ、火龍は手をかざして制した。

「火龍?」

「待て、橘花……」

 少し考え込むように視線を巡らせた火龍は、

「ダークスターちゃんよ、俺と橘花は緊急発進する。だが、委員長には黙っておいてくれないか?」

 と告げ、ダークスターは眉を少しだけ寄せた。

「黙認は出来ない。報告する」

 にべもなく答えたダークスターに、

「委員長とファルを邪魔したくねぇーんだよ。今日は二人にとって大事な日なんだからよ?」

 火龍は食い下がった。

 小柄なダークスターは、火龍をじっと見上げると、

「出撃理由は何?」

 と尋ねる。

「ライトニングがどこにもいねぇーから、探しに行って連れ戻す……だけ」

 随分と端折ったものだが、火龍が状況を説明した。

「……」

 ダークスターは無言のまま、橘花へと視線を移す。じっと見つめられた橘花は、慌ててコクコクと頷いた。

「心配はいらねえよ! ライトニングを発見したら、すぐに連絡入れるからさ?」

「そう」

 再び火龍に視線を戻したダークスターは、

「航空管制の指示なしでいい?」

 と訊いた。

「おう、全然問題なし!」

「そう、気を付けて」

 素っ気なく言うと、ダークスターはすたすたと歩きだした。その背中に向かって、

「もし気付かれても、『委員長はファルとの約束を守れ!』って言っといてくれ!」

 火龍が声を掛けると、ダークスターはピタリと歩みを止めて振り返る。

 そして、無言のままピースサインを作ってみせた。

「……相変わらず、何考えてるのか分からねえ幼女だぜ」

「あら、そうですか? ダークスターさんはちょっと不器用ですが、とても良い子だと思いますよ」

「はいはい、良い子の橘花ちゃんがそう言うのなら、そうなんでしょーよ!」

 ニヤリと笑った火龍は、橘花をからかうように言って背中を向ける。

「良い子……」

 橘花はボソリと呟いた。

「火龍……橘花は……」

 火龍を背後から見つめる瞳は、虚ろ。

 その様子に気付いていない火龍は、大気中のLeD粒子を操作し戦闘機モジュールを形成していた。

「よぉーし、ネ-230双発タービンロケット始動! キ-201火龍、発つ!!」

 鋼鉄の翼を背負いエンジンに点火した火龍に続き、試製橘花も異世界の力を召喚する。

 二人の戦闘機少女は、ライトニングⅡのスマートフォンに表示された中央アルプスへと飛んだ。

 そして、そこで──武装解除したライトニングⅡが空対地ミサイル(ASM)の直撃に晒される姿を見てしまう。

そう……二人は間に合わなかったのだ。

<<二月二日午前七時五十五分
      ──ライトニングⅡ消滅(ロスト)>>

「ドローンどもを片っ端からぶちのめしてやる! ライトニングⅡの仇を討つ……!」

「火龍……!」

 木曽山脈を埋め尽くすほどの円錐型ドローン──アポロ級ADDを前に、二人の戦闘機少女は頷き合った。

 火龍の大型モジュールから伸びた長身砲四門──ホ5 20mm機関砲二門、ホ155-II 30mm機関砲二門──が、ギラリと鈍い光を放つ。

 アポロ級ADDにほとんど動きがないのは不気味であったが、流石にこれだけの数が一斉に動き出しては二人に勝ち目はない。ADDを抑え切れず、麓の村から壊滅していくだろう。

「こちらから刺激しても動き出すかも知れねえが、一か八かだ! 橘花は俺の後方についてバックアップをしてくれ!!」

「橘花も、五式30mm機銃で──」

 通常装着モードのままの橘花は、火龍のモジュールが赤い輝きに満ちていくのを見て言葉を止めた。

「火龍、まさか!?」

「やるぞ……俺のKK能力限界まで一気に開放する! いいな……橘花は支援だぞ!!」

 まるで炎を纏ったかのような火龍の姿。それは彼女の操作するLeDの残滓──KK波が特有の反応を示している証であった。

 深紅に輝くKK波は──まるで猛り狂う炎の嵐。

 ネ-230双発エンジンを点火した火龍は、「ドン!!」と爆音を轟かせて敵機目掛け飛び出した。

「見せてやるッ! Flamme(フランム) des(デス) Salamander(ザラマンダー)!!!!」

 高度を保ちつつ急加速をしながら、火龍は二式固定機関砲四門から文字通り火を噴いた。頭上より無数の徹甲弾を浴びたADDは為す術もなく大破し、LeD粒子へと還元していく。

「火龍!!」

 ネ20軸流式ターボジェットエンジンを全開にして、試製橘花は火龍に追いついた。速度を同調させ、火龍と背中合わせになるように背後を向く。

「動き出す前に、全機叩き潰すぞォォォォォォォォ!!」

 雄叫びを上げる火龍は凄まじい火力でドローンを殲滅しつつ、紅きLeD粒子を次々に徹甲弾へと変換し、弾丸の炎を噴いていく。通常なら計六四〇発にて弾切れとなる武装だが、その鬼気迫るLeD粒子操作が無尽蔵の猛撃へと変貌させていた。

 『フランム・デス・ザラマンダー』──まさしく、『火龍の炎』と呼ぶに相応しい攻撃であった。

「アポロ級……」

 背面のモジュールステーションより橘花は機銃を二挺展開させ、照準を合わせた。

「橘花、やります。やらなければ……!」

 火龍のKK波に反応し、周辺のアポロ級が一斉に活動を開始する。その物言わぬ黒鉄色の機体を蠢かせ、二人の後を追うように機首を巡らせた。

 アポロ級ADDは固定された砲台のように、その配置場所から火龍たちへ攻撃を仕掛けようとしている。

 橘花の五式30mm機銃が狙いを定め、火龍の攻撃から免れたADDへと徹甲弾を撃ち込んだ。

 その正確な射撃に『核』を貫かれ、「ガォォォォン!」とドローンが爆炎を上げる。

 機銃から排された薬莢が、鮮やかな軌跡を描きながらバラ撒かれ、LeD粒子へと変換され霧散していく。通常装着モードのままとは言え、火龍の殲滅力をサポートするには十分のようだ。

「いいぞ、橘花!!」

「はい!!」

 火龍に答えながら、橘花もまた次々にADDを撃ち落として行った。

「これだけのKK波の変動なら、学園もすぐに気付いてくれるはずです! もう少し、持ちこたえれば!」

「おう! まるでLeD粒子の狼煙だぜ!!」

 ADDの発する電波妨害(ジャミング)によって通信装置が無効化されている場合、ピクシーズは衛星を介してKK波の発生を特定するのがセオリーである。本体と合流すれば、最下級のADDであるアポロ級を殲滅する事は可能だ。

 勝てる──二人がそう確信した時。

 ──橘花、橘花……。覚醒(めざ)めなさい、橘花……。

「えっ!?」

 思わず、橘花は声を上げた。

「なんだ、どうかしたのか!?」

 火龍が振り返らずに声を掛けるも、橘花は答えなかった。

 彼女の頭の中に直接……誰かの声が響いていたのだ。

 ──なにをしているのです、橘花……。想い出すのです、あの時を。

「だ、誰です!?」

「おい橘花、何言って──おいッ!!」

 橘花が失速したのを感じて、火龍は叫んだ。攻撃の手を止め旋回行動に移る。

 速度を落としてしまった橘花は、見る見るうちに高度も下げて行った。このままでは──アポロ級の集中攻撃の的になってしまう。

 ──さあ橘花……咲きなさい。そうです……あの時のように……。

 その声を聞き、試製橘花の顔面は蒼白となっている。その意識は──戦場の中で戦いを忘れてしまったのか、遠い記憶へと飛んでしまっていた。

 それは──幼き頃の、火龍の姿。

 懐かしい家は炎に包まれ、天井は落ち、黒煙が立ち込めている。

 頭から血を流した火龍は、大きな梁の下敷きとなってぐったりとしていた。その火龍に向かって、瓦礫の下から彼女の両親の腕が伸びていて……。

 試製橘花は、火龍と両親を襲った忌まわしい事故の現場を見ている。

 ──……いや、見ているのではない。

 橘花は、想い出しているのだ。

 焼け崩れようとしている火龍の家で、橘花は立ち尽くしている。

 その姿──幼き試製橘花は巨大な装甲を身に纏っていた。各部が展開し、橘花の身体に装着されたモジュールは……紛れもなく緊急発進(スクランブル)モードであった。

「橘花ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」

 火龍の絶叫が、橘花を現実に引き戻した。

 今まさに──我を失っていた橘花目掛けて、無数のミサイルが接近していたのだ。

 ──やられる!?

 そう思った橘花の視界を、ワインレッドのコートが覆い尽くした。

「火龍!」

「動くんじゃねええええええええええええ!!」

 急速旋回した火龍は茫然自失した状態の橘花を庇うように抱き締めた。その背中に、ADDから放たれたミサイルが直撃を与える!

「ぐぅッ!!」

 LeD粒子の操作によって衝撃を緩和しながら、火龍は低く呻いた。立て続けに二発、三発と空対空ミサイルが激突する。

 橘花を抱いたまま、火龍はキリモミ状態で落下して行った。

<<二月二日午前八時五分
      ──ライトニングⅡ消滅(ロスト)より十分後>>

 戦場より少し離れた広葉樹林の陰から、白衣の美女──アルが姿を覗かせていた。

「キ-201火龍」

 小さく呟いたアルは、その美貌に穏やかな笑みを浮かべた。

「いよいよ……真実を知る時が来ましたね……」

 橘花を庇ったまま火龍が墜落する様を眺めながら、アルは楽しそうに笑っていた。

 その二人──火龍と橘花は地面に激突し、大量の土埃を数メートルも跳ね上げた。舞い上がった砂で視界が遮られ、橘花は目を閉じたまま火龍にしがみついていた。

 パラパラ……降り注ぐ砂塵の音に混じって、

「橘花……大丈夫だったか?」

 尋ねる火龍の声に、橘花は薄目を開く。

「か、火龍──怪我を……!」

 覆い被さるような姿勢の火龍は戦闘機モジュールを大きく破損させ、トレードマークのコートも焼け焦げていた。そして──目深に被った学帽の下から鮮血が流れ出し、火龍の端正な顔を染めてしまっている。

「俺は……平気だ。……橘花、お前は怪我してないな?」

 言葉とは裏腹に青白い顔で笑って見せる火龍。橘花は大きな瞳からボロボロと涙を零すと、何度も頷いた。

「そう……か……」

「かりゅうっ……!!」

 呟くと同時に気を失った火龍を、橘花は受け止めた。その手に、生温かい──ぬるりとした感触があった。

 『フランム・デス・ザラマンダー』にて消耗していた火龍は、敵のミサイルを完全に無効化させることが出来ていなかったのだろう。戦闘機モジュールも破壊され、背中に深刻なダメージを負っていた。

 血に染まった手を見た橘花は、再び過去の記憶を呼び覚ましていた。

 あの時──幼き頃に遭った、あの悲劇の日を。

「火龍……あなたは、間違っています……。橘花には、あなたに護ってもらう資格なんて、無いんですよ……」

 血を吐くような、独白。橘花は流れ落ちる涙を拭おうともせず、続けた。

「橘花は卑怯者で、嘘つきで、そして……罪深いんです……。橘花は……」

「うう……」

 滲んだ視界の中で、火龍が目を開ける様子が見える。しかし、橘花は更に続けて言った。

「あなたの両親の……命を奪ったんです……!」

「橘花……ッ!?」

 意識を取り戻した火龍は、驚愕の表情で試製橘花を見た。

 橘花の戦闘機モジュール──ネ20軸流式ターボジェットエンジンに亀裂が走り、KK波の光が迸った。

 ガシャアッ!!

 音を立てて展開したモジュールは、試製橘花を取り込むように……その真の姿を現す。

 内部構造を剥き出しにした脚部と、背面モジュールユニットより有線式接続された巨大な拳型の武装。その異様な姿(フォルム)こそ、試製橘花の緊急発進(スクランブル)モード。

 あの日──幼き火龍の記憶を奪い、両親を亡き者にした時以来の発現だった。

「橘花は……恐れていたんです」

 橘花は脚部となったジェットエンジンを点火すると、上空のアポロ級目掛けて突撃した。そのKK波に反応して、残存の敵機が次々にミサイルを発射する。

 まるで亡霊のように表情を失ったまま、試製橘花は戦闘機モジュールを駆った。マッハ4の速度で迫り来るミサイル群は、瞬時に橘花へと殺到する。

 だが。

 橘花のKK能力によって操られた鋼鉄の拳が、圧倒的な破壊力を持って全てのミサイルを文字通り粉砕して退(の)けた!

「あの時と同じ、この姿を見られる事を……」

 火龍たち親子が遭遇した事故は、謎の爆発が原因とされていた。

 幼き試製橘花──その、突然の覚醒。

 戦闘機少女としての力の発現には、個人差がある。橘花の場合、それが不幸となったのだ。

 LeDを操作する訓練を受けていないKK能力は、タイマーの壊れた時限爆弾のようなものである。まして、それが幼少期に目覚めたならば尚の事。

 橘花もまた、無自覚に戦闘機モジュールを召喚したのだ。その暴走により火龍の両親は命を落とす。傷ついた火龍を背負い、燃え落ちる家から脱出した──それが、橘花の覚えている事故の記憶であり、心の奥底にて凍り付かせた秘密であった。

 ADDの攻撃を退けた試製橘花は、ワイヤードフィストを振り回すように空中を高速旋回した。有線で接続された巨大な拳は、硬く結ばれた状態から「ぐわっ」と展開する。

 ガガガガガガガガガガガッ!!

 開かれた機械製五指の先端から、重量350gの30mm徹甲弾が初速750m/sで連続発射される。周辺全てのアポロ級ADDに対して、橘花は一斉攻撃を行ったのだ。

 全方位にバラ撒かれた弾丸の雨は、瞬く間にドローンを蜂の巣にする。

 木曽山脈上空にて──実に数十機のADDが爆炎を上げ、まばゆく輝くLeD粒子へと還元していった。

<<二月二日午前八時十五分
      ──ライトニングⅡ消滅(ロスト)より二十分後>>

 目前に降り立った試製橘花は、背を向けていた。巨人装甲型の戦闘機モジュールが解除され、光の粒子へ変換される。

「橘花」

 その背中へ、火龍は硬い声で話し掛けた。

「…………」

 橘花は答えない。火龍に合わせる顔も、弁解の言葉も……何も無かった。

 うつむいたまま立ち尽くす橘花は、背後から優しく抱き締められるのを感じて目を見開いた。

「火龍、どうして……?」

「うん」

 ちぐはぐな受け答えだった。そして橘花は──次の火龍の言葉を聞く。

「知ってたよ」

 驚きで硬直する橘花は、震える唇で尋ねた。

「どうして……どうしてなんですか? 知っていたなら、何故橘花を責めないのですか? 憎く……ないのですか?」

 火龍は──薄く笑った。

「橘花は俺を助けた。それだけだ……」

「違います、橘花が……火龍から全てを──」

「それは、忘れちゃったなぁー……」

 とぼけた調子の火龍の声は、どこか楽しそうに聞こえる。

「火事になった家から俺を抱えて飛び出しただろ? その時、俺は思ったね……。『ロボットみたいでカッコイイなぁー』って。俺が覚えている、一番古い記憶だよ」

「かりゅう……かりゅうかりゅううううううう……!」

 嗚咽に交じって、橘花は何度も何度も火龍の名を呼んだ。その橘花の頭をポンポンと撫でて、

「おうおう、よしよし。泣くな泣くな。そろそろ……委員長たちも来るだろうぜ?」

 と囁くように言うと、遥か遠方──飛騨(ヒダ)、そして明石(アカシ)山脈上空に浮遊するADDの群れを見ていた。

<<同刻>>

 火龍たちから少し離れた森の中で、褐色の肌に白き衣を纏った美女──アルが立っていた。

 その神秘的な美貌には、いささか相応しくない感情が揺れている。

 すなわち──怒り。

「キ-201火龍……親の命を奪った相手を簡単に許すと言うの?」

 その声にも、明らかな苛立ちが混ざっていた。

 アルの感情を更に逆撫でするように、

「せっかく立った試製橘花の悪堕ちフラグがバッキバキに折れちゃったの!」

 黒衣の幼女──ラトが嗤った。

 そちらを一瞥すると、アルは静かに言う。

「構いません……もう興味が無くなりました」

「だろうねぇー! 可哀想なアル!」

 ちっとも憐れむ気持ちなど無い口調でラトが囃し立てた。

「放っておいて下さい……。それより、ラト」

「なんでしゅか~?」

「あなたの実験、どうなりましたか?」

 穏やかさを取り戻したアルが尋ねると、幼女は無邪気に笑った。

「だぁーい成功なの!! ライトニングの犠牲はムダではなかったノダ! これで、この世界を救うための新しい一歩を踏み出せるの」

「ええ……。『無名祭祀書(ネームレス・カルト)』の研究を続けましょうか」

「そぉだにぇー。それにしても、火龍と橘花は派手にやってくれたの!」

 中央アルプス──木曽山脈に配置されたアポロ級ADDは、ほぼ壊滅していた。アルとラトは、残る二つの山脈を仰ぎ見ると、

「後始末は……妖精学園のピクシーズたちにつけてもらいましょう。ADDを金縛りにした状態も、そうそう長くは持ちませんから」

「うんうん。ところでさぁ~、ラボに帰ったらチョコレート食べてもいい?」

「お好きにどうぞ……。実験が成功したご褒美です」

「うっわぁ~、やったぁ~~~~!! ラト、嬉しいの!!」

 目(オッドアイ)を輝かせたラトは、ふと……空を見上げて言った。

「バイバイ、ライトニング!」

<<二月二日午前八時二十五分       ──ライトニングⅡ消滅(ロスト)より三十分後>>

 曇天の下──ライトニングⅡは重い身体を引きずり、堆積岩の斜面を下ろうとしていた。そこは険しい山頂付近らしく、見渡す限り岩肌と砂地が続く。

 何故このような場所にいるのか。そして、ここがいったいどこなのか。

 剥き出しの岩に足を取られながら、ライトニングⅡは歩みを進めていた。

「はあはあ……早く帰って、曜日限定ダンジョン周回したい……レア掘りたい……」

 虚ろな眼差しで呟くと、ライトニングⅡは足を止めた。

 失われたKK能力は、やはり発現しない。目覚めた時に感じた全身の痺れは治まったものの、彼女の身体は酷く疲弊していた。

「はぁうー、きゅーけいだぁー……」

 ライトニングⅡはぺたんと座り込み、深く息を吐いた。

「ここはどこなんだろ……。山の上には違いないけど、どう見ても日本アルプスじゃないみたいだし──ん?」

 周辺を見回したライトニングⅡは、更に下った斜面右手側の異変に気が付いた。変成した粘板岩の層とは別に、岩肌が大きく削り取られて陥没している場所がある。

「何か大きな物が激突した跡のような……。見に行ってみよー」

 興味を惹かれたライトニングⅡは、変形した場所へとゆっくり近付いて行った。やがて……その陥没した部分が、実は巨大な穴であることが分かってくる。

 そして──その奥には……。

「えっ!?」

 大穴の上部まで辿り着いたライトニングⅡは、驚愕のあまり目を見開いた。そこには、硬い岩盤を突き破った物の正体があったのだ。

「これ……アポロ級のADDじゃないの!?」

 そう──堆積岩に大穴を開けた円錐形のドローンが、活動を停止した状態で埋もれていた。墜落の衝撃で大破したのか、黒鉄色の装甲板と内部の構造が混ざり合っている。

 ライトニングⅡが驚いたのは、その状態であった。そのADDは破損した姿のまま、LeD粒子に還元されていないのである。ライトニングⅡはADDの残骸に触れると、初めて見る部品や配線を眺めた。

「異世界の無人機、アナザーディメンションズ・ドローン……」

 ピクシーズの召喚する戦闘機モジュールと同じく、ADDは異世界の存在である。大気に含まれるLeD粒子によって構築されたその機体は、『核(コア)』となる部分が破壊され活動が停止すると消滅してしまうはずだった。

 しかし、ライトニングⅡの眼前にはハッキリと……大破したアポロ級の機体が残っていた。

 可能性は──ふたつ。

 ひとつ……非常に稀なケースとして、ADDがLeD粒子に還らなかった。敵の正体を知るために人類が熱望したが、これまでまったく起こらなかった事例だ。

 だが。

 ライトニングⅡの脳裏には、ふたつめの可能性が──その黒く不吉な翼を広げ始めていた。

「まさか……」

 ざわざわ……と、彼女の心は不安に駆られる。

 それはライトニングⅡにとって、あまりにも恐ろしい想像であった。

「ここ──異世界……なの!?」

 侵略兵器ADD──その世界(セカイ)に、ライトニングⅡは飛ばされていた。

<つづく>