目覚めた時、少女は小さなベッドの上だった。

「──ん……」

 吐息を漏らし、少女はゆっくりと上体を起こす。するすると、薄いシルク生地のシーツが音を立てて滑り落ちた。

 まどろみの余韻は無い。

 白いガウンを羽織った少女は、ベッド──いや、脚の高さから診療台とも思える──から降りる。ガウンは膝程まで丈があるが、その下には下着一枚しか着用していない。しなやかな足は、床に接してひた、ひた……と音を立てた。

歳の程は十四、五と言ったところか──あどけなさを残す少女は肩に掛かった美しい黒髪を軽く払うと、裸足のままゆっくりと歩き出す。どこか茫洋と──感情に乏しい動作である。

 部屋の中ほどで、少女はしばらく立ちつくした。

 そこは窓ひとつなく、白い壁に囲まれた無機質な印象の部屋であった。周囲を見回すも、寝台以外、調度品も家具も無い。

 少女は、出口と思われるドアの前まで行き、据え付けられたデジタルパネルに触れた。音も無くドアがスライドし、次の部屋が少女を誘うように現れた。

 ドアを抜けるも、次の部屋もまた、無人であった。

「ここ、は──どこ……」

 表情も無いまま、少女は途切れ途切れのつぶやきを漏らした。

 問い掛けに答える存在は、ない。少女は、愛らしい桜色の唇に手を当て──少し目を見開いて思った。

 ──私、今……喋った……?

 そう、その通り。

 喋った──それ以上でも、以下でもない事。

 だが、それは少女の小さな胸にときめきを与えたのだ。

その時──部屋の一角が僅かな音を立て、通気口のような穴を出現させた。そして、静かに排気を始めたが……少女は気付かない。

 部屋には簡素なテーブルとイス、衣服の掛けられたハンガーラック、何も映っていない大きなモニター等があり、少女に芽生えた好奇心に動機と目的を与えるには十分だった。

 少女はどことなく嬉しげに部屋を見回すと、テーブルにペタペタと触ったり椅子に腰かけたりした。次いで、ハンガーラックの前に立ち、掛けられた数着の衣服を眺める。どれも薄いビニールに包まれた、卸したての物に見える。

「これは服……」

 ひとりごち、その黒瞳(こくどう)でじっと見据える。膨大な記憶の書庫を辿り、海馬に定着させるかのように、続ける。

「着るモノ。この色と装飾は──制服……」

 やや興奮した様子で、少女は一着の衣類を取り出した。紺色の上着とスカート──自分の寸法に合った物だろうか。

 振り向くと、側面の壁に姿見があり、制服を手にした自分が映り込んでいた。

 きょとんとした、自分自身の表情。目を丸くしたまま、少女は姿見に向かった。

「私──わたし、です……」

 うわごとのように呟くと、少女はしげしげと鏡に映った自分を観察する。ふと、手に持った制服を自分に重ねてみた。

 やや真剣なまなざしで、じっと──鏡に見入る。

「この気持ち……。『可愛い』……です?」

 自問すると、制服一式をハンガーから抜き出し椅子の背に掛け、白いガウンを脱ぎ去った。まだ幼さの残る少女らしい、輝きを放つような肢体があらわになる。用意されていた衣服は、その美しい少女の寸法にピタリと合わせたサイズだった。

 純白のシャツに紺のブレザー、ダークブラウンのハイソックスを身に付けた少女は、鏡の前で舞うように自分を映した。ひらひらと、スカートのすそをはためかせ、はにかむ。ふと、首元が寂しい事に気付いた。

「ここに、何か──」

 ハンガーを見やり、いくつかのネクタイやリボンを手に取る。その内から真紅のリボンを選ぶと、再び姿見の前に立った少女は──自分の周りで何かが光っている事に気付いた。ゆらゆらと、光を反射する粒のような物が漂っている。

「これは……KK(カルツァ・クライン)波が可視化されている──LeD粒子、です……」

 漂う光の粒子──彼女は『LeD粒子』と呼んだ──が、反射を目まぐるしく変化させながら流れていた。まるで──少女の周りで遊び戯れる妖精のように。

 そっと粒子に触れた時、部屋の性質が静から動へと急変した。

 ──ビュウウウウウウ……。

 突如室内に突風が吹き荒れ、少女の艶やかな黒髪を乱す。少女が背を向けていた側の白壁が一面、ソリッドな駆動音と共に展開し、屋外のパノラマを剥き出しにしたのだ。

 ──崖(がけ)。

 この無菌室を思わせた部屋は、断崖絶壁を臨む白き建物の端に位置していた。そして今──切り立った崖と、遥か下方で岩礁に寄せては砕け散る波を、少女に見せたのだ。

 正午過ぎであろうか──晴天からは冬の太陽が照りつけ、地平線まで広がった海を輝かせている。

 崖下から吹き上げる突風が室内を席巻し、衣服の裾をバタバタとはためかせる。だが、少女はそれを気にした様子も無く、部屋と外界のエッジへと軽い足取りで歩んで行った。

 部屋は崖へとせり出した位置にあり、眼下は数十メートル直下──波によって打ち鍛えられた刃の如き岩々が待ち構えている。

 この建物は何故、正気とは思えない構造とギミックを備えているのか?

「そと……。海……」

 呟いた少女の胸に、ある想いが去来した。それは彼女自身ではない、誰か──あるいは、何か──のものだったのだろう。

 ──ようやく、ここまで来た……。

 そして──少女に驚くべき行動を取らせた。

 ややまぶしいほどの光量を持った景色を瞳に焼き付け、少女は──少しも迷うことなく、とん……と床を蹴ると、断崖へと身を躍らせたのだ。

 憐れにも、その柔らかく未成熟な身体が自由落下に従っていく。

 ごうごうと、吹き上げてくる突風が全身を震わせる中、少女は穏やかな表情でいる。落下しつつも、彼女の周囲にはまだ、光の粒子が集まっていた。カルツァ・クライン波──そう少女は呼んだモノ。

 そう、少女は知っていたのだ──衣服は身に付けるものである、という事と同じように。

 淡い光は急激に凝縮し、閃光と化した。

 刹那。

 閃きが収束した後──その身体には巨大な翼が備わっていた。

 ただし、それは鋼鉄製のモジュール──彼女が「鋼鉄の妖精(ピクシーズ)」であることの証。

 機械部品に取り込まれたかのような姿の少女は、突如として重力から解き放たれ、逆に空へと舞い上がった。そして──加速に予備動作もなく、超速でその場を飛び立って行った。

「ここでぇー……全部いただきぃぃぃぃッ!!」

 同時刻──神奈川(カナガワ)県相模(サガミ)湾上空。

 実に溌剌(はつらつ)とした声を上げ、「鋼鉄の妖精」の少女──F-35AJライトニングⅡ──は空を駆け抜ける。鮮やかな緑色の髪──ショートボブカットの少女は、やや丸みを帯びた戦闘機(ファイター)モジュールを纏い音速を超えた。

 敵陣を抜ける瞬間……航空電子機器(アビオニクス)の集積したHMD型バイザーには、周囲の目標すべて──その数、十六体──の同時ロックオンが映し出されている。

 彼女は見た。

 対峙する十六体の敵……その異形の姿を。

 直径五メートルはあろうかと思われる黒い円錐状の物体──それは、生命活動を感じさせることのない無機質な外装を持った飛行物体であった。ギザギザとした凹凸を持った表層には機能的な個所は見られない。

 誰が、何のために生み出した物なのか、不明。

 唯一──その目的は、広く知られている。

 破壊だ。

 この世界(セカイ)の技術では作り出す事の出来ない謎の飛行物体──ADD(アナザー・ディメンションズ・ドローン)である。

「もらったっ!」

 ライトニングⅡの腕部モジュールより中距離空対空ミサイル──AIM-120 AMRAAMが連続発射された。ARH(アクティブ・レーダー・ホーミング)方式のAMRAAMは、弾頭部に搭載されたレーダーシーカーによる自立誘導で獲物のことごとくに着弾し破砕していく。

 その殲滅力はもはや、芸術の域に達していると言えた。

「16ヒットチェーンコンボ! アポロ級の雑魚ADDなんて、あたしの敵じゃなーい!」

 撃破したADDの成果を誇らしげに、ショートボブの少女は喜びの声を上げた。

 ──だが、爆炎の渦から無傷のADDが二機、ライトニングⅡ目掛けて飛び出した。円錐形の機体の先端が赤く発光し、油断を見せたライトニングⅡの姿を捉えている。

「やっ、やばっ! ロックされてる──!?」

 HMDに警告のアラームが鳴り響く。彼女が回避運動に移る前に、円錐型ADD──アポロ──の機体表面の一部が剥離した。それは四枚の姿勢制御翼を備えた空対空ミサイルに変形し、ライトニングⅡに向かって次々発射された。

「か、回避──ダメなの!?」

 彼女は即座にフレアを放出しつつ急降下したが──計二発のミサイルの直撃をモジュールに受けた。外装が黒煙を上げ破損し、モジュールを纏った少女の衣服の一部を焦がす。

「ああーっ、お気に入りだったスカートなのにぃーっ!!」

 制御を失ってジグザグ飛行をするライトニングⅡは、焼け焦げてボロボロになった服を見て嘆きの声を上げた。

 二機のADDは挟撃をするように、再びライトニングⅡへ照準を合わせた。機体の一部が形を変え、追撃のミサイルを解き放とうとしている。

 刹那──戦闘空域に新たな機影が現れ、ADDにM61バルカン砲の洗礼を浴びせた。

 六砲身ガトリングキャノンから毎分四〇〇〇発の発射速度で斉射されたタングステン合金の弾丸は、円錐形だったADDを蜂の巣にし、瞬時に撃墜する。

 P(プラット)&W(ホイットニー)F100ターボファンエンジン二基を搭載した戦闘機モジュール──F-15Jイーグルである。

 破損した鋼鉄の翼から光の粒──LeDの残滓(ざんし)を煌めかせながら滞空するライトニングⅡに、イーグルは、

「ライトニングさん……AIM-120 AMRAAM(アムラーム)の指令誘導に頼り過ぎです。あなたのFCSが最新式(AN/APG-81)とは言え、終端誘導に入るまでの火器管制が万能ではないのですから」

「いいんちょー、助かったよー!」

 現状の作戦行動範囲内には、彼女を含め十数名の「鋼鉄の妖精」が展開している。ライトニングⅡが撃破した群れは作戦エリアの最先端──もっとも本州に近付いた場所であった。

「助かったよーじゃないのよ、ライトニングさん」

 委員長と呼ばれた少女──イーグルは、少し眉をひそめると腕組みをしてライトニングⅡを見る。イーグルもまた戦闘機のモジュールに身を固めた「ピクシーズ」に違いなかった。小柄で活発な印象のライトニングⅡよりは大人びた身体つきをしており、端正な顔立ちに知性も感じさせる。

 たしなめるような口調で、

「ブリーフィングでの交戦規定と、随分異なる動きですよ? フルロックオンで殲滅戦をしろなんて、誰が言いましたか?」

 長い髪をポニーテールに結わっているのが特徴の委員長は、「鋼鉄の妖精」たちのリーダー的な存在だった。今回の作戦行動を指揮する立場にもある。

 イーグルのおとがめに対して、

「いやいや、あたしのFCS は最大(フル)ロック十九目標を三秒以内に捉えるよ!」

「そう言う問題じゃありません」

 二人は、穏やかさを取り戻しつつある海洋から数千メートル上空にて向き合っている。にべも無く返されたショートボブ少女は、じっとりした目でイーグルを見た。

「あら、そんなジト目で私を見ても解決しませんよ」

「あー、あたしは委員長のおっぱいが大きいなーと思ってただけだから!」

「ご、ごまかすんじゃありません!」

 悪びれた風も無く、腕組みの上に乗っかった委員長の立派な双丘を指さして笑うライトニングⅡ。

 イーグルはコホンと咳払いをすると、言い聞かせるように、

「あなたはラプターさんと編隊を組んで、海洋上に出現したADDの全容を確認する──でしょ?」

「でもでも! アポロ級の速度は作戦会議で想定したより早かったもん!」

「……そうですね」

 元気の余るライトニングⅡの言葉に、委員長はうーんと唸ってADD(ドローン)の進行方向──街を見た。

 何もない空間──恐らく異次元──より突如出現し、破壊を繰り返す存在、ADD。その脅威から人々を守るため集められた特殊な力を持つ少女たち……それが「ピクシーズ」であった。

「今日も街の平和はあたしたちが守った! 帰ってアタモンしよ!」

「またそうやって、ケータイゲームのことばっかり考えて……」

「だってだって! イベントランキング上位者にはMRキャラが五枚セットで配布されるんだよ! 負けられないね!」

「MRって……なんです?」

「ミラクル・レア☆」

 そう答える元気あふれる少女の両目には、キラキラと星が煌めいているように見えた。戦闘機少女と言えども、中身は年頃の女の子なのである。

 その無邪気な様子にイーグルが苦笑した時、作戦エリア後方よりまた一人の「ピクシーズ」少女が合流した。ライトニングⅡらよりも更に若いと見える、小さな女の子であった。

「委員長、報告。ADD予想出現範囲内に於けるKK波の消滅。ラプター、ファントムⅡ、火龍より各方面のADD殲滅を確認」

 その少女──RQ-3 ダークスターは、抑揚のない淡々とした口調で告げた。真っ直ぐ切り揃えられた前髪の下から、冷静で感情の揺れない瞳がイーグルを見つめている。

「ダークスターさん、ありがとう。偵察および報告お疲れ様です」

 ニッコリ微笑むイーグルだが、対するダークスターは、

「任務だから」

 短く答えるのみ。これは彼女が機嫌を損ねているのでも慇懃なのでもなく、生来の性分なのであった。

 非戦闘要員であるダークスターは、作戦領域を旋回飛行しイーグルへの状況報告を担う。戦闘機モジュールもシンプルな構造をしており、航行機能を持つ白い翼が主となっているようだ。

「だーにゃん、おっすー!」

 ドライなダークスターにもお構いなしのテンションで話しかけるライトニングⅡに、

「どうも」

 とだけ返し、華麗にスルーした。

「委員長、作戦終了の指示」

「そうですね、みんなで帰還しましょう」

 イーグルは懐よりスマートフォンを取り出すと、慣れた手つきでメッセージを打ち込み始めた。ダークスターはチラリとその様子を見て、

「携帯端末での重要命令発信は非効率」

 にこりともせず言った。

 無表情のまま自分を見ているダークスターに、イーグルはやや頬を染め、

「だって──わたしも女の子ですから」

 ごまかすようにして「一斉送信」のアイコンをタップした。出撃した「ピクシーズ」の携帯端末にインストールされた「レインボーメッセージアプリ」を介して、委員長からの指令が伝えられる。

『みんなー! お疲れ様でした。学園に帰りましょう!』

 ライトニングⅡとダークスターはそれぞれ、自分のスマートフォンを開いた。発言者の委員長を現すイラストのアイコンと共に、メッセージが受信されている。

「……女の子である事と、スマートフォンの関連性が理解不能」

「だーにゃんもレインボーアプリくらい使わなきゃあ、作戦にだって乗り遅れちゃうよぉ!」

 ライトニングⅡが妙に力説したので、ダークスターは彼女を見た。

「乗り遅れ」

「そうだよ、マジマジマジ!!」

「マジ」

「えーっと、二人とも。とりあえず──」

 委員長が言い掛けたその時、ダークスターが無表情のままスッと手を上げて、発言を遮った。

「だーにゃん、どした?」

「十二時の方角より識別不能の機体が高速接近中。接触まで約二〇(ふたまる)。スクランブルモードへの移行を推奨」

 冷静ながらも緊急を帯びた警告に、二人の顔色も変わった。

「本当だわ……広域レーダーに微弱な反応。気付かなかった……」

「敵が現れたのと全く別の方角からだよ!?」

 三人は共に距離を空けると、それぞれ鋼鉄の翼を大きく展開した。

 特にイーグルとライトニングⅡの戦闘機モジュールは、折りたたまれた状態から形を変え、各部に収納された武装の数々も顕わにしていく。それまでの通常装着(スタンバイ)モードから、瞬時に緊急発進(スクランブル)モードへと移行したのだ。

「皆さん、気を付けて! これは……速すぎます!」

「接触まで……3・2・1──」

 それはまさに、あっと言う間の出来事であった。それは彼女たちの少し上空を、恐るべき速度──音速(マッハ)を超えて通過して行った。

 三人は、見た。

 戦闘機の両翼を妖精の翼のように広げた──一人の少女の姿を。

「……女のひと」

 眉ひとすじ動かさず、ダークスターが呟く。

「なんてすっごいステルス性能──ラプターちん以上の……」

 ライトニングⅡは呆気にとられた表情で、過ぎ去って行った方角を眺めた。F-22 ラプターは、彼女が知る最もステルス性に秀でた少女である。

 委員長──イーグルは一息つくと、緊急発進モードを解いて言った。

「……彼女でしたか」

「いいんちょー、知ってるの?」

 目を丸くしたライトニングⅡに頷くと、イーグルは穏やかに微笑んで言った。

「ATD-X 心神(しんしん)さん──明日から来る予定の転校生です」

「心神、といいます。えっと……」

 翌日──イーグルの言葉通り、彼女は転校生として現れた。

 ここは都内某所にある戦闘機少女養成学園──国内唯一のピクシー養成施設であると同時に、宿舎を始めとした数々の設備を持った学び舎としても機能している。

 教室は建屋から備品に至るまで新しく、随所に最先端のテクノロジーを取り入れてあるのも特徴と言えた。

「えっと……よろしく。あ、そうです。よろしくお願いします」

 美しく長い黒髪、透き通るような白い肌、見た者を惹きつける大きな瞳。淡い紺のブレザーにスカートを纏った、どこか良家のお嬢様を連想させる容姿……。

 教室内の「ピクシーズ」たちと同様、戦闘機モジュールは影も形も見られない。美少女である──という点を除き、ごく普通の人間である。

 黒板前の一段上がった所に立ち、たどたどしい自己紹介を終わらせると、転校生少女──ATD-X 心神は深々とお辞儀をした。

「あの子……出来る……!」

 興奮気味に呟いたのは、心神と負けず劣らずの美少女──F-22 ラプターである。煌めく宝石の如きブロンドのラプターは、すっきりと通った鼻梁にやや切れ長の碧眼。心神を可憐と評すなら、並ぶ者のない美麗な少女と言えるだろう。

「ラプターちん、対抗意識を燃やしちゃうんでしょ~?」

 じっと心神を見据えるラプターへ、隣席に座るライトニングⅡが煽るように言った。

「ライちゃん……。言ってちょうだい、これからも私がクラス一の美少女であることに変わりは無いって!」

「いや、あたしはそんなこと一度も言った覚えが無いんだけど……」

 可愛い転校生の登場でざわつく教室内。二十五ほどの座席には、歳の頃十代の様々な少女が着いている。

 彼女たちは全国より集められた戦闘機少女の資質を持つ特別な少女たち。ここに集いし総勢二十余名が、異世界からの無人機より世界を守る要(かなめ)の存在なのである。

 通称「ピクシーズ」。学園自体もいつの頃からか『妖精学園』と呼ばれていた。

「クラス一同、心神さんを歓迎──」

 自己紹介する心神の隣に立っていた委員長──イーグルは異変に気付いた。深々とお辞儀をした心神が、その姿勢を維持したまま前後に揺れ始めたのである。

「し、心神さん?」

「あ……はい。もう、頭上げ──あっ」

 グラグラ、とバランスを崩した心神は、委員長が支える間もなく前のめりに傾く。目の前は一段下がっていたため、咄嗟に出した足も空を切り、心神はお辞儀の体勢からでんぐり返りしになって最前列の机に突進した。

 ちょうど直撃する席に座っていたのが、F-4EJ ファントムⅡ。黒を基調としてフリルやレースなどの装飾が施された衣装──いわゆるゴスロリと呼ばれるファッションを好んで着ている少女だ。

「と、止まりません」

 縦回転心神が突撃してきた瞬間、周囲の少女たちはやや腰を浮かして退避する姿勢を取ったが、ファントムⅡは違った。

 ごろごろ転がり迫る心神を真正面から見据え、ゴスロリ少女は右手を前方にかざし、ニヤリと笑った。その場から動くことなく、心神を止める自信がある──のだろうか?

「妾(わらわ)はファントム……総ての闇を従え、原初の混沌にさえ愛された存在。たとえ光の末裔と言えども、わら──うわらばぁ!」

 ──ガッシャアアアアアン……。

 転がって来た心神がファントムⅡもろとも机を薙ぎ倒し、彼女の中二病じみたセリフは途切れた。

 派手な音を立てて転倒する二人の少女と散乱するファントムⅡの学習教材。騒然となる教室内で、ダークスターだけはそれらを意に介さずスマートフォンを操作していた。

「だ、大丈夫ですか!?」

 青ざめた委員長の問い掛けに、ひっくり返った心神は「すみません、どうしてこうなったのか……」と返しながら左右を見回していた。倒れた拍子に制服もスカートもめくれあがって、大変な恰好になっている。その上、ノックアウトしたファントムⅡの胸──意外とボリュームがあった──を枕にした状態のようだ。

 心配そうに見下ろされていると気付くと、今さらのように驚いた表情で、

「あ……違うんです、これ……」

 立ち上がった心神に、クラス中の視線が集まった。

 ゴスロリの悲鳴がツボにはまったライトニングⅡは、涙を浮かべながら笑っていた。その隣で、ゴクリ……と生唾を飲みながらラプターは呟く。

「ドジっ子属性、だと……!」

「ラプターちん、そこは張り合うところじゃない!」

 心神の転校初日は、こうして慌ただしく始まった。

 午前中の授業が終わり、少女たちがお昼休みを迎えた時──ライトニングⅡは軽快な足取りで転校生の席へと向かった。

「おっすー! 良かったら一緒にお昼食べない?」

 机をじっと見つめていた心神は、突然の声かけにハッとして顔を上げる。

「お昼……食べる、ですか?」

 自己紹介の一件ですっかりしょげてしまった心神は、まだ誰にも話しかけられずにいた。

 ライトニングⅡの後から、隣の席のラプターが追いついて来る。

「そうだよ。お昼ご飯食べないの、心神さん? 私はもう、二限目辺りからお腹が空いて、空いて……」

「ラプターちんはキレイ系の見た目とは裏腹に、燃費も悪いし色々面倒な女の子なんだよ!」

「そんな紹介の仕方は無いんじゃない!?」

「へっへーん、間違ってなぁーいもぉーん! 心神さん、あたしの名前はライトニングⅡだよ! よっろしくぅー!」

 クラスで一番かと思われる美貌のラプターと、元気溢れるライトニングⅡに囲まれた心神は、少し小首を傾げた。

「『ラプターチン』さんと、『ライトニングツーダヨ』さん……?」

 真面目に訊き返した様子の心神に、二人は顔を見合わせる。ライトニングⅡは、頭の上に「?」が浮かんだ心神に向かい、目を見開いて言った。

「ライトニングツーダヨー」

「やめなさいって! 心神さん、この小っちゃい子がライトニングⅡ、私はラプター」

「小っちゃくないよ!!」

 ムッとしたライトニングⅡのショートボブ頭をポンポンと叩いて、ラプターは続けた。

「さっきのはあだ名なの。ライちゃんは誰にでも愛称を付けちゃうのよね」

「名前よりニックネームで呼びあった方が楽しいじゃん!」

 元気に胸を張るライトニングⅡとラプターを交互に見て、心神は、

「愛称……ニックネーム……。たのしい、じゃん……」

 彼女らの発言を小さな声で反芻するように呟いた。

 ライトニングⅡは、呆けたような心神を見ると、

「『こころ』と『かみ』で心神──うーん……心(ここ)にゃん! 『ここにゃん』って呼んで良い?」

 さっそく心神にニックネーム──ここにゃん──を提案した。

「ここ……にゃん?」

「ここにゃん! なんかねー、心神は『ここにゃん』って感じだよ!」

 完全に勢いで喋るライトニングⅡに対して、やはり心神はぼんやりと首を傾げるのだった。

 二人のやり取りを遮るかのように、ラプターが口を開く。

「とにかくさ、もう私は空腹で死にそうなのよ! 今日は天気がいいし、中庭でランチタイムと行きましょう!」

 余程耐えかねているのか、ラプターは手に提げた黒い包みを持ち上げてみせた。彼女が持参した弁当のようだが──その袋のサイズからすると、中には数段に積み重なった箱が入っているようだ。

「空腹、死にそう……。それは……」

 相変わらずポワーンとした表情で呟いた心神は、急にテキパキとした動きで立ち上がり、自身の弁当を取り出すと、

「早く食べましょう。死んだら、凄く大変です……」

 ちょっとだけ眉を寄せた顔を見せ、

「急いで中庭に出なければ……」

 おもむろに教室の窓際へ向かって歩き出した。

「ここにゃん、そっちは窓だけど!?」

 心神はあっと言う間に窓を開けると、顔だけ外に出して周囲を確認し始めた。教室は一階──時計台と花壇のある中庭に面しており、外は数人の生徒が歩いていた。

「心神さん、待って待って!」

「ちゃんと廊下から出なきゃダメじゃん!」

 慌てたラプターが追い付き、今にも身を乗り出そうとした心神をライトニングⅡが掴まえた。

 グイッと向きを変えられた心神はキョトンとして、

「窓の外は、すぐ中庭です」

 大真面目で外の芝生を指さした。

 数分後──三人は中庭のベンチに腰を掛け、各々の弁当を広げていた。冬の太陽が学園全体に降り注いでいるようで、暖かい。

 心神はシルバーの弁当箱にご飯、卵焼き、唐揚げ、ミートボール、サラダ、リンゴといった、いかにも代表的な内容。元気なちびっ子──ライトニングⅡはミックスサンドイッチ。そして──

「きゃーっ、この瞬間を待ちわびていたわーん♪」

 美しいブルーの瞳に星をいっぱい散らせて、ラプターは自分の弁当箱──と言うより、三段重──を開いた。一段目には白米がぎっしり、二段目はハンバーグやフライ盛り合わせ、パスタなど大量のおかず、そして三段目にはたっぷりと生クリームが乗ったスポンジケーキが……。

 喜色満面の笑みを浮かべたラプターの隣で、ライトニングⅡは多少辟易していた。

「うえーっ、見ただけでおなかいっぱいになりそうだよ……。何人前食べるつもり?」

 そのうんざりした声色にも構わず、ラプターは、

「五人前♪」

 ペロリと口の端に舌を覗かせて言った。彼女の、スリムで整ったスタイルからは想像もつかないほどの摂取量である。

「……ごはん。……とり、唐揚げ……です。卵焼き……」

 心神は、なにやら自分の弁当箱の中身を見つめてボソボソと呟いた。黒髪の転校生──どうにも不思議な挙動が目立つ少女だ。

「ここにゃん、どした? 嫌いなおかずでも入ってる?」

 非常に大人しい心神の顔を覗き込んで、ライトニングⅡが質問すると、

「いえ。私……お弁当、初めてなんです」

 まっすぐ彼女の目を見て、心神は答えた。

「──?」

「初めてってなんだか緊張です。……プチトマト、これは……レタス」

 再びおかずに目を落とした心神を見て、ラプターとライトニングⅡは、囁き合った。

「ここにゃんって……ものすっごいお金持ちのお嬢様、とかじゃないかな?」

「いや、ひょっとしたら──遠い外国から来たお姫様かもよ?」

 ひそひそと小声で話す二人に、心神はスッと視線を向けた。

「朝はトーストでした。パンの次は白ごはんに挑戦です。私、頑張ります……」

 心神は手を合わせ、「いただきます」と言って箸を取り出した。そして、ごく普通にお弁当を食べ始めたのだ。

 ラプターとライトニングⅡの二人は、しばらくぼんやりと心神を見ていた。

 変わっている──それも、どこか奇妙な感じだ。まるで、突然多くの知識を詰め込まれ、戸惑っている雛(ひな)鳥のような……。

 ちらちらと心神を見ながら、二人も食事を始めた。

「んー、んー、んー」

 重箱に敷き詰められたスポンジケーキを、サーバースプーンで次々口に押し込みながら、金髪美少女ラプターは至福の笑みを浮かべていた。その細い身体の何処に収まるのか……。サンドイッチをかじりながら、緑髪のライトニングⅡはじっとりとした視線を送っている。

「ラプターさん」

 食事を終えた心神は、弁当箱を仕舞いながら声を掛けた。ちょうど最後のケーキを頬張ったラプターは、口をもごもごさせながら、

「んー?」

 と返事めいた呻き──か、呻きのような返事をした。

「空腹で死ななくて良かったです」

「んむっ!?」

「何日間くらい食事を断っていらっしゃったんですか?」

 ケーキの欠片を気管に吸い込んでしまったのか、ラプターは今度こそ呻いた。代わりにライトニングⅡが、

「ここにゃん、それは言葉の綾ってモンで──」

「はい」

 ライトニングⅡに振り向いた心神は、校舎の向こうから歩いて来る少女に気付いた。黒尽くめのヒラヒラ衣装──ファントムⅡである。長い手袋を着用し、ヘビのぬいぐるみを持ってお散歩中らしい。

「あ……あの方は──」

 心神の視線に気付いたのか彼女は一瞬足を止め、三人が座るベンチの方へ歩き出した。

 薄くシャドーを乗せたファントムⅡの目は、まっすぐ心神に注がれている。

「やや──中二(ちゅうに)っちだ」

 そう言ったライトニングⅡには見向きもせず、ゴシックロリータ少女は瞳を閉じた。心神のいる方向へ歩きながら、

「うふふ……幾星霜過ぎ去ったとしても、彼の邂逅は忘れ難き記憶……。よもや、忘れたわけではあるまいな……?」

 そのひとりごとに近い囁きは、どうやら心神に向けられているようだ。

 その心神は──ポカーンとして、目を閉じたまま歩いて来るファントムⅡを見ていた。

「魂に刻まれた妾の──ひゃんっ!!」

 セリフの途中で、ゴスロリっ子のヒールが石を踏んだらしい。バランスを崩した彼女は、手に持ったぬいぐるみを放り出して地面に転がってしまった。

「あ……痛(いた)ッ! サ、サイドワインダーがぁ~」

 慌てて起き上がると、地面に落ちたぬいぐるみ──ヨコバイガラガラヘビ──を拾い上げる。

 涙が滲んだ目で前を見ると、すぐそこに心神が立っていた。

「大丈夫ですか? お怪我はありませんか?」

 その曇りのない黒瞳に見つめられ、ファントムⅡはたじろいだが──何とか持ち直して言った。

「ふ……ふふふ! わ、妾の心に入り込もうとしても無駄なこと! 一切の光属性は、妾の座標を特定することは出来ずに通り過ぎるのみ!」

 大見得を切ったファントムⅡの前で、心神は深々と頭を下げた。前転して突撃して来るのではないか、との考えがよぎり、彼女は身構えたが、

「今朝は本当にごめんなさい」

 顔を上げた心神は謝罪の言葉を述べ……ファントムⅡは虚を突かれた。

「私、自己紹介など初めてで緊張してしまって……お辞儀で頭を上げるタイミング、分かりませんでした」

 いやいや、その後の前転突撃はどうなのよ──と、ライトニングⅡは思ったものの心に留めておいた。

 素直に謝った純粋さに抗える者は、そういないだろう。ゴスロリ少女もまた例外ではない。

「ふ、ふふ……妾は勿論、総てを理解しています! あのような些細な出来事など、取るに足らない存在であると教えに来ただけです!」

「そうですか」

 大仰なファントムⅡに対して、心神の素直な反応はちぐはぐで──やり取りを見ていたライトニングⅡとラプターは、気が付いた時には吹き出していた。

「なっ、なにがおかしいのですかっ////」

 急に笑い出した二人に、ファントムⅡが顔を真っ赤にして抗議の声を上げた時──昼休み終了五分前を知らせるチャイムが鳴り響いた。

「二人一組になって、グラウンドに拡がってくださーい」

 ポニーテールがトレードマークのイーグル──委員長が号令を掛け、首から下げたホイッスルを吹いた。午後の一発目は体育の授業だった。少女たちは皆、体操服に着替えている。

「ライちゃーん。……あれー? ライちゃん、どこかな……」

 金髪の美少女ラプターは、きょろきょろとクラスメイトたちを見回していた。彼女の相方と言えるライトニングⅡの姿を捜していたのである。

「えーっと……あっ。ライ、ちゃん……」

 ラプターの呼び掛けは、ほとんどつぶやき程の声に変わった。見付けたライトニングⅡは、既に他の少女と組になっていたのである。

 転校生──心神であった。

「ここにゃんって、からだ柔らかい?」

「どうでしょう? ちょっと曲げてみます」

「いや、何かムチャしそうだからいいよ!」

 二人のやり取りを遠巻きに見て、ラプターはぷっくりと頬を膨らませた。いつもなら自分がライトニングⅡのパートナーなのに……。そう思うと、なんだか面白くなかったのだ。

「ラプターはん……相方おらへんの?」

 不意に声を掛けられ、ラプターは不機嫌な顔のままそちらを振り向く。青に白ラインの入ったジャージを着た少女──F-20 タイガーシャークが立っていた。

「うわ……なんでそない怖い顔してはるの……? いや、わかってんで。うちみたいなツイてないモンに声掛けられたら、がっかりするやんな……」

 タイガーシャークはしょんぼりした顔で薄く笑うと、長い前髪の間からラプターを見た。

「ああ、ゴメンゴメン。とらやんに怒ってるわけじゃないから」

 ラプターがタイガーシャーク──とらやんに謝ると、

「ええねん。それよりこのあと五十メートル走とか憂鬱やな……。八十八メートル走──とかになれへんかな……」

「八十八メートル走?」

「せやで……。88(はちじゅうはち)……うちのラッキーナンバーやねん……」

 ラプターは──真顔で「やり過ごそう」と心に誓った。

 委員長の指示のもと、少女たちは運動前の準備体操を始めた。

「ねえ、ここにゃん。実は、訊きたいことがあったんだ」

 身体をほぐす体操をしつつ、ライトニングⅡは心神にそっと囁いた。

「はい、なんでしょう」

「あのさ……昨日の緊急発進(スクランブル)で、ここにゃんを見たんだよね」

 心神は──無言でライトニングⅡを見た。

「ここにゃんって、ここに来る前からどこかで訓練を受けてるの?」

「それは──いえ、受けてません」

「じゃあ、どうしてあの場所へ?」

 あの場所──すなわち、ADD出現ポイント。「鋼鉄の妖精」たちは、ADDの発するカルツァ・クライン波を観測し、出現ポイントを割り出している。あの場に心神が現れたと言うことは、ライトニングⅡら戦闘機少女チームと同じタイミングでKK波の流れをキャッチしていたハズだ。

「日本(ニホン)以外の養成所から来たんでしょ?」

 ライトニングⅡは確信を言葉に乗せたが、心神の答えは想像していた物と違った。

「いいえ。私は日本(ここ)で生まれたんです。訓練も学校も、何もかも初めてです」

「……ホント?」

 少し懐疑的な声色のライトニングⅡだったが、

「はい。本当です」

 純朴そのものと言った心神の顔を見て、ため息交じりに笑った。

「ご迷惑をお掛けするとは思いますが、色々と教えていただけますでしょうか?」

「勿論だよ! 変なこと訊いてゴメンね!」

 どこか謎めいた転校生に、ライトニングⅡはどんな返答を期待したのだろうか。

「変なことついでに──」

 屈伸運動を続ける心神に、

「『ナイアーL(エル)』って、聞いた事ない?」

 と、尋ねた。

 ピタリ、と動きを止めた心神は──一瞬、魂を抜かれたような顔をした。だが、それはライトニングⅡからは見えず、振り向いた心神は、

「なんです?」

 不思議そうに小首を傾げた。

「みなさーん、全員集合して下さーい! 今から五十メートル走を計測しますよ」

 ピピィーッ、と笛を鳴らした委員長が招集を掛け、心神とライトニングⅡの注意をさらった。

「ああ、うん。知らないよね。忘れて忘れて!」

 早口に質問を取り消して、ライトニングⅡは駆け足で走り出す。心神ははにかんで、その後をついて行った。

 ──体育の授業が終わり、「ピクシーズ」たちは教室へ戻ると制服へ着替え始めた。

「委員長、まーたおっぱいが膨らんだんじゃない!?」

「なっ」

 下着姿になっていた委員長──イーグルは、唐突なライトニングⅡの指摘に驚き、両手で胸を隠した。可愛いピンクの下着は、なかなかのボリュームを内に秘めているようだ。

「変なこと言うんじゃありません! は、破廉恥な……」

「あー、赤くなっちゃって! いつもバストを強調した服を着ているわりに、委員長は恥ずかしがり屋さんだね~!」

「なっなっなっ──誰がですか! これはその……決して強調したいわけじゃなく、服が勝手に……押し上げられて……」

 しどろもどろに言葉を並べる委員長。ライトニングⅡはスポーツブラに包まれた自身の胸を見て、

「小さな方がモジュール装着時のステルス性能を高めるって言うけど……やっぱりおっきいのも羨ましいよね、ラプターちん!」

 くるりと振り返ったライトニングⅡは、貧乳仲間──ラプターの姿を捜したが……

「あれ? 今、着替えていたと思ったのに……?」

 すぐ近くにいたはずのラプターは、忽然といなくなっていた。クラス中を見回すも、見当たらない。

「ラプターは教室を出た」

 きょろきょろと視線を巡らせていたライトニングⅡに、相変わらず抑揚のない声でダークスターが告げる。

 その傍らに、F-117 ナイトホークが立っていた。大人しく目立たない少女で、元気なライトニングⅡとは対照的だ。

「……ボクも……見たよ……」

「そーなんだ……」

 ひとりごちたライトニングⅡは、先刻よりラプターと言葉を交わしていないことに気付いた。仲の良い二人にとっては、異例の事と言えた。

「で、だーにゃんとホークっちは何してるの? もしかしてアタックモンスターズ?」

 だーにゃん──ダークスターは、何故か体育着のまま席に座って携帯端末をいじっている。ナイトホークは、そのスマホを覗き込んでいた。

「ぁぅ……ボクは……えっと……」

「違う」

 ダークスターは短く答えると、ライトニングⅡに端末の画面を向けた。

「ああ、『レイン』やってるんだ~!」

「ライトニングⅡが教えた。レインボーアプリが使えないと、作戦にマジ乗り遅れる」

「あたし、そんなこと言ったかな?」

「言った」

 淡々と話すダークスターだが、ライトニングⅡの冗談交じりの言葉さえ、真面目に捉えてしまう。ナイトホークは、そんな彼女と相性がいいのか、一緒にいる事が多い。

「結構便利。遠征に出ているシューティングスターと情報を交換していた」

 『レイン』と呼ばれるコミュニケーションアプリを終了させると、ダークスターはようやく着替え始めた。

「……次の授業は……『古文』……。あう……『航空力学』とか『戦術』の授業の方が……ボクは……好き」

「そう」

 細々と呟く気弱なクラスメイトにダークスターが短く答えた時──校内のスピーカーというスピーカーから、一斉に警報が鳴り響く。

 それは、彼女たちの出撃──すなわち、ADD出現を意味していた。

「四国(シコク)の沖、200海里(ノーチカルマイル)の地点でKK波の発生を観測。衛星による映像、出る」

 ダークスターの説明と共に、普段は黒板の役目をしている大型モニターに敵ドローンの映像が映し出された。

「アポロ級ADDが二機……? たったそれだけですか?」

 委員長は訝(いぶか)しむように言った。彼女の知る限り、ADDは六機以上の編隊を組んで出現する。二機が単独で現れることには違和感があった。

「しかも、空中で静止した状態」

「……移動してないというの?」

「そう。だから、破壊目標も持たない」

 ADDの実態は、ほとんど謎だ。この世界(セカイ)の大気に含まれるLeD粒子を利用して出現することは分かっているのだが、活動を停止すると還元してしまうため、観測できない。

 その特異な性質から『異世界からの無人機(アナザー・ディメンションズ・ドローン)』と名付けられ、研究されている。

「まさか、陽動……? 足摺岬(アシズリミサキ)からは直線で300km……放置も出来ませんね」

 委員長──イーグルは、学園より作戦指揮官としての役割を与えられていた。

「委員長!」

 凛とした声と共に立ち上がったのは、ラプターだった。

「待っていても埒が明きません。私が出ます!!」

 ラプターは手を胸に当て、強い意志を示した。対して委員長は──

「許可できませんね」

 静かに告げた。

「な……どうしてですか?」

「今のラプターさんからは、精神(こころ)の乱れを感じますよ?」

 委員長は澄んだ水のような声で、荒ぶるラプターの心を指摘した。

 その鉄の如き否定に、ラプターが怯んだ時──もう一人、少女が立ち上がった。

「あたしもラプターちんと一緒に先行します! 本隊は通常装着(スタンバイ)モードで待機願います!!」

 淡い緑の髪の下で、悪戯っぽい瞳が輝いていた。

 ──ブリーフィング後、索敵担当ダークスターを連れ、ライトニングⅡとラプターは太平洋(タイヘイヨウ)へ向けて飛び立った。彼女たちは、学園より四国(シコク)……土佐湾(トサワン)沖の計測地点まで、マッハ2の巡航速度を維持できる。所要時間は、およそ十九分と言ったところであろう。残った戦闘機少女たちは、ADDの複数同時展開を想定して学園に残留する。

 心神は──三人が飛び立って行った方角を見ていた。

「お待たせ、心神さん」

 トレイに紅茶を載せて、委員長が来た。学園内にあるカフェテラスである。セルフ式で、少女たちは自由にティータイムが過ごせるようになっている。

「昨日の作戦では、クラス全員で五十機ものADDを撃墜したんですよ。ADDの等級としては最も低いアポロ型が相手なら、何も心配はいらないでしょう」

 委員長はニッコリ笑うと、ストレートティーを一口運んだ。

「今は日本(ニホン)全域を私たちでカバーしなければなりません。それだけでなく、最近は朝鮮(チョウセン)半島のADDの動きも活発で、クラスからシューティングスターさんがヘルプに出ていますし……」

 心神は無言で……委員長の独り言とも取れる話を聞いていた。

「本題に入りましょうか。私たちが持っている戦闘機モジュールの力は、異世界から来たものだと言われています。重なり合った別の次元に、ラプターやライトニングⅡ、イーグルといった名前の『戦闘機(セントウキ)』が実在するのだそうです」

 紅茶をまた一口飲み、

「ですから、私たちの能力(スペック)も別次元の『戦闘機』を具現化したモノになります」

「重なり合った別次元(レイヤード・エクストラ・ディメンションズ)──LeD……ですね」

 心神もまた、事実を確認するかのように言った。

「そうです。大気に含まれるLeD粒子が、隣り合った別の次元の存在を呼んでいる。それが、世界(セカイ)で最も有力な説です。そこまで知っているなら、話は早いですね」

 委員長はひと呼吸置き、少し違ったトーンで次のように言った。

「『ナイアーL(エル)』を、ご存知ですか?」

 心神は──少々考え込むように、視線を空に泳がせた。何か言おうと思ってはいるのだが、言葉が見付からない……そんな風に見えた。

「いきなりごめんなさい。すぐに答えて欲しいとは思いません。むしろ、『ナイアーL』について知っている事があるなら、しばらくはクラスの皆に話さないで頂きたいのです」

 困り顔の心神から視線を下げた委員長は、

「紅茶……お嫌いでしたか?」

 心神の手元のカップに気付いて言った。それに対し、心神は、

「いいえ、私──猫舌……なんだと思います」

 少し照れたように答えた。

 和んだ空気が流れ、二人の少女は微笑み合っていたが──

「あら……『レイン』が来たわ」

 委員長がスマートフォンのレインボーメッセージ着信に気付き、顔色を変えた。

「ダークスターさんから──いけないっ!」

>>ぃぃωちょぅ、だぃピンチだょ<<

「──って、なにこの文字遣い!」

 メッセージを二度見した委員長は、思わず叫んだ。

「ライトニングⅡさん、ラプターさん……ピンチです?」

「そのようです。いったい何が……」

「助けが必要、です?」

「勿論です。まずは学園の索敵システムで──あっ」

 委員長が気付いた時には既に遅し──心神はLeD粒子をモジュール化させ、瞬時に浮かび上がった。腰部のモジュールステーションから伸びた四つの装甲を扇状に広げ、アフターバーナーを全開にする。

「あなた……心神さん! どこへ──」

 制止する間もなく、心神は音速を超える少女となってライトニングⅡらの向かった方向へ飛び去った。

「だぁぁぁぁにゃん、委員長に緊急救援要請してぇーっ!!」

 半泣き状態で叫んだライトニングⅡは、目の前に広がった異様な光景に戦慄していた。

「もう送信した」

 ぶるぶる震えるライトニングⅡに、ダークスターは接近してスマートフォンを見せた。

「ほら、既読」

「そそそそ、そんなことはどうでもいいからぁぁぁぁ!!」

 その恐ろしい現象は、三人の到着と同時に始まった。視認できる位置まで接近したダークスターは、二機のアポロ級が通常より大型であることを確認した。衛星による観測時のデータと違っていたのだ。

 少女たちを感知したADDが直ちに空対空ミサイルを発射してきたため、ライトニングⅡとラプターは迎撃に移った。だが、通常の二倍──直径十メートルほどもある敵ドローンは耐久力もあり、二人はまず一機を撃墜するのに専念する。

 ターゲットを残り一機に絞った所で、異変に気付いたのである。

「ヤバイ……もう二十メートルくらいになってるじゃん!」

「ただのアポロ級じゃない……巨大化していくなんて……」

 緊張した声で、ラプターが呟いた。大型ADDは、徐々にその体積を増しているのである。それと同時に、装甲表面を分離して発射して来るミサイルの量が増大していた。

「AIM-120 AMRAAM(アムラーム)を何発撃ち込んでも、次々再生してるみたいだし!」

「初めてのタイプ。増大によるKK波の放出はない。強力なECMを展開して電波妨害(ジャミング)を開始した。外部との通信が途絶中」

「冷静に判断してる場合じゃないよぉぉぉぉ!!」

 ADDの巨大さで、ライトニングⅡは完全に圧倒されていた。そうでなくとも、彼女ら二人の武装──中距離空対空ミサイルAIM-120やGAU-22/A 25mm機関砲では、殲滅力に欠いていた。

「二人とも──危ないっ!!」

 ラプターが叫んだ瞬間、巨大ADDから恐るべき数のミサイルが発射された。一撃の破壊力はともかく、全弾が降り注いでは「ピクシーズ」と言えども──

 ラプターはモジュールの擁するP&W F119エンジン二基の最大推進力で二人を抱き抱えると、猛然と迫りくる弾幕の雨から脱出した。超高速で旋回行動を取りつつ、モジュールのAN/ALE-52に搭載されたデコイ──大量のフレア──を放出し、ADDの熱源追尾ミサイルをかく乱する。

「──くっ!」

「ラプターちん!?」

 全弾回避したかと思った時、側面より回り込んだミサイルがラプターに直撃を与えた。ラプターの戦闘機モジュールは一部がはじけ飛び、彼女の白い肌を大きく露出させていた。

「大丈夫!?」

「いったあー、私の脚部(レッグ)モジュールが吹き飛んじゃった……」

 ラプターは「いてて……」と言いつつ、ミサイルを受けた太もも辺りをさすった。

「ムチャばっかりしてぇ……二人も抱えて最高速度が出るわけないじゃん! ラプターちん一人ならきっと避けきってたよぉ!」

 ラプターの思い掛けない行動に、ライトニングⅡは声を荒げて言った。するとラプターは、

「──……だよ」

「何だよラプターちん、聞こえないよ!!」

「ライちゃんの前で、いいカッコしたかったんだよ……」

 ボソボソと小さな声で言ったラプターは、頬を赤らめてプイッとそっぽを向いた。

「な、なんで?」

「だって……ライちゃん、心神さんにばっかり構ってるし……私の方がライちゃんと仲良いし……その……えっと……」

 そのいじらしいラプターの様子に、ライトニングⅡの顔がパアァァーっと輝いた。

「ラ、ラプターちん……!」

「二人とも」

 LeD粒子がキラキラし始めた二人の間に、ダークスターはグイッと割って入った。

「放置はダメ。あれ以上大きくなったモノが上陸すれば、四国(シコク)は壊滅」

「それはそうだけど──どうすれば……」

「ADDをよく見て。今のミサイル一斉発射で縮小した」

 ダークスターの指摘に、二人は巨大アポロ級を見上げた。

「そうか……あのADDは身体の一部が変化して攻撃するタイプ!」

「じゃあ、ミサイルを撃ちまくればどんどん小さくなっちゃうのかな!?」

 ザクザク……黒鉄色の体表がざわめき合い、ADDは硬質な音を立てた。破壊へのカウントダウンを、異世界の言語で宣告しているかのように──

「速い。次の攻撃、来る」

「うそっ!?」

 ライトニングⅡが驚きの声を上げた瞬間、巨大アポロ型の体表から剥離した数百基の熱源追尾AMMが、白く長い軌跡を描きながら放出された。

 アポロ級の空対空ミサイルの全長──3.5mほど──から察しても、射程距離は50-70km、飛翔速度はマッハ4……三人の位置は完全に射程圏内である。

「ど、どうしよう!? ラプターちん、その破損したモジュールじゃあ……」

「避けきれない……!」

「離脱も間に合わないよ!?」

 ライトニングⅡとラプターが覚悟したその時──彼方より超音速でギュゥゥゥン……と飛来した存在があった。

 敵の攻撃から三人を庇うような位置で止まると、その音速の衝撃波から起こるソニックブームが少し遅れて響き渡る。

「心神さん!?」「ここにゃんだぁー!」

 三人の前に現れた援軍──転校生の心神は戦闘機モジュールを緊急発進モードに展開すると、

「みなさん、熱源を外して下さい!!」

 言うが早いか、上空へと舞い上がる。

「……そっか!」

 心神の言葉を理解したライトニングⅡとラプターは、LeDで構成された戦闘機モジュールを解除(パージ)した。バシュッ──分解した装甲は煌めく粒子となって霧散し、二人は自由落下に身を任せる。ダークスターのみが鋼鉄の翼を広げ、海面すれすれの位置で二人をキャッチした。

「ここにゃん……!」

 敵ドローンが射出した全てのAMMはIRH(赤外線ホーミング)により加速する心神に向かった。アフターバーナーを点火したFX5-1ターボエンジンが唸(うな)り、モジュールの駆動が彼女の全身に伝わる。

 昨日初めて体験した、音速を超えて空を駆け抜ける感覚(センセーション)。あらゆるものを置き去りにするような爽快感が心神の身体を突き抜け、彼女の魂までも空高く(スカイハイ)に誘うようだ。

「心神さん、危ない! チャフとフレアを放出して回避して!」

 ラプターの叫びは届いたのだろうか?

 迫りくる弾頭の群れを一瞥した心神は、鋼鉄の翼を広げて旋回(ローリング)すると、急速降下に移った。しかし、その速度をAMMは遥かに上回る。推進力が最高値に達する前に、心神は弾幕の先端に巻き込まれた!

「うそ……心神さん!?」

「──ここにゃあああああああああんっ!!」

 それは──一瞬だが、信じられない光景だった。

 着弾するかに思えたミサイルの海の中──心神は数度、旋回して軽やかに宙を舞うと、直撃を免れたのだ。そして、更に加速すると海面目掛けて急速降下を続ける。心神に直撃を加えられなかったミサイルたちがぶつかり合い、次々と誘爆して行った。

 神業──とでも言うのだろうか?

「超スゴイ」

 セリフの後ろに(棒(ぼう))と付いたダークスターの呟き。ライトニングⅡとラプターは声も出せずに心神の回避動作を見ていた。

 海上すれすれまで降りた心神は、急速に反転すると上昇した。追尾してきたミサイルの多くが海面に激突し、大きな水柱を立てていく。

 再びADDに向かって飛んで行く心神を目で追いながら──ラプターはかすれた声を出した。

「ど……どうして、あんな危険な回避を……」

「それは心神さんがまだ実証機だからよ、ラプターさん」

「い、委員長! いつの間に……」

 仰天したラプターに、

「今ですよ」

 とだけ答えて、委員長──イーグルは続けた。

「ATD-X──つまり、先進技術実証機(アドバンスド・テクノロジカル・デモンストレイター)。心神さんはまだ正式にロールアウトしていない機体の『ピクシーズ』なの」

「つまり……非武装って事じゃん!?」

「そうなの。困った子ね……」

 委員長が腕を組むと、衣服を押し上げる胸が更に強調された。言葉ではそう言いつつも、彼女の心は少し踊っていた。目の当たりにした転校生──心神の性能(スペック)に。

 すべてのAMMを振り切った心神は、大アポロ型ADDの先端部分に乗っかり──両手でピースサインを出した。

「巨大アポロ級ADD、全弾発射により体積の四十%を消費。大気中のLeD粒子を集めるため活動停止する様子。叩くなら今がチャンス」

 ダークスターはそこまで言うと、無表情のままに両手でピースサインを作った。

「そして、これがドヤ顔ダブルピース」

 一同は……ツッコミづらいダークスターを放置。

「撃墜しましょう! もう一人、強力な助っ人をお連れしました」

 イーグルが空を仰ぐと、巨大なジェットエンジンを両翼に携えた少女が、まっすぐADDに向かって飛来した。学帽にロングコートと学ランをアレンジした制服、大振りの日本刀(ニホントウ)を腰に携えた戦闘機少女──キ201 火龍(かりゅう)である。

 ADDの上から降りた心神に向かって「よう!」と手を振ると、敵の前方100mまで接近した。

「わぁー、火龍っちだぁ!」

 歓声を上げたライトニングⅡに、火龍はフッ……と笑うと、

「委員長ォーッ! こいつを墜としたら終わりってワケかい!?」

 スラリと抜いた刀の切っ先を大型ADDへ向け、豪快に訊いた。委員長が頷いて見せると、

「そうかいそうかい……俺の相手をするには、ちと物足りないって気がしなくもないが」

 学帽のつばの下から青い瞳で標的を睨(ね)め付け、再び刀を鞘へと戻した。

「前置きはナシだぜ──」

 彼女の携えた翼のモジュールから、長身の砲が四門──ホ5 20mm機関砲二門、ホ155-II 30mm機関砲二門──が狙いを定めた。

「Feuer(フォイアー)!!!!」

 弐式固定機関砲から四門計640発の弐式徹甲弾が、正面から容赦なく浴びせられた。圧倒的な火力に、大型ADDの分厚い装甲がはじけ飛んで行く。

 だが──

「うん……!? 野郎ォ、これだけブチ込んでるのに墜ちねぇのかよ!!」

 火龍の掃射に耐え抜いたADDは、無数のタービンを不気味に蠕動(ぜんどう)させ始めた。LeD粒子を取り込み、再攻撃を行う動きだ。

「自己修復と同時に総攻撃を繰り返してくるようです! 火龍さん、一度下がって──」

 予想外の展開に少し面食らった火龍を委員長が制する。

 大型ADDの危険な雰囲気を感じ取った火龍が距離を取ろうとした時──

 何かが。

 凄まじい速度で。

 それに目掛けて突進した!!

 ──ガギィィィィィィィィィィィィ!!

 響き渡った衝撃音に、その場にいた全員が目を見張った。

 四つのモジュール全てのアフターバーナーを全開にした心神が、アポロ級ADDの中央に頭から特攻を仕掛けている!

 ──ズバァッ!!

 そして──そのままの勢いで先端部分を破壊しつつ、心神はADDの向こう側へと突き抜けた。大きな風穴を空けられたアポロ級ドローンは、バラバラと大量の部品をバラ撒きながら活動を停止し、光る粒子に変わっていった。

 旋回してライトニングⅡらの元に戻った心神は、アポロ型の潤滑油にまみれた頬をこすって、

「みなさん……ご無事で何よりです」

「いやいや、そういう問題じゃないし!」

 ライトニングⅡの反応に、心神は少しだけ不安そうな顔をすると、

「変……でしたか? 私、武装のような物は何も持ってなかったもので……」

「初めての戦闘で何も知らないからって、頭突きは無いと思うよ!?」

 モジュールを再構成したラプターが、目を丸くした。

 心神に『核(コア)』を潰された大型ADDが、完全に崩壊してKK波へと還元していく。

「おー、俺の獲物が……」

 残念そうな火龍の声を聞きながら、ライトニングⅡは輝くような笑顔で心神に抱きついた。

「ここにゃああああん、やるじゃんやるじゃん!!」

「わたし、私……。まだよく分かってなくて……」

 心神は──少し恥ずかしそうにはにかんで言った。

「でも……『やるじゃん』なら、良かったです」

 たどたどしく自己紹介をした朝よりも、心神は感情豊かになっているように、委員長は思えた。その心神の──一日の成長ぶりは、彼女(イーグル)にとって満足の行く結果であった。

 そんな心の内は知らないままに、戦闘機少女たちは歓声を上げてADD撃墜を喜び合っていた。

「委員長、撤退命令」

 相も変わらず平坦な声で、ダークスターが言う。いつの間にか陽が沈み、水平線を赤く染め始めていた。「ピクシーズ」たちのモジュールからLeDの残滓──KK波──が浮遊し、夕陽の中で美しく煌めいている。

「そうですね」

 イーグルは……楽しそうに抱き合ったり油をなすり合ったりしている少女たちを、もう少し眺めていたいと思った。

「ようこそ、私たちのクラスへ」

 笑みをこぼしたイーグルは心神へ歓迎の言葉を贈り、改めて少女たちを見た。

 命をかけて、この世界(セカイ)を護る──戦闘機少女たちを。

<つづく>