都内某所──戦闘機少女養成学園。都心から離れた場所に構えられたその建物は、日本(ニホン)唯一の『鋼鉄の妖精(ピクシーズ)』たちの訓練施設である。

 遡ること三年前に建造された学園は、その性質から『妖精学園』、または『妖精たちの基地(ピクシーズ・ベース)』とも呼ばれている。

 ここでは「ピクシーズ」となる特性を持った十代の少女たちが集められ、一般教養から軍事教練まで多くを学び、暮らしていた。

 「ピクシーズ」少女たちは親元を離れ、この『妖精学園』の宿舎で寝泊まりをしている。

 さて──夜の帳(とばり)が降り、世界が昏(くら)い刻(とき)へと流れた頃になって、戦闘機少女たちはようやく学園へと帰還した。

 四国(シコク)土佐湾(トサワン)沖にて、新型ADD(アナザー・ディメンジョンズ・ドローン)──自己修復機能を持った巨大アポロ級──を撃破した彼女たちは、鋼鉄の翼を広げ夜空から降り立っていく。

「さっむううううううう!」

 スポットに照らし出された校庭を滑走路にして、F-35AJ ライトニングⅡが着陸を終えた。つま先で数度地面を叩き、脚部戦闘機(ファイター)モジュールのランディングギアが噛んだ砂利を落とす。

 冬の凍てつく外気の下では、元気が取り柄のライトニングⅡも縮こまってしまう。緑のショートヘアの下で、表情も寒さに強張っているようだ。

 ライトニングⅡに続いて、F-22 ラプターがグラウンドに降りた。戦闘機モジュールを構成するLeD(エルイーディー)粒子が、煌めく光の残滓(ざんし)──KK(カルツァ・クライン)波──を生じさせ、まるで彼女自身が輝いているかのようだ。

「だーめーだー! お腹が空き過ぎて……うううぅぅぅぅっ」

 突然悲鳴にも似た声を上げたラプターは、クラス1とも言われる美貌をぺしゃんこに歪めて、ライトニングⅡへしなだれかかった。ラプターより小柄なライトニングⅡは不意を突かれ、バランスを崩す。

「ら、ラプターちん──うわわっ!」

 モジュールを駆り、天空を貫く音速の姿はどこへやら──ふたりの少女はもつれ合って地面に尻餅をついた。

「あらら……二人とも、大丈夫ですか?」

 ライトニングⅡたちに心配そうな声を掛けると、委員長──F-15J イーグルは、続いて下降するRQ-3 ダークスター、キ-201 火龍を仰ぎ見た。冷たく過ぎる風が、イーグルの長いポニーテールをゆらゆらとはためかせている。

「うっし……委員長、お疲れさんっ!」

 豪快に挨拶をした火龍の後ろで、まだ幼い容姿の少女──ダークスターが夜空を見上げていた。

「お疲れ様です、火龍さん。急に連れ出してごめんなさいね」

「なぁに、他でもない委員長の頼みとありゃあ断れやしねぇよ! いつでも呼びな!」

 長身にロングコートを羽織った火龍が破顔して見せ、委員長も微笑を返した。

 そして──。

 少女たち全員が、冬の空を見上げた。その視線の先──高度200フィートから最終旋回(ファイナルターン)を終えて降りて来る、一人の少女を。

「……ここにゃん」

 ライトニングⅡが呟く。その声に導かれたかのように、四対(つい)の戦闘機モジュールを広げた「ピクシーズ」少女──ATD-X 心神(しんしん)が夜空より降下し、グラウンド場に降り立った。

「わ──上手く、着地できました。成功、です?」

 初めての出撃、そして──初めての戦闘。彼女は煤(すす)と油に汚れてはいたが、しかしその表情は明るかった。

「はい。上手でしたよ、心神さん」

 委員長の賞賛の言葉に、心神は目を細めた。そして姿勢を正して軽くお辞儀をすると、

「ありがとうございます……です!」

 その日一番の笑顔を見せる。

 その純粋に輝く黒瞳は、生まれたばかりの子猫のようなあどけなさを、イーグルに思わせた。

「いいんちょ~、寒いから早く中に入ろうよぉぉぉぉ!」

 寒さに耐えかねたライトニングⅡが、両手で身体を抱いてぴょこぴょこ飛び跳ねながら言った。装着した戦闘機モジュールが揺れて、ガッシャガッシャと音を立てている。

「確かに……今日は冷えるぜ……」

「ごっ、ご飯を食べよう! あったかい夕ご飯だよ、みんな!」

 ラプターが、ライトニングⅡに同意した火龍を押し退けるようにして声を荒げた。世間一般の夕食時を過ぎてはいたが、彼女の食事への執着は尋常ではない。

「食事も良いですが、先にシャワーでも浴びませんか? 道中スコールにも遭いましたし、このままでは風邪をひいてしまいますよ?」

 委員長の提案に、ラプターは情けない声で「はうううううう……」と唸り、チラチラ周りを見たが──皆、イーグルに同意しているようだった。

「とりあえずさ、あったかぁぁぁぁいお風呂に入ろうよ! この汚れた身体と、疲れを洗い流しちゃおう!」

 ライトニングⅡが元気良く言い、続けてラプターへ、

「ラプターちんには先にコンビニで肉まんを買ってあげるから!」

 しゅーんと小さくなっていたラプターの表情は、その一言でパアアーっと輝いた。

「にっ、肉まん……五個!?」

 どうして五個だと思ったのか。

「いや、一個」

「せめて、三個……!」

「なんでそんな──あっ、ヨダレ出てるよ!」

 口元にハンカチを押し付けられながら、ラプターは学園敷地内で営業しているコンビニエンスストア『スカイまーと』へと連れて行かれる。

「相変わらず仲がイイ二人だぜ……」

 二人の後ろ姿を見ながら火龍が言う。

「では、私たちは先にお風呂へ行きましょう!」

「お風呂……みんなで、です?」

 イーグルが促すと、心神はまたも首を傾げて不思議そうにした。

「学園宿舎には大浴場があるんです。気持ちいいですよ?」

「大浴場、気持ちいい……」

 視線を泳がせて反芻(はんすう)している心神の隣で、沈黙していた幼女──ダークスターが、一言呟いた。

「戦闘のち、銭湯」

 そして真顔で、イーグルと火龍を見たが──二人は目を逸らした。

 カポーン……。

「しかし、実際に浴場でそんな乾いた音がするかどうかは疑問だよ……!」

「ライちゃん、誰に向かって言ってるの?」

 学園宿舎一階にある大浴場。天井付近のパンアップから、湯船に浸かったライトニングⅡとラプターである。少し熱めのお湯で満たされた浴槽はなかなかの広さ──15平米あり、大人数でもゆったりと入浴する事が出来る。

 ライトニングⅡは浴槽から上半身を乗り出し、洗面器をひっくり返してはカポカポと音を立てていた。小柄でやや幼い身体つきは、元気のある性格と相まってライトニングⅡを子供っぽく見せている。

 食欲の権化──もとい、美少女ラプターは、金髪をお団子にして肩まで浸かっていた。よく食べる割にスラリとした体型を維持しているようだが……。

「ラプターちんは食べても食べても太らないよね! なんかムカつく!」

「羨ましい?」

「太らない代わりに、おっぱいも小っちゃいけど!」

「あーっ! 言ったなライちゃんんん!」

 ラプターはじろりとライトニングⅡを睨み付けると、バシャバシャと水面を弾いてお湯を飛ばした。

「ひゃっ!」

 飛沫を顔面に浴びて、ライトニングⅡが悲鳴を上げる。

 その様子を見て、

「こーら。二人とも、お風呂で遊んじゃあいけませんよ?」

 洗い場で髪をシャンプーしていた委員長──イーグルが立ち上がり声を掛けた。平素は白いリボンで結わえたポニーテールが、黒髪ロングへと変わっている。

「…………!!」

 身体にはバスタオルを巻いた姿だが、その圧倒的なスタイルは二人の貧乳少女の目に突き刺さるかのようであった。

「いいんちょー……タオルの下にどうしてフルーツを隠してんの?」

「なっ」

 ライトニングⅡのじっとりした視線を浴びて、委員長は思わず後ずさった。

「何も……何も隠してませんっ」

「99式空対空誘導弾ですか?」

「ラプターさんまで、破廉恥な……違いますっ」

 貧乳コンビはザブザブと湯船から上がると、ジト目で委員長に近付いて来た。

「レーダーシーカーの形見せて下さい」

「み、見せられませんっ」

「もしもの時は”謎の光”が仕事すると思うよ!」

「ど、どんな光ですかっ!」

「ただし、DVDとブルーレイでは……消えます!」

「意味が分かりませんっ!」

二人がゾンビのように群がった時、委員長と同じく髪を洗っていた少女──心神が不思議そうにそちらを見ていた。

 少女らしい細身の手足に、スタイル、そして──。

 ────貧乳(ステルス)……!!

「ここにゃん!」

「私たち、ズッ友だょ!」

 二人は心神──と、その体型──に気付くと、わっと側まで寄って手を握った。コンビがトリオになってしまった瞬間である。

 やっとスルーされて、胸を撫で下ろした委員長──の、タオルがスルリと滑り落ちた。

「あっ──謎の光……」

 ライトニングⅡの呟きの通り、正体不明の光が仕事をしたかどうか定かではないが──数分後、四人は大浴場の休憩室でフルーツ牛乳を飲んでいた。火照った身体に、冷えた瓶詰めのドリンクが浸透していくようだ。

「んー、お風呂上がりのフルーツ牛乳は最高だよぉぉぉ!」

 余程おいしかったのか、ライトニングⅡが歓喜の声を上げた。備え付けのソファーでくつろぎ、洗面台で髪を乾かし、大浴場を後にする頃には──数刻前、死線を潜り抜けたとは思えないほどにリラックスしていた。

 ここは学園の宿舎棟──浴場施設からコンビニまで完備されている、「ピクシーズ」少女たちの生活の場である。

 『スカイまーと』で各々食料を買い込むと、時刻は既に深夜近くなっていた。

「あたしとラプターちんは三階の二号室! いつでも遊びに来てね!!」

 ライトニングⅡとラプターはエレベーターから降りると、笑顔で手を振った。少女たちは宿舎棟の各部屋に一人、ないし二人で住んでいる。扉が閉まると、心神を乗せたエレベーターは再び上昇して行った。

 委員長──イーグルとはコンビニで別れている。エレベーターは六階で停止した。

 スーッと扉が開き、心神は静かな廊下へ踏み出す。

 目的のフロア。初めて訪れる場所である。

 誰の声も、物音も聴こえない。

 心神は周囲に視線を巡らせると、ゆっくりと歩き出した。

 ──ルームプレート『601』。

 ふところから取り出したカードキーをセンサーにかざすと、ドアが音も無くスライドした。

 自室に入るのは初めてである。部屋には、家電から日用品まで、一通り揃っているようだ。真新しい家具と生活感のアンバランスさから考えて、この部屋は一人部屋に相違なかった。

 心神は買い物袋をテーブルに置くと、真っ白なシーツの掛かったベッドに座った。沈み込むような柔らかさに身を委ねると、今日一日の出来事がまぶたの裏に次々と浮かんで来る。

 ──だが。

 その前に、心神はある感情に捉われていた。

「この気持ち……」

 心神はひとりごちた。そっと瞳を閉じ、

「『寂しい』……です?」

 賑やかなクラスメイトたちの顔を想うたび、心神は寂寥感に揺れていたのだ。

 しばらく、心神は感情の波にゆらゆらと漂っていた。

 ──ピコン。

 心神の感慨を断ち切ったのは、そんな電子音だった。

 音の出処を捜して見回すと、デスクの上に置かれたノートPCに目が留まった。閉じられたPCは青く光るライト──それは恐らく電源だろう──の他に、赤く点滅する部分があった。

 ベッドから立ち上がり、心神はデスクに着きPCを開いた。

「ノートパソコン……です? 動かすには──電源……」

 主電源と思しきボタンを長く押し、OSを起ち上げる。

 映し出された画面は、デフォルト設定のままの簡素なものだった。

 デスクトップには、アプリケーションのショートカットがたった一つ──ポップアップアイコンが表示されている。

 メーラーソフトだ。ポップアップには『新着メール……1件』とある。

 心神は──マウスでメーラーをクリックした。そして、受信トレイのメールを選択。件名は『報告書式フォーム送信』とある。

 一瞬──心神は逡巡したが、ダブルクリックした。

 ずらりと、メールの本文がモニタに表示される。

 心神はロールバーを下げつつ、送られて来た長文のメールに目を通して行く。

 そして、最後に記してある送信者のサインを、じっと見た。

 F E

 星印と共に、『エフ・イー』というイニシャルが意匠に組み込まれた印(しるし)であった。

 心神はメールに添付されているファイルを取り出した。そして、そのファイルを開き、しばらく何かを打ち込み続けると、ハードドライブのルートディレクトリへと保存した。

 再びメーラーに戻り、『FE』のメールに返信をクリックすると、本文は何も書かず先程のファイルを添付して送信する。

「……オッケー、です」

 呟き、一息つけようとコンビニの袋に手を伸ばした時──誰かが玄関のベルを押した。

 デスクから立ち上がり、ドアのオープンボタンを押すと……そこには委員長──イーグルが立っていた。

「こんばんは、心神さん。お邪魔してもいいかしら?」

 心神が頷くと、ゆったりとしたワンピース姿の委員長は微笑み、玄関へと入った。

 時刻は二十三時を廻っている。

「遅くにごめんなさい。実は、渡し忘れた物があったのでお届けに来たの」

 申し訳なさそうにするイーグルに、心神は微笑みを返すと、

「はい、お受け取りいたします」

 と言って、両手を差し出した。

「あ──ちょっと、説明もしたいので……入っても?」

 イーグルが遠慮がちに言うと、

「はい、どうぞです」

 と、彼女を招き入れる。

「ここ、座って下さい」

 心神は──洋室奥のベッドを指さして言った。

 委員長は少し目を丸くして、室内を見回す。間取りは1DK──八畳ほどの洋室にはベッドとデスク、テーブルがあり、床はフローリングにピンクの絨毯が敷いてある。

「あの……こっちでいいかしら」

 イーグルがテーブルを見て言うと、心神は首を傾げて、

「ベッド、お布団がふわふわです。とても気持ちいいです。先程、私が座ってみたので間違いありません」

「いや……まあそうでしょうけど」

「はい。一緒に疲れをとりましょう、委員長さん」

「ベッドで、一緒に──?」

 反芻したイーグルの頭にちょっとした想像が膨らんだが、心神のあどけない笑顔がそれらを打ち消した。

 先にベッドに座って手招きする心神に委員長は苦笑して、

「イーグル、でいいですよ」

「わかりました……イーグルさん」

 さっそく彼女のペースに巻き込まれたかな……と感じながら、イーグルもベッドに腰掛けた。

「これをお渡しします。学園の用意した、心神さんのスマートフォンです。『レインボー』というコミュニケーションアプリがインストールしてあるので、連絡に使って下さいね」

 イーグルは、手に持っていたスマートフォンと取扱説明の小冊子を心神へ手渡した。スマホのカラーはパールホワイトで、ATD-X1と刻印が入っている。

「スマート、フォン……。携帯電話、です?」

「心神さん、スマホは初めて持つのね? 使う時は、こう……指で──」

「あ……すごいです。触っただけで、画面が変わりました」

「すごくはないですよ? 心神さんも操作してみて」

「はい、私も……こうですか?」

 肩を寄せ合ってスマートフォンをいじりまわす二人は、年相応の無邪気な姿である。

「さて──スマホの説明もできた事だし……」

 委員長は、彼女の人柄を表すような柔和な笑みを浮かべ、心神を見た。

「せっかくなので、少しお話に付き合っていただけますか?」

「はい、もちろんです」

 心神は、素直に従った。純粋そのもの──人を疑うことなど知らないのではないか、と思わせる程の……。

「時間も遅いので、なるべく簡潔にしますね。お話と言うのは、私たち『ピクシーズ』とADDについてです」

 語り始めた委員長に、心神は頷いた。イーグルは続ける。

「ご存知の事もあるでしょうが、まずは聞いて下さい。ADDが初めて出現したのは、今から四年前と言われています。正体不明の攻撃機に対して、人は対抗手段も無く──一年が過ぎました」

 それは、人類が遭遇した未曾有の危機だった。世界は混乱し、多くの物が失われた。誰も思い出したくない、十二カ月だった。

 しかし、その周知の出来事について、なぜ心神に話す必要があるのだろうか?

「その恐怖の中で、唯一の光が発見されました。それは未知のエネルギー粒子群──LeD粒子と、それらに親和性を持つKK(カルツァ・クライン)指数の存在です。研究の結果、KK指数の高い少女は、LeD粒子を操り様々な事象改変を行う事が出来ることが判明しました。それが──」

「戦闘機少女……です?」

 そう言った心神を、イーグルはじっと見た。一瞬ではあったが、イーグルの瞳は──何もかもを見通さんとする鋭利な輝きを呈していた。

 心神は──その視線を真っ直ぐに受けながら、きょとんとしていた。

 ──やはり……この子は、何も知らないのね。

 心の中で呟き、イーグルは優しく微笑んで、

「──心神さん、正解!」

 明るい声音で言った。

「やりました」

 心神は真顔で言うと、胸の前で可愛く拳を握って見せた。

 イーグルは続ける。

「高いKK指数を持つ少女は、大気中のLeD粒子を媒介にして戦闘機モジュールを生成することが可能です。そして重要なのは、この世界の物理法則に則ったものではない──ということです。KK能力者(カルツァ・クライン・センサリー)は次元を超えた物質を位相変換(フェイズ・シフト)させていると考えられ──」

 その説明は少し難し過ぎたのか、心神は口を△(さんかく)に開けたまま聞いていた。イーグルは台詞を止めると、言葉を選ぶようにして、

「何が言いたいかと言うとですね……私たちは別次元との干渉の影響で護られている、ということです」

「護られている……?」

「LeD粒子を操作している間、私たちの身体は生身とは言えない状態にあるのです。例えば、飛行中に音速を超えた時、大気の断熱圧縮により機体温度は一〇〇度以上になります」

「それは……熱いです。大火傷です……」

「でも、実際に火傷はしません。私たちは気圧の変化や重力加速度、衝撃などからも保護されています。生身を晒しているようでありながら、実は密閉された操縦席にいる、とでも言いますか……」

「スゴイです」

 とにかくスゴイ、ということは伝わったのか……頷く心神に、

「ですが、そのスゴさが一番の問題でもあるのです」

 イーグルは、やや声のトーンを落として言った。

「次元干渉によって保護されている戦闘機少女は、ADDに対抗する人類の切り札となりました。しかし、全ては規律正しい訓練の賜物(たまもの)です……。不測の事態が起こり制御を失ったとしたら──最悪な場合、命を落とします」

 ────命を落とす。

 その言葉の響き、そして意味合い。委員長──イーグルの唇より発せられたそれは空気を伝わり心神の鼓膜を震わせ、内耳神経から脳へと信号化した。

 心神は──閉口したままイーグルを見ていた。遠近感が少し変化し、目の前のイーグルが妙に遠くへ座っているような違和感を味わった。

 高度二〇〇〇〇フィートを音速で移動する少女が、いきなり空中へ放り出されたら──?

 もしくは……空対空ミサイルの直撃を生身で受けたら──?

 答えは明白である。

 そして──戦闘機少女は、その宿命(さだめ)と隣り合わせだと……イーグルは言っているのだ。

コホン、とイーグルは咳払いをして、続ける。

「ですが……私たちはチーム『ピクシーズ』です! みんなでフォローし合って、この空を護っているんです。だから、安心して下さいね」

 委員長の声に、心神は目をしばたたいた。思考が、瞬きする事も奪っていたらしい。

「私たちは──軍人でも機械でもなく……少女、ですから!」

 イーグルは、その言葉の重みとは裏腹に輝くような笑顔で言った。決して悟りを開いた聖者の笑みでも、何かを捨てた覚悟の笑みでもない。

 穢(けが)れなき、十代の少女が見せるありふれた笑顔であった。

「わかります。私も、少女です!」

 心神もまた、大きく頷くとニッコリと笑って見せた。初めて戦場に発った心神の、精神(ココロ)のケア──それを真の目的として部屋を訪れたイーグルにとって、その笑顔は大収穫と言えた。

「今日、それをお伝えしたかったのです」

「はい……よく理解できました……です」

「……?」

 話を終えたイーグルは、心神の視線が宙を泳いでいる事に気付いた。

「心神さんから、何か質問とかありますか?」

「質問、です? うん──そう、です……ねぇ……」

 心神は口元に指を当ててポツポツと呟くと、目を閉じて考え込むポーズを取った。

「なんでもお答えしますよ」

「……はい、えと……しつ──もん……」

「──心神さん?」

 イーグルが呼び掛けた時──心神の身体はぐらりと傾き、委員長へ倒れ掛かってきた。咄嗟に抱き抱えたイーグルは、心神がスースーと寝息を立てている事に気付く。

 彼女は──眠りに落ちていた。

 心神にとって、今日という日がいかにハードであったか……すべてを物語っているようだ。

「疲れていたのね……。そうよね、ごめんなさい」

 イーグルは慈しむような表情でひとりごち、そっと、心神をベッドへ横にした。

 無防備で、無垢なその寝顔。

 イーグルは起こしてしまわないように注意を払いながら、布団を掛けベッドから離れた。

 部屋はオートロック式なので、戸締りは心配ないだろう。

 ふと、コンビニの袋が視界に入り、心神がサンドイッチと飲み物を買っていた事を思い出した。出したままなら、冷蔵庫にしまってあげなくては──そう思い、委員長はデスクに近付く。

 案の定、ナイロン袋の中からミックスサンドとオレンジジュースが覗いている。

 手を伸ばし──イーグルは、ノートPCが開いたままで放置されている事に気付いた。

 それは、何気ない視線の動きであったのだが──。

「……!」

 PCモニタは、『送信完了』と書かれたウインドウの下に、返信元のメールをちらつかせている。

 そして、そこには送り主のサインが見えていたのだ。

 液晶パネル──格子状に配列されたドットマトリクスは、『FE』のイニシャルを、確かに表示している。

「フィフス・エレメント……!」

 硬い声で呟いたイーグルは、心神に見せていたのとは全く違う──険しい貌(かお)をしていた。

「あっはっは! あたしでは勝てない……み・た・い☆」

 きらびやかなシルバーのドレスに身を包んだツインテールの少女は、鴨緑江(オウリョクコウ)の南上空六〇〇〇メートルにて、ADDと交戦状態であった。

 中国(チュウゴク)と北朝鮮(キタチョウセン)との国境であるこの場所は、上海基地(シャンハイ・ベース)に配属された戦闘機少女たちが領空を護る地域にあたる。鴨緑江近郊の街──丹東(タンドン)市を防衛するため出撃した部隊の中に、彼女──F-80 シューティングスターも参加していた。

「日本(ニホン)でも新型のアポロ級が出たらしいけど……まさかこっちもディアナ級が──わわっ☆」

 対峙するADDは四機──二機ずつ編隊を組み、丹東市へ50kg爆弾を投下しつつ旋回して襲って来る。

 フリルの装飾を施したスカートをはためかせ、シューティングスターは敵機から受けた銃撃を回避した。

「シューティング! ながれぼしターン☆☆☆」

 心神たちが遭遇したアポロ級は──ADDの中で最も数が多く観測されている、尖兵のようなカテゴリーである。アポロ級に次いで出現記録が多いのがディアナ級ADDであった。

 敵の姿は、ADD特有の──無機質で、機能的な外観を排した物であった。まるで鏃(やじり)のような流線型の機体は、ディアナ級に分類されるADDの新型に違いない。恐るべき運動性能と速度を持っており、上海基地の戦闘機少女のそれを凌駕していた。

 シューティングスターは高度を保ちつつ振り返り、上海基地より発進した戦闘機少女たちを確認したが──既に撤退命令が下った彼女らの姿は無かった。

 従来のディアナ級とは一線を画した運動性能の前に、シューティングスターもまた、翻弄されていた。

 流星マークの付いたヘアバンドから伸びたインカムを指で弾き、

「やられっぱなしなのは、すごぉーくざんねんです! 激おこなんだから☆」

 ADDに向かって怒り口調のシューティングスターだが──装着した戦闘機モジュールは各所に機銃を受け、三割ほど破損していた。可愛らしい衣装も、敵の攻撃で焼け焦げている。

 丹東市の住民は退避完了していたが──ADDの爆撃により住居は焼け落ち、生活は奪われてしまった事だろう。

「シューティング! ほうきボシアターック☆☆☆」

 アイドル少女はADDの一機を何とか正面に捉え、モジュールの翼下に搭載された127mmロケット弾を四発発射した。しかし、そのことごとくが回避され、あるいはADDの機銃によって撃ち落とされた。

「だ・め・だ☆ 援軍を呼んで来るしかないっ☆」

 シューティングスターはモジュールに搭載した遠心式ジェットエンジンに点火すると、戦場から離脱して行った。

 ──同刻、妖精学園。

 その日の授業は午前中で終わり、心神とライトニングⅡ、ダークスターは学園の屋上にいた。

 そこには優雅なテラス席が設置されており、木目調に揃えた調度品と相まって随分と贅沢なレストスペースとなっていた。

 そこで三人は、ベンチに座って何やらスマートフォンを操作している。

「ここにゃん、わかったー?」

「はい、よくわかりません」

 素直な返事にがっくり肩を落とすと、ライトニングⅡは心神のスマホを覗き込んだ。

「だーかーらー! まずチュートリアルから始めて、色んなモンスターの特徴を把握するんだって!」

「あ……忘れてました」

「どーして!? ここにゃんのチュートリアルクリアであたしに招待特典が──あ、いや、なんでもないから!」

 小首を傾げる心神をごまかすと、ライトニングⅡは真剣な顔でスマートフォンを見た。どうやら、ライトニングⅡがハマっているゲームアプリを、心神にやらせようとしているらしい。

「ん? チュートリアルより先に、どこをプレイしてたの?」

「はい……光る床から、卵が出て来るお部屋です。なんだか面白そうだったので」

 ニコニコと言う心神に、ライトニングⅡは「ふふふふ……」と押し殺した笑い声を出した。

「?」

「ここにゃん──素人だねぇ。ふふふ、実に素人だよぉ……。初期ボーナスポイントでガチャるなんて、テンプレだよぉ……!」

「天ぷら?」

 心神の軽い聞き間違いに、隣で黙っていたダークスターが反応し、ライトニングⅡをじっと見つめた。

「いや、だーにゃんは対抗しなくていいから……」

 拒否するように手を振ったライトニングⅡに頷き、ダークスターはスマートフォンいじりに戻った。

「ガチャ……は、失敗です?」

 不思議そうな心神に、ライトニングⅡは不敵な笑みを浮かべた。

「初心者が陥りがちな罠だよここにゃん! いきなり課金ガチャを廻したところで、強キャラを使いこなすのは難しいんだよ! まずは体力ゲージを増幅するとか、ユニット所有枠を広げるとか……。で、どんなモンスターが出たの?」

 得意顔で講釈を垂れながら、ライトニングⅡは心神のスマートフォンを横から操作した。

「かっこいいの、出ました」

 所持ユニット確認画面を見ると、『ミラクルレア』と表示されたキャラクターが二体、『ブラックホールレア』が一体並んでいる。

「なんでしょう、ブラックホールレアって。おかしな名前ですね。事象の地平(シュバルツシルト)面と関係が?」

 心神は、いつものように小首を傾げて尋ねた。

 だが──。

「……チ、チチチ」

 と、ライトニングⅡが謎の呟き。

「チ?」

「チチチチチチチートォォォォォ!!」

 絶叫したライトニングⅡの目は血走っていた。

「はい?」

「ここにゃん、リセマラ厨!? どぉぉぉして排出率0.2%設定のブラックが! ミラクルくぁwせdrftgyふじこlp」

「ライトニャングさん、もっとゆっくりしゃべって下さい」

 発狂するライトニングⅡへ、心神は穏やかに声を掛けた。

「ビギナーズラックにもほどが──え?」

 白熱したライトニングⅡの頭が、一瞬にしてクールダウンする。

「今──なんて呼んだ?」

 彼女がマジマジと見つめると──心神は、少し目を逸らして頬を赤らめた。

「あの──その……。私、『ここにゃん』って、可愛いあだ名をつけて頂いたので……。私も、ライトニングさんに……ニックネームを考えてみたんです。その……『ライトニャングさん』って、呼んでもいい──です?」

 そう言って伏し目がちに見返してくる心神に、

「嬉しいよ……でも、ちょっと長くない?」

「そうですか。うーん……『イトニャンさん』では、どうです?」

「イ……イトニャン……?」

 そこを取っちゃうわけ? と、ツッコむ間もなく、

「ここにゃんとイトニャン、です!」

 心神の中では『イトニャン』は大ヒットだったのだろう。ライトニングの微妙な反応にも気付かず、ダークスターを指さし、

「こちらはだーにゃん!」

 ネーミングの関連性まで主張して見せた。

「う……うん、うん……。あ、ありがとうここにゃん……」

 とりあえず礼を言いつつも、必ず撤回しなくては──と、ライトニングは心に誓っていた。

 会話の流れをぶった切るかのように、ダークスターが、

「リセマラ──リセットマラソンのこと」

 と口を開き、

「だーにゃん……もうその話は終わったから……」

 ライトニングは手を振って中断させる。ダークスターは頷き、自分のスマートフォンを差し出した。

「ん──どした?」

「シューティングスターからレインがない」

 見ると、ダークスターのスマホに『レイン』アプリのメッセージ画面が表示されていて──なにやら、ギャル文字か何かがいっぱい書いてあった。

「なにこれ、読めないんだけど……」

「シューティングスターとのレイン」

 言われてみれば──会話の内容は良く分からないが、メッセージのやり取りの様子は分かる。

「今朝、出撃してから返事がない」

「確かに……だーにゃんが送ったメッセージは全部『未読』のままだね」

 シューティングスターがスマートフォンを開いていれば、『既読』と表示されているはずだ。ライトニングⅡは「うーーーん」と唸って腕を組んだ。

「しゅーたんって、朝鮮(チョウセン)半島にヘルプで出てるんだよね。まだ作戦中でしょ?」

「遅すぎる」

 しゅーたん──シューティングスターはライトニングⅡたちと同じく、妖精学園のクラスメイトである。数日前より、ADD討伐の助っ人として他の地域に飛んでいたのだ。

「シューティングスターさん……ですか?」

「うん。まだ心神は会ってないよね。いつもフリフリのアイドル衣装を着た、ちょっと間違った方向へ行っちゃってる子がいるんだ。自称──空のお姫さま(スカイ・プリンセス)、とか言っちゃって」

 クラスメイトの説明を聞きながら、心神は空を見上げた。つられてライトニングⅡも同じ方向を見る。

「あの方ですか?」

「え──あっ!」

 空を漂う大きな雲が霧散したかと思った瞬間、猛スピードで何かが──いや、誰かが屋上に飛び込んで来た。コンクリートに直撃する寸前、

 ──バシィィィィィ!!

 飛来した少女──半壊したモジュールのシューティングスターを、咄嗟にライトニングⅡと心神は受け止めていた。衝撃で前髪がぶわっと逆立ったものの、音速の少女をキャッチした二人の周りにバチバチ……と火花が散るような光が発生していた。

 次元干渉による戦闘機少女の保護──イーグルが言っていた事象である。

「──う……ん……」

 受け止められたシューティングスターは瞳を閉じ、半ば意識を失っていた。ボロボロの衣装に破壊されたモジュール……。明らかな緊急事態であった。

「シューティングスター」

 変わらず抑揚のない声で、ダークスターが呼び掛けると──。

「うう……んー。あ……ダークスターちゃん……。ここは、学園?」

 数度瞬きをして、シューティングスターが目を開けた。問い掛けにダークスターが頷くと、

「やったぁ……☆ シューティングスター、ただいま帰還っ」

 自分の足で立ち、ウインクを飛ばした横にピースサインを作って見せた。KK場が消滅したのか、戦闘機モジュールが発光しながら粒子化して消える。

「しゅーたんしゅーたん! いったい何があったの!?」

 ライトニングⅡがピョンピョン跳ねながら訊くと、アイドル少女は少し困り顔で、

「委員長に報告しなきゃあ……。あたし、負けちゃいましたっ……ぐすん☆」

「ディアナ級の新型──ですか」

 戦闘機少女たちはクラスに集まり、緊急会議(ホームルーム)が開かれていた。黒板前の壇上にはシューティングスターとイーグルが立っている。

「あのね委員長……すっっっっっっっごく速いADDだよっ☆」

 新しい衣装に着替えたアイドル娘──シューティングスターは、強調して言った。戦闘機少女を凌駕する高速戦闘型ADDとの遭遇。その状況説明を終えたところである。

「昨日のアポロ級といい、ADDの活動が活発になっていますね」

 イーグルは神妙な面持ちで、腕を組んだ。いつもながら、ボリューム感のあるバストが乗っかっている。

「上海基地(シャンハイベース)より報告。ディアナ級は丹東市を焼き払い、駐留。現在動き無し」

 淡々とした口調で報告するダークスター。次いで、金髪の美少女──ラプターが挙手して発言した。

「一度出現したADDは、撃墜されるまで断続的に破壊活動を行います。再度侵攻を開始する前に、叩くべきです」

「勿論です。ただ──事態は国外、私たちの領空外で起こっているのです」

「委員長! まさか、お隣さんがやられるのを黙って見過ごすってんじゃないよな?」

 席に着いたまま声を荒げた火龍を見て、イーグルは微笑むと、

「既に追撃作戦の申請を学園に提出済みです」

「Wunderbar(ヴンダバール)!! で、追撃のメンバーには当然俺も入ってるんだよな!? な!?」

 「流石だぜ!」と身を乗り出した火龍に対して、委員長はゆっくりと首を横に振った。

「ごめんなさい。作戦内容に関しては、FGAFより指令を頂いています」

「えふじいえいえふぅぅぅ!? まぁたお上からの介入かよっ!」

 火龍は渋い顔をすると、学帽を目深に被って静かになった。

 FGAFとは、戦闘機少女管理機構(ファイター・ガール・アドミニストラティブ・ファンクション)──全世界のピクシーズ養成施設を統括する組織である。学園を運営する機関でもあり、重要な作戦や他の基地との連携の際には直接指示を出すのが慣例となっている。

 委員長はクラスメイトを見回すと、ひと呼吸置いて話し始めた。

「では、これより追撃作戦に関する発表を致します。まずはメンバーですが……ラプターさんと──心神さん」

 その瞬間、少女たちは驚きを隠せずざわめいた。戦闘機少女としての特性も高いラプターは良いとして、転校二日目の心神とは……。

「委員長はん、なんぼなんでもそのチョイスは運営のミスやない?」

 F-20 タイガーシャークが懐疑的な声を上げる。その関西(カンサイ)弁のイントネーションで、

「心神さんって──先進技術実証機のモジュールらしいやんか。戦闘機少女って言うても、実際は戦闘機とちゃうねんで?」

 その指摘は、クラスメイト達の思う処と一致していたのだろう。ざわめきは収まっていた。

 渦中の心神は……何を言ったら良いか分からないようでもじもじとしていた。

 先進技術実証機(アドバンスド・テクノロジカル・デモンストレイター)──ATD-X1 心神。彼女がこの世界(セカイ)に召喚するモジュールは、研究開発のための試作機なのである。当然ながら非武装であり、正式にロールアウトしている量産機(プロダクトモデル)ではないのだ。

 タイガーシャークの発言にイーグルは──いつもの穏やかな笑みで答えた。

「勿論承知しています。攻撃(アタック)はラプターさん。心神さんは後衛に着き、防御(ディフェンス)に徹すること。戦闘機モジュールの特性はどうあれ、扱うのは心神さん自身です。戦場に於いて、どのように対応して行くかを学んで貰いたいのです」

 委員長の説明に、タイガーシャークは納得したのか、自嘲気味な笑みを浮かべた。

「せやな……委員長はんが考えもナシに作戦実行する事なんかあれへん。うちが甘かったわ……大甘やで。……あ、甘い……と言えば今朝、棒アイス買うたら『あたり』が出る夢見てんやんか? あー、うちラッキーやんって喜んでんけど──」

「委員長ォー、作戦の説明の続きはよ!?」

 呆れた声で火龍が遮ると、タイガーシャークは「しまった」という顔をして口を閉ざした。

 委員長によって、作戦の詳細、交戦規定の説明がなされた。そして最後に、

「二人のバックアップとして、シューティングスターさんとダークスターさんにも同行して頂きたいと思います。帰還して間もないですが、大丈夫ですか?」

 イーグルが問うと、シューティングスターはキラリと星が飛び出しそうな笑顔で、

「シューティングスター、精いっぱい頑張りまぁーす☆」

 元気良く宣言した。

「ありがとう。付け加えて……FGAFの指示でなく私の判断になりますが、古い友人に助っ人を依頼しておきました。とっても頼りになる戦闘機少女です。それでは、緊急ホームルームを終了致します。作戦に参加する方たちは、速やかに準備を整えて下さい」

 委員長の古い友人──その発言に、クラスの少女たちは再びざわめいた。イーグルは四年前に集められた、戦闘機少女の最初期メンバーであり、その友人となれば……推して知るべし、である。

「あと、必ず──出撃前にお手洗いに行っておくこと! ラプターさんはしっかりお食事を取っておいて下さいね! でも、食べすぎ注意です!」

 韓国(カンコク)ソウル特別市──金浦(キンポ)国際空港。ADD出現の鴨緑江より直線距離で約350kmほど離れたそこに、一人の少女が立っていた。

 濃紺のセーラー服の上から、黒地流水の刺繍を施した羽織を着た姿。長く美しい黒髪を頭の後ろで一つに結わえている。真っ直ぐに切り揃えた前髪の下には切れ長の──凛とした意志を湛えた瞳が、彼方へ向けられていた。

 和風の出で立ちと美貌──更に目を引くのは、腰に携えた大振りの日本刀(ニホントウ)である。黒塗りの鞘に金色の紋様──太陽の如き印──が施されている。

 少女は制服のポケットより、幾重にも折り畳まれた紙を取り出し拡げた。ずらずらと長く伸びた紙には、筆文字による文章が書き記されている。その時代掛かった手紙の書き出しは、

 ──親愛なるセイヴァー殿へ。

 と、あった。達筆にてしたためられた手紙には、少女──F-86F セイヴァーに宛てられた緊急の要請内容が詳細に書かれていたのだ。

 その書の最後には、F-15J イーグルのサインがあった。

 セイヴァーは美しい鳶(とび)色の瞳を手紙に走らせると、再び懐へしまう。彼女の脳裏に、かつて共に戦った二人の戦闘機少女の顔が浮かんでは消えた。

 一人はイーグル、そしてもう一人は……フレームレスの眼鏡を掛けた、少女。

 彼女の無邪気な笑顔を思い起こすたび、セイヴァーの胸に去来する衝動は”怒り”であった。

「人々の平穏を脅かす異形の侵略兵器たち──真(まこと)に許すまじ……!」

 静かに激情を閉じ込めた言葉とともに、セイヴァーは意識をKK場の発生に集中した。大気中のLeD粒子を結晶化し、彼女がリンクする『異世界の力』をイメージしていく。次元を超え、脳裏に浮かび上がる『戦闘機』をモジュール化、装着した姿は──まさしく鋼鉄の翼を広げた戦闘機少女であった。

 物質変換の媒介となったLeD粒子の残滓(ざんし)──KK波が、セイヴァーの周囲で光を跳ね返し、煌めいて漂う。銀の戦闘機モジュールを纏った彼女は、壊滅した街の方角を見据えながら浮かび上がった。ターボジェットエンジン(J47-GE-27)が火を噴き、その身体はマッハ1.25目掛けて加速する。

 十数分後──セイヴァーは鴨緑江の南に到着した。高度一〇〇〇〇メートルを保つと、やや速度を落として川沿いを進む。

「捉えたぞ……」

 低く呟いた彼女の火器管制システム(FCS)──MA-3は、丹東市から発進したADD機体のKK波を反映していた。数は四機──手紙に記されていた目標に間違いない。

 敵もセイヴァーの接近に気付いたらしく、まっすぐこちらへ向かっているようだ。

 水平線の彼方より見えた破壊者の姿。

 四機のADDはセイヴァーよりも低い高度で航行していた。

 口を固く結び、急速降下に移った彼女は本来の最高速度に戻っている。あっと言う間に速度を上げたセイヴァーの奇襲に、四機のADDは散開して回避する行動を取った。

 ──だが。

 セイヴァーの動きは、先発隊──シューティングスターよりも遥かに機敏で正確な物であった。瞬く間にADDを射程圏内に捉えた彼女のモジュールが展開し、緊急発進(スクランブル)モードへ移行する。

 脚部の大型モジュールに内蔵された武装──12.3mm AN/M2機関銃(ブローニング)六門から斉射された一〇〇〇発の弾丸が、鮮やかな射線上にADDを捕捉していた。

 一機のADDが流線型の機体から炎を上げ、LeD粒子をバラ撒きながら落下して行く。残った三機は旋回行動を取りつつも、セイヴァーから距離を保とうとしていた。

「まずは一機、討ち取ったり……!」

 にこりともせずに言ったセイヴァーは、刹那弾かれたようにADDから視線を外した。

「この空域に近付く反応──まさか、新手……いや、違うな……」

 セイヴァーの見やった方角より、戦闘機少女(ファイターガール)の識別信号を発した機体が接近していた。

「そうか……イーグル殿の手紙にあった者たち──……」

 空を仰ぎ見る美貌には、陰が落ちているように見えた。

「ADDの反応──一機消滅」

「ああああーっ! ホラあっちあっち! 炎が上がってるよ!」

 F-22 ラプターが振り返りながら指を差した先に、セイヴァーVS無人機(ドローン)の戦闘空域があった。シューティングスター先導の元に、ラプター、心神、ダークスターは通常装着(スタンバイ)モードで航行中。ADDが発するKK波を感知し、四人はいったん動きを止めた。

 彼女たちの目的地は上海基地(シャンハイベース)であったのだが──。

「上海基地でこっちの戦闘機少女と合流して、まず作戦会議のはずでしょ!?」

「そう」

 怪訝そうにするラプターに対して、ダークスターは短く答える。

「識別信号にも反応ないし……。どーなってんの?」

 金髪の美少女──ラプターは困惑の表情でシューティングスターを見る。

「えー……。うーん……シューティングスター、わかりません☆」

 相変わらずフリフリアイドル衣装の上から、丸みを帯びた戦闘機モジュールを背負ったシューティングスターは、ペロリと舌を出して言った。

「ちょっと寄って行く?」

 ダークスターに投げ掛けると、

「当初の予定と異なる」

「じゃあ、委員長にレイン送って指示仰ぐ?」

 眉を寄せたラプターは、彼方より機銃が斉射される音が響いてくるのを聞いた。続いて、爆発音が遠く轟く。

「ADD──更に一機撃墜」

「のんびり考えてる時じゃないみたい! 味方が戦ってるんなら、すぐに助けなきゃね!!」

 翼のモジュールを拡げたラプターが言うと、心神はこくりと頷いた。

「敵を倒すには早いほどいい、って言いますよね?」

「……あまり言わないと思う」

「そうなんですか?」

 噛み合わない会話を断ち切るように、少女たちは戦闘機モジュールのブーストを全開にして飛び立った。

 続け様に二機撃墜されたディアナ級ADDは、セイヴァーに近付こうとせず高速で空域を旋回し始めた。

 鋭い眼光で矢じり型の機体を見据えたセイヴァーは、

「……ふむ、次元振動波が変動している?」

 敵が発するKK波の数値が変化の兆しを見せている事に気付いた。この世界に出現したADDは、常時LeD粒子を消費してKK波を出している。その数値は、ADDの行動によって大きく変化するのだ。

 新たな攻撃か、変形か──セイヴァーは身構えたが、ディアナ級ADDは速度を上げると、戦闘空域から離脱して行った。

「なに──逃がすものか!」

 思い掛けない撤退に、後を追おうと翼を広げたセイヴァーだったが……。

「……来たか」

 空域に四人の戦闘機少女が到着し、セイヴァーは追撃を断念した。

 鴨緑江から南に数キロの地点──心神ら四人は見知らぬ戦闘機少女と向かい合った。

 夕暮れに差し掛かった空は茜に染まり始めている。

 セイヴァーは──腰に携えた日本刀の柄に手を掛けたまま、心神たちに視線を投げ掛けていた。既に、ADDの反応は消失していた。

 沈黙を破ったのはF-80 シューティングスターであった。

「あなたは……委員長の言っていた助っ人さんなのでしょーか!?」

 緊張感のない元気な声で尋ねたツインテールアイドルに、セイヴァーは頷き、

「委員長──イーグル殿、だな?」

と、確認の意を込めて言った。

「敵は……? ADDの新型はどこ行っちゃったの!?」

 きょろきょろと辺りを見回すラプターに対して、セイヴァーは静かな口調で、

「北へ逃げた。次元振動波の数値に乱れがあったので、何らかの理由で撤退したのだろう」

 と説明する。

「そうですか……」

 呟いた心神の隣で、ラプターがハッと我に返った。

「自己紹介もしないで、ごめんなさい! 私はラプターで、この子は心神!」

「あ……心神と申します。初めまして、です」

 ぺこりと頭を下げた心神を見て、

「我はセイヴァー。そなたらについては、イーグル殿より手紙を頂いて知っている」

「あたしは空のお姫さまシューティングスター☆ いつもは日本(ニホン)の空を護っている戦闘機少女(ピクシーズ)でーす☆☆☆」

「お姫さま……?」

 キラキラッと星が散りそうな笑顔でポーズを決めたシューティングスターに、セイヴァーは懐疑的な眼差しを向ける。

 場にそぐわないアイドル少女を押し退けて、

「気にしないで! こっちの影の薄い小っちゃい子がダークスター。上海基地に向かっていたところだったんだ」

「FGAFの命令」

 無表情でラプターを見上げて付け加えたダークスター。

 イーグルの手紙にあった四人の戦闘機少女を前にして、セイヴァーは”ある感情”に囚われていた。

 ──この空を、セイヴァーやイーグルと一緒に護ることが、私の夢なの!

 それは、愛しくも呪われた記憶と共に、いつも蘇ってくる。

 セイヴァーは……”畏(おそ)れ”を抱いていた。

「どうかなさったんです?」

 心神が訊くと、セーラー服の剣士は感慨を断ち切り、

「うむ……申し訳ないのだが、そなたらの力は必要無しと判断する。上海基地には合流せず、このまま日本へ帰還して頂きたい」

 と言い放ち、四人を驚かせた。

「ええええっ!? そ、そんなこと言われても……」

「問題はない。敵の数は残り二機。手合せしたが、我一人で充分に討ち取ることが可能だ。後は我に任せて、帰還されたし」

「あ……あのすっっっっごく速い敵さんを、たった一人でやっつけちゃうんですかあ!?」

 唖然とするラプターたちに告げたセイヴァーは、展開していた戦闘機モジュールを通常装着モードに切り替えると、四人に背を向けてしまった。返事も聞かず、ゆっくりと降下して行く。

 小さくなっていくセイヴァーの姿をポカーンと見送っていたラプターは、ダークスターにグイグイと小突かれた。

「委員長から」

 ダークスターが手にしたスマートフォンには、イーグルからのレインメッセージが表示されていた。

 <<追いかけて♪>>

 セイヴァーが降り立ったのは、静まり返った丹東市の中心であった。中国(チュウゴク)と北朝鮮(キタチョウセン)を隔てた国境の街──住民二十万人の姿は無く、どこもかしこもADDによる徹底的な破壊に晒されていた。

 聞こえるのは、瓦礫と化した建物が崩れる音。

 目につくのは、至る所でくすぶる炎。

 セイヴァーの戦闘機モジュールは発光し、KK波の粒子となり霧散した。

 壊滅した街で、セーラー服の上に羽織を着込んだ少女が立ち尽くす……その、なんと寂しい光景である事か。

 闇が濃くなった中、セイヴァーは憂いを帯びた瞳のまま歩き出した。

 やがて、半ば崩れ落ちたビジネスホテルを見付けると、彼女はガラスの砕け散った入り口からエントランスへと入って行った。

 当然ながら人の気配はない──が、電力供給は生きている。ガランとしたロビーは、豪奢なシャンデリアの光に照らされ輝いていた。

 セイヴァーは、フロア中央の大きな柱に沿って配置されたソファーに腰を掛けると、

「なぜ帰還しない?」

 と、入り口に向かって声を掛けた。

 その質問に引っ張られたように、崩れた玄関は四人の少女──モジュールを解除した心神たちを生み出した。彼女たちは、ロビーの豪華な照明と作りに感嘆の声を上げながらセイヴァーの前まで足を進める。

 無人のフロントブースを見ながら、心神が呟いた。

「誰もいません……です」

「全員避難した後だ。四年前のADD襲撃から、人類が最初に身に付けた生きる術を実践しているのだ……」

 セイヴァーの言葉には、自嘲でも諦めでもなく、悲哀の彩(いろ)が乗っていた。人類が遭遇した悲劇に対する、哀悼の感情が。

 その感慨を断ち切るように、セイヴァーは強い口調で、

「もう一度言う。我に任せて帰還せよ」

「シューティングスターは、セイヴァーさんの強さにとっっっっても興味があります☆☆☆」

 衣装の裾をフリフリ揺らし、シューティングスターはセイヴァーの眼前まで近寄って言う。余りの近さに、セイヴァーはやや上体を反らして細い眉をひそめた。

「……知った事ではない」

「教えてくれないんですかぁー? ぐっすん☆」

 シューティングスターは乗り出した身体を引っ込めると、ガッカリした表情でしゃがみこんだ。黙って立っていたダークスターが、その頭にポンと手を乗せる。

「ADDが動いたら、また戦うんですよね?」

 と、ラプター。セイヴァーは、じっと彼女を見ると、答えた。

「左様。だが、そなたらの力を借りるつもりはない。立ち去るがいい」

 やはり変わらぬ拒絶の態度。しかし、ラプターも引かない。

「私たちも、一緒に戦います! FGAFからの勅令だし、なにより委員長から作戦を任されているんです!」

 どうだ、とばかりに無い胸を張ったラプターの言葉にも、セイヴァーは動じなかった。

「管理機構か……興味ないな」

「えっ!? 興味ないって、それってどういう──」

 思い掛けないセイヴァーの発言に、ラプターが訊くと、

「我はどこにも属しておらん。イーグル殿より伝令を受けたがゆえに、馳せ参じたのだ」

 と答え、

「これ以上は何も訊くな。我も答える気は無い」

 と制し、ラプターを押し黙らせた。

「ダークスターさん、どうですか? イーグルさんからのお返事は……」

 心神の問いに、ダークスターはスマートフォンを取り出した。

「上海基地への合流は不要」

 いつもの愛想のない声で画面を見せるダークスター。

 その様子を見ていたセイヴァーは、

「む……?」

 何かに気になることがあるのか眉を寄せ、ダークスターを凝視した。

「じいいい……」

「こ、こちらの幼女が、何か気になりますか?」

 キリリとした表情で尋ねたラプターに、セイヴァーは、

「いや、全然」

 と即答。だが、やはりそのまま、

「じいいいいいいいいい……」

 と、穴が空くほどダークスターに視線を注いでいる。

「…………」

 二人並んで無表情になったラプターとダークスターに向かって、セイヴァーは、

「その平たい板は、いったいなんぞ?」

 と、彼女が持っているスマートフォンを指さし、質問した。

「……何って、スマホでしょ?」

「すまほ? すまほとは、どういう物か?」

 真剣に言うセイヴァー。ラプターは「ええええええ」と口に出して言いながら自分のスマートフォンを取り出し、セイヴァーに渡した。

「そなたも持っているのか。うん……? な、なんだこれは? 板の中の絵画が──動いている。何と面妖な……」

 ラプターのスマホに表示された動画を見て、セイヴァーは驚きの声を出している。どうやら本気のようだ。

「ほら、ここをこう指でタップすると──」

「うむう……更なる変容が! 炙り出しとも違うようだが、これは……!」

 渡されたスマホを食い入るように眺めるセイヴァー。ラプターは心神たちを振り返り、

「初めてスマホを見たらしいよ! なんだか……可愛くない?」

 少し声をひそめて、囁くように言った。

「ラプターさん。実は私も、昨日初めてスマートフォンを触ったんです。なので、私も可愛い……ですね?」

 何か勘違いしてるような心神が小首を傾げる。

「いや、それはちょっと違うって言うか……」

「そうですか」

 否定されて、心神は少しだけしゅんとしたようだ。

「これは……どんな原理であろうか? うむ……火まで出るとは……」

「火って、スマホはライターじゃないんだから──にゃあああああ!?」

 セイヴァーの手にしたラプターのスマートフォンから、本当に火が出ている! 急いで火を消したものの、スマホは炎の熱で少し歪んでしまっている。

「申し訳ない事をした。すまほとは、かくも難しい物だな……!」

 セイヴァーの謝罪の言葉を、ラプターは遠く聞いた。

「どこをどう操作したら、こんな壊し方をするの……?」

 うなだれたラプターだったが、次の瞬間には勢いよく顔を上げて叫んでいた。

「あ──そう言えばお腹空いたっっっ!!」

 ──しばらくのち。心神たち一行は、用意していた食料をエントランスホールで広げ、夕飯の代わりとしていた。上海基地での食事を予定せず、彼女たちはイーグルお手製のお弁当を持参していたのである。

「心神さん、ミートボールばっかり食べ過ぎ♪」

 チャーハンを口いっぱいに頬張ったラプターが指摘すると、心神は、

「ハンバーグとからあげも頂きました」

「あははは☆ 心神さんって、お子様味覚ですね☆☆☆」

「はい、どうもそうなんです」

 恥ずかしそうにはにかむ心神を見て、二人は明るく笑い声を上げる。楽しそうな三人と、黙ってポテトフライをつまんでいるダークスター。

 その様子を、少し離れたところからセイヴァーは見ていた。手には白飯で握ったおにぎりを持ち、時折口に運ぶ。

 ふと、心神はセイヴァーに視線を送って言った。

「セイヴァーさんもご一緒に、どうです?」

 その誘いに対する返答は、やはり、

「遠慮する」

 だった。付け加えるように、

「馴れ合うつもりはない。我はここで敵襲に備えているだけだ。まあ、そなたらには関係のない事だがな……」

 と、半ば独り言のように言うと、崩落した天井から覗く夜空を見上げた。

「ねえ、セイヴァーさん。せっかく一緒にいるわけだし、みんなで交代しながら見張りを立てるのはどうかな?」

 ラプターの提案に、セイヴァーはそっと目を閉じ、首を横に振った。

 ──セイヴァー、私ね……。あなたほどKK指数が高くないし、モジュールを使いこなせない。正直、ADDを怖いとさえ思ってる。だけど、みんなで一緒なら……。

 瞼の裏に浮かぶ懐かしい顔──。セイヴァーもまた、彼女やイーグルと一緒なら、何も怖くなかった。

 そう──かつて、は……。

 ──もう少し髪が伸びたら、やっと三つ編みに出来そう。ねえ……似合うかな?

 ──セイヴァー! お願いだから私のパソコンに興味を持たないでね! どうしても!!

 ──セイヴァー、ねえ……セイヴァー……。

 馴染み深い顔が少しずつ消えて行き、閉眼の暗闇に溶けた。

 そこに、ポツンと──打ち捨てられたように残っている物がある。

 無残に歪み、レンズも割れた……親友の眼鏡だった。

「……セイヴァーさん?」

「もう二度と、あんな想いは……」

 囁くようにひとりごちた孤高の剣士は、やはりその美貌に陰りを伴っていた。

「もう一切構わないで頂きたい。我は、己がやりたいようにやる──以上だ!」

 セイヴァーは強く言い放つ。もはや、ラプターたちからのどんな提案も受け付けそうになかった。

「セイヴァーさん、強いけどガンコ者です~☆」

 口を尖らせたアイドル少女の声に、セイヴァーはそちらを向いた。

「シューティングスター殿……だったな?」

「はぁーーーい☆ あたしがシューティングスターだよっ☆」

 夜空を滑る星のようにキラキラした笑顔──セイヴァーは、そんなシューティングスターをじっと見据えた。

「その出で立ちに、いったい何の意味があるのだ?」

 思い掛けず、セイヴァーからは質問が飛び出した。アイドル少女は、至って真剣なまなざしで、

「これはあたしのステージ衣装でーす☆ シューティングスターは歌って踊れる戦闘機少女なんだよー☆☆☆」

「歌と踊り?」

 繰り返したセイヴァーは、

「我の強さが知りたいと申したな?」

 と続けた。

「はぁーい☆ とってもとっても知りたいです☆☆☆」

「では教えよう。我は戦闘機武装の性能を完全に引き出している。だから、誰よりも速く敵を討つ事が出来るのだ」

 その口調の強さに、心神たちまでも押し黙って注目していた。

「我々の召喚する戦闘機武装は、個々に異なる性能を持っている。だが、全ては操者の適応指数と精神力だ。強力な兵装と性能を持っていても、使役する戦闘機少女が生温くては意味がない」

 シューティングスターは──グッと口を真一文字に結んで、話を聞いていた。

「だから、そなたらには帰れと言ったのだ。歌と踊りで世界が平和になれば、苦労は無い」

 セイヴァーは痛烈な言葉を最後に黙り込んだ。

 やや元気を失ったシューティングスターを慰めながら、少女たちは食事を片付けると、身体を寄せ合って夜通しKK波の発生を待った。

 順番を決め、交代で仮眠をとりつつ……。

 翌朝──。

「ダメ……トイレもシャワー室も、空っぽだよっ☆」

 シューティングスターが見張り番をしている時、セイヴァーは「手洗いはどちらか?」と尋ねて来た。「レストランの入り口横です☆」と答えると、礼を言って姿を消し──戻らなかったのだ。

 慌てたシューティングスターはみんなを叩き起こし、大捜索が始まった。

「やっぱりセイヴァーさん、どこにもいないよ!」

「KK波は観測できます?」

 心神がダークスターに問いかけるが、少女は首を横に振った。

「ADD動き無し。恐らく、再出現の見当を付けている」

「そっか。……私たちも出よう! 敵に動きがあれば、KK波を特定してセイヴァーさんを追跡できるよ!!」

 四人の少女たちは頷き合い、それぞれの戦闘機モジュールを身に纏うと、大空へ舞い上がった。

 鴨緑江上空──前回ADDと遭遇した場所に、セイヴァーは戻っていた。

しばらく川沿いを飛行していると、その動きをキャッチしてか、中国側より二機のADDが南下して来た。流線型のフォルムで音速を超える速度──ディアナ級新型である。

「やはり昨日と同じルートで現れるか……! 我が空対空攻撃を受けて見よ!!」

 速度を上げつつ緊急発進モードに移行したセイヴァーは、脚部モジュールの翼に搭載されたサイドワインダー(AIM-9)を二発、連続発射した。まるでヘビの如く蛇行する軌跡を描き、ミサイルはADD目掛けて組んでゆく。先の戦闘にて、二機目の敵を撃墜したのがこのサイドワインダーであった。

 

──手応えあり!!

 とセイヴァーが確信したその時──ディアナ級は鏃型の機体をキリモミ状に回転すると、それまで以上の速度を出しミサイルを回避して過ぎた。

「な……なに!? 昨日までと動きが──くっ!」

 ガガガガガガガッ!!

 二機のADDは、すれ違いざまにバルカン砲の洗礼を浴びせかけて来た。予想外の展開に虚を突かれたセイヴァーは、無数の徹甲弾をまともに受け、戦闘機モジュールの装甲の一部を吹き飛ばされた。

 行き過ぎたADDは急旋回を行い、被弾したセイヴァーの背後に回り込もうとする。空中戦闘機動(エア・コンバット・マニューヴィング)を踏まえた動作──すなわちドッグファイトだ。

「昨日のKK波の乱れは、機体の強化を意味していたのか!!」

 ターボジェットエンジンを最大に出力し、宙返りの回避行動を取りながら、セイヴァーは確信していた。対峙している異形の無人機は、セイヴァーに匹敵する運動性能を身に付けて戻って来ている!

 モジュールが一部破損したセイヴァーを餌食にせんと、ADDは距離を詰めて来た。

「──かかったな!」

 背後を取られまいと回転しつつ、セイヴァーは12.3mm AN/M2機関銃(ブローニング)六門の弾丸をディアナ級目掛けて全弾撃ち込んだ。

 嵐のような砲撃は、安易に接近してきた二機のうち後方側のADDに直撃を与えた。被弾ヵ所より黒煙を上げた敵機は、グラグラと安定を失い失速する。

 瞬間──セイヴァーは獲物目掛けて肉薄した。

「この間合い──我が愛刀『旭光(キョッコウ)』のモノだっ!!」

 金色の太陽紋の日本刀──旭光、一閃。

 神速の太刀筋は、直径四メートルほどもあるADDを両断した。

「我が『旭光』に、断ち切れぬ”悪”は無し!!」

ゆらり……と残光を残しつつ、剣豪少女は『旭光』を鞘に収める。

「……なに!?」

 消滅して行く敵機の残骸に、変化が生じたのをセイヴァーは見た。霧散し大気に還元するはずのLeD粒子が、残るもう一機のADDに吸収されて消えたのだ。

「撃墜された味方を取り込んで、自身を強化しているだと?!」

 セイヴァーの言う通りならば、最後に残された機体の力はどれほどのものだろうか?

 鈍い輝きを帯びたような残機が、セイヴァーをやや遠巻きにしつつも高速旋回をしている。

「速い……! 我に、あやつを凌ぐ力が残されているか……!?」

 昨日と違い撤退はしない──とどめを刺しに来るのだ。

 このままでは──……。

「南無三(なむさん)!!」

 セイヴァーは敵に向き直ると、『旭光』を正眼に構えた。破損したモジュールの状態では、恐らくADDの運動性を上回ることは不可能だろう。そうであるならば、あとは精神力の勝負。

 最後のADDは機体をひるがえし、セイヴァーの背後に回り込もうと下方から迫って来た。セイヴァーも動きを合わせ、”巴”を描くように両者が距離を詰める。

 どうにか敵を射界に収めようとするも、旋回速度の差から──勝敗は明らかと言えた。

 その──ADDの砲門が、機体前面から展開し、セイヴァーを射程距離に捉えた。

 セイヴァーの脳裏に……かつて志を共にした親友の笑顔と──最期がフラッシュバックする!

「させるもんかぁーっ!」

 六砲身のガトリングキャノン(M61 A2)より、合金製徹甲弾をバラ撒きながらF-22 ラプターが飛来し、ADD目指して急降下して来た。セイヴァーは寸前のところで、敵機の猛撃を逃れたのだ。

「ラ……ラプター殿!? 何故ここに……」

「あなたは言ったよね!? やりたいようにやるって! だから、私たちもそうするだけ!!」

 驚くセイヴァーに、ラプターは悪戯っぽい笑みを見せた。

「セイヴァーさん、大丈夫です?」

 続いて心神が空域に到着し、旋回して遠ざかる敵機に視線をやりながらセイヴァーを気遣った。

「こんなものはかすり傷……。それより、奴は非常に危険な相手だ。今すぐ立ち去れ!」

「私たちを甘く見ないで! 心神さん、バックアップよろしくぅー!」

「了解しました、です!」

 二人は声を掛け合うと、戦闘機モジュールを緊急発進(スクランブル)モードに展開する。ラプターはディフレクターを開き、M61 A2 バルカンの他にAIM-9M/X(サイドワインダー)、AIM-120A/B(アムラーム)をモジュール内部より露出させた。

「ラプターちゃん……あたぁぁぁぁぁぁっく!!」

 アフターバーナーに点火し加速したラプターは、機体を右に旋回させつつサイドワインダーを四発連続で──全弾発射した。蛇行する白い尾を引いた空対空ミサイルが直撃する寸前──ADDはグルグルと急回転しながら加速し、全て避けてしまう。

「なああああーにいいいい!? メッチャ速いね、矢じり君!!」

「とても速いです」

 などと言っている内に位置が入れ替わり、ラプターと心神のピッタリ後ろにADDが飛ぶ形となった。

「ラプターさん、矢じりさんからバルカン砲の斉射、来ます。左へ旋回しましょう!」

「あ、あらら!? スタンド射程距離外からの攻撃!?」

「いえ、単に後ろから撃たれています」

 ラプターは速度を落とさないように、心神と手を握り合って左へ急旋回した。二人がいた位置を、無数の弾丸の雨が通過する。

「あわわあああ、危ないですよおー☆☆☆」

「速すぎ」

 高速の格闘戦を前に、追いついたシューティングスターとダークスターは邪魔にならないよう距離を取った。

「このままでは勝てぬぞ! やはり我が──」

 『旭光』の柄に手を掛けたセイヴァーが飛ぼうとした時──、

「しゅーたん、いつもの応援欲しいなああああー!!」

 ADDの銃撃を辛うじてかわしつつ、ラプターが叫んだ。その呼び掛けに、シューティングスターはハッとして、

「……よぉーし、今日も元気にいってみよぉーーーー☆☆☆」

 ふわり……と衣装の裾を浮かせながら、シューティングスターがモジュールを緊急発進モードへと変形させた。腰部のモジュールアームが、ロケット弾の意匠を織り込んだマイクへと変化する。

<<シューティングスター、歌っちゃいます☆ 『空のお姫さま(スカイ・プリンセス)☆』♪>>

 更に肩部、脚部モジュールよりスピーカーとウーファーらしき装置がせり出し、呆気にとられていたセイヴァーに驚きを与えた。シューティングスターの声は残響音を響かせながら、戦闘空域に木霊した。

<<わたしはー♪ 大空を、駆ける♪>>

「こ、これは……まさか!?」

 ひとりライブハウスと化したシューティングスターが歌い始め、セイヴァーは目を見張った。アイドル少女の装着した戦闘機モジュールが淡い光を放ち、その輪郭をぼやけさせていく。

<<今はまだ、絵空事の……♪ エア・プリンセスだけど♪>>

 シューティングスターの全身から無数の煌めく光が、文字通り流星の如く湧き上がり、心神とラプターに吸い込まれて行った。輝きに包まれた二人の動きは、目に見えて加速していた。

「よおおおし、テンション上がって来ちゃったよおおおお!!」

 シューティングスターの歌は奇しくも──ディアナ級と同じく味方を強化するLeD粒子の奔流を生んでいるのだ。

「これは……」

 絶句したセイヴァーは、ゴクリと喉を鳴らすと呟いた。

「良い、歌だ……!」

 振り付けとダンスも一生懸命──アイドル少女は大真面目で歌った。時折飛んでくる流れ弾を華麗に躱しながら、その歌声を響き渡らせる。

「歌って良いものですね! この気持ち……『ドキドキ』、です!!」

 心神とラプターは手を繋いだまま、身体を寄せ合ってADDの弾幕を掻い潜り続ける。額に汗をにじませながらも微笑み合い、回避速度を上げて行った。高速飛行で間合いを取る内に、今度はADDがラプターのバルカン射程内に収まっていく。

「──……あれ?」

 タングステン合金徹甲弾を撃ち込みながら、ラプターはふと気付いた。

「この出力……私のエンジン(F119-PW-100)じゃない……?」

 ADDを追い込んで行く加速度は、どうやら心神のモジュールに引っ張られて出ているということに。

 矢じり型のADDはラプターの砲撃で外装をどんどん剥がされ、LeD粒子をキラキラと撒き散らしていた。

「最後の一撃──」

 と、心神。続けて、

「セイヴァーさん、ご一緒にどうです!?」

 誘いを投げ掛けて振り向いた目の前には……既にセイヴァーが『旭光』を構えて接近していた。

「是非、そうさせてもらおう!」

 心神とラプターが手を放し、左右に分かれた先──ディアナ級ADDへ、セイヴァーの愛刀が真っ直ぐ吸い込まれて行く。

 ────斬(ザン)ッッッ!!

<<きっとー、この空を護る♪ スカイ・プリンセス♪>>

 キラキラっ☆ シューティングスターの笑顔から星が飛び出し、ADDから流れ出したLeD粒子と混ざり合った。

「敵機消滅。KK波観測無し、委員長へ報告完了」

「やりました」

「ワァァァァァァイ、おつかれさまぁー☆」

「よっしゃ! とりあえず、朝ご飯食べなきゃ死んじゃう」

 ダークスターの周りに集まった心神たちを、セイヴァーは遠巻きにして見ていた。

「セイヴァーさんも、おつかれさまです~☆」

 シューティングスターはツインテールをピョコピョコと弾ませながら一礼し、セイヴァーに向かって大きく手を振った。ぎこちない動きで、小さく手を振り返したセイヴァーは、

「シューティングスター殿、どうも昨夜は言い過ぎたらしい──」

 言い終わらないうちに、アイドル少女はニッコリ微笑んで大きく頷いた。そして、

「聴いてくれた人が一人でも元気になってくれたら──そう願って、歌ってます☆☆☆」

 伊達や酔狂では決してない事が、セイヴァーにも伝わっていた。

 あらためて心神たちを見た剣の少女は、

「各々方(おのおのがた)、今回は大変世話になった。また、どこかで会うこともあるだろう。その時まで、達者でな……」

「もう……行ってしまうんです?」

「せっかくだから一緒にご飯食べませんか!?」

 名残惜しそうに誘うラプターたちに、セイヴァーは静かに首を振った。

「馴れ合う気は無い。それに……我には行かねばならない場所が出来た」

 その真剣な表情に、朝食会への勧誘は断念せざるを得ないようだった。

「必ず、また会いましょうねー☆☆☆」

「……お互いに、命があれば」

 素っ気なく答えたセイヴァーは、シューティングスターに背を向けた。そして──誰にも見えないように笑みを浮かべると、「必ずな」と呟き、モジュールの翼を広げ飛び立った。

 瞬く間に点となったシルエットを見送りつつ、少女たちはゆっくりと高度を下げて行った。

「朝食を取ったら、学園に帰還します?」

「そーだね! で、帰ったらランチタイム♪」

「えええええええ☆」

「そう言えば、ファントムちゃんがアレやりたいって言ってなかった? えっと……」

「ナベ・オブ・ザ・ダークネス」

「そうそう、それ! 要するに闇鍋(やみなべ)でしょ? さっそく材料を持ち寄って──」

 食事の話題になると止められないラプターのお喋りを聞きながら、心神たちは静かな街の中へ降りて行った。

 ────数時間後。

 先の戦場から遠く離れた場所に、セイヴァーは佇んでいた。

 そこはどうやら──荒れ果てた訓練キャンプと思しき建物である。ADDの爆撃対象となったのだろうか……大きな施設は破壊されつくし、生命の輝きなど皆無と見えた。

 ただ一人立ち尽くす剣士セイヴァーの瞳には、ゆらゆらと、哀しげな光が揺れている。

「いつ来ても……慣れないものだな──」

 誰かに囁くように呟き、セイヴァーは建物の裏手へと廻った。

 そこには──無数の大きな石が、不規則に並んでいる。

 少々歪ながらそれらは……間違いなく、全て墓石であった。

 びゅうびゅう、と吹き過ぎる風の中に、セイヴァーは声を聞いた。

 小さな……嘆き、悲しむ声。

 厳密には、今聞こえて来るものではない。それは、彼女の耳に張り付いた、過去からの声なのである。

 幻聴を振り払って、セイヴァーはひとつの墓前に立った。

「久方ぶりだな……」

 セイヴァーは、じっと……その、墓碑銘すら刻まれていない石を見た。この下に眠っている──かつての親友を見ようとして。

「どうしてだろう……今日は、そなたの顔をうまく思い浮かべる事が出来ないよ」

 手向ける花も、セイヴァーは持っていない。ただ、静かに手を合わせると──そのまま立ち去った。

 さて──数日後、学園のポストに一通の手紙が届けられた。

 宛名は、F-15J イーグル殿……とあった。イーグルに負けじと達筆にてしたためられた手紙には、新ディアナ級との戦い──そして、新米戦闘機少女たちの話題が記されていた。

 セイヴァーは、心神たち一人一人についての考察と助言を贈っている。

 口元をほころばせながら読む委員長は、セイヴァーの閉ざされてしまった心が、少し解放されたかも知れない──と感じていた。

 読み進めた委員長は、最後のくだりにて……思わず吹き出してしまった。

 ──ところでイーグル殿。世間では”すまほ”なる小さな板が存在しているのをご存知か。これは極小ながら電動絵巻の性能と、用途不明の炎を噴出する機能も兼ね備えており、驚愕すべき物であると──

<つづく>