<<二月二日午前八時
       ──緊急会議(ホームルーム)>>

「ライトニングⅡ──撃墜。KK(カルツァ・クライン)波及びLeD(エルイーディー)反応完全消滅」

 RQ-3 ダークスターの告げた報告に、戦闘機少女(ファイターガール)チーム「ピクシーズ」の教室は静まり返った。

 壇上の大型モニターに表示された戦略地図から、『F-35AJ』とマーキングされた▽(ぎゃくさんかく)記号が消え去る。マップ上に残ったのは、数え切れない程の▼記号。それらにはすべて『ADD(アナザー・ディメンジョンズ・ドローン)』とマークされていた。

「う……嘘だ、そんな」

 かすれた声を出し、金髪碧眼の美少女──F-22ラプターが立ち上がった。荒々しく押し退けられた椅子が傾き、横倒しになった音が教室中に響き渡る。

 ラプターは、悲しみと怒りが混ざり合ったような顔でダークスターを見た。

「ライちゃんのモジュールは総合打撃戦闘機(ジョイント・ストライク・ファイター)だよ! すごく……すっごく強いんだ! アポロ級の雑魚ADDなんかに絶対に負けない!!」

 叫びは、ラプターの心が上げる悲鳴のようであった。上気した頬を、ハラハラと涙がこぼれ落ちて行く。

「ラプターさん、座って下さい。事態は急を要しています」

「でも……委員長ッ!」

「ライトニングさんの反応が消えたのは、つい十分前の事です。私も彼女の実力を知っています。撃墜されたのではなく、何らかの理由で戦闘機(ファイター)モジュールを解除した、と考えましょう」

 取り乱したラプターを鎮めるように、冷静な口調で委員長──F-15Jイーグルは言った。続けて、モニター前の壇上よりクラスの少女たち全体を見据えたまま、

「先行した試製橘花(しせいきっか)さん、火龍(かりゅう)さんとの通信も途絶しています。強力な電波妨害装置(ECM)によるジャミングが始まったと見て間違いありません。現場に急行し、事態を収拾する必要があります!」

 イーグルは毅然とした態度で言い放ち、教卓のパネルに触れた。

 モニターに映し出された戦略地図が縮尺倍率を変え、より広い範囲が表示される。

 日本(ニホン)アルプス──飛騨(ヒダ)、木曽(キソ)、明石(アカシ)の三つの山脈からなる連なった山地は、先ほどより極小化した無数の▼記号に埋め尽くされている。慣例に従って──▼のひとつひとつがADDだとすれば……その数は百を下らなかった。

 ライトニングⅡの反応が消えた場所は木曽山脈──中央アルプス。敵陣の真っただ中……彼女は単騎で交戦に入ったのだろうか?

 いったい何故……?

 戦闘機少女たちは動揺を隠せず、教室内はどよめいていた。彼女たちが──いや、戦闘機少女が世界(セカイ)を護る役目を負って以来、百を超える敵機の同時出現などなかった。

 まさに、未曾有の事態であった。

「みなさん──現状、不明瞭な点が多く非常に危険ですが……大切なクラスメートの安否が懸かっています。管理機構(FGAF)からの指示を待たず、私の独断で出撃して頂こうと思います! よろしいでしょうか!?」

 イーグルの問いに、「ピクシーズ」の少女たちは各々、賛同の意を口にして立ち上がっていた。

 友達を助ける──自らの命を賭けて出撃するのに、これ以上の理由は無かった。

「時間がありませんので、直ちに編成に移ります! まず、三つの山脈に対してA(アルファ)、B(ブラボー)、C(チャーリー)の班に分かれ──」

 委員長の説明が始まると、少女たちは着席し──ある者はメモを取り、ある者はスマートフォンで録音するなどして、真剣に聞いていた。ラプターもまた、滲んだ涙を指で払い、作戦説明に集中していた。

「本日の任務は日帰りを想定しています! おやつの持参は控えて下さい!」

「おやつ……!」

 イーグルの言葉にハッとしたラプターは、上着のポケットからごそごそとチョコ菓子をいくつも取り出すと、少し名残惜しそうにしながら机の中に押し込んだ。

「不満、疑問がある方は、このあと私まで申し出て下さい! 以上!!」

 委員長が説明を〆ると、少女たちは出撃準備のため自室へと戻って行く。

 しかし、その中に──じっとイーグルを見つめている存在があった。

 その少女はやや小柄で、容姿もまだ幼い。教室を出る際にイーグルの横を通り、

「また、来年だね──お姉ちゃん」

 とだけ呟いた。

「ファルちゃん……!」

 イーグルは、通り過ぎたその少女──F-16ファイティングファルコンを振り返ったが、

「うん、いいの。気にしないで……」

 無理に笑って見せる妹(ファル)に、それ以上何も言えなかった。イーグルとお揃いのポニーテールを揺らしながら、ファイティングファルコンは教室を出て行く。

「ゴメンね、ファル……」

 小さく呟いた委員長は、残った生徒が二人いる事にようやく気付いた。

 迷彩色のジャケットに黒のミリタリーブーツを合わせたショートツインテールの少女と、黒髪ロングの少女──ATD-X1心神(しんしん)──である。

「委員長! 自分、エフワンは委員長にお知らせしたい事がございますっ!」

 綺麗に揃えた前髪の上で「ピシッ!」と敬礼すると、迷彩ツインテールの少女──F-1(エフワン)はかしこまった態度で言った。エフワンの後ろにいた心神は、彼女を覗き込むように首を傾け、同じく敬礼の仕草をしている。

「な、何で真似をするのでありますかっ?」

「あ……すみません。どうも『かっこいい』、ような気がしまして……」

「カッコイイも何も、これは上官に対する礼式であります! あ……いや! そんなことはどうでも良くて、ですね!」

 根が真面目なのか、エフワンは心神とイーグルを交互に見ては、忙しげに言葉を並べた。

「エフワンさん、落ち着いて下さい。お知らせしたい事と言うのは?」

 委員長の促しに、エフワンは再度かしこまって、

「自分は、ライトニングさんから非常に気になる一言を聞きました! 今思えば、彼女の失踪に関係しているのかも知れませんっ!」

「ライトニングさんが、あなたに……?」

「自分に、と申しますか……偶然にも聞いていたのであります!」

 眉を寄せ真剣に話すエフワンに、イーグルはライトニングⅡの失踪と撃墜について、まだ把握できていないことを思い知らされた。

「ライトニングさんは、何と言ってましたか?」

 救出に出る以前に、事の発端が分かれば……チームの動きも変わるかも知れない。そう思いながら訊いたイーグルは、エフワンの次の言葉に思わず息を呑んだ。

「えー……『なんとかL(エル)』について、何かを突き止めた! 確か、そう言っておりました! いったいどういう意味でありましょうか?」

 エフワンのうろ覚えの説明ではあったが、イーグルは表情を失っているようだった。

 失踪前のライトニングⅡが残した謎の言葉。

 そして──発見された後の撃墜。

 彼女の身に、何が起こったのか?

 すべては十二時間前から始まった……。

<<二月一日午後八時
       ──緊急会議より十二時間前>>

 ライトニングⅡは、夢を見ていた。

 彼女はどこかの見知らぬ教室にいて、馴染みのない制服姿の女生徒たちに囲まれていた。

 会話を交わしているのだが……内容も、同級生たちの顔もおぼろげで、ぼやけている。

 ──うーん、あたしは何でここにいるんだろう?

 そう思ったライトニングⅡは、「あたし、学園に帰る! 敵から世界を護らなきゃいけないんだよ!!」と叫んだ。すると、すりガラス越しのような制服たちは、一斉に笑い声を上げた。

 あははははははははははは……。

 自分を囲んだ女生徒たちの声は、ライトニングⅡの頭の中に直接聞こえるような、残響音を伴っており、不快だった。

 ムッとしたライトニングⅡは席を立つと、見慣れない鞄を掴んで教室を出た。廊下、階段、下駄箱、ピロティ、校庭……。すべて、粗いモザイクフィルターを掛けたような世界だったが、特に気にもならなかった。

 青い空の下、ぼやけた輪郭の生徒たちがグラウンドで陸上の練習に励んでいる。

 ライトニングⅡは、「早く帰らないと、いいんちょーが探してるかも!」とひとりごち、意識を戦闘機モジュールの精製に集中した。KK能力者(カルツァ・クライン・センサリー)であるライトニングⅡは、大気中のLeD粒子を集め、鋼鉄の翼──戦闘機モジュールを結晶化する──のだが……。

 ──あ……ダメだ。モジュールが呼び出せない。……どーして!?

 鋼鉄の外装も、航空電子機器(アビオニクス)を搭載したバイザーも……彼女は欠片として作り出す事が出来なかった。

 ライトニングⅡは、戦闘機少女たちの多くがそうであるように、物心ついた時よりLeD粒子を操る能力を持っていた。しかし、その力は特別な訓練なくして自在に呼び出すことは難しく、長く未覚醒状態であった。

 四年前、世界がADDの脅威に晒された後──彼女のようなKK能力者が世界中で注目を浴び、研究され、多数の訓練施設が急きょ建造された。

 彼女も三年前に親元から離れ、全寮制の戦闘機少女養成学園で『F-35A ライトニングⅡ』のコードネームを与えられた。そして、先輩である委員長(イーグル)に指導を受け、戦闘機モジュールを使いこなすに至ったのである。

 ──世界を護るために、あたしは「ピクシーズ」になったんだ! それなのに、戦闘機モジュールが召喚できなきゃあ、ADDと戦えないよ……!!

 苦悩に満ちた表情で立ち尽くすライトニングⅡ。その小さな肩を、ポンと……誰かが叩く。

 振り返ったライトニングⅡは、昏いトンネルから脱出したような弾む声で「ここにゃあああああああん!!」と呼んだ。

 そう……そこには、ここにゃん──ATD-X1心神がいた。

 相変わらず、どこかポヤっとした緩めの笑顔で。

 ライトニングⅡに向かって心神は──首を横に振って見せた。

 ──なに、ここにゃん? どーしてモジュールが出ないの? 何か知ってる?

 身振り手振りを混ぜてライトニングⅡが質問する。

 だが、しかし──心神は何も答えない。

 ライトニングⅡは、次に「うわ……」と言った。

 ──ここにゃん……顔が、真っ黒だよ?

 目の前で静かに佇む心神は、いつの間にか塗り潰されたように漆黒の影(シルエット)になっていた。

 闇のような顔の中に、真っ白な歯だけが浮かび上がり、

「いい加減に起きろおおおおお、ライちゃああああああああん」

 と言葉を発した。

「ぅおわああああああああああああああああああ!!」

 その絶叫が自分の喉から出ていると気付く前に、ライトニングⅡは勢いよく布団から起き上がった反動でラプターと額をぶつけ合っていた。

 ゴチン! 鈍い音とキラキラ星が飛び散り、二人はギャーと悲鳴を上げる。

「痛ったああああああああああああああああ!!」

 ルームメイトを起こそうと顔を覗き込んでいたラプターは、突然の頭突きをもらった激痛に耐えかね、床を転げ回って唸り声を出す。勿論ライトニングⅡも大ダメージ、起き上がった軌跡を再びなぞってベッドに沈んでしまった。

 その悲惨な光景を、部屋にいたもう一人の少女──心神は口をポカーンと開けて見ていた。床に置かれた茶舞台に着いて、手にはぼた餅と湯呑みを持っている。

「た……大変です……!」

 ようやくひとこと呟いた心神は、まず餅を頬張った。

<<二月一日午後八時十五分
   ──緊急会議より十一時間四十五分前>>

「ご飯を食べてすぐ寝ると、豚になるよ?」

「ラプターちん、それを言うなら”牛になる”……じゃないの!?」

 じろり、と睨みを利かされ、ラプターは「そーだったかな?」とはぐらかした。

 戦闘機少女養成学園、宿舎棟。302号室──ここは、ライトニングⅡとラプターが共同で暮らす二人部屋である。

 三人は、それぞれ部屋着姿でリラックスしていた。ライトニングⅡは緑色のカットソーワンピース、ラプターはレギンス付きショートパンツの上にコミックイラストのプリントが入ったロングTシャツを着ている。

 遊びに来ている心神は、ゆったりしたスウェットパーカーにマキシスカート姿。

 鴨緑江(オウリョクコウ)上空にてディアナ級ADDと戦った日から、既に一週間が過ぎようとしていた。

 ライトニングⅡは強打してしまった額をさすりながら、

「また変な夢見ちゃったよお……」

 と独り言のように呟いた。その言葉にラプターは目を細めて、

「あーあーあー。せっかく心神さんが遊びに来ているのに寝てしまうなんて、ライちゃんは失礼だぞー?」

「だぞー、です?」

 心神はニッコリ笑って、ラプターの語尾を反芻して被せる。

「せっかくも何も、ここにゃんはほとんど毎日遊びに来てるじゃん!」

「はい、毎日来てます」

 真顔で言うと、心神は卓上の大皿からぼた餅をまたひとつ手に取った。

「ライちゃん、うなされてたよ。もしかして──例の怖い夢?」

 ラプターの問いに頷くと、

「そう……だと思う。一年くらい前からちょくちょく見てる気がする」

 ライトニングⅡは先程見た夢の記憶を辿った。

「今の夢は……見覚えのない学校に通ってて……。クラスメートもピクシーズじゃなくて……。ADDとかファイターガールの話をしたら、笑われちゃうんだよね」

「笑われる? どーしてさ?」

「ぼた餅美味しいです」

「どうして……よく分かんないんだ。それで……学園まで飛ぼうとするんだけど。いつもの夢と同じでモジュールの召喚ができなくて……。あと、黒いここにゃんが出て来たかな……?」

 もぐもぐ──ぼた餅を頬張る心神は、二人から視線を受けて首を傾げた。

「私……黒い、ですか?」

「いや、黒くない黒くない。夢の話だから」

 ライトニングⅡが否定すると、心神はホッと安心したように、

「良かったです。ぼた餅を食べ過ぎると、黒くなってしまうのかと思ってしまいました」

 と、論点のずれた発言をした。

「黒くはならないけど、ラプターちんのペースに釣られて食べてると絶ッッッ対に太るよ!」

 ライトニングⅡは声のトーンを落とし、心神に警告するように言った。

「…………」

 新たな餅に手を伸ばしていた心神は、ハッとしたようにライトニングⅡを見て、

「太る、ですか?」

 と訊いた。

「ああもう、太る太る! あたし、学園に来た当初からラプターちんと一緒にいるんだけど、ものすごおおおおおおく! 嫌な思い出がある!!」

 恨み節の効いたライトニングⅡの声を、ラプターは涼しい顔で聞き流している。

「何があったんですか?」

 餅に伸ばした手を引っ込めて、心神が質問するが、

「それは……言いたくないっ!」

 思い出したくない記憶がよぎったのか、ライトニングⅡはブンブン首を横に振って回答を拒否する。その様子を横目で見ていたラプターは、チロリと舌を出して悪戯っぽく笑った。

「太る……ふとる……」

 少し目を見開いた心神はぼた餅を凝視し、ラプターの座っている方へ皿ごと押した。

「私も食べちゃお~」

 嬉しそうに呟いたラプターは皿にいっぱい乗せられたぼた餅をひとつ摘み上げ、バラ色をした形の良い唇へ放り込んだ。麗らかな美少女が大口を開けて餅を頬張る姿は、若干残念な光景と言わざるを得ない……。

「うわ……ラプターちん、夕ご飯の時に茶碗五杯もお代わりしてたじゃん?」

「もぐもぐ……いいえ、六杯」

「おっぱい? よく食べるのに全然成長しないよね!」

「ライちゃんッ! 今度それ言ったらアームロック掛けてやるって言ったの覚えてるッ!?」

「はははは、ここにゃん知ってる? ラプターちんは貧乳だから、クラス内で『幼女組』に認定──」

 言い掛けたライトニングⅡの左腕を掴んだラプターは、「バッ」と身を乗り出してそのまま「ギュッ」と極め上げた。

 ──アームロック……!

「うっわあああ~」

 痛くはないようだが、技を掛けられたライトニングⅡはビックリして悲鳴を上げている。

「それ以上いけない」

 心神が言って、ここまでテンプレ。

「しっかし……変な夢見て寝言ばっかり言うと思ったら、次はこれだよ!」

 ライトニングⅡを解放したラプターのボヤキだったが……、

「──寝言?」

 言葉を拾ったライトニングⅡの顔は、既に神妙な物に変わっていた。

「そう。さっきも……ホラ、確かに言ってた。意味は分からないけど、ハッキリとね」

 そのやり取りは──どうやら、二人にとって初めてでは無いらしい。つい先刻までじゃれ合っていた級友の表情にさざ波が立ったのを、心神は感じた。

「今日は……なんて言ってた?」

 その問いに、ラプターは次のように答えた。

「──ナイアーL(エル)」

<<二月二日午前七時五十五分
      ──緊急会議より五分前>>

「橘花……」

 その呟きは、虚ろな響きを伴っていた。

 中央アルプス──木曽山脈上空。キ-201火龍は、おびただしい数のADD──アポロ級ドローンを睥睨している。大型戦闘機モジュールを緊急発進(スクランブル)モードのまま維持し、彼女は傍らに滞空する和装の少女──試製橘花に視線を移した。

 イーグルたちピクシーズの編成部隊より先立ち、二人は日本アルプスへ到着していた。

 その目的は──あるモノの追跡であった。それは、ライトニングⅡではなく──。

「火龍……橘花には、分かりません……」

 腰部モジュールステーションより接続された、大型のネ20軸流式ターボジェットエンジン二基は、試製橘花の鋼鉄の翼が通常装着(スタンバイ)モードであることを示す。

 和服に包まれた可憐な華の如き少女──橘花の瞳は、涙を湛えていた。

「『ナイアーL』とは……本当にこの場所を意味した言葉なのでしょうか? ならば何故、橘花たちは、橘花たちは──」

 試製橘花の声は、嗚咽に変わっていた。しかし、無理もない。たとえ──命を賭して空を護ると誓った、戦闘機少女といえども。

 目の前で、級友(クラスメート)が消滅する瞬間を見てしまったのだから……。

「ああ……俺にも分からねえ。だが、委員長に相談も出来ず、単独で飛び出して──結局間に合わなかった。自分が情けねえぜ……!」

 火龍はギリギリと歯噛みをし、眼下に広がるADDの大軍を睨めつけた。ロングコートの内側に携えた日本刀の柄を、指が白くなるほど強い力で握る。

「橘花、本体が到着するのを待つつもりはねえ。ドローンどもを片っ端からぶちのめしてやる! ライトニングⅡの仇を討つ……!」

「火龍……!」

 木曽山脈を埋め尽くすほどの円錐型ドローン──アポロ級ADDを前に、二人の戦闘機少女は頷き合った。

<<二月一日午後九時
      ──緊急会議より十一時間前>>

「おねぇーちゃん!」

 ここは妖精学園執務室──とは表向きで、生徒たちからは「委員長室」と呼ばれている。

 デスクトップ型のPCにて学園の事務作業を行っていた委員長(イーグル)は、キーボードを叩く指を止めて振り向いた。

「あら──ファルちゃん。こんな時間まで学園に残っていたのですか?」

 優しく微笑んだ姉──イーグルと、執務室のドアを開けてはにかんでいる妹──ファイティングファルコン。二人は、五つほど歳の離れた実の姉妹であった。

「違うよー。……あ、お姉ちゃん!」

「なんです?」

「眼鏡っ子になってる!」

 ぴょんぴょん飛び跳ねるように姉に歩み寄ったファルは、小さな可愛い指で黒縁の眼鏡をさした。

「ああ……パソコン作業用のクリアレンズメガネですよ。モニターが発するブルーライトを大幅にカットしてくれる優れモノです!」

 イーグルは説明すると、親指と人差し指で眼鏡を少し持ち上げて見せる。その仕草に、ファルの胸は「キュン」とときめいた。

「はわわ~! お姉ちゃんがいつもより五割増しで知的に見えちゃった!」

「うふふ……カッコイイですか?」

 事務仕事で疲れていたのか、妹が乱入してくれたおかげで委員長にとって良い息抜きになったらしい。少し得意気に笑った姉に、

「カッコイイ! 昨日の晩、あーーーーーんな恥ずかしい事をしてたなんて想像もつかないよ!」

「そうでしょう! ──……って、今……なんて言いました?」

「──ああああっ!!」

 表情をひきつらせたイーグルに向かって、ファルは──思わず手で口を覆って叫んだ。

「ファルちゃん…………見たの?」

「ウウン、ナニモミテナイヨ」

「絶対嘘ですッ!!」

 イーグルは真顔をグッと寄せ、ファルを正面から見据えた。

「わあ、お姉ちゃん近いよねー」

「近いよねーじゃありません。ファルちゃん……誰かに言ってませんよね?」

「いいいいい、言えるわけないよお! あんな、えっと……なんでもないよ?」

 しどろもどろになりながらフルフルと首を振ったファルに、イーグルはニッコリ微笑んだ。

「そう、なんでもないんです♪」

 いったい妹は、姉の何を見たというのか……?

 ともかく、姉妹はお互いにとって悪くない落としどころを見付けたようだ。

「……でも」

 と、ファルは小さく呟き、伏し目がちに姉を見て続けた。

「昨日見たおねーちゃんも、あたしは好き……だよ?」

 イーグルはそれに答えず、顔を真っ赤にして再びパソコンに向かった。

「──ところで、今日は早く寝た方がいいですよ? 明日は……ね?」

 無線マウスをカチカチとクリックさせながらイーグルが言うと、ファルは元気よく「うん! わかったよ!」と返事をした。

 明日──すなわち、二月二日は、ファイティングファルコンの誕生日であった。ちょうど授業の無い週末ということもあり、姉妹は二人で街へ出かけ、映画を観て食事をしようと約束していた。

「パソコンルームで、センパイたちと調べ物をしてたんだ! みんなに挨拶してから部屋に帰るよ。お姉ちゃんも、明日に備えて早く寝ようね!」

 ファルは早口で説明すると、姉とお揃いのポニーテールを揺らしながら帰って行った。その後ろ姿──髪を結わいた長いリボンの鮮やかなブルーが、見送るイーグルの印象に残る。

「調べ物……なんだったのかしら?」

 ふと、イーグルは呟き、事務仕事の片付けに戻った。

<<二月一日午後九時十五分
    ──緊急会議より十時間四十五分前>>

「センパイ! これは……都市伝説というものです!」

「「都市伝説ぅー?」」

 ファイティングファルコンの言葉に、ライトニングⅡとラプターは口を揃えた。

「そうです! ほら、ここと……ここにしっかり書いてありますよ!」

 パソコンモニターの該当箇所を指さすファル。ライトニングⅡとラプターは、彼女を挟んで左右からモニターを覗き込んでいる。

「どこどこ?」

「おっ──ライちゃん、そこだよ!」

「センパイ、狭いですぅ……」

 パソコンの検索画面には、該当六〇件という少なめな結果が表示されている。

 検索ワードは──”ナイアーL”。

「さっすがファルちゃんだね! ラプターちんが検索した時は、なーんにもヒットしなかったモン!」

 ライトニングⅡの賛辞に、ファルは照れ笑いをしながら、

「えへへ……”ナイアーエル”の”エル”をアルファベットに変えて打っただけですよー」

「ぐぬぬ、ライちゃんに非難されるのは心外だなあ……」

 ラプターのボヤキを最後に、三人はウェブサイトの閲覧に集中した。

 そこには──ライトニングⅡたちを、しばし沈黙させる内容が記されていたのだ。

 夜のパソコンルームは、静まり返っている。

 一〇台設置されたパソコンを操作するのはライトニングⅡたち三人のみ。平常、午後七時以降は施錠される教室なのだが、管理担当のファイティングファルコン立会いの下において、時間外の閲覧が許されていた。

 硬い声で、沈黙を破ったのはラプターだった。

「少女の失踪……?」

 検索上位に出たサイトには、少々不気味なエピソードが掲載されていた。

 いわく──”ナイアーL”とは、決して調べてはならない単語である。この噂は、世界がADDの脅威に晒された翌年からじわじわと囁かれ始めたと言われている……。

「なにこれ……”ナイアーL”と深夜零時に鏡の前で三回唱えた少女は、必ず失踪する──って」

 声に出して読んだラプターは、ぞくりと寒気がして肌が粟立つのを感じた。そのサイトの記述によると、行方不明になる少女は”撃墜された戦闘機少女の呪い”によって失踪する──と、ある。

「なんだこれ、バカバカしい……空を護るあたしたち戦闘機少女が、何で人を呪うってーんだろ!?」

 ラプターは気味の悪さを紛らわせようと鼻息を荒くした。

「本当ですよ! まあ、都市伝説(フォークロア)らしいと言えばらしいですが……」

「ナイアーだかアルェーだか知らないけど! 何の怨みがあって──ん?」

 頭から湯気を出しそうな二人に対して、ライトニングⅡだけが黙りこくってモニターを凝視していた。ラプターの良く知る彼女なら、いの一番に憤りの声を上げそうなものだが……。

「…………」

「ライちゃん、どーした?」

 怪訝そうな親友に、ライトニングⅡは「うーん」と唸ってモニターを指さした。

「検索ワードでさ……”ナイアーL”と”FGAF”って入れ直してみてくれない?」

「……!?」

 FGAF──戦闘機少女管理機構(ファイター・ガール・アドミニストラティブ・ファンクション)。全世界の戦闘機少女養成施設を統括して管理する組織である。彼女(ピクシーズ)たちの戦闘機少女養成学園の運営も行っている。

「はい、わかりました……」

 神妙な声色のライトニングⅡに従い、ファルはキーボードに繊手を躍らせる。

 ナイアーL、スペース、FGAF……。

 カチャカチャと鳴る音がコンピュータールームの中で反響し、やけに大きく聴こえるような気がする。

 理由も無く、誰かに──管理機構に?──監視されているような……そんな落ち着かない気分で、ファイティングファルコンはPCモニター上部に備わっているウェブカメラのレンズを見た。

 ──エンター。

 検索結果は絞られ、都市伝説や取るに足らない噂話の類が除かれる。

 それでも、FGAF──管理機構に関連したウェブサイトがずらりと並んだようで、ラプターは画面を見て首を捻った。

「なんだか、逆にナイアーLから遠ざかったような気がしない?」

「ファルちゃん──次のページに行って」

「はい」

 だが、ライトニングⅡは諦めた様子も無く、検索結果を次々と流して行った。

 そして──。

「そっ、そこおおお! そのサイトクリックしてっ!」

 身を乗り出して叫んだライトニングⅡ。ラプターとファルは目を丸くして、彼女の示したリンクを見た。

 ──FGAF、光と闇。

 そのサイト名──あるいは、ブログタイトル──は、ありふれたページの一つとしか思えない。設立されて既に三年──今や全世界で活動するFGAFを考察したウェブサイトなど無数に存在するはずだ。

 ライトニングⅡは、いったい何を探しているのだろうか──?

「ファルちゃん、早くクリッククリックウウウ!」

「くくくりっく、はぁぁぁlいっ!」

 猛烈に煽られたファルがマウスを操作し、カーソルを問題のリンク上に合わせる。

 カチリ──……軽い音と共にブラウザの画面が切り替わり……。

「──えっ?」

 ライトニングⅡは、唖然とした表情で漏らした。

<<二月一日午後九時二十分
     ──緊急会議より十時間四十分前>>

 トントン──。

 ノックの音に、二人の戦闘機少女──試製橘花と火龍は振り返った。

 ここは学園のレーダー管制室。ライトニングⅡたちが調べ物をしているPCルームと同じフロアに設けられている場所だ。

 戦闘機少女たちの誘導補助は元より、人工衛星を仲介したKK(カルツァ・クライン)波の観測──すなわち、ADD監視体制も敷かれている。

「入りな、開いてるぜ!」

 威勢よくドアに向かって火龍が呼び掛けると、来訪者はニコニコとしながら入室して来た。

「これは……こんばんは、心神さん。レーダー管制室にご用ですか?」

 丁寧な口調で挨拶する橘花に、心神はペコリペコリとお辞儀をして、

「こんばんは、です。実は用など無いのです」

 さらりと言った。

 学園に転入して十日ほど経ち──心神は、クラスにしっかり馴染んでいた。

 少々マイペースではあるが……。

「おうおう、なんだいそりゃ。良い子は寝る時間じゃねーか?」

 管制席に座った橘花に対して、火龍はどっかりと監視モニター前のデスク部分に腰を下ろしている。

 その揶揄するような声に、

「私……良い子、です? では寝ないと……」

 心神はあっさり踵を返そうとした。

「あー、待て待て! 相変わらずめんどーなヤツだな、オメーはよ!」

 火龍はワインレッドを基調としたロングコートを豪快にひるがえし、戻って行こうとする心神の前に回り込んだ。

「どうしましたか?」

「どうしましたか、じゃねーよ! こんな時間に管制室に来るなんて、なんか訳ありなんだろう? 少し話して行けよ!」

 線の細い心神と並ぶと、やや大柄で手足の長い火龍のスタイルは際立って見える。母親をドイツ人に持つ所以である──と、本人は語っている。

「火龍……心神さんを強引に引き留めては──」

 きょとんとした心神の背を押して戻した火龍に、試製橘花は咎めるような口調で言った。しかし火龍はどこ吹く風、といった感じで、

「橘花ぁー、お前は心配し過ぎ! だってよ、ここに入って来たのは心神の意思なんだぜ? せっかくだから、ガールズトークにでも花を咲かせてみようじゃねーか!!」

「でも、火龍……。橘花は、まだ──……」

 母親同士が姉妹──つまり、火龍と従姉妹の関係にある試製橘花は、和服に身を包んだ小柄な少女であった。火龍とは対照的に、おずおずとした態度である。

「おう……なんだ、まだ満足してねーのか? ホントに?」

「え、ええ……。いえ、しかし……今は……」

 火龍の責め立てるような言葉に橘花は困惑した様子で、チラチラと心神に視線を移した。

 心神は──頭上に「?」をいっぱい浮かべて、火龍と橘花を交互に見た。

「ガールズトーク、です?」

「したいだろ?」

 ニヤリと笑った火龍が促すと、心神はキリリ……と表情を引き締めて、

「はい……!」

 と頷いた。

「おう! 楽しい夜になりそうじゃねーか? 明日は授業も無いわけだし、な!」

「おう、です!」

「いい返事だ! じゃあ、そもそも俺と橘花がこんな時間に何をしていたのか……分かるか?」

「火龍!?」

 驚いた声を上げた橘花をよそに、火龍は心神の肩に手を回すと、ガッチリと抱えるように引き寄せた。

「お二人で……なんでしょう? 索敵時における位相の揃った電磁波の送受信から割り出す方位と仰角の計算について考えていたとか?」

「はぁ?」

 心神が淀みなくレーダーシステムの概要を口走り、火龍は首を傾げた。

「そーじゃねーんだよ、心神ちゃん。……お前、随分と細い身体してんな?」

「そうなんです。ちゃんとおはぎも我慢しました!」

「おはぎ? まあいいや。俺たちはな……お互いの、身体の仕組みについて──」

「ちょ──!」

「橘花、いいからいいから!」

 血相を変えた橘花を制すと、

「理解を深め合ってたんだぜ。わかるか、この意味?」

 心神は目をパチパチとさせ、

「はい、わからないです」

 少し困った表情を見せた。

 火龍は、やはりニヤリと笑って言った。

「よし、じゃあ……今からお互いの理解をもっと深めようじゃねえか!」

<<二月一日午後九時三十分
     ──緊急会議より十時間三十分前>>

「ライちゃん、これは……」

 <<404 File not found──ページが見つかりません>>

 無情にも、モニターに映し出されたのはエラーメッセージであった。

「そ、そんな──……削除されてるなんて……」

 PCルームで三人が見たウェブサイトは、既にその存在を抹消されていたのだ。

 ライトニングⅡの落胆した声を聞き、ラプターは片眉を上げ、

「ガッカリしている所を悪いんだけど、そろそろ説明しなさいよ?」

「……うん、わかった」

 彼女は素直に答えた。

「『ナイアーL』について、半年くらい前に調べたことがあったんだよ。ラプターちんに指摘された寝言と、繰り返し見る変な夢の関係が知りたくてさ」

「えー、自分が見た夢についてネットで調べたわけ?」

 ラプターの呆れ声に、ライトニングⅡはぷっくりと頬を膨らませた。

「悪い!? 今だって真剣に調べたじゃん!」

「はいはい、それで検索したら『戦闘機少女の寝言まとめブログ』でも出て来たのかな?」

「うがぁーーーーー!!」

「先輩方、喧嘩しないで下さいっ!」

 ラプターに噛み付こうとしたライトニングⅡを抑えて、ファイティングファルコンが続けた。

「さっきのサイトを見つけたんですか?」

「そうだよ──FGAF、光と闇。その時は、検索結果の上位に表示されたんだ……」

 半年前の記憶を呼び起こしながら、ライトニングⅡは語り始めた。

「そのサイトは、よくある管理機構の考察を掲載したページが大半。つらつらと、運営状態や資金繰りの厳しさ、いろんな噂話を集めたヤツだね」

 真剣なまなざしで話すライトニングⅡに、ラプターとファルも聞き入る態勢に入った。

 ライトニングⅡは──チラリとPCルームの入り口に視線をやると、やや声をひそめて、

「怪談めいたのとは食い違うんだけど、『ナイアーL』というのはFGAFの隠したがっているモノだって……確か、そう書いてあったと思う」

「管理機構が隠したいモノ? なんなの?」

「それを調査しているサイトだったよ。何かのプロジェクト名か、場所の名前じゃないかって仮定していたみたいだけど……」

「薬品の名前とか、それっぽいよね!」

「でも、どうしてそれを隠したいんでしょう?」

 疑問を乗せたファルの呟きに、ライトニングⅡは「んー……」と口ごもった。

「……?」

 その様子に二人が注目すると、ライトニングⅡはようやく、

「そこでね……都市伝説の一部と符合するんだけど……」

 と、囁くように言った。

「なにが?」

 ラプターの催促するような声に、ライトニングⅡはゆっくりと続けた。

「サイトは、FGAFの隠蔽をを疑ってた。『ナイアーL』というのは、行方不明になった戦闘機少女が残した言葉だったから……」

「管理機構が『ナイアーL』に関わってしまった少女を消した──ということですか!?」

「それ……実話なのおお!?」

「ラプターちん、声が大きいよ!!」

「モガッ」

 素っ頓狂な声を上げたラプターの口を、ライトニングⅡは咄嗟に両手で押さえた。

 夜のPCルームに、三人以外の生徒はいない。

 だが──もし、学園を運営する機関が会話を聞いていたら……。

 そんな不気味な想像が、否応なく脳裏をよぎっていた。

 目を丸くしたラプターとファルに、

「ゴメン、あたしの考え過ぎだよね。戦闘機少女の撃墜や行方不明は、悲しいけどたまに起こることだし……」

「ですけど、サイトに掲載されていた事件から派生して件(くだん)の都市伝説が生まれた……と考えていいですね」

「調べてはならない単語『ナイアーL』、ねぇ……」

 三人はウェブサーバーから姿を消してしまったページを前に、それぞれ思いを巡らせた。

 気分を入れ替えるように、ライトニングⅡは「ん~~~~~」と伸びをして、

「ここにゃんとかホーちゃんってさ、余所の基地から来たじゃん? だから『ナイアーL』について何か知ってるかなーと思ってこっそり質問したけど、ムダだった!」

 ホーちゃん──F/A-18ホーネットと心神は、ここ数カ月の間に妖精学園に転入して来たメンバーである。特に、ホーネットはモジュール搭載の航空電子機器(アビオニクス)による電子戦(エレクトリック・コンバット)装備を扱いこなしており、数々のFG基地(ファイター・ガールズ・ベース)を渡り歩いている。

 あははと笑ったファルの隣で、ラプターはライトニングⅡを見据えた。

「ライちゃん──なんて浅はかな子なの!」

「えっ?」

「もし二人が、FGAFの手下だったらどーするのって言ってるの!」

 真顔で言ったラプター。それを聞いた二人は──……。

 ──ふっふっふ、私は心神と申します。実は……転校生はスパイだったのです! ファイター・ガール・アドミニスト……スト……ストラップ、です? アドミニストラップ・ファンタジーに逆らう悪い……はい? ストラップじゃない? では、なにファンタジーでしたっけ? ……え? ファンタジーも違うんですか? すみません、ちょっと上の人に電話してもいいですか……?

 二人の想像したスパイ心神は、おおよそそんな体たらくだった。

「なんで笑ってるの!?」

「いやいやいや、ホーちゃんはともかく……ここにゃんが管理機構の手下って言うのはないじゃん!」

「ホーネットさんだって、もうずっと一緒に戦っているお仲間さんですからね。バイパーさん、エフワンさん、ドルフィンさんと組んだ小隊の連携は、ピクシーズ随一と言われています!」

「誰に?」

「あたしのおねーちゃんです!」

 ファルは元気よく胸を張って言った。

「ああ……いいんちょーか」

 呟いたライトニングⅡは、ラプターの視線がファルの双丘へ釘付けになっているのを見た。歳は二人よりも若いファイティングファルコンだが、出るところはしっかりと出ている……。

「姉妹揃って、発育もよろしいですねライトニングさん?」

「うむ……やはり卿(けい)もそう考えておられましたか」

「なっ」

 ファルは咄嗟に両手で胸を覆い隠した。気が付くと、二人は自分の身体をマジマジと見ていたのだ。

「おやおや……恥ずかしがる様もまた一興ではありませんか、ラプターさん」

「フォフォフォ、娘や。ちぃとお召し物をめくってみては下さいませんか?」

「なっ、なんでですかっ」

「その、ヘソ……などを、拝見したく存じましてのぉ」

「……!?」

「って言うかそのおっぱい、あたしたちの分まで育ってない?」

「ホントだ、返してもらおっか?」

「うん」

 突然迫り来る貞操の危機に、ファルは顔を真っ赤にして縮み上がった。左右から自分を覗き込む二人の目が、ギラギラと怪しい光を放っているように見える!

 ファルが何か言おうとする前に、ラプターが先んじた。

「次にファルちゃんは『変なことを言わないで下さい、破廉恥(はれんち)なっ!』──と、言うッ!」

「変なことを言わないで下さい、破廉恥なっ!」

 顔から火が出そうな勢いのファルは悲鳴のような声を上げ、次の瞬間「ハッ!」とした。

 得意げな顔で「バァ──ン」と指さすポーズを決めたラプターの額に、ファルのチョップが叩き込まれる。

 ビシッ。

「ドヤ顔はそこまでにして下さい」

「すみませんでした」

 なんで私だけ……とボヤくラプターは、ニヤニヤと笑うライトニングⅡを睨んで言った。

「あー、なんか分かった気がする! ライちゃんはそんなサイト見たから、『ナイアーL』だのなんだのって夢にまで見るんだよ!」

 彼女の指摘に、ライトニングⅡは「うーん?」と唸って眉を寄せた。

「いや……寝言で『ナイアーL』って言ったから、調べたんだけど……」

「それ、無意識だよ! きっとライちゃんはどこかでその単語を耳にしたんだと思うよ。それでもって変なホームページを見たもんだから洗脳されて何度も夢に見てるんでしょう!」

 ラプターの説明に、ライトニングⅡは合点が行かないのか「うーんうーん」と唸って考え込んだ。

 しかしながら、ネット上の噂話を信じるよりはマシな気もする。

「とりあえず、PCの電源は落としますね」

 ファルがブラウザを閉じた時、PCルームのドアを開けて心神が入って来た。

「おっ、ここにゃん。随分と長いお花摘みだったじゃん?」

「それがですね……実は、レーダー管制室にお邪魔していたのです。火龍さんと橘花さんにお会いしました」

 何だか嬉しそうな──いつもそんな感じだが──心神の言葉に、みんな少し驚いたようだった。索敵と監視システムはオートメーション化されており、夜は無人となっている。戦闘機少女たちにとって、日中の学業もまた本分なのである。夜遅くに番をすることなどはない。

「火龍っちと橘花っち? こんな時間に何してたんだろ……」

「ライちゃん、もしかして二人は……!」

「禁断の、従姉妹同士の!?」

 呆れ顔のファルをよそに、ライトニングⅡとラプターはイケナイ妄想に満ちた目で心神を見た。

 その気持ちを知ってか知らずか、心神は両手でピースサインを作って言った。

「三人でエッチな事をいっぱいしてしまいました!」

<<二月一日午後九時五十五分
      ──緊急会議より十時間五分前>>

 心神のトンデモ発言にラプターたち三人が無表情になった頃──。

 学園のグラウンドの真ん中に、ポツンと立ち尽くす奇妙な人影があった。

 夜間照明に煌々と照らされた校庭。

 その影の何が奇妙なのか──きっと、ひと目には分からないだろう。

 歳の程、十歳前後と思しき幼いシルエットは、ゆらゆらと身体を左右に揺らしていた。

「驚嘆すべき外科医学的、生物学的、科学的、及び機械学的な技術……」

 幼子は、たどたどしいその滑舌に相応しからぬ言葉を並べていた。いつからそこにいるのか、そして何を目的としているのか、全く計り知れない様子であった。

 呪文の如き声が途切れると、次に……その子は嗤(わら)った。

 フフフ、と。

 影が奇妙である所以──グラウンドは四方からスポットが焚かれていたのに、その姿は漆黒に塗り潰されているようであった。光は影に吸い込まれたか、はたまた忌むべきモノとして通過しているのか──どちらかとしか思えなかった。

 その子は、遥か向こうの校舎を見ていた。何十メートルも離れた、鉄筋コンクリートの壁が幾重にも重なった先──PCルームが、そこにあると誰が想像できるだろうか。

「ライトニングと遊びたいの」

 黒き子供は、ハッキリとそう呟いた。

<<二月二日午前八時十五分
      ──緊急会議より十五分後>>

「いいね、ファル! ライトニングを救出したら、その後は──」

「ホーちゃんッ!」

「っせーな、バイパー! こちらチームC(チャーリー)、緊急発進(スクランブル)!!」

 戦闘機モジュールを装着した水着姿の少女──F-2バイパーゼロにせかされ、F/A-18ホーネットはスマートフォンに叫んだ。レインボーアプリのグループモードは、戦闘機モジュールの無線とも連動されている。

『管制塔了解。緊急発進よろし』

 淡々と応答するダークスターの声を聞き、ホーネットはチームメンバーの元に駆け出しながらファイティングファルコンを振り返った。

「真剣勝負だからなッ!」

 ファルは少々困り顔で頷き、グラウンドへ出て行くホーネットの後姿を見送る。

「ラプターさん、あたしたちも行こう!」

 渡り廊下で立ち尽くすラプター。その表情は、硬い。

「ファルちゃん、私──」

 出撃を前に、彼女の頭は昨夜の記憶に支配されていた。

 『ナイアーL』という言葉を最後に行方不明になった戦闘機少女──まるで、ライトニングⅡと同じ状況ではないか。

 何故自分は、もっと真剣にライトニングⅡの話を聞いてやれなかったのか?

 FGAF、光と闇──そのサイトに掲載されていた事件は、果たしてどのような結末を迎えたのか?

 もし……もう、二度と会えないとしたら。

「……嫌だ」

 ラプターは低く呟くと、深呼吸した。

 ラプターの周囲に、LeD粒子の輝きが収束し始めた。KK能力者による戦闘機モジュールの召喚──美しくも儚い、彼女たちの背負いし宿命(さだめ)の象徴。

「絶対嫌だッ! ライちゃんを絶対に連れて帰るよ!!」

「わかりました!」

 歩き出したラプターの瞳は、まっすぐに前を向いていた。

<<二月二日午前五時三十分
     ──緊急会議より二時間三十分前>>

 事件当日の早朝。

 ライトニングⅡは、いつの間にやら目を覚ましている自分に気付いた。布団の中で寝返りを打ち、スマホの時計を確認する。

「うう……まだこんな時間じゃん。二度寝しよ……」

 スマホ画面のアプリ『アタックモンスターズ』に指が伸びかけたが、彼女は睡眠を選んだ。隣のベッドでは、ラプターがすやすやと眠っている。

 その寝顔を注視すると、大きく開いた口からヨダレが垂れているのが見え、ライトニングⅡは思わず「くくくっ」と笑いを押し殺した。

「ラプターちん、夢の中でも腹ペコじゃん……イヒヒ」

 ニコニコと笑って再度寝返りを打つと、窓の外がうっすら白んでいるのが分かった。

「うーん……トイレ……行こ」

 今日は週末で授業は無い。ゆっくり寝ればいいや……などと考えながら、ライトニングⅡはベッドを下りた。

<<二月二日午前五時四十分
     ──緊急会議より二時間二十分前>>

 室内の手洗いから出たライトニングⅡは、妙な違和感を覚えて部屋を見渡した。まだ薄暗い自室は、いつもと変わらないように見える。

 だが──。

「なんだろう……あたしの部屋だけど、そうじゃないような……。寝ぼけてんのかな?」

 首を捻ったライトニングⅡは、喉の渇きを感じて冷蔵庫を開けた。

「んー? ラプターちんめ、まぁ~~~たジュース全部飲んじゃったな! この残念系胃袋娘め!」

 忌々しげにルームメイトを見たライトニングⅡは、パーカーを羽織ると部屋を出た。

「自販機でコーラでも買おうっと♪」

 まだ寝起きの頭でフラフラ歩く彼女は、宿舎棟の各階に設置された自動販売機に向かう。

 その足が、ピタリと止まった。

「……えっ?」

 思わず声が出た。

 廊下の奥に、小さな子供が立っているのである。

 それは、有り得ない光景だった。セキュリティ上、戦闘機少女養成学園に部外者──それも幼子──が入り込むことなど、考えられない。

 誰かの親族が宿泊しているのか?

 ライトニングⅡは、その子供──恐らく、少女──の風貌に目を奪われた。黒いワンピースドレス、金色のアクセサリー、褐色の肌、まっすぐに切り揃えられたストレートボブカット──そして、左右で虹彩の色の違う大きな瞳。右は漆黒、左は紺碧である。

 異国の風を纏った少女は、ライトニングⅡをじっと見ていた。

「キミ……どこから来たのかな?」

 ようやく質問したのは、現実感を取り戻すためでもあった。

 これが夢の続きでない証拠に、少女ははにかんで答えた。

「色んなところから~」

 言葉は通じる……それはわかった。

「そーなんだ。じゃあ、ここで何をしてたのかなー?」

 質問を変えたライトニングⅡを、少女は指さして言った。

「ライトニング、忘れたぁ~!」

「──……!」

 ──どうして、名前を……!?

 もはや、眠気は完全に吹き飛んでいた。

 言葉を失って目を見張るライトニングⅡに、

「またラトと遊ぼうよ、ライトニング。お前が一番、面白いの!」

 少女──ラトは、無邪気な微笑を浮かべた。

「ラトの玩具になってえ!」

 硬直したライトニングⅡに言い放つと、ラトは廊下の奥へと駆け出した。サッと曲がり角へと姿を消す。

「ちょっ……ちょっと!」

 慌てて後を追ったライトニングⅡだが……。

「……いない」

 突然現れた少女は、同様に消え去ってしまった。

 辺りを見回したが、隠れる場所も部屋もない。エレベーター前まで行ってみたが、稼働した様子はなかった。

「あはは……夢、見てんのかな……?」

 力なく笑ったライトニングⅡが立ち尽くしていると、パーカーに突っ込んであったスマートフォンが『ピロン』と鳴った。

「レイン?」

 ピクシーズたちのコミュニケーションアプリであるレインボー。その新着メッセージを表示する。

『アタモンより面白い遊びをしようよ!』

 送信者は不明。本来、登録済みのピクシーズでなければメッセージを送ることはできないはずだが……ライトニングⅡは、もう驚かなくなっていた。

 憮然とした表情で、彼女はレインを返す。

『キミ、いったい何者なの?』

 送信ボタンをタップすると、間を置かずに返信が来た。しかし、それはメッセージではなかったのだ。

「……位置情報?」

 受信したのはマップデータであった。

 躊躇っても仕方がない……ライトニングⅡは、添付ファイルをタップする。

 展開したデータは、中央アルプス──木曽山脈へのナビゲーションを表示した。

「──……!!」

 スマートフォンの画面を見て、ライトニングⅡは絶句した。

 マップデータの中心でマーキングされた位置に、ポップアップが表示されており──そこには、こう記されていた。

『ナイアーL』、と。

<<二月二日午前五時四十五分
     ──緊急会議より二時間十五分前>>

「オールクリアであります! エネミーダウンエネミーダウン!!」

 学園内に設けられた演習場で、早朝にも拘わらず元気な声を上げて走り回っている少女がいた。迷彩ジャケットをトレードマークとしているツインテール娘──エフワンその人である。

 電動ガン──M4 S-SYSTEMを小脇に抱え、見えない敵と戦っている模様。

「ばっ、バカな! こんなところに伏兵がッ!? しかし! 自分の装備は民間軍事コンサルティング会社(PMC)が使用するM4をイメージしたモデル! その扱いやすさ、徹底的に無駄を排した設計──おおーっと! 自分が説明の途中にも拘わらず、敵兵はまさかの発砲! なんという不作法! ズバババババァァァ!! ヒットヒットォォォォォォォ!!」

 仮想敵に奇襲を受けたエフワンは、やられた演技を織り交ぜながら地面に突っ伏した。

 これは学園のカリキュラムとは何の関係も無い。彼女自身の趣味──つまり、サバゲーの練習風景であった。

「はあはあ……このまま、第四匍匐(ほふく)の訓練を──むむっ?」

 砂埃にまみれても全く気にしてない様子で楽しげな表情を浮かべたエフワンは、宿舎棟から生徒が飛び出して来るのを見た。

 グリーンのパーカーを羽織ったショートカットの少女──ライトニングⅡである。ひどく慌てて、何かを探しているのか周囲をグルグルと見回している。

 気になったエフワンは、ずりずりと地面を這い、匍匐前進でライトニングⅡに近付いた。両肘両膝を使って、伏せた状態のまま進んで行く。

 級友の隠密行動はつゆ知らず、ライトニングⅡは手にしたスマートフォンを一生懸命操作しているようだ。

「ここから直線距離にして160km……」

 真剣な顔で呟くライトニングⅡ。エフワンは全く気付かれずに、彼女のすぐ側まで移動した。

「アフターバーナー焚いてしばらくすっ飛ばせば、あたしのターボファン(P&WF135)のドライ推力なら……」

 視界の端に入ったエフワンに気付き、ライトニングⅡは目を細めた。迷彩服主義少女(カモフラージェン)は、冷ややかな視線を浴びながら、

「あっ……遂に見つかってしまった!」

 さも残念そうに漏らした。

「エフワンっち──そんなところでなにしてんの? 拾い食い?」

「いいえ! 救命糧食(ミリメシ)でしたら、万全でありますからっ!」

 エフワンはサッと立ち上がると、迷彩ジャケットに備え付けたポーチをパンパンと叩いて見せた。今すぐスクランブルが掛かっても、直ちに出撃できそうなエフワンであるが……。

「ライトニングさんに気付かれぬよう、何秒隠密(カモフラージュ)出来るか試していたのです!」

「そ、そう……」

 朝からハイテンション……。ライトニングⅡは苦笑いを浮かべた。真面目で明るい性格のエフワンだが、趣味であるサバゲーの話題に火が点くと大暴走が始まるのだ。

「先程まで演習場にてトレーニングに勤しんでいたのですが、アサルトライフルM4 S-SYSTEMのスペック紹介中妄想に裏切られてしまいまして! 民間軍事コンサルティング会社によって設計されたこの銃をご覧下さい! 軍事予算や開発企業との契約というしがらみに囚われないPMCの追究したM4は非常に高い状況対応能力と扱い易さを持つのです! しかし何と言うことか緊急時の取り回しを想定したサブウェポンとしてH&K(ヘッケラー・アンド・コック) USPを所持していなかったことが自分の失敗でありましてハンドガン戦を──」

 始まった!

「エフワンっち!」

「──……!」

 ライトニングⅡが遮ると、エフワンは目線を泳がせ頬を上気させたまま閉口した。暴走→制止という、お決まりの流れ(パターン)を踏襲したのである。

 大人しくなったサバゲーマニアの微妙な笑顔を見ながら、

「あのさ、十歳くらいのちっちゃな女の子を見なかった?」

 と、ライトニングⅡは尋ねた。

「十歳……? ダークスターさんくらいの子でありますか?」

「そうそう。あんな仏頂面じゃなくって、もっと無邪気な感じの」

「うーむ……かれこれ一時間ほど訓練をしておりましたが、ただの一人も見掛けておりませんです! そもそも、学園関係者以外の立ち入りは禁じられております!」

 その答えは、ライトニングⅡも予想していた。しかし、あらためて他人の口から言われると、嫌でも認めざるを得ないだろう。

 ──少女(ラト)は消えた……。

 どこに?

 ライトニングⅡのスマートフォンが、何かを示している。

 道しるべか──それとも……?

「エフワンっち!」

「なんでありますか!?」

「『ナイアーL』って、知ってる!?」

 唐突な問いに、エフワンは頭を捻ったが……。

「存じておりませんっ」

 いつものかしこまった口調で言うと、敬礼した。

「あたし、何かを突き止めたのかも。あの子……ラトは、きっと知ってるんだ!」

 自分の見る奇妙な夢と、行方不明事件と、異国の少女。ライトニングⅡは、答えを求めていた。

「じゃーね! 訓練ガンバっ!」

 エフワンに倣い敬礼をして笑うと、ライトニングⅡはグラウンドへと駆け出して行く。迷彩サバゲー少女も微笑み、演習場へと踵を返した。

 そして──早朝の学園に於いて、その後ろ姿が……ライトニングⅡ最後の目撃となった。

<<二月二日午前七時十五分
      ──緊急会議より四十五分前>>

「橘花……おい、起きろ」

 荒々しく揺さぶられて、和服の少女──試製橘花は目を覚ました。

 瞼をこすりながら見回す──そこは、レーダー管制室だ。壁際のソファーに掛けたまま、眠ってしまったらしい。

 身体を起こすと、橘花に被せられていたモノが滑り落ちた。火龍のロングコートである。

「あ……ありがとう、火龍。寒くないですか?」

「礼はいい。それより見ろ、監視ログが異常だぞ」

 火龍は監視モニターを指した。その表情は硬く、橘花の意識を寝起きの霞(かすみ)より引っ張り上げる。

 画面の表示を見て、試製橘花は青ざめた。

「これ……学園内でADDが実体化していますよ!!」

「落ち着け、橘花! LeD反応が残ってるだけだ!!」

「でも……!」

 レーダー系の各種ログは、細かく分類してLeD粒子の結晶化、及びKK波の発生を識別している。橘花が見たところ、ログの数値はADDがLeD粒子を媒介として実体化する際の計測パターンに酷似していた。

「今から一時間前……六時頃にグラウンドの隅でLeD粒子の変動が記録されてるだろ? そんな場所でADDが出るわけもないし、システムのエラーか?」

「そ、そうなのですか?」

「じゃなきゃ、今頃大騒ぎしてるだろーぜ! あと、ここも見ろ。同じ時間、同じ場所でライトニングの個人パターンでKK波の観測──これは戦闘機モジュールの召喚だぞ……」

 戦闘機少女たちは、個々に異なるKK指数を持っている。それらには独特の個人パターンが存在するため、学園のデータベースに登録されていた。指紋や声紋認証のようなもので、少女自身が意識してKK波の発生を抑えていない限り、追跡を行うことも可能だ。

「火龍……どう考えてもおかしいです。学園の索敵システムはピクシーズの生命線です。このような特異な反応を感知した場合、昼夜を問わず警報(アラーム)が作動するはずですが……」

 事態を訝しむ橘花。火龍もまた、きな臭い空気を感じ始めていた。

 腕を組みモニターを睨む火龍の前に身を乗り出し、橘花はパネルを操作した。

「ごめんなさい、火龍。少し……」

「おっと! 驚いたな。キスされるのかと思った」

「えっ!?」

 思い掛けない火龍の言葉に、橘花は思わず振り向いた。

 ──……近い。

 すぐ目の前に、幼馴染みの女性がいる。小さな頃より実の姉妹同然に過ごした人。おっとりした自分とは対照的に男勝りで、格好も良く、いつも頼りになる背中を見せてくれた。

 ──だけど、本当は……。

 数秒間であったろうが、橘花の意識は秘めたる領域へと飛んでいた。

 火龍の知らない──封印された箱の中。

 血と肉と……炎と煙と、涙と一緒に……。

「おい橘花」

「は、はいっ!?」

 我に返って返事をした橘花に、火龍は、

「まだ寝てんのか? それとも……本当にしたいのか?」

 端整な顔をニヤリと歪めて言った。

「ばっ──バカ! そんなわけありませんっ」

 橘花は自分の顔が真っ赤に火照るのを感じ、火龍から離れた。笑う従姉妹に、「ベェーッ」と可愛い舌を出し、監視モニターに向き直る。

 二人は、学園全体をモデリングした3Dマップを見て、再び神妙な顔に戻った。

「おい、ライトニングが……」

「学園の何処にもいないです! 火龍、やっぱり……!」

 ライトニングⅡ固有のKK波は学園内に存在しないと、探索結果が告げている。

 二人の少女は頷き合うと、自身の操作するLeD粒子の胎動を感じつつ立ち上がった。

<<二月二日午前七時四十分
      ──緊急会議より二十分前>>

 突然の浮遊感に襲われ、ライトニングⅡは目を疑った。

 エフワンと別れた後、彼女は戦闘機モジュールを結晶化し鋼鉄の翼を広げた。

 いざ、飛び立とうとした刹那──全身に強い衝撃を感じて目の前が闇に閉ざされ……。

「うわあああああっ! お、落ちてるじゃん!!」

 ライトニングⅡの身体は、凄まじい速度で落下していた。天と地が、グルグルと入れ替わって彼女の平衡感覚を翻弄する。

「なんだかわかんないけどっ!!」

 鮮やかな緑色の大地に激突する前に、展開したモジュールの操作に集中した。ジェットエンジン(P&W F135)のタービンが駆動(ドライブ)し、ノズルが火を噴く。推力を得た彼女は、広葉樹林に突入することなく水平飛行の維持に成功していた。

「超危なかった! 超危なかった!」

 HMD越しに圏谷を見つつ、ライトニングⅡは高度を上げる。ようやく落ち着いた彼女は、眼下に広がる異様な光景に気付く。

 それは──長く連なった山脈を覆い尽くすほど展開したアポロ級ADDの大軍であった。

「え……なに、これ……」

 血の気が引く音が聴こえるようであった。これまでに見たことも無い数のドローンが、微動だにしない状態で並んでいる。一定の高度を保って滞空しているそれらは、戦闘機少女(ライトニングⅡ)の接近にも無反応であった。

「何百機なんだ、こいつら……!」

 ADDからレーダージャミングが行われているため、学園への通信は出来ない。

 空中で静止したライトニングⅡはバイザーによるKK波の捜査(スキャニング)と、現在の位置情報の調査を行った。ADDの大軍はKK波をほとんど生じさせない待機状態である。

「ここは──木曽山脈上空400フィート……中央アルプス、か……」

 思った通り──と言って良いかどうか。そこはスマートフォンの位置情報にあった場所と同じであった。

「導かれた……いや、誘拐されたって感じだ!」

 ぐぬぬ、とADDを睨んだライトニングⅡは、ハッとしてパーカーのポケットをまさぐった。

「あっ!? あたしのスマホがないっ!!」

 身体中どこを触っても、彼女のスマートフォンは出て来なかった。

「うにゅうううううっ! なんだか、散々な目に遭ってる気がするっ!!」

 ギリギリと歯噛みをしたライトニングⅡは、自分の置かれた状況に対してふつふつと怒りが込み上げて来るのを感じた。そして、その向けるべき対象が目の前に広がっている。

「雑魚っちが相手なら──あたし一人でも……!!」

 ライトニングⅡの戦闘機モジュールが更に展開し、通常装着(スタンバイ)から緊急発進(スクランブル)へと移行する。大気中のLeD粒子が、ライトニングⅡのKK場(フィールド)で位相変換(フェイズ・シフト)を起こし始めた。

 バチバチッ!

 ライトニングⅡを取り巻くLeD粒子から、激しい火花(スパーク)がはじけた。

「ちょうどスマホもないし、友軍機(クラスメート)も近くにいないし──久しぶりにやってやるぞおおおおおおおおおおおお!!」

 叫びをあげたライトニングⅡの周囲に、青白い光が無数に迸った。LeDを操作する事象改変の際、次元干渉による電位差で強力な電撃を誘発する──彼女固有の能力である。

 ジェットエンジンを唸らせて、ライトニングⅡはADDの群れに突撃した。

「必殺ッ! ライトニング・ブレイカァァァァァァァァァァァァ!!」

 バリバリバリバリバリバリィィィィィ!!

 高電圧の塊と化したライトニングⅡは、アポロ級に向けて200万ボルトの放電を行いながら空を駆け抜けた。一度行うと敵味方の区別なく雷を落とすため、委員長より禁じ手とされている攻撃方法であった。

 ちなみに──以前使用した時は、ピクシーズ全員のスマートフォンを破壊したと言う……!

 木曽山脈に展開したADDの一角が、何の抵抗も無く電流の直撃を受け、崩壊していった。

「見たか、大空の勇者ライトニングちゃんの大活躍うう! ヤッホー!」

 撃墜したドローンを見下ろして、ライトニングⅡはガッツポーズを取った。

 その戦闘機モジュールが変形し、通常装着モードになり──ライトニングⅡは「ありゃりゃ?」と呟いた。

 彼女の意思とは関係なく、武装が閉じたのである。

「うわ……なんだこれ、おかしい。LeDの操作をミスったかな!?」

 放電攻撃による異常ではない。もっと別の──誰かに操られているような感覚があった。

 うろたえるライトニングⅡ。しかし、モジュールの制御は戻らず、彼女の身体は下降して行った。

 高山植物の生い茂る千畳敷(センジョウジキ)圏谷まで降りた時、ライトニングⅡの心は絶望感で満たされていた。

「モジュールが……モジュールが動かないッ!」

 イーグルの指導と学園のプログラムによって身に付けた戦闘機モジュールが、今や全く反応しなくなっていた。

「どうして──あっ!」

 刹那……モジュールが解除(パージ)され、LeD粒子へと還元してしまった。KK波の煌めきを目で追ったライトニングⅡの背後から、

「余計な事をしないの~!」

 と、咎めるような声で誰かが言う。

 振り返ったライトニングⅡの前に、ラトが立っていた。

「どういうこと……? キミはいったい──」

「ラトはライトニングで遊ぶの! 逆らうなョ~」

 呆然としたライトニングⅡの呟きを遮って、ラトは悪戯めいた口調で言った。

 ライトニングⅡは、身体の異変を感じていた。モジュールの操作不能、解除──これらが意味する事は明白。彼女は、LeD粒子を操る能力を失っていたのだ。

 まさに──夢で見た、あの状態と同じであった。

<<二月二日午前七時五十分
      ──緊急会議より十分前>>

「火龍さんと橘花さんが出撃? 何があったのですか!?」

 委員長(イーグル)はダークスターより緊急発進の報告を受け、顔色を変えた。

「火龍は言った。ライトニングを連れて帰るから、心配するなと」

「ダークスターさん、それを許可したのですか!?」

「委員長はファイティングファルコンとの約束を守れ、と言っていた」

 その言葉に、イーグルは押し黙った。両親のいないイーグル姉妹が、今日という日をどれほど楽しみにしていたのか──火龍は知っていたのだ。

 しかし、ピクシーズを任されているイーグルにとって、捨て置けない事態が起こっていた。

「……ダークスターさん、ピクシーズを全員招集して下さい。緊急会議(ホームルーム)を開きます!」

<<二月二日午前七時五十五分
      ──緊急会議より五分前>>

 KK能力を失ったライトニングⅡは、もはや完全にただの少女であった。

 その身に何が起こっているのか。

 そして、これから何が起ころうとしているのか。

 生身となったライトニングⅡは、野花の生い茂る草原でへたり込んだ。

 力が入らない──恐怖で、すくみ上がってしまったのか。

 空を見上げると、アポロ級ADDが不気味な円錐形の機体を鈍く輝かせている。

 もう、なにも出来ない。

 ガチリ……。

 ADDの装甲が剥離し、ライトニングⅡ目掛けて落ちて来る様子を──彼女は、スローモーションのように見ていた。

 白い尾を引いて落下してくるそれは──紛れも無くミサイルだろう。

 戦闘機モジュールはない。彼女を護る次元干渉も……。

 ──あたし……死ぬんだ。

 爆発の閃光が奔り、視覚も聴覚も奪われた時──ライトニングⅡは、心の中で呟いていた。

 ──ラプターちん、ここにゃん、委員長……。みんな、ゴメン……!

<<二月二日午前七時五十五分
      ──ライトニングⅡ消滅(ロスト)>>

 学園は騒然としていた。

 ADD大量出現の警報が鳴り響く中──心神は、何かを感じ取ったかのように虚空を見た。

 その大きな瞳から、つぅ……と、ひとすじの涙がこぼれ落ちる。

「ライトニングさん……まさか……!」

 彼女が迎えた運命を、まだ誰も知らない。

 ──……心神以外は。

<つづく>